1-96. 力をつける日々
個人ラボに、少しだけ人の出入りが増えた。
救援のあとからだ。
協会の人たちは何も言わない。
でも視線が少し変わった。
……まあ、気のせいかもしれない。
俺自身は、何も変わっていない。
やることは同じだ。
できることを増やす。
それだけ。
この世界に来てから、
俺はわりと好きにやらせてもらっていると思う。
それは全部、母さんのおかげだ。
「やりたいなら、やってみなさい」
「危ないことは止めるけど、学ぶことは止めない」
最初から、そのスタンスは変わらなかった。
四歳の頃。
ラボについて行くだけで精一杯だった。
歩幅は合わないし、
専門用語は分からないし、
工具は全部大きい。
でも――
見ているのは好きだった。
魔法少女たちが使う道具。
命を預ける装備。
それを整える人たちの手。
(これ、ちゃんと動かないと死ぬよな)
理屈は分からなくても、
その感覚だけははっきり分かった。
文字を覚えて、
計算を覚えて、
「遊び」のつもりで触っていたら、
いつの間にか作れるものが増えていた。
正直、自重を緩めた自覚はある。
やらかした回数も、たぶん少なくない。
それでも――
思ったことは一つだけだ。
(魔法少女が、少しでも安全ならいい)
だから、端末を作った。
誰かの命を、運や根性に任せたくなかった。
そのためには、
技術だけじゃ足りない。
体も、心も必要だった。
空手――体を壊さないため
最初に始めたのは、空手。
理由は単純。
体が弱かったから。
走る。
踏ん張る。
受け身を取る。
壊れない体を作るための習い事。
そこで会ったのが、ひまり。
元気で、前に出て、よく動く。
考えるより先に体が出るタイプ。
一緒にいると、自然と体も動いた。
「また来るよね?」
「来る来る」
そんな軽い約束が、
いつの間にか日常になった。
剣道――前に出る前に、立つため
六歳で、剣道。
強くなりたい、というより、
折れないためだった。
火宮道場は静かだった。
勝ち負けより姿勢。
技より立ち方。
そこで会ったのが、くれは。
同い年なのに妙に落ち着いていて、
委員長みたいな空気の子。
多くは話さない。
でも、やめない。
前に出なくても、逃げない。
(あ、ここは大事だな)
剣を振る前に、
自分を支える場所。
剣道は、その感覚を教えてくれた。
弓道――整えるため
八歳で、弓道。
空手と剣道を続けていて、
ふと気づいた。
(力、出しすぎてるな)
もっと静かな集中。
流れを整える感覚。
若葉弓道場は風が通っていた。
音が少ない。
時間がゆっくり流れる。
そこで会ったのが、りおな。
おっとりしていて、
話すと自然と呼吸が合う。
弓は当たらない。
でも焦らない。
「立ってる感じ、するね」
「うん」
それだけで、十分だった。
周りを見れば、
かのんもいる。
ももかさんもいる。
隣に住んでいて、
気づけば一緒にお茶している。
ひまり、くれは、りおな、かのん。
戦友じゃない。
運命でもない。
ただ同じ場所に通って、
同じ時間を過ごしてきただけ。
でも――
ちゃんと並んで歩いている。
俺は、魔法少女が好きだ。
強くて、優しくて、
危険な仕事をしている。
だから本当は、
なってほしくない。
危ないから。
それでも守るなら、
せめて安全を底上げしたい。
今は、力を蓄える時期だ。
体を鍛えて、
心を整えて、
技術を積む。
……ついでに言うと、
協会の受付のお姉さんたちは素晴らしい。
美人で、優しくて、よく笑ってくれる。
元魔法少女は老化が遅いらしいし、
そこは全く問題ない。
……いや、今は関係ないか。
とにかく。
俺は、俺にできることをやる。
今は、それでいい。
菖視点――成長ログ(非公式)
気づいたら、ここまで来ていた。
四歳。
ラボの廊下を、ちょこちょこ歩いていた頃。
受付で止められても、
にこっと笑って通されていた。
(あの時点で、だいぶおかしかったわね)
五歳。
工具の名前を覚えるのが、ひらがなより早かった。
「遊んでるだけだよ」
と言いながら、
完成品の精度が高い。
(遊びの定義、どこ行った)
六歳。
空手に加えて剣道。
火宮道場から帰ってくる日は口数が少ない。
でも、姿勢がいい。
(ちゃんと、“折れない練習”してる)
七歳。
ラボ通いが完全に日常になる。
受付の受けが、異常にいい。
「今日も礼儀正しかったです」
「挨拶が完璧でした」
「姿勢が……」
(評価項目、そこなの?)
八歳。
弓道。
若葉弓道場からの帰り道、
「風が気持ちよかった」
とだけ言う。
(そういう感想、どこで覚えたの)
周りを見れば、
ちゃんと友達もいる。
道場の子たちとも自然に馴染んで、
隣のかのんともよく笑っている。
無理に引っ張らない。
でも、置いていかれもしない。
(……ほんと、育てやすい子)
身長も伸びて、
声も少し変わってきた。
成長って、こんなに早かったかしら。
「将来、どうなるのかな」
ふと口に出したら。
「ん?」
「今は、楽しいことやってるだけ」
……それが一番、怖い答えなんだけど。
「母さん、今日ラボ寄っていい?」
(ほら来た)
「はいはい。ほどほどにね」
「はーい」
元気よく返事をして、出ていく背中。
……大きくなるの、ほんと早い。
まあ――
受付がまた騒がしくなるのは確定だけど。
今日も平和。
たぶん、明日も。
……だけど。
この子が“間に合わなかった日”を、
私はまだ一度も知らない。
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