1-81.経過報告は突然に
第三ラボ・通路。
「主任!」
背後から飛んできたその声だけで、主任は思った。
(嫌な予感しかしない)
振り向く。
そこには、妙に目が輝いている綾芽。
嫌な予感が強くなった。
「ちょっと来てください!」
「……今?」
「はい!」
即答。
しかも、もう主任の白衣の袖を引いている。
「待て」
「まず内容を聞かせろ」
「説明しながら行きます!」
有無を言わせない。
主任は、小さく天井を見た。
(最近、このパターン多くないか?)
そして数分後。
綾芽ラボ。
扉が開く。
「こんなん出ました!!」
紙。
端末。
なにか光ってる試作品。
全部まとめて差し出される。
主任は反射で聞いた。
「……どれから?」
「じゃあ順番に!」
順番あるんだ。
「まず!」
綾芽、端末を掲げる。
「思考回路付き定型文を話すサポートAIです!」
「……はい?」
「状況判断は限定的ですけど!」
「定型文を組み替えて!」
「現場で混乱しないように喋ります!」
端末が、控えめな声で言う。
「落ち着いてください」
「次に行う手順を案内します」
「深呼吸してください」
主任は眉間を押さえた。
「……それ」
「はい!」
「一番必要なの」
一拍。
「現場じゃなくて」
「君の周りじゃないか?」
「え?」
自覚なし。
「で、次!」
嫌な“次”だった。
綾芽は布を被せていた何かを、
勢いよく外す。
――ごおん。
低い振動。
空気が、わずかに揺れる。
「魔力充電可能式ハイブリッド型試作魔導エンジンです!」
主任、無言。
三秒。
もう一度見る。
やっぱりエンジンだった。
「……用途は」
「ヘリ用です!」
「……ヘリ用?」
「はい!」
嬉しそうに説明が始まる。
「燃料と魔力の併用で!」
「低出力時は静音!」
「緊急時は瞬間出力アップ!」
主任は、極めて重要な一点だけ確認した。
「……まだ組み込んでないな?」
「もちろんです!」
即答。
「まだ“置いてあるだけ”です!」
それも怖い。
「どうです?」
胸を張る。
「今のところの成果はこれだけです!」
「……“これだけ”?!」
「はい!」
にこっ。
「まだまだ、頑張ります!」
主任は数秒沈黙した。
それから、静かに聞く。
「……いつから」
「はい?」
「“途中経過”の基準が」
一拍。
「研究者十年目レベルになった?」
「え?」
きょとん。
「そんなことないですよ?」
主任は天井を見た。
最近、この姿勢が増えている。
「……いや」
小さく息を吐く。
「もういい」
「?」
主任は指を一本立てた。
「一つだけ約束しろ」
「はい!」
「正式な許可が出るまで」
一拍。
「絶対に飛ばすな」
「はい!」
素直。
非常に素直。
だから余計に怖い。
「あと」
「はい?」
「“経過報告”は週一にしろ」
「えー」
即、不満。
「毎日は無理だ」
綾芽は少し考えた。
珍しい。
「……じゃあ」
一拍。
「三日に一回で!」
「多い」
「……」
さらに考える。
「五日に一回!」
主任はため息をついた。
「……それでいい」
「ありがとうございます!」
深々とお辞儀。
そしてまた、元気に作業台へ戻っていく。
主任はその背中を見送りながら、呟いた。
「……経過報告で」
一拍。
「胃薬が必要になったのは初めてだ」
最近、引き出しに常備されている。
数分後。
協会・非公式ログに追記。
綾芽ラボ
・会話AI:すでに実用圏内
・魔導エンジン:できれば視界に入れたくない
・本人の認識:「まだ途中」
結論:
経過報告には、心の準備が必要。
追記(別研究員):
主任の順応速度が上がって来ている。
それはそれで問題では?
今日も協会は平和。
……たぶん。
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