1-50.優先順位、揺れる
魔法少女協会・受付。
午後。
珍しく、雫は少しだけ手が空いていた。
端末を閉じ、湯のみを持ち上げる。
そのとき。
奥のカウンターから、小さな笑い声が聞こえた。
「もう、綾芽くんったら上手なんだから」
声の主は――柊梓。
雫の手が、止まる。
(……上手?)
「今日も可愛いですね、だって」
くすくす笑う梓。
隣では神代翠も肩を揺らしている。
「言われた言われた。自然に言うよね」
「営業じゃないのが怖い」
「破壊力ある」
雫は、そっと湯のみを置いた。
音を立てないように。
(……そういう子、よね)
分かっている。
計算なんてしない。
まっすぐなだけ。
それでも。
端末の画面が、少し遠い。
自動ドアが開いた。
「こんにちは!」
聞き慣れた声。
反射的に顔を上げる。
綾芽。
雫は微笑もうとして――
ほんの一瞬だけ遅れた。
自分だけが気づく、わずかな間。
「こんにちは、綾芽くん」
声は、いつも通り。
綾芽はぺこりと頭を下げる。
「雫さん、こんにちは!」
そして。
「今日も優しそうですね!」
――優しそう。
今日は“可愛い”じゃない。
なぜか、少しだけ肩の力が抜けた。
「梓さんと翠さんにも会いました!」
追撃。
「二人とも、すごく綺麗ですね!」
雫の思考が、一瞬止まる。
「……そう」
穏やかに返す。
「綾芽くん」
「はい?」
「あなた、誰にでも言ってるのね」
綾芽はきょとんとした。
「思ったことしか言ってませんよ?」
即答。
迷いなし。
雫は小さく息を吐く。
(敵わないわね)
引き出しを開ける。
「これ」
「またゼリーですか?」
「今日は違うわ」
小さなボトルを差し出す。
「喉、乾いてるでしょ」
綾芽が目を丸くする。
「……なんで分かったんですか?」
「声」
「少し掠れてる」
綾芽は笑った。
「雫さん、やっぱりすごいですね」
――やっぱり。
その一言が、静かに落ちる。
綾芽が去ったあと。
翠が顔を出した。
「……雫」
「なに?」
「それ、特別対応だよね」
「違うわよ」
即答。
梓もにやっとする。
「梓にはゼリーくれなかったのに?」
「あなたは自己管理できるでしょ」
「差がある」
雫は数秒黙る。
「あの子は」
言葉を選ぶ。
「ちゃんと前を見て歩く子だから」
「つまずく前に支えるのが、後方支援よ」
翠がくすっと笑う。
「それを特別って言うんだよ」
雫は、否定しなかった。
湯のみを持ち上げる。
もう、冷めている。
(誰にでも言う)
分かっている。
分かっているのに。
次に自動ドアが開いたとき。
ほんの少しだけ――
自分のカウンターに来てほしいと思った。
その感情に気づき、
雫は目を閉じる。
(ただの支援)
(ただの業務)
……そう。
なのに。
気づけば、また入口を見ていた。




