1-49. 特別扱い、発生
魔法少女協会・受付。
午前。
忙しい時間帯が、ようやく落ち着いた頃。
一ノ瀬雫は端末から目を離し、肩を軽く回した。
そのとき。
自動ドアが開く。
黒髪。
静かな足取り。
きょろきょろしない。
――綾芽君だ。
雫の表情が、ほんの少しだけやわらぐ。
「おはようございます、綾芽くん」
まだカウンターに着く前だった。
隣の受付が横目で見る。
(早いな)
「おはようございます、雫さん!」
ぺこり。
相変わらずきれいなお辞儀。
雫は自然に観察する。
顔色。
歩幅。
瞬きの回数。
――少しだけ、疲れている。
「昨日、遅くまでラボ?」
綾芽が目を丸くする。
「え、分かります?」
「なんとなく」
本当は“なんとなく”じゃない。
雫はカウンターの下から、小さなゼリーを取り出した。
「これ、どうぞ」
「?」
「魔力消耗対策。使いすぎる前に」
綾芽は受け取りながら少し考える。
「俺、そんなに疲れて見えました?」
「見えないわよ」
微笑む。
「だから今のうち」
それだけ。
隣の受付がまた見る。
(あーあ)
綾芽は素直に笑った。
「雫さんって、やっぱり優しいですね」
――一瞬、止まる。
でも崩れない。
「後方支援型だからね」
軽く流す。
けれど。
耳だけ、ほんのり赤い。
綾芽はゼリーを鞄にしまい、
「ありがとうございます!」
そして。
にこっと。
「雫さん、今日もにこにこしてて安心します」
今度は、少しだけ深く刺さった。
「……それは、ありがとう」
可愛い、は言わせない。
そのとき。
「一ノ瀬」
主任。
視線がゼリーをかすめる。
「……甘やかしすぎるな」
「甘やかしてません」
即答。
「体調管理は支援の基本です」
主任は数秒見つめ、
「……まあいい」
去り際。
「特別扱いはほどほどにしろ」
雫は一瞬だけ止まる。
特別扱い。
その言葉が、胸の奥に小さく残る。
(……特別?)
視線が自然に綾芽の背中を追う。
小さい。
でも、放っておけない。
雫は小さく息を吐いた。
「ちゃんと食べてね」
届かない距離で、そっと呟く。
隣の受付が、にやり。
「それ、完全に特別」
「違うわよ」
即答。
でも。
否定が、ほんの少しだけ早かった。
その日から。
一ノ瀬雫のカウンターには、
さりげなく栄養補助ゼリーが常備されるようになった。
理由は――
誰も聞かない。
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