1-47. 閲覧制限:主任のみ
夜の技術棟は静かだった。
人の気配が減り、機械音だけが残る時間。
主任はデスクに戻ると、端末を起動した。
白い画面が立ち上がる。
しばらく何もせず、指だけを組む。
――作るべきか。
迷いは、数秒で終わった。
キーボードを叩く。
新規フォルダ作成。
カーソルが点滅する。
主任は一度だけ周囲を見た。
誰もいない。
それでも、声に出さずに入力する。
【閲覧制限:主任のみ】
Enter。
さらに一つ、ファイルを作る。
指が止まる。
名前をどうするか。
観察対象?
違う。
研究対象?
それも違う。
危険対象――
主任は小さく首を振った。
「違うな……」
そして、入力する。
■要経過観察個体:真咲 綾芽
送信。
保存完了。
画面の中に、まだ空白の記録が開く。
主任は最初の一行を書いた。
■初期評価
・魔力同期能力:異常値
・制御精度:年齢不相応
・波長適合:パープル・アイリス級
そこで、手が止まる。
少し考えてから、追記する。
※戦闘型ではない可能性が高い。
※技術側に到達する素質あり。
主任は椅子にもたれた。
「……最悪だな」
褒め言葉だった。
戦闘特化型は、まだ扱いやすい。
強さは数値化できる。
脅威も測れる。
だが――
技術側は違う。
一人で戦場の前提を書き換える。
ルールごと変える。
主任は呟いた。
「出力型より厄介だぞ……これは」
画面を見つめる。
まだ八歳。
訓練歴、三年。
それなのに。
武器が使用者候補として認識。
ありえない速度だった。
主任の脳裏に、ある仮説が浮かぶ。
もし。
この子が成長し――
武器を理解し、
構造を読み、
最適化を覚えたら?
魔法少女は強くなる。
だがその子は違う。
魔法少女を強くする側に回る。
主任は、静かに断言した。
「止めるな」
誰に向けた言葉でもない。
「ただし――急がせるな」
成長を加速させれば、必ず歪む。
天才に一番やってはいけないのは、短距離走をさせることだ。
フォルダを閉じる。
一瞬だけ迷い、もう一度開いた。
そして最後に、一文だけ追加する。
※最優先事項:本人に自覚させないこと。
保存。
その瞬間。
主任は、ふっと息を吐いた。
「……これでいい」
協会はまだ知らない。
技術棟の誰も知らない。
現場も知らない。
だが。
確実に。
静かに。
未来だけが動き始めていた。
主任は端末を落とす前に、小さく笑った。
「真咲綾芽か……」
一拍。
「君はたぶん――」
言葉を選ぶ。
そして、結論だけを置いた。
「戦場に立つ側じゃない。」
「戦場を設計する側だ。」
電源が落ちる。
部屋が暗くなる。
その日、世界でただ一人だけが理解した。
まだ八歳の少年が――
すでに時代の外側に立っていることを。
そしてその記録は、
誰にも知られず、
静かに封印された。




