2-26. 第三形態、本人不在で進化する回
なんだかんだ言いながら。
菖は――
すっかりあの鉄バット(元バール)を気に入っていた。
理由は単純。
重い。
振れる。
効く。
「ダイエットよ、ダイエット」
そう言いながら、リビングで素振り。
ブン。
ブン。
ブン。
床が少し鳴る。
「……よし、いい汗」
元・大魔王、トレーニング中である。
その日も、いつも通り――のはずだった。
ふと、菖は手を止める。
視線が、鉄バットに落ちる。
「……でもこれ」
一拍。
「もう成長しないわよね?」
誰に言うでもない確認。
本当に、ただの確認。
「……軽く見るだけ」
言い訳をしてから、魔力をほんの少し流す。
――スゥ……
抵抗なし。
暴走なし。
変形なし。
「……うん」
もう一度。
「……よし」
何も起きない。
満足げに頷く。
「成長期、終わったわね」
元の場所に戻す。
そのまま一日が終わる――
はずだった。
夕方。
玄関が開く。
「ただいまー」
綾芽が一歩踏み込む。
ぴたり。
止まる。
靴を脱ぎかけたまま。
静止。
「……母さん」
「なに?」
綾芽、真顔。
「ひょっとして」
一拍。
「今日、エサあげた?」
「はぁ!?」
「なんか」
ゆっくり家の奥を見る。
「闇の波動見たいなのが出てる」
「だからその言い方やめなさい!!」
嫌な予感しかしない。
二人で棚を開ける。
――あった。
が。
でかい。
明らかに。
長い。
「……長くない?」
「長いわね……?」
そこにあったのは。
全長約160センチ。
直線的な威厳。
重量感。
装飾。
どう見ても。
王の象徴。
「……王笏?」
沈黙。
次の瞬間。
「また!?」
「まただね!!」
二人同時に吹き出す。
「ははははは!!」
「ちょっと無理!!お腹痛い!!」
菖が杖を持ち上げる。
重い。
だが振れる。
「これ見た目にも完全に本物の魔王杖じゃない!!」
綾芽、大きく頷く。
「貫禄が出てきたね」
「武器に貫禄って何よ!」
ひとしきり笑って――
ようやく呼吸が整う。
そこで菖が言った。
「……もうさ」
杖を見る。
「名前、つけましょう」
綾芽の目が光る。
「いいね」
「どうせここまで来たら逃げられないし」
「綾芽、つけて」
一拍置いて。
「気に入らなくても我慢するから」
綾芽は少し考える。
杖を見る。
空気が静かになる。
そして。
「――レガリア」
その瞬間。
――ゴッ。
空気が沈んだ。
音ではない。
圧。
王笏の表面が、ゆっくりと色を変える。
深く。
暗く。
漆黒。
装飾が浮かび上がる。
魔力が収束する。
威圧感が、跳ね上がる。
「……」
「……」
数秒後。
菖。
「マジ魔王杖じゃん!!!!」
大爆笑。
綾芽も笑う。
「名前つけただけで進化するとか何なのこれ!!」
「止まる気配がないわね!!」
笑いが落ち着いたあと。
綾芽が、そっと杖に触れる。
魔力を流そうとして――
首を傾げた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「今の僕じゃ」
一拍。
「もうよく分からないや」
菖の眉が動く。
「……つまり?」
綾芽、にっこり笑う。
「魔王杖」
間。
「マジで魔王杖」
「でしょうね!!」
即答だった。
その日も。
家は壊れず。
街も無事で。
世界も滅びなかった。
平和な一日。
ただし――
棚の札だけが、静かに更新された。
危険物 → 魔王杖(仮)
給餌禁止 → 名前付け注意
そして。
まだ誰も知らない。
この杖は、
まだ――
完成していない。
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