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側近の彼

 アーサー・グリムはグリム侯爵の嫡男で、年齢がユリウス皇子と同じであった為、幼い頃からいずれは皇子の側近に、と言われて育てられた。そんな彼がユリウス皇子と初めて会ったのは9歳の時だった。後1年で学園に入学しなくてはいけないのでそろそろ顔合わせを、ということで皇城で初対面を果たしたのだ。

 初めて会ったユリウス皇子は、噂通り皇帝と同じ水色の髪に金の瞳を持つ聡明そうな少年だった。そしてその場にもう1人少年がいた。ユリウス皇子の傍らにたたずむ黒い髪と瞳を持つ神秘的な雰囲気の少年。

 

「君がアーサー・グリムだね。グリム侯爵の嫡男。僕はユリウスだ。これからよろしくね」

「は、第一皇子殿下におかれましてはご機嫌麗しく。アーサー・グリムでございます。殿下のお側で精一杯お仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


 丁寧に頭を下げたアーサーにユリウスは満足そうに頷いた。

 側近はまだ自分だけだ、と聞かされているはずなのにユリウスの傍らにいるナリスについて特に疑問の瞳を投げかけるわけでも不審な目で見るわけでもなく、そこに2人がいるのを当たり前のように受け止めている。


「頭を上げて。これから僕たちは長い時間を一緒にいることになるだろうからね。こうして私的な時は堅苦しいのはなしで。言葉使いも普段のものでかまわないよ。アーサーって呼んでいいかな」

「はい。アーサーとお呼びください。では、これより先は普段の言葉使いにさせていただきますが、私は普段でもこのような口調になりますので」


 丁寧な言葉使いが普段の口調だというアーサーは、顔を上げて真正面からユリウス皇子を見た。柔らかな笑顔をしているが、隙のようなものは一切みえない。それからチラリともう1人の少年の方を見た。

 こちらはユリウス皇子とまた違う雰囲気を持つ少年だった。中性的な顔立ちをしているが、着ている服装からして同じ男子であることに間違いはないと思う、がちょっと自信はなかった。男装の麗人だ、と言われれば確かにそうかも、と思える少年だった。


「ふふ、アーサー。彼はナリスというんだ。アルテミシア叔母上の伴侶になられた方の息子なんだ。僕とは血の繋がらない従兄弟ってとこだよ」

「アルテミシア様の!では、公爵家の?」

「正確にはボクはアルテミシア義母上の養子にはなってないから公爵家の人間じゃないよ」


 アルテミシアは結婚と同時に公爵家を興し女公爵の地位についた。レイはその伴侶、という形だ。公爵家は後々はレイとアルテミシアの子供が受け継いでいくことになるのだが、そこに愛し子(ナリス)という存在が加わるとちょっと面倒くさそうなので、ナリスはアルテミシアの養子にはならなかった。

 とは言え、アルテミシアはナリスの義母になると宣言したし、かわいがってもくれているので義母と義息子のギスギス感は一切なく大変良好らしい。どころか本当は養子になって公爵家を継いでほしかったようなのだが、あまり無茶は言えないと泣く泣く諦めた、という逸話がある。


「アーサー、君は父上が選んで僕が決めた、僕の側近になる人だから知っておいて欲しいことがある。この事は皇国でも父上を初めとした限られた人物しか知らないことだ。もちろん君の父上も知らない。君には覚悟がある?」


 覚悟、と聞いてアーサーは知らず知らずの内にごくりと唾を飲み込んだ。

 皇国の要職についている父さえも知らない秘密。それを自分に知らせる、その意味。

 次代の皇帝の傍近くに仕える。仕えていれば父母にも言えない事が出来るのは当たり前のことだとは思っていたが、まさか初日から皇国でも限られた人物しか知らない秘密を知る覚悟はあるか、と問われるとは思わなかった。知ったら最後、そんな風に感じられたが、アーサーはしっかりと頷いた。


「その覚悟はあります。殿下の傍で仕える以上、当たり前のことですから」


 まっすぐにユリウスを見てアーサーは言い切った。


「ふふ、そうだね。君なら僕たちを甘やかしてくれなさそうだね」

「…甘やかす、ですか?」

「そう。僕とナリスの近くにいる人たちはけっこう甘やかしてくれるからね。今まではそれでも良かったけど、学園に入る以上、少しは僕たちを止めてくれる人を、と思ってたんだ。君ならちゃんと止めてくれそうだよ」

「はぁ、殿下たちを止める、ですか…?」

「ちょっとねー、僕たち、少々一般常識っていうのから外れてるらしくて、いっつもヴィーたちに怒られるんだけど、学園に入ったら授業とかも選択しだいではバラバラになるし、僕たちを止める要員は多い方がいいからねぇ。君ってば優秀だし元々僕の側近候補だったから、君に決めたんだ」


 にこにこ笑顔で言っているが、この時点でアーサーはちょっとだけ側近になるの後悔しかけた。イカンイカン、と心の中で否定したのだが、いかんせんユリウスの笑顔が怖いのだ。笑顔なのに怖いってどういうことなんだろう、とは思っても言葉には出せない。


「そんなに構えなくても大丈夫だよ。これは確かに父上を初めとしたごくわずかな人にしか知られてないんだけど、まぁ、いつかは公表する、のかなぁ??」

「えー、さすがにしないでショ。もし公表するなら同時にユーリのことも公表することになるから、今まで以上に周囲が騒がしくなるじゃん。宰相サマとか仕事に押しつぶされて死んじゃうよ?」

「伯父上には長生きして元気にしていてもらわないと!じゃあやっぱりこそっと秘密を教えるね」


 あの宰相閣下が押しつぶされる仕事量って何だろう。超人的な宰相閣下の仕事っぷりは尊敬以外のなにものでもないのだが、何事にも動じない宰相閣下がそこまで追い詰められるであろう秘密というのは出来れば知りたくない、アーサーが心底そう思っても仕方のないことだったが、当の本人たちはいたってのんきに、これで秘密の仲間が増えるねーと喜んでいる。


「あのね、アーサー」


 覚悟を決めるしかなくなったアーサー・グリムに第一皇子殿下(ユリウス)はうきうきした様子で爆弾を落としてくれた。


「アルマ様って知ってる?」

「アルマ様?生と死を司る方で、女神スーリー様の右腕とも言われる方ですか?」

「そう、伝説中の伝説の神様なんだけど、今まで一度もこの世界に降臨なされたことも加護を与えることも無かったと言われる方。アーサー、僕はそのアルマ様より加護をいただいた身だ」


 さらっと皇子様はアーサーの予想外の秘密を暴露なさった。


「……はい?…」


 思わず聞き返してしまったが、それも仕方のないことだった。

 アルマ様ってあのアルマ様?生と死を司る方で、加護どころかそのお姿を見た事がある者は皆無。まして”アルマ様の加護”持つ人なんて聞いたことがない。


「その、殿下はアルマ様にお会いしたことが…?」

「あるよ。黒い髪と瞳を持つ雄々しいお方だったよ。敵と見なした人には冷たいけど、僕たちにはすごくお優しく接して下さったんだ。あの方はその神威だけでも膨大なのにそれを押さえて僕たちに合わせて下さった、大変優しくて心遣いをしてくださる方だよ」


 あ、敵にはやっぱり容赦ないんだ。というか、ある意味イメージ通りの神様ではあるようなのだが、ユリウスがアルマ様が黒い髪と瞳を持つ、と言ったので思わず従兄弟にあたるというナリスを見た。


「ふふ、ナリスが気になる?まぁ、そうだよね。僕はアルマ様の加護持ちだけど、ナリスは”アルマ様の愛し子”だよ。僕なんかよりよほど重要で大切な方だよ」

「………は?」


 歴史上初めてアルマ様の加護を持つ皇国の第一皇子(ユリウス)はさらに強力な単語を投下してくださった。

 もはやアーサー・グリムの思考回路は停止一歩手前状態にまで陥った。


「愛し子様…?愛し子様って何だっけ。あ、そうだ、先生に聞いたことがある。えーっと何らかの使命を神々より与えられて地上に降りてきた方。神々からの寵愛もすごいから基本敵対してはいけない方、だっけ?」


 思わず歴史の先生から習った言葉をそのまま口にしていた。


「へえー、そんな風に習うんだ。確かにナリスに他の神々もお優しいもんね」

「ユーリにだってお優しいじゃん。アルマ様の名前はすごいよね」


 どうやら目の前の2人は他の神々にもお会いしたことがあるらしい。何せ、アルマ様の愛し子と加護持ちだ。ただでさえ神の加護持ちというだけで他の神々も優しくしてくれる、という話しは聞いたことがあるのにそれがアルマ様、創造の女神スーリー様の右腕で生と死を司る神の愛し子と加護持ちだと倍にでもなるんだろうか、などとアーサーは現実逃避的に考えた。

 実際には、そこにさらにナリスが異世界の最高神の息子でこの世界に無理を言って派遣してもらった神族、という特大級の秘密もあって神々の寵愛は深く、ナリスを大切にしてくれているのだがそれはまだまだ内緒の話しだ。

 ひとまずは、この世界の神々からの寵愛が深い、という感じで認識してもらいたい。


「アーサー、そんな訳で僕とナリスは神々やそれに準ずる存在、それこそ精霊たちとも交流がある。これから先、僕たちはそちらに確実に関わっていくことになるから、もしだめなら今、言ってほしい。君には悪いが記憶を封じさせてもらって君を解放しよう。君が受け入れられない、というのは仕方のないことだとも思うからね」


 ユリウスは、少し寂しそうにそう言った。この世界がいくら魔法に満ちていて神々との距離が近いとは言え、そういった存在と関わりたくない、という者もいる。ましてユリウスたちは深く関わっていくであろうことは容易に推測できる。

 アーサーは返答に時間をかけられないと思い、深く深呼吸をした。


「…殿下、殿下の側近としてこれより先はそういった事にもなれるように努力いたします。ですが、私自身はそちらの方面の能力はそこまでは無く、精霊を視ることもできません」


 精霊を視ることができるのは一般的な能力ではない。普通の人は視ることなんて全く出来ないのだ。


「うーん、それに関してはちょっと心当たりはあるんだけど…、ま、いつか、ね」


 ユリウスがにこにことして答えた。

 

 こうしてアーサー・グリムはユリウスの側近として仕えることになった。

 神々の愛し子と加護持ち2人に振り回される日々を送ることになるのだが、まず最初に友情を育んだのは、幼い頃から2人と一緒に冒険者ギルドで仕事をしてきたという皇都南ギルド出身の子供達だった。中でも同じクラスになったヴィクターとハリーとオリバーの3人とは、成人してからも度々呼び出しては一緒に酒を飲んでくれる、という生涯に渡る友情を育むことが出来た。顔合わせのその時に直感で、こいつらを逃がしてはいけない、と思いすぐに巻き込んだ。それはヴィクターたちも同じであったらしく、貴族だろうがこの2人を止めろ、そういう思いでぎゅっと握手をしたらしい。

 賑やかで愛しい日々はこうして始まったのであった。

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