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竜珠の娘

 六花(りつか)は、どうして自分がこんな目に遭っているのか訳が分からなかった。

 今、六花は大勢の王侯貴族たちの前に出されて、いわれ無き誹謗中傷を受けて冤罪で断罪されようとしていた。

 六花は何の変哲も無い村の農家の娘として生まれた。ところが12歳の時に都の偉い神官様とやらがやってきて、六花こそ神である竜神様が使わした娘である、と宣言した。そのまま王宮に連れてこられた六花は強制的に若き王の側室とされた。とはいえ、王が六花の元に来たことなどない。それどころか六花は直接顔を合わせたことすらなかった。なのに、王妃や他の側室たちから日々嫌がらせを受けた。教養や多少の勉強は手配された教育係が施してくれたが、元が農民の娘である六花には村でたいして役に立たないであろう知識を得たところで楽しくは無かった。

 だが、王妃や他の側室たちの陰湿ないじめは日々エスカレートしていくばかりだった。

 今もそうだ。

 突然この場に引き釣り出されてやってもいない罪を着せられようとしている。

 竜珠の娘だと思って調子に乗って!!そんな風に罵倒されて。

 六花には全く意味が分からなかった。

 突然王宮に誘拐同然で連れてきて無理矢理王の側室にしたくせに、六花が悪いと責めてくる王侯貴族たちに好感などもてるはずもない。チラリと玉座に座った王を見たが、王が止める気配もない。

 ちなみに初めて王の姿形を見たが、六花の心には何に感慨も浮かばなかった。


「…いらない…」


 この場に引き釣り出されて初めて六花は言葉を紡いだ。


「今、何か言ったかしら?」


 王の隣に座る女性が完全に見下した瞳で六花を見た。


「いらない。こんな国はいらない。全部、消えちゃえばいいのに…」


 六花の声は決して大きくはなかった。だがその声はけたたましく騒ぐ人々の中にあって静かに響いた。

 それは誰の耳にも等しく届いた言葉だった。


「無礼だぞ!娘!貴様が竜珠の娘だというから大切にしてやったのに、この国がいらないとはどういう意味だ!!」


 六花を罵っていた男の1人が六花の言葉を聞いてさらに激高した。

 六花から言わせれば、どこが大切にしていたのか問いただしたいところだ。言葉では何とでも言えるが実体は伴っていない。男が六花に近づいてきたので、六花はそっと目をつぶって、再度宣言した。



「この国はもういらない。竜珠の娘(わたし)を大切にしてくれない国をどうして竜神様は守護しているの??」


 六花の村に伝わるおとぎ話では、その昔、この国に生まれた竜珠の娘に恋をした竜神様が娘が健やかに過ごせるようにこの国を守護してくれている、竜珠の娘が幸せに生きているうち竜神様は穏やかにこの国を守るが、もし娘が不幸に陥ったのならばこの国を滅ぼすだろう、だから竜珠の娘が現れたら彼女が幸せであるようにしなければいけない、そう伝わっている。

 なのにその竜珠の娘であるはずの六花は今まさに冤罪で責められている真っ最中だ。

 親兄弟や親しい友人もいない六花はもうこの国がどうなろうが特に何も思わない。だからこそ竜珠の娘はいらないものはいらない、と宣言したのだ。


「こんな国、滅びればいい」


 静かに告げられた言葉に六花を竜珠の娘だと断言した神官がイスから腰を浮かせた。

 だがその瞬間、六花の後ろに神々しい光が現れた。あまりのまぶしさに人々は誰もが目を覆ってうめき声に近いものが聞こえてきた。そして光が収まって人々がようやく目を開けると一斉に驚愕したような表情になったのだった。

 六花のすぐ横に立っていたのは人外の美貌を持つ存在。

 黒い髪を背中で1つに束ねているが、その紐の色は神色である紫。よく見れば身に纏っている黒い衣装のところどころに紫色が配されている。それは、神のみが身につける事を許された色。

 黒を基本としたその装いは軍服に近いものがあり、膝下まであるロングコートは大きく左右に広がるように幾重にも重ねられた青色のレースの襞が付けられていた。レースというだけで女性物を想像してしまうが、その中性的な美貌には大変良く似合っている。飾りに使われているのは、青色と紫色だ。

 その姿に一目で神、もしくはそれに通ずる存在なのだと本能が勝手に理解する。

 玉座に座って成り行きを見ていた王も身体の震えが止まらぬようで自らの両手で己の身体を抱きしめて震えている。


「…竜珠の娘の審判は下された。娘よ、この国は我が滅ぼす、それで良いな?」


 六花に問いかける声は限りなく優しさに溢れている。

 その美貌の黒い瞳に浮かぶのは六花に対する優しさだけだ。


「…竜神様…?」


 その優しい声に勇気を振り絞って六花は聞いた。


「否。我は竜神様の御使い。そなたを助け、そなたの願いを叶えるように彼の神は我をこの地に使わされた。竜珠の娘は審判を下す存在。それさえも忘れてそなたをないがしろにしたこの国にもはや未練はあるまい。せめてもの慈悲だ。この国に住まう只人は苦しまぬように一瞬で死へと誘おう。今、この場にいる者にはそなたが味わった以上の苦痛を与えよう。その上でその魂さえも冥府にて罰を受けるが良い」


 優しい声で残酷な事を告げる竜神の御使いだと名乗る人物に六花はそっと抱きついた。


「…はい。はい、お願いします」


 未練も一切無く、六花は頷いた。

 慌てたのは周囲の人間だ。特に王と王妃は慌てて玉座を降りて六花と御使いの方へと近づいてきた。


「六花!!この愚か者!何ということを言うのだ!!」


 慌てて王が六花に近寄ろうとしたが、御使いがチラリと見ただけで全身からの震えが止まらなくなりその場に崩れ落ちた。


「さて、愚か者はどちらなのかな。古いおとぎ話しにもあるであろう?『竜珠の娘が幸せに生きる場所であること』それがこの国の存在する意味。今生の竜珠の娘である六花に冤罪をかけ追い詰めるような輩が住む場所などいらぬのだよ」


 御使いの言葉にハッとした様子を何人かは見せたが、多くの人間は、え?というような驚いた顔をしていた。


「竜神様がこの国を守護されたのはこの国に竜神様が愛された娘が生まれたから。最初の娘以降、竜珠の娘はこの国に生まれてきた。だからこそ竜神様はこの国を守護し、彼の娘が健やかに過ごせるように心を砕かれてきたのだ。娘と竜神様が交わした約束を守るために」

「約束…?」

「そう、そなたは覚えていないだろうが、竜神様とそなたは1つの約束を交わした。この国の行く末を判断するのは竜珠の娘。この国の滅びを判断するのはただ1人、竜神様が愛した娘のみ、と」


 御使いと名乗った人物は六花に向かってそう言った。それだけで六花は本当の『竜珠の娘』であると証明されたようなものだ。さらに御使いは、六花こそ始まりの竜神の愛した娘の生まれ変わりだと断言した。竜神と約束を交わした娘である、と。


「とはいえ、今更そなたが本当の竜珠の娘であると理解したところですでに遅い。そなたはこの国の滅びを望んだ。そして我はそなたの望みを叶える為に使わされた存在。怖ければ少しの間、目をつむっているがよい」

「私はどうなるのですか?」

「ふむ。そなたが望むのならばこの国以外の場所に連れてゆこう。もはや地上にいたくないというのであれば、肉体を破棄してその魂を竜神様の元へと連れてゆこう。さて、そなたの望みはいかに?」


 御使いの問いかけに六花は少しだけ考えた。だが、最初から結論は決まっているのだ。

 親兄弟も親しい友人もいない六花にはもう何もない。ならばこのままこの国と一緒に滅んで魂だけでも竜神様の元にいきたい。


「竜神様の元に連れて行って下さい。この世界は私にはつらすぎる…」


 その微笑みは儚げで切なそうだった。


「…よかろう。それがそなたの決断ならば、竜神様の元へと我が責任を持って届けよう」


 そう言った御使いの手の平にはいつの間にか丸い大きな水晶のような物が浮かんでいた。


「これは竜神様が我に与えてくれた物。これを割る、ただそれだけでそなたの望みは叶う。今一度、問おう。そなたの望みは?」

「私の望みはこの国の滅亡。そして竜神様の元へと行くこと」

「承知した」


 御使いと名乗った人物がその水晶のような物を床に落とすとそこから黒い光が一瞬にして噴出した。


「きゃぁぁぁぁぁー」

「うわぁぁぁー」

「ぎゃあ!!」


 様々な悲鳴が響き渡ったがそれもほんの少しの間だけのことだった。


 その日、わずか数時間の間に歴史ある竜神を奉っていた国が滅びた。

 国中の人間は全て消え去り、建物は無くなり大地は自然と動物だけを残して消えた。

 初めこそ各国は何事が起きたのか理解できなかったが、やがてその滅びた国が竜神の大切な竜珠の娘をないがしろにした、という事実が知れ渡ると他の国々は納得し、自らの国の歴史書にその顛末を書き記したのだった。




「おぉ!見事に更地になったじゃん」


 さっきまでかっこつけていた黒づくめの竜神の御使いことナリスは、竜神より預かった水晶の珠の威力に感心していた。

 国1つ、丸ごと綺麗に更地になっている。特に王宮があった場所はまるで隕石でも墜落したかのように見事な陥没が出来ていた。


「なかなかエグいなー、竜神様。そんなにこの子の事を拘束してたこの国がイヤだったんだー」


 そう言ってナリスは腕の中で気を失っている六花を見た。

 六花は間違いなく竜神が愛した娘の生まれ変わり。この国は過去に何度も生まれ変わりの娘を無理矢理王やその血縁者の妻や側室にしてきた。それでも生まれ変わりの娘が幸せを感じその生涯を閉じている間は竜神も手出しはしなかったが、久しぶりに生まれ変わった愛しい娘に対する今回の仕打ちに竜神が大変激怒していた。

 だからこそ、ナリスを、番外の滅びの神をこの世界に送り込んだのだ。

 

「はは、長年の間にたまったうっぷんはすごいな」


 お姫様抱っこした六花をヨイショと抱え直してナリスは、大地へと降り立った。


「萌え出でよ緑の子供たち。水を呼び風を吹かせこの大地に再び恵みを与えよ。巡る命の循環を正しき姿へと戻せ」


 ナリスの言葉とともに、大地のあちこちから緑の木々が芽吹き始めた。そしてあっという間にナリスの腰くらいまで成長した。


「これくらいかな、後は…ターちゃん、ちょっと来てくれる?」


 ナリスの呼びかけると大地にぽっかり穴が空き、そこからパァっとした光とともにモグラ型のノームのターちゃんが顔を出した。


「こっちにまで呼び出してごめんね。この世界にいるターちゃんの仲間にこの場所に精霊たちの楽園を作ってほしいって呼びかけてくれないかな?」


 ナリスの言葉に首を縦に一生懸命に振ると、ノームのターちゃんは身体を震わせて大地に振動を送った。するとこっちの精霊たちがひょこっと顔を出したので、ターちゃんがすかさず説明をして、その説明をこっちの精霊たちが今度は別の精霊に伝えて、という伝言ゲームで各地に広がっていったようであった。


「ありがとね、ターちゃん。あっちに帰ったら遊んであげるからね」


 ターちゃんは初めてあった時と同じようにあいるびぃーばっくしながら光の渦の中へと消えて行った。


「ブレないなぁー、ターちゃんも」


 何故か毎回、あいるびぃーばっくをしてくれるターちゃんー仮命名だったのがいつの間にか仮がとれてナリスが名付けた精霊になってしまっていたーにちょっと心が和んだ。

 ナリスの周りではこの世界の精霊たちがえっちらこっちら働いている。この場所に精霊の楽園を作るように神から言われたので、彼、彼女らもまあまあ必死になって仕事をしてくれている。この分なら遠からずここは緑に溢れる大地となるであろう。


「さって、お仕事終了、と」


 今回、ナリスは『竜神の御使い』という設定だったので、それを聞きつけたユーリから『御使いっぽいしゃべり方は天虎のヴェイユだからそれを参考にして』と指導を受けた。

 本人的にはそれなりに良い出来だったんじゃ無いかな、と思っている。

 ついでに衣装もちょうど来ていたルカが『今まで制服で行ってたの?信じられない、それじゃあまるでこっちの神々がナリスくんに何にもしてないみたいじゃないか!こっちの威信にかけて衣装を用意しないと!!』と張り切ってドーラやシメオンなどを巻き込んでいくつもの衣装を用意してくれた。今回はこの軍服風の衣装で来たが、他にも神官風や和装に近い衣装など様々なジャンルの物が用意されているので、他の世界に行くときはそのどれかを着るように、と言われている。ついでに今回は髪も伸ばせと言われたので伸ばしたのだ。


「じゃ、行こうか」


 腕の中で未だ意識を取り戻さない六花に優しく微笑んだ。

 魂だけの存在にして連れて行くつもりだったが、この身体も初代の血を細くだが引いている。どうするかは竜神様と2人で決めればいい、そう思ってナリスは生身のまま六花を神界にいる竜神の元へと届けることにした。


 大地に精霊たちが集まって来ているのを横目にナリスは六花とともに消えたのだった。


 かつて竜珠の娘と呼ばれる存在がいた国があった場所は、精霊たちの楽園となり人は近づくことすら許されない聖域となっていった。

 時折、竜と人の姿が楽園の中で見られるようになるのだが、それは精霊たちだけが知っている秘密になるのだった。

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