よんわ。
真っ黒な空間。瓦礫だらけで、炎燃え盛る中で白い光に守られて、膝を抱える女の子が一人。
小さな体を震わせて、唇を噛み締めて、大きな目に一杯の涙を溜めて、でも、それが溢れない様に我慢して。
――ほお、どんな奴かと思えば、まだまだガキではないか。
耳に馴染んだ声に振り向く。そこにいたのは、二人の女の子。
頭に赤い二本の角を生やした黒髪黒マントの子。マントの裾をきゅ、と握って顔を覗かせる、真っ白な髪に灰色の二本の角を生やした子。二人の角は成長途中だからか短く、先は丸みを帯びててかわいい。つんつんしたい。ぷにもち間違い無しのほっぺも。
――……おねえちゃんも、こどもだよ?
マントをくいくい引っ張って、白い子が言った。女の子は、涙に塗れた声で頷いた。
ついでに私も頷いた。三人共、背丈の差は一、二cmだし。
――ふふん! それは違うぞブラン! わたしはこども、あぁ、確かにそうだとも! だがしかし!
ばっ、と効果音が付く勢いでマントを広げたから、ブランと呼ばれた子が転びそうになった。
――おっと、すまんな。
――ううん、ありがと、おねえちゃん。
――くはぁ~っ! いつもかわいいが時たま見せるその笑顔もたまらんっ!
言葉通りたまらんらしく、わしゃわしゃとブランちゃんを撫で回すマントちゃん。二人共、心底嬉しいと思ってるのが伝わってくる笑顔を浮かべていて、
――…………。
そんな二人を、女の子はじっと見つめてる。
――だが、しかし、なに?
――んぁ? おぉ、そうだったな。こほん、だがしかし!
しっかりブランちゃんを抱いて、マントちゃんはまたもマントを広げる。
――ブランよりも十秒先に生まれたわたしは姉であるからな! その分おとななのだ! おまえ! 年はいくつだ? わたしは二才とはちかげつだ!
――……三才、と、いっかげつ。
辛うじて聞こえたであろう返答に、マントちゃんは見事に固まった。その腕の中では、ブランちゃんが幸せそうに頬をすりすりと。
さて、ここまで見ておいて今更だけど、これはカミュさんが言っていたことの続きだろう。となると、どうして夢として見てるかはさておき、あのマントちゃんはネコさんで、ブランちゃんは双子の妹、と。
二歳と八ヶ月の頃から、今が何歳か分からないけど全く変わってないらしい。どうして、ブランちゃんの話がでないんだろ?
――……ふ。まあ、そんなのはささいなことだ。
あ、逃げた。
――さて、あらためて聞くが、これをやったのはお前でまちがいないか?
守るようにブランちゃんを抱きなおして、ネコさんは幼いながらも鋭い視線を向ける。逃れることのできない何かを感じ取ったのは、私だけじゃない。
女の子は、怯えながらも頷いた。
――ふむ。ブラン、どうだ? コイツはのまれる方か?
――ううん。のみこんで、しはいして、どんどんおおきくなる方。おねえちゃんと、たいとうになれる人だよ。
――なるほどなるほど。それは実にゆかいきわまることであるな。
首を傾げる女の子に、ネコさんはびしっ、と指を向けた。帰ったら人を指ささない様に教えないと。
――いいか! お前は今日この瞬間から、わたしとブランのどれいだ!
――……どれい、ってなに?
――わたしもしらん!
胸を張るネコさんを見て、ほんとに変わってないんだな、ってしみじみ思う。
――言葉の意味など小さきことよ! そんなところでちぢこまっておらんで、この手を取れ! そうすれば、わたしとぶらんはお前からはなれんぞ! しつこくまとわりついてやるぞ!
うん、ブランちゃんはともかく、ネコさんがそうするのは容易に想像できる。おはようからおやすみまで構い倒して、ついでに夢の中でも構い倒しそう。
炎の勢いは衰えることなく、ごうごうと音を立て続ける。女の子は顔を埋め、呟いた。
――わたし、ばけ、もの、だよ?
――それがどうした?
ノータイムで返された女の子は、ゆっくりと顔を上げる。瞳にあるのは、純粋な驚き。
――わたしたちは魔族だ。生まれながらの化け物だ。お前のようにちゅうとはんぱではない、本物のな。なにをおびえる? なにをこわがる? 化け物でけっこうではないか! 力がこわいのであれば、お前が力をくっぷくさせればよいだけのこと! たとえそのかていでぼうそうしようとばくはつしようと!
――おねえちゃんとわたしは、あなたとずっといっしょ、だよ?
――うおい! 決めぜりふをとるでないブラン!
――……?
よく分かってないブランちゃんは、ネコさんに頬をすり寄せる。んぉ、と変な声を漏らして、ネコさんは頭を撫でた。お互いにシスコンらしい。
――ほん、とに? どこにも、いった、り、しない?
――わたしはうそなどつかん。お前から離れんかぎり、いつまでもまとわりついてやる。それはもううんざりするほどにな!
――おねえちゃん、いってること、さっきとおんなじ。
――ブラン、しー! きづかれたらどうするっ……!?
言いながらちらり、と女の子を見たネコさんは、
――んなっ!?
大粒の涙を流すその姿に困惑の声を上げた。
――ちょ、お、おい!? なぜ泣くのだ! おぉおいブラン! これはどうすればいい!?
――う~ん…………うん、おうちにかえる。てんい、おうち!
右手を突き上げて元気にブランちゃんが言った。
かわいい、そう思ってる一瞬で、閃光と共に場面は切り替わり、そこは広い部屋。
質の良さそうな絨毯が敷かれた空間の真ん中には、でん、と天蓋付の大きなベッドがあり、小さな影が三つ。近づいて覗き込む。
天使達がそこにいた。
――ん、おね、ちゃん……。
――のわー、るぅ。
――んぅ~……だいじょうぶ、だぞ~……そばに、ぃうか、な……。
眠りながらも、ネコさんは両隣の二人をしっかり抱き寄せた。ブランちゃんとカミュちゃんは、一層安らかな寝顔を見せる。もう、ずっきゅんばっきゅん物である。
この胸の高鳴りはなんだろう? まさか恋? それとも鯉? もいっこ付け足してコイン? よし、落ち着いた。
さてさて、夢であるにも関わらず、こうして立っている足の裏には柔らかい感触がある。とんとん跳ねても、確かにそれが返ってくる。
この光景が過去の物である以上、私が何をした所で影響はない筈だけど、できるだけ物音は立てない様にしよう。
…………て、あれ? 今、見てるこれ、誰の記憶?
改めて天使達を見ても、仲良く寄り添い合ってすやすやと。少し背が伸びてる気がするけど、この年の子供はよく眠るだろうから、寝たふりはまず無い。ネコさんに限っては言い切れない。
と、昨日起きる前の夢を思い出す。あれだって、誰の記憶か分からない。私は浮いてたし、周辺に空を飛んでる人とかはいなかったし。
……この空間の、記憶? ザ・オンの記憶? それなら頷くことはできる。でも、あぁ、そっか、と納得はできない。こうして自由に動ける理由にならない。仮にそうだとして、私が見る意味だって分からない。
う~ん……夢の中でこうも考える日が来るなんて思わ――夢にも思わなかった。あ、なんでもないです。
――かくごしろははうえっ! きょうこそぉ~……。
「ぴゃっ!?」
びっっっくりしたぁ……変な声出ちゃった。
勢い良く起き上がったネコさんはゆっくり体を倒し、二人からひし、と抱きつかれた。
その安心しきった寝顔を見ている内に、夢の中なのに眠くなってきた。
そう言えば、カミュさんほったらかしにしちゃってる……電車、たのし、みに、して……あ、れ?
――ばいばい。またね。
ブラン、ちゃん……?
意識が霞んでいく中、ふわりとした笑顔で手を振るブランちゃんを、確かに見た。
一般的な一軒家の二十倍くらい、敷地面積は百倍くらいありそうな洋風の白い大豪邸が、目の前にあった。
門の高さは、推定八メートル。周囲はどこまでも広がる草原で、南へ伸びる街道の遥か先に、小さな建物の群れが見える。色んな声も、少しだけ聞こえる。
「……はて?」
夢から覚めたと思ったらまた夢?
頬を引っ張ってみる。決め付けてたから加減間違えた、痛い。決め付け、いくない。
心臓も動いてるし、太陽の熱も感じるし。何がどうなってこんなことに……?
頭を捻っていると、
「え――!?」
前触れなく赤い女の子が目の前に。
「ちょ、まっ、きゃあっ――ふぐっ!?」
「あ~……」
ぎりぎり避けたことで、女の子は顔から地面に。お尻を突き出してぴくぴくしておられる。
「――っ! なんで避けるのよ!」
と思ったら、起き上がると同時に怒られた。
「いえ、普通避けますよ。攻撃を避けるのと同じですよ」
「ぁあ、言われてみればそうね」
納得されてしまった。
髪から瞳から服から見事に全身が赤い彼女は、胸に銀製の鎧と、右腰に二本の刀といういでだち。
「それで? 一ヶ月もどこ行ってたのよ? なんでワンピース?」
「はい?」
「まあ良いわ。ほら、さっさと掃除するわよ、すっかり汚れちゃってんだから」
肩に掛かる髪を払い、手を握られる。
「はあ……」
そのまま引かれてでっかい門を潜り、続いて荘厳な木製のドアを潜る。庭ならまだしも、森としか思えない大量の木々が生い茂ってるのなぜでしょう?
大理石とか言うやつかも知れない物で出来てるであろう床からは、とても汚れてるとは思えない光沢が。
まあ、森とかのことはさておき。
「すいません、どちら様ですか?」
ぴた、と前を行く足が止まり、軽くぶつかりそうになった。
「……は?」
振り向いた赤い瞳と見合うこと数十秒、
「はあっ!?」
彼女はなんとも盛大に驚きながら大きくバックステップを踏み、
「だ、だだだ、誰よあんた!?」
抜いた真紅と漆黒の刀の内、赤い方の切っ先を突き出して声を荒げた。
それを聞きたいのは、私もなんですが……、う~ん、どげんすっかなぁ? カミュさんごめんね? もうちょっと待っとってね? お買い物、ちゃんと行くけん。
所変わって、赤を基調とした物が大半を占める部屋。わたくし、好呂白乃十六歳は、両手を光る何かで縛られてござい。
やっぱり赤いソファに座る私の目の前にて、ただならぬプレッシャーを放ちつつ睨みを利かせる赤い人。無表情な金髪の娘。興味深々と目を輝かせる小柄な銀髪の娘。
ユニットとか組んだら絶対売れる。
いえ、真ん中の赤い人に事情を説明しようとした瞬間にですね、気付けば拘束されてしまったとですよ。そして、赤い人が目を閉じて、かと思えばすぐこの部屋に連れ込まれ、そこには先の二人がおったとです。
でも、拘束の早さはほんとに凄か――はっ!
「高速で拘束」
「ぷふっ……!」
口を突いて出たダジャレは、銀髪の娘を小さく吹き出させた。蹲って肩を震わせる姿に、ちょっぴり嬉しくなっちゃったり。
「私、未だにこの子のツボがよく分からないのよね……」
「箸が転がっても……?」
赤い人の呆れた声に、棺桶を背負ったシスターちゃんが呟いた。本物の金髪はこんなに綺麗なんだ、と素直に見惚れた。
それにしても、ここまで来るとこれは、もう夢とは思えない……、ここ、どこなんだろ?
「……?」
不意に、首を傾げたシスターちゃんが深い蒼の瞳で覗き込んでくる。
「え、ちょっと、プリエ? どうしたの?」
うなじですんすん鼻を鳴らして、シスターちゃんは言った。
「……カミュちゃんと、魔王の、匂い」
戸惑っていた赤い人も、震えていた女の子も、肩を小さく跳ねさせた。同時に、今しがた浮かんだ疑問も消えた。
ザ・オン。ネコさんとカミュさんが生まれ育った世界。どうしてか私は、今、そこにいる。
「この娘は、魔人。でも、少し、変」
そっと頭に触れられ、しなやかな手は頬、首、鎖骨と下りてきて、胸の中央で止まった。
「この娘、一度、死んでる」
一切抑揚の無い声に、赤い人と女の子は小さく、ぇ、と漏らした。