ごわ。
「……たまに幽霊みたいね~、とは言われたことありますね」
常にぼぉ~っとしてるからかな?
陸上部のエースでクラスメイトのみぃちゃんがそう発言したのは、二学期の十月頃に開催される文化際の出し物を決めていた時だった。流れでお化け屋敷っ茶をすることになった。なぜ喫茶店要素を足す必要があったの先生。
その前に体育祭もあるし、もっと言えば夏休みにも入ってないのになんで文化祭? 去年そう思ったけど、配られた企画案を見て納得した。思い出すのは、「いかんよ、思い出したらいかんよ、よかね?」と訴えてくる脳に素直に従った。
「ゆーれい、じゃない。新鮮な、ぞんび、がおー」
フォローかと思ったら口撃だった。がおーかわいい。
「なにか、心当たり、ない? 瀕死の、重傷、負ったとか」
両手は顔の横にしたまま言われ、しばし、記憶を探ってみる。ネコさんのもふもふとか、カミュさんの良い匂いとか、みぃちゃんが作って来てくれたお菓子とか、平和そのものなことしか出てこない。
「少なくとも、ここ八年でそういった事にはなってませんね」
「……あなた、どう見ても十五、六歳じゃない。なんで八年なのよ?」
「もしかして、ジンゾーニンゲンとか言うあれ? 見た目に反して中身は幼いとか?」
怪訝な顔で言った赤い人と、膝に顎を乗せて見上げてくる女の子。
「違いますよ。それ以前の記憶がないんです」
女の子の頭を撫でてみる。気持ち良さそうに目を細めて、もっと、と押し付けてきた。
「詳しく、聞かせて」
「はあ、良いですけど」
答えると、シスターちゃんは右に座った。棺桶は静かに置かれたのに、お腹に響く重い音を立てた。
腕の間に潜り込んできた女の子は、全体重を預けて後頭部をすりすりしてくる。
そして、左には赤い人。刀を立て掛け、眼を閉じて腕と脚を組む。
背中には柔らかいソファの感触。自然と動きを封じる辺り、チームワークかなと思わなくもなくもない。あれ、どっち?
「と言っても、山で倒れてた所を保護されただけなんです」
「…………だけ、で片して良い話じゃないと思うわよ?」
「そうですか?」
首を傾げる。赤い人と女の子は苦笑い。
「なんで、山に?」
「分かりません。おばあちゃんが言うには、近くに光が現れて、その中に私がいたらしいんですが……」
今考えてみればそれは、何か魔力的な物とも思えてくる。ネコさんとカミュさんがいて、私自身、魔人になってる訳で……、こうして別の世界にいて、手は不思議な光で拘束されてるんだから。
「光ねぇ、転移くらいしか考え付かないわ。あなたが住んでる所って、魔法と魔術の比率はどうなってるの?」
「比率……違いが分かりませんけど、使える人は身近に二人しかいませんので、一:一かと」
「二人? てか、え? 違いが分からないってなに? ザ・オンじゃ有りえないわよ」
「ザ・オンの人間じゃありませんからねぇ……」
しん、と静まり返る室内。こういう時、幽霊が通ったって言ったりするみたいだけど、こっちだと
――っ! っ、……っ!
なるほど、妖精? 精霊? が通るのか。
驚かせてしまったらしい蒼髪の小さい子は、内心謝ってる間に姿を消した。
「はっ――」
短い二つの声に脳が叫ぶ、聴覚をofにせよ、と。合点承知の助でござる。
「――――――!」
おぉ、ホンとにできた。ここまで早く調節できる様になるもんなのかな?
ともあれ、鼓膜は守られた。大変大声を上げたであろう二人は、目と口を開いたまま固まってしまい、
「ぐわん、ぐわん、する」
唯一被害を被ってしまったシスターちゃんが、肩に倒れこんでくる。
できて良かった聴覚調整。絶対鼓膜殺されてた。ありがとうネコさん、魔人にしてくれて。
「ザ・オンの人間じゃない――別世界!? あなたっ、違う世界から来たの!?」
「あの、答えられることは全部答えるので、声抑えてもらって良いですか?」
私の鼓膜の為にもぜひ。
「あ、う、うん、わかった、ごめん」
「で、でもでも、どうやって壁を越えたの? アレを超えられるのは」
「うん、極一部の神様と、神様の血を引いてる人だけなんだよね?」
戸惑い半分驚き半分と言った表情で、女の子は何度も頷く。
「でも、私の場合は超えたんじゃなくて、超えちゃったんだと思う」
女の子とシスターちゃんが、小さく震えた。
「……心当たりはあるの?」
「向こうで眠って、夢を見て、その中で意識が途切れて、この家の前に」
もしあの夢が、地球とザ・オンの中継地点みたいな物だったら。ネコさん、カミュさん、ブランちゃんを客観視してたのは、内二人と関わってるから、と仮定すれば、多少納得もできる。
「……あの、境界線って、夢と現実にもあるんですか?」
魔法と魔術の違いも気になるけど、これは後にしよう。
「あるもなにも、それが一番超えられてるわよ。こっち半分が夜になれば、世界の半分近くが夢の中へ。朝になれば、次はあっち半分が夢の中へ。嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、辛いこと、日々の鬱憤に、誰かへの想い」
彼女が今誰を想っているのかは、柔らかなほほ笑みで分かった。
「生き物の感情が境界線に与える影響は、未だ計り知れない。でも、今の所ザ・オンでは、眠った時に別世界へ飛んだ事象は確認されてないのよ」
「それはまた、なんとも不思議な」
「えぇ、ホントよく分からないわ、世界って奴は。そこが面白くもあるんだけどね」
そこで、何かハッとした表情になる彼女。
「ねぇ、さっきの話、あなたが山で拾われた時の光って、今回みたいに世界を移動した可能性もあるんじゃない? そういう話は、何度か聞いたもの」
「…………私があっちに、地球に生まれたことは、不思議だそうです」
「えっ、なんで? 誰に言われたの?」
そこまでの経緯を、魔王が現在ネコさんであることに驚かれながらも説明する。
返ってきたのは、驚きと呆れだった。
「会ったばかりだったんでしょ? 普通話を聞くくらい、いやそもそも、喋る猫に関わろうとする? しかも連れ帰って? 魔人になることを承知で魔力をあげて? そこに今度はカミュ? 一番つっこむべきはどこなの?」
「あはは……、でもさ、刀向けられて、拘束されて、こうして動きを封じてる今も、てんで慌てたり抵抗したりがないとこを見ると、ねぇ?」
「うん、むしろ、納得」
やっぱり封じられてたんだ。
「悩み過ぎるとあれです、なんかなりますよ?」
「適当にも程がある。ていうか、悩ませてる本人が言うことじゃないわ」
「それで、これって、ネコさんが言った通り不思議なんですか? カミュさんにも似た反応されて」
まるっと流した所で、赤い人からのじと目攻撃! 相手は萌える!
「変なこと考えたわね?」
「はい」
肯定するんだ、と女の子の呆れ笑い。それはそれとして、シスターちゃんがずっとぴったりくっついてるのはなぜでしょう?
「おち、つく」
おうふ、カミュさんと赤い人に続いてシスターちゃんにまで。ということは次は……!
「あ、わたしはそんなことできないからね?」
ぱたぱたと手を振られる。
思いっきり出来てます。プライバシーとか大丈夫なのかな、ザ・オン。
「いきなり何言ってんの?」
「ううん、こっちの話。でも、確かに不思議だね、魔王の言葉を信じたこともそうだけど、すんなり魔人化を許容したのも」
「魔王が言ってることは事実だけど、話を聞く限り、疑うことはしなかったのよね?」
「そう、でしたね。そうだったことに、今気づきました」
それくらい自然にすんなりと、ネコさんの言葉は私の中に入ってきていた。
「もしさ、アイちゃんの仮定通り、元は違う世界にいたんなら……えっと、そういえば、名前は?」
「あ」
と赤い人改めアイちゃんさん。
「ぁ」
とシスターちゃん。
「好呂白乃です」
と私。
「なんか、とことん淡々としてるわね、あなた……」
ため息を一つ吐いて、アイちゃんさんが光の輪に触れた。音を立てることなく弾けて、両手が解放される。
「アイダ・ヲン・スヴェアよ。ごめんなさい、ろくに話も聞かず、こんなことしちゃって」
「いえ。女の子なんですから、それくらいの警戒心を持ってる方が安全ですよ」
ありがと、とアイちゃんさんはふにゃりと笑みを零した。その笑顔だけでなんでも許せる。元々怒ってないから、ただただ癒されるだけで寧ろお得な気分。
「まあ、アイちゃんの場合、こういうことはよくあるんだけどね。思い込み激しいとこあるから。あ、わたしは、リヨウ・カツァルタ」
「うるさいわね」
アイちゃんさんはそっぽを向いて、頬を膨らませた。
「もう、怒らないでよ~」
「ちょ、く、くっつくんじゃないわよ、暑苦しいっ」
ずりずりとソファを移動するアイちゃんさんと、
「ふふ~、そんなこと言いながら、いっつも抵抗しないじゃん。嬉しいんでしょ~?」
あっさり後退できなくなった彼女にしなだれかかって、やけに艶かしく頬に指を滑らせるリヨウちゃん。
「そ、んぁわけ、にゃいでしょっ……ぁう」
「ん~! かっわいい~!」
「ぅう……は、はなれ、なさいよぉ」
「あぁもお、ほんとにかわいい」
真っ赤っかな彼女は、リヨウちゃんの何かしらのスイッチを押してしまったらしい。見た目不相応な恍惚とした笑顔を浮かべて、少女は更に詰め寄る。
「ねぇアイちゃん? いつも最後に求めてくるのはぁ、どこの誰だっけ?」
首筋に顔を埋めて、
「ひゃんっ!?」
小さな紅色が与えた刺激に、アイちゃんさんは嬌声を上げた。すっかり蕩けきったその表情は、さっきまでのギャップがあるからか、色気が半端ない。潤んだ瞳も、紅潮した頬も、悩ましげな吐息も、太ももを擦り合わせる動作も、しっとり汗ばんだ肌も、全てが色っぽい。
見ていると目が合った。恥ずかしいのか、赤が深くなっていく。
そんな彼女に直に触れてるリヨウちゃんは興奮が増したのか、舌をぺろりと。獲物を前にした野獣ってこんな感じなんだろうなぁ。
――以降の約四十分間何があったのかは、各自のご想像にお任せします。が、私から言えることが一つだけ。
眼福でした。かわいい女の子同士のいちゃいちゃは最高ですね。
あ、二つになっちゃった。
「――で、アイちゃんの仮定通りだとしたらさ、ハクちゃんのどこかに、元の世界の記憶が残ってるんじゃないかな? 魔力は全ての世界に存在する、概念みたいなものだから」
不思議はないと思うな。肌をつやっつやさせながら笑顔で、眠るアイちゃんさんを優しく撫でる少女。ついさっきまで、あんなことやそんなことの限りを尽くして彼女を気絶させた少女と同一人物な訳だけど、何人くらいが信じるんだろ?
それはともかく、アイちゃんさんの開けた胸元に伝う汗とか、額に張り付いたお髪とかがやっぱり色っぽい。あどけない寝顔とのアンバランス感がなんとも……。
「保護、されるまえの、記憶、いっさい、ないの?」
「あ、はい。それで困ったこともないですし……あの、私が一度死んだ、って言うのは、結局どういうことなんですか?」
「そのままの、意味。あなたの魂は、一度確かに終わって、でも、蘇った」
「蘇生法術ってこと? 禁忌中の禁忌だよ?」
シスターちゃんは、緩く首を横に振る。
「痕跡は、ない。そもそも、あれの効果は、あくまで、一時的」
「蘇生ほうじゅつ? の場合だったら、私がこうして八年生きてるのは有り得ない、と?」
「うん。それに、あなたの魂には、淀みがない、から」
腕を抱かれて、肩に擦り付かれる。その重みが、なんとなく心地良い。
「そっか……」
覚えがあるようで、アイちゃんさんにその時何かあったのか、リヨウちゃんは、そっと手を包み込んだ。
「ん……」
寝顔はよりいっそう穏やかに。口許には、緩やかな弧を描いて。
――守るから。何があっても。
声は聞こえなかった。でも、確かに聞こえたその声には、温かな決意が込められていた。
「そうだ。ハクちゃん、もしかしたら、何か思い出すかも知れないし、適当に本でも読んでみたら? 刺激にもなるかもよ?」
「本、ですか……」
普段からあまり読まないし、そもそも、こっちの文字が読めるかも分からない。こうして会話できてるのは、ネコさんが言った様に魔力があるからってことだとしてもはてさて、本にも効果あるのかな?
「そうですね、違う世界の書物なんて、まず読める機会、ないでしょうから」
なければないで、ネコさん達に教えて貰おう。
「案内、する」
「はい、ありがとうございます」
シスターちゃんに続いて立ち上がる時、リヨウちゃんが意外だとばかりに、小さな声を漏らした。
「こっち」
手を引かれる中、いってきます、とリヨウちゃんに頭を下げる。一瞬きょとんとされたけど、すぐに微笑みと一緒に手を振ってくれた。
前に向き直ると、シスターちゃんがドアを開けた所。一歩二歩と続いて、エントランスに足を着く直前、世界が暗転した――。
こそばゆい感覚に瞼を上げて映ったのは、見慣れた自室の天井。月明かり照らす視界を行ったり来たりしてる、この黒い物は……。
「ネコ、さん……?」
瞬間、ぴくん、と小さな震えを感じた。意識がはっきりしてきて、胸元に視線を下げる。瞳をぱちくりさせるネコさんがそこにいた。
「んぅ、はく、ちゃん……」
声が聞こえて、隣にカミュさんが眠ってることにやっと気づく。
「カミュ、おいカミュ……! カミュ起きろ! ハクノが目を覚ました!」
「んぅ……――ふえっ!? うそ、え、ハクちゃん起きたの!? 大丈夫どこも変わってない!?」
「うぶっ!」
ぐん、と抱き起こされて、弾みで飛んだネコさんが壁に激突した。大丈夫、だと思っておこう。うん。
「大丈夫です。すいません、心配させちゃって」
頬に添えられた手に手を重ねる。カミュさんの温かさが、じんわり染み渡ってくる。
私は安心したけど、目の前の彼女は瞳一杯に涙を溜めていて、今にも泣き出しそう。痩せた様に見えるのは、気のせいじゃないんだろう。
「ほん、と、だよぉっ……!」
「ん」
ついに涙は溢れ、きつく抱きしめられた。
体全部に伝わる温もりも、確かな鼓動も、何度も私を呼ぶその声も、全てが教えてくれる。
ここは、私達三人が暮らす世界だ、と。
――三日も意識を失っていたが、どこも問題はないか?
ん? うん、この通り。
――みたいだな。
カミュさんの肩越しに見たネコさんは、頭をぷるぷると振っていた。一度深く息を吐いて、近くに。表情は少しばかり暗い。
――ザ・オンでは、眠る際の世界移動は観測されていなくてな、伝えることを失念していた。すまん。
ううん。こうして帰って来られたから。でも、そんなに経っちゃってるんだね……、あっちには、一時間くらいしかいなかったのに。
「二人で、こそこそ、しちゃ、や」
「思いっきり聞こえてますがどういうことでしょうかネコさん?」
や、にきゅんきゅんさせられたのは言うまでもなかです。
「いや、聞こえる筈ないんだが、カミュから魔力を貰ったことは……ない、ぞ?」
「ノワールのこと、なら、直感できるもん」
少々慌てるネコさんに、頬を小さく膨らませて眉根を寄せる少女。感情を隠さないこういう所、私は好きだ。
「乙女の直感をなめるなってことだよ、ネコさん」
「ふむ……なるほど?」
首を捻るネコさん。
さてどうしよう、心配させた挙句に泣かせてまでいるけど、不謹慎なのも分かってるけど、カミュさんかわいい。あまりのかわいさに、手が勝手になでりんを始めてしまう。しずまれー、私のみぎてー。嫌だそうです。はい、分かってました。
「これ、すき」
回されていた腕に、改めてきゅ、と力が込められる。間違いなく、室内の空気が弛緩した。もちろん、私とネコさんも。
「はくちゃん、はくちゃん」
完全に力を抜いたカミュさんは、なんとも幸せそうな声で私を呼ぶ。
「ん、よしよ~し」
「んぅ、えへへ」
あ、今ちょっとリヨウちゃんがああなった理由分かったかも。こんな甘い声で擦り寄られて、ふんにゃり笑ってたら、確かに押し倒すなりなんなりしたくなる。
「まあ、いいくあぁ~……、ハクノ、カミュ、今日はもう寝てしまわないか? 安心したからか、睡魔がにじり寄って来おった」
「…………そうだね」
「なんだ? 今の間は?」
「お気になさらず」
本格的に眠い様で、ネコさんは特に気にした風もなく、布団の右側に体を伸ばした。つま先から尻尾の先まで完全に脱力してらっしゃる。抱き上げたらぶら~んてなりそう。
カミュさんと見合って、頬を緩ませた。
もぞもぞと、ネコさん、カミュさん、私の順で
「ハクちゃんは真ん中だよ?」
だそうなんで、真ん中に転がりまする。
布団を掛けなおして、特に合わせようとした訳ではないけれど。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
三人同時の唱和と共に、私達は再び眠りの中へ。
翌朝目を覚ますと、服が盛大に肌蹴ていて、所々にほんのり紅いアザができていた。




