01 真琴は寝不足と腹痛と頭痛に襲われた
気持ちのいい朝だ。
窓を開けるとさわやかな朝の風が顔をなでる。
風に乗って、桜の花びらがゆらりゆらりとやってくる。
そう。
穏やかな快晴に恵まれたこの春の日。
僕の胸を躍らせることが刻一刻と迫ってくる。
僕の気持ちを表しているのだろうか。
小鳥の明るさに満ちたさえずりも風に乗って聞こえる。
「入学式かぁ・・・。なんか緊張するなぁ」
部屋を振り返ると、そこには今日から三年間袖を通すことになるであろう制服がかかっている。
紺のブレザーに赤のネクタイ。下は同じく紺のスラックスだ。
ブレザーの胸元には、校章が縫い付けられている。
「私立若宮学園高等部」
生粋の『元』女子校であり、いまだに女子生徒数が8割以上を占める『元』お嬢様学校。
少子化の影響から男女共学になったのはつい2,3年前の話だ。
しかしながら、いまだにお嬢様学校であった時代の名残があるのか、男子は虫けらのように扱われるという。
噂で聞いた話だと、クラスで男子の意見が尊重されることはまず無いらしい。
教師たちも男子に対しては一段と厳しくなると言う。
体育のときは、女子がシャワー室付、冷暖房完備の更衣室をあてがわれるのに対し、男子はプレハブの更衣室しか与えられていない。
夏の水泳は、女子だけ。男子はグラウンドで草むしりだそうだ。
さらに、真偽のほどは確かではないが、購買部の商品は男子が買うときだけ値上げをされるらしい。
なんという差別。
男女差別の時代はいろんな意味で終わってなんかいないんだ。
加えて学力は、県のレベルを超えて全国で争うという。
ただ単に男子が志望校として狙うにはなかなかハードルが高いと言ったところだろうか。
ちなみに僕が入学できたのは、1年以上の青春を費やした受験勉強の賜物である。
まぁ、こんなわけで「私立若宮学園高等部」、通称「若宮学園」の男子生徒は一向に増える気配が無い。
でも、別に結構。
僕にとっては、増えられても困るだけ。
なんでかって?
簡単なことさ。
この高校って「ハーレム」だろ。
たとえどんな理不尽な扱いを受けていようが、大勢の女子たちと毎日一緒に過ごせるのだから良いじゃないか。
おっと、物思いにふけりすぎたかもしれない。
手元の携帯を開いて時間を確認する。
ちょうど7時。
まだ余裕はありそうだ。
近場の駅まで自転車で10分。
電車に乗って20分。駅から学校までは魅惑の徒歩20秒って感じだから、8時半までには全然間に合う。
7時40分ぐらいに出る予定にしとけば問題ないかな。
「さ~て、顔でも洗ってこようかな」
誰もいないはずなのに、思わず声に出してしまう。
部屋に誰もいないのは当然だけど、僕の場合家にも他人はいない。
両親は、勤めている会社の関係で半年前からアメリカに行ってる。
あと、2,3年くらいは帰ってこないらしい。
そして、僕には妹がいる。
でもその妹も今は両親とアメリカ暮らしだ。
一人暮らし開始から半年だが、最近寂しさってモノを感じてきた。
卒業とか入学っていうのはやっぱり家族で迎えるべきものなんだろうなぁと思う。
「はぁ・・・。」
洗面所で足を止める。
ふと鏡に移った自分の姿を見てみる。
並みの身長に並みの体つき。
顔も、並みの顔だと思う。
っていうか、気にしたこともないし。
でも今日ばっかりはちょっとやばいかもしれない。
「それにしても・・・」
そう。
目の下に――
「この隈は・・・どうしようか」
黒々と存在感を放つ隈がくっきりと刻まれていた。
この僕、「葛城真琴」は昨夜、募る期待のせいで一睡も出来なかったのだ。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
「はぁ・・・入学式からこれかよ・・・」
電車の窓に映る自分の顔にはくっきりと隈が刻まれたままである。
あのあと、少しでもマシにならないかと冷水を浴びせまくったのだが、全然効果なし。
さらに、隈を何とかしようとしすぎたせいで、出発時間がぎりぎりになってしまった。
間に合うかどうかは結構危ない。
「洗面所の時計、時間ずれてたし・・・。なんでかな・・・。」
さらにさらに、朝食に食べた昨日の残りのグラタンは温める余裕も無く、冷たいまま食べてしまった。
そのせいか腹の調子が悪い。
「もしかして、腐ってたか、あれ。
でも、昨日残った分はしっかり冷蔵庫入れてたから大丈夫のはずなんだけどなぁ。
っていうかレトルトって腐るのかな。
よくわかんないわ・・・。」
自分の無知を嘆きたい。
「やっぱ一人暮らしなんて無理だよ。
こんなことなら学校に近い寮にしておけばよかった。」
思わず愚痴ってしまいたくなる僕の気持ちを分かってくれ。
寝不足に加えて、調子の悪い腹、プラスαの駅までの猛ダッシュ。
もはや、僕の心と体は朝から限界寸前だ。
「ほんとに幸先悪いスタートだなこれ。」
窓に映る自分の顔には間違いなく「不幸」なオーラが出ている気がする。
なんか・・・アンデッド的な感じと言ったら良いだろうか。
生気の失われた顔なのだ。
でも・・・。
でも、それさえも吹き飛ばしてくれそうな状況に僕はいる。
周りを眺めたら「不幸」のオーラなんてどうでも良くなる。
だって周りは女子しかいないのだ。
隣も女子、前も女子、後ろも女子、見渡す限り女子しかいない。
それもそのはず、この電車は若宮学園行きである。
もはやスクールトレイン状態。
『元』とはいえど、お嬢様学校の力というものは計り知れない。
が、生徒数はそれほど多くない。
さすがに入学初日から遅刻ぎりぎりで来るというのはなかなかいないようだ。
【間もなく若宮学園。若宮学園です。お降りのお客様はお忘れ物などございませんようにお気をつけください。】
車内アナウンスが聞こえると共に、車窓から若宮学園の全貌がはっきりと見えてくる。
東京ドーム何個分だかは忘れたが、若宮市の中心部に堂々と敷地を構える若宮学園はとにかく巨大だ。
中等部と高等部自体の生徒数は二千人強のくせに、敷地だけは普通の公立高校の3,4倍はある。
そして、車内からもはっきりと見える敷地の中央には、若宮学園の象徴とも言える大講堂がある。
巨大な時計塔を備えたその講堂は若宮市の象徴ともいえる。
ちなみに、今日の入学式もその大講堂で行われる。
その東側に広がるのが高等部学習棟。
普通の教室などがある校舎だ。
ちなみに西側は中等部だ。
市の中心部から外れた郊外には大学、初等部と、小学校から大学まで隙無くコンプリートである。
そして、そのに並ぶのが特別学習棟。
芸術や情報科目の教室はもちろん視聴覚ブースや、理科実験室などがある。
そして、その外側には三つのグラウンドや陸上トラック。
三つの体育館に、武道場、中講堂と小講堂がある。
まさに、何から何まで超弩級クラスなのだ。
と、静かなブレーキ音と軽い衝撃と共に電車が停止した。
【ドアが開きます。ご注意ください。】
音も立てずにドアが開く。
開くないなや、僕は外へ飛び出した。
現在時刻は8時29分ジャスト。
入学式早々から遅刻は出来ない。
やるべきことはひとつ。
全力猛ダッシュ。
調子の悪い腹を抱えて僕は走り出した。
あぁ、青春ってほろ苦い。
っていうか腹も頭も痛い。




