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14 . 調査と整列(2)

今回のお話は情報が少し多めです。あとがきにダイジェストまとめを置いてありますので、読み終えたあと安心して確認してください!

昼刻前、四人は中継詰所Aにいた。

道幅は狭く、石畳の角が人と荷車の動線を制限している。

脇の小屋には押印台と端末基台。


「ここです」

ティモが指した基台には擦れ跡。角に新しい傷が一本。


メルシェは膝を折り、床板の隙間を指でなぞる。

蝋の粉がかすかに残っていた。

「封を閉じた蝋が、ここで剥がされています」


「封蝋は“改ざんされていない”証明だ。剥いで閉じなおしたらその意味が消える」

ジークが鼻を鳴らす。


「実験しましょう」

カイルが即答。ティモが蝋と紐と予備印を用意する。


メルシェは蝋を温め、足して隙間を埋め、弱く押す。

「——見た目は離れて見ればごまかせます。でも、触ればすぐ分かります」


ライゼルがなぞり、わずかに浮いた印影に目を細める。

「列が長くなり、声で急かされ、処理を焦らされたら…… 触る余裕なんて残らない」


「昨日のこの時間、ここは混んでたはずだ」

ジークが周囲を一瞥する。

「北門の出しが遅れて、南からの治安隊便とぶつかる。詰所の係は“R”に押しつけがちになる」


カイルが頷き、ティモへ。

「“R”の実体は?」



「名簿、出ました」

ティモは肩で息をしながら戻ってきた。

「昨日、十四時から十六時の“R”。三名。搬送手伝いのラド、詰所補助のミナ。

そして……“登録外”が一名」


「登録外?」

ライゼルの声が硬くなる。


ティモは小さく頷いた。

「はい。“新人手伝い”とだけ。紹介欄に二重線。押印は“R”。」


ヘルダが帳を引き取り、印影を光に透かした。

「本来なら、臨時補助の記録は責任者が自分の印を押すべきです。

“R”の印がすり減っています。端が削れて丸い。

……ここまで使い込まれているのは、運用が甘かったです」


メルシェが短く添える。

「新しい“R”の印と交換を」


「すぐに」

カイルは頷き、詰所長に淡々と指示を飛ばす。責めない。

けれど止めもしない。

空気はそのまま“修正”へ流れていった。


ライゼルは小屋の外を一巡。角度、歩幅、荷車の曲がりを確かめ戻る。

「登録外。鍵はそこだ」


「顔を見た奴は?」ジークが回す。


「搬送手伝いのラドが、“見たかもしれない”と」

ティモが指で小屋の裏を示す。そこに、汗を拭きながら待っている青年がいた。


「昨日、“R”の腕章を付けた男が一人。背は高くなく、帽子を深くかぶっていました。印を押す時、手の“癖”が……」

ラドは自分の手をわずかに内側へ傾けた。

「“内”に重心が寄ってるなと思ったのを覚えています。」


メルシェがわずかに目を細める。

「— そういう癖は、紐結びにも出やすい。手首が内に入る人は、紐も“左回し”になる傾向があります」


カイルが、視線を伏せた。

「昨日、あの後に南倉庫の“左回し”を調べました。……夜勤帯副補助セリン。その癖が一致しています」


ジークが眉を上げ、口を鳴らす。

「いよいよ当たりか」


「“セリン補助”。」

ティモは即座に名簿を繰り、指が止まる。

「昨日の昼は……休みと記録されてます」


「紙の上では、休みでも」ヘルダが穏やかに補う。

「“R”になれば、台帳上は“別人”になれます」


ライゼルが低く結ぶ。

「記録上の死角、物理的な混線、端末の持ち出し。偶然が揃うには出来すぎている」


カイルはわずかに笑みを変えた。

「私もそう見ます。自然発生の乱れは、もっと不揃いです」


ジークが反芻するように口角を歪める。

「“仕組まれた痕跡”……誰かのしわざってことだな」


「詰所の流れ、台帳の弱点、端末の管理。」

メルシェが淡々と告げる。

「単独犯より、“連携”の可能性が高いです」


「連携……ですか」

尋ねるティモに、ジークが指を折る。

「蝋の剥がし直しは、詰所の手順を知っている人間、

臨時印“R”の使い込みだって、運用の甘さに付け込む人間、

端末S-7の無断使用、端末の管理をすり抜けられる人間。

一人だけで全部は難しい。

……複数が噛んでると見るのが自然だ」


ティモの喉が再び鳴る。だがカイルが軽く視線で制した。

「怯えなくていい。事実を積むだけです。責めるためでなく、止めるために」


ライゼルが短く頷いた。

「ここまでくるともう一商会の問題ではない。

ここから先は、我々の役目だ。

——ギルドとして、中継詰所と倉庫の“登録外”の洗い出しに入る」


「商会側は、端末の棚卸しと“R”印の交換、そして名簿の再整備を」

カイルが間髪入れず重ねる。

「三日で暫定運用案を出します。」


「三日、か」

ジークが口角を上げる。

「仕事が早ぇのは、助かる」


「急がず、遅れず、が信条です」

カイルはいつもの微笑で応じ、詰所長、ヘルダ、ティモに手短に段取りを振った。

誰も慌てず、誰も止まらない。



帰り道。石畳を踏みながら、ティモが小走りに前へ出て口を開く。

「えっとつまりR印で入り込んだんですよね?……“内”に重心が寄る癖のある人が」


「そういうことだ」

ライゼルが頷く。

「しかも、蝋の剥がし直しや、詰所の混雑利用まで重なっている。偶然ではなく、仕組まれたものだ」


ティモはごくりと唾を飲む。

「そして……セリン補助が怪しい」


「まだ断定はしません」

メルシェが静かに遮る。

「癖は“傾向”でしかない。ただし、見過ごす理由もありません」


ジークが鼻を鳴らし、肩をすくめた。

「ようするに、“怪しい線”が一つ、はっきり出たってわけだ」


「商会は商会で、印の交換と台帳の整備を進めます」

カイルが淡々と結んだ。

「“抜け道”を塞ぎながら、洗い出すだけです」


ジークが鼻を鳴らす。

「……やれやれ、今日は胃がもたれる仕事ばっかだ」



午後、商会仕分け室。ヘルダが新しい印と“仮運用案”を用意していた。

欄外には小さく『付記:印面磨耗の定期点検 月初に実施』。


「早い」

ジークが思わず口にする。

「現場で“変えられること”から」

ヘルダの淡々とした声が頼もしい。


ティモが新しい紐の束を持ってくる。

右回しを標準とする結び方、左回しとの違いを図にした「注意紙」が数枚。


「現場に貼ります。これで『右回しが標準』を徹底させます。

左回しを見つけたときは“要確認”として責任者に報告するようにします」


「即座に不正と決めつけずとも、立ち止まれる。良い運用です」

カイルが短く評価した。


ライゼルは卓上に視線を走らせ、最後にカイルに向き直る。

「協力に感謝する。こちらも動きやすい」


「商会の信用は“流れの速さ”と“滞りのなさ”で立っています」

カイルはわずかに肩をすくめた。

「流れを濁らせるものがあるなら、取り除くだけです」


ジークが軽く笑う。

「“取り除くだけ”、ね。簡単に言いやがる」


「簡単に言うのは——難しいことを始める合図です」

その一言には、普段の冷静な笑みからふと零れた若さがあった。

だが次の瞬間にはもう、いつもの“商会の微笑”へと戻っている。


メルシェは端末水晶に指を置き、最後の“付記”を送った。

『付記:端末ID S-7の印字ログ要監査/臨時印“R”の印面交換済/中継詰所Aにて蝋粉採取——押印手順見直し必要』


光膜が緑灯を点す。


「では、明日から実施に移します」

ヘルダがまとめ、ティモが深く礼をした。


ライゼルは椅子を引き、立ち上がる。

「——今日はここまでだ」


「ありがとうございました!」

ティモの声に、場の空気が一度だけ柔らかくなった。



「お帰りの前に、もう少しだけお時間をください」

カイルの言葉に導かれ、一行は応接室へと移動した。


扉を閉めると同時に、彼は自ら給仕の盆を手に取る。

静かな仕草の中に、商会人らしい確かな所作が宿っていた。

「昨日はお出しできなかった秘蔵菓子です。本日はぜひ」


ジークがその様子を横目で見て、口角を上げる。

「用意が良いことで」


カイルは涼しい顔のまま、皿を一つずつ丁寧に並べていく。

「砂糖漬けの果実を練り込み、低温でじっくり焼いた焼き菓子です。保存性も高く、長い移動の携帯にも適します」


淡い香りが卓上に広がる。

三人は揃って一口を口に運んだ。


ジークは噛みしめ、喉を鳴らして笑う。

「甘いのに、腹に溜まるな。」


ライゼルは静かに頷き、短く評する。

「素直に、良い菓子だ」


メルシェは無言で噛みしめるだけだった。

その沈黙に、ジークがすかさず茶化す。

「気に入ったか?」


自然と三人の視線が彼女に集まる。


二口目を口にした瞬間、ほんの一瞬だけ、メルシェの顔が柔らかく綻んだ。


ジークがすかさず肩を揺らして笑う。「やっと人間らしいな」

その横でライゼルは思わず視線を外した。


だがジークがさらに口を開く前に、メルシェは落ち着いた声で切り返す。

「砂糖分が高いため、疲労時の補給には適切。ただし保存状態によっては風味が劣化しやすい。食感の層を作っているのは柑橘皮の糖漬けでしょう」


淡々とした分析のあと、わずかに息を整えて付け加える。

「……“秘蔵の菓子”。——その表現も、適切と判断します」


言葉に籠められたわずかな肯定に、ジークがにやりと笑い、ライゼルは柔らかく微笑む。

カイルもつい口元を緩めた。

「お気に召していただけたようで、何よりです」



門口。光が床に落ち、カイルが見送る。

昨日と同じ、磨かれた床板、木蝋の匂い。

違うのは、卓上に増えた“次の一手”の数だけだ。


門口で振り返ると、カイルが変わらぬ微笑で立っていた。

「この件、“手”が見え隠れし始めました。放置すれば、面倒では済みません。

—— 悪趣味な“手口”です」


「手が伸びる前に、こちらで掴む」

ライゼルが短く返す。


カイルは、ほんのわずかだけ目を細めた。

「支援は惜しみません。商会の信用のために、そして街の“安心”のために」


「安心は、俺らの仕事でもある」

ジークが肩をすくめ、軽く手を振った。


メルシェは一度だけ周囲の角を見渡し、導線を整えるように歩み出した。

「——戻ります」


三人が外気に出る。街路の風が、紙の匂いをほどいていく。車輪の音、遠くの呼び声。昨日と同じ音の中で、何かが一段、整列した。


影が伸び始める。扉が閉じる直前、カイルの微笑が光に溶けた。


「面倒になる前に」

誰にともなく落とされた小さな言葉が、木の床に吸い込まれた。


——調査は、動き出した。

今回のお話は、中継詰所Aでの現場調査でした。

要点を整理すると──

•詰所の端末台に蝋の残りかすがあり、“押印のやり直し”が行われていた

•混雑を利用すれば、ぱっと見ではごまかせる状況を作れると判明

•臨時印“R”の使用者名簿に、“登録外”が一名存在

•“R”の印面がすり減っていて、使い込んだ跡があった

•搬送手伝いラドの証言から、“内回し”の癖を持つ人物が関与の可能性

•その癖が、倉庫側の副補助“セリン”と一致の疑い。ただし記録上は休み扱い


……という調査結果になりました。


偶然に見える不具合の裏で、“誰かが手順を理解したうえで整えている”気配が浮かび上がりました。

調査はすでに、ただの「偶然探し」ではなく——

誰が仕組み、何のために動いているのかを掘り当てる段階に入っています。

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