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13. 調査と整列(1)

今回のお話は情報が少し多めです。あとがきにダイジェストまとめを置いてありますので、読み終えたあと安心して確認してください!

霜月五日、午前。

窓口の鐘がひとつ鳴った。


まだ朝の人波が均されきらない時間。

街路では昨日の《薔薇色の風》の話題が余熱のように飛び交っていた。


「なあ、本当に“看板候補”なのか?」

「知らねえよ。でも昨日掲示板は大盛り上がりだ」

「派手な二つ名はすぐ消える。さて今回はどうなるか」


長机を囲んで地図を広げていた冒険者の一団が、声を潜めるでもなく話していた。

ざわめきに紙をめくる音がまざり、空気はどこか浮き立っている。


ジークは革鞄を肩に掛け、メルシェとライゼルを伴って奥へ進む。


視線が、ちらりと三人の背を追った。

だが歩みは崩れない。


「ジーク、また何か動いてるのか」

「さあな。俺に聞くな」

気安く肩をすくめ、相手は苦笑して戻っていく。


窓口の横手にはカンナ。帳簿を抱え、書類を積み上げている。

「すみません! 今朝だけで三件も依頼が動いてて、整理が……」

「ひっくり返すなよ?」

「だ、大丈夫です!」

ジークが手を伸ばして支えると、カンナは真っ赤になり小さく礼を言った。


冒険者たちの笑い声、紙の擦れる音。

空気の熱を押し分けて、三人は奥へ消えた。



会議室の卓上には、薄青の封蝋で閉じられた封筒が一通。差出はローゼン商会。宛名は「ギルド宛/共同調査の件」。


ジークが封を切ると、端正な筆致が現れる。


『昨日の誤配送につき、午前十時より当商会帳場にて関係書類の開示と現物流路の再確認を行います。可能であれば、御三方の立会いを願いたく存じます。——ローゼン商会 カイル』


「時間も段取りも、綺麗です」

メルシェが淡々と告げる。


ライゼルが頷く。

「行こう。“放っておくと面倒になる”の続きだ」


奥から出てきた三人に、レイチェルが声を掛けた。

「……もう行かれるんですか?」

「呼び出しだ」ジークが短く答える。

「ローゼン商会。書類開示と流路確認」ライゼルが補足する。

「昨日の件ですね……お気をつけて」

視線が自然とメルシェに寄る。だが彼女は顎を引くだけ。余計な言葉はない。


レイチェルはそれ以上踏み込まず、一歩下がって道を譲った。



商会街はすでに動き出していた。

磨かれた看板が陽を弾き、車輪の金具が石畳を刻む。


ローゼン商会の門前。朱の腕章の従業員が二歩下がり、道を開けた。

内部は薄い木蝋と紙の乾いた香りで満ち、歩幅が自然と揃う。


「お待ちしておりました」

カイルは応接室ではなく、帳場に近い仕分け室で三人を迎えた。

壁一面に格子棚、紐、蝋、伝票、端末水晶。道具が“届きやすい位置”に収まっている。


「昨日の続き、というわけだな」ジークが顎を上げる。

「ええ。まずは“記録”から」

カイルは微笑を保ったまま、帳を三冊置いた。

『発着刻表』『搬出入台帳』『詰所写し帳』。さらに端末水晶の基台。

「端末操作はティモに任せます」


「おはようございます!」

物流担当のティモが入ってきた。灰色のベストに朱の腕章。緊張を胸に留めた面持ちだ。


「形式と順番を、確認します」

メルシェは腰を下ろさず、立ったまま卓を見渡す。


「昨日の倉庫で問題となった二箱を記録と突き合わせます。

次に、同じ時間帯に出た荷の“小さな乱れ”を確認します。枝番号や時刻の書き方の違いなど。

最後に、筆跡や紙目、押印を手掛かりに“場所”を絞ります。——異論は」


「なし」ライゼルは即答し、ジークが親指を立てる。


カイルが手首の角度だけで合図を送る。


ティモが端末に触れると光膜が立ち上がり、昨日の付記が並んだ。

『付記:誤配送/南倉庫返送 14:10 封緘紐左回し確認 落款滲み』

『付記:押印圧弱・重ね痕あり 時間表記に全半混在』

『付記:綴じ方向異常——標準逸脱・再発傾向観察』


「“薄青刻印”の箱は南倉庫出し、治安隊宛て。北門に混入。回収済み。ここまでは確定」

メルシェの声にジークが腕を組む。

「問題は“混入の手前”だな。偶然の不具合にしては、同じ時間帯に集中しすぎてる」


ティモがメモに目をやる。

「不具合……枝番の乱れや時間の書き方の違いですね」


「偶然が続く時は切り分けましょう」

カイルが搬出入台帳を開く。

「昨日の北門“B系”は十六箱。枝番の順が乱れたのが一。時間表記の混在が二。綴じ逸脱が一。どれも“二時間帯”に集中しています」


ライゼルが欄に目を落とす。

「十五時前後と十六時台。休憩明けと交替前だな」


「ですが、紙目は時間と関係しません」

メルシェが紙を透かす。繊維の筋が縦に走る。

「北門は横目を常用。これは縦目」


ティモが慌ててメモを取り、うなずく。

「昨日あの後調べました。南門には縦目が混じっていました。」


カイルが詰所写し帳を開く。

「十五時三十二分。“2”の払いが鋭い。北門の係は丸める。——南門の書類に“2”の払いが鋭い筆跡が見られます。」


ジークが机を叩く。

「筆跡、押印、紙目、紐。ぜんぶ南の影だ。じゃあ“どこで”混ざった?」


「経路図を」

ライゼルの声で、ティモが壁地図を広げる。北門、南倉庫、治安隊詰所、三本の経路。


メルシェは下敷きを重ね、細線を引いた。

「北市便は十四時四十五分出発。治安隊宛ては南倉庫十四時二十分発。両者が交わるのは、中継詰所Aの手前」


ジークが指を置く。

「ここは道が狭い。荷の上げ下ろしで置き場が混線しやすい」


「物理的な混入の“機会”はここです」

カイルは確定させつつ声を和らげる。

「ですが“記録の乱れ”は説明できない。押印の圧も、書き癖も、人の意図」


「つまり混ざっただけじゃない。誰かが関与している可能性がある」

ライゼルの声が落ちる。空気が細い糸で締められたように固くなる。


ティモがごくりと喉を鳴らし、ペンを取り落としかけた。

慌てて拾い、真っ青な顔で手帳を抱え直す。


「原因の推測は後です」

カイルが庇うように一歩前へ出る。

「まず確かめられることから」


卓の端に並んだ二つの木箱。薄青刻印と北門刻印。紐と伝票の予備。

「再現ですか」メルシェの瞳が深くなる。


箱を通路に並べ、カイルが合図。

メルシェは伝票をわざと滑らせ、紙がずれる瞬間を指で止める。

さらに紐を半回転緩め、張りがほどける音を確かめた。


「——右回しなら紐の端は箱の内側に隠れます。しかし左回しだと表に出ます。結びが逆向きになるので慣れた人間ならすぐ違和感に気づきます。……ただ交替前の慌ただしさなら、見逃されやすい」


ジークが口笛を鳴らす。

「なるほど、“機会”の再現は十分だ」


ティモが困ったように眉を下げる。

「……すみません。今ので、何が分かったんでしょうか。ついていけてなくて。」


「要するにだな」ジークが指で箱を叩く。

「——伝票が紛れ込む仕組みも、紐の結びが変わるきっかけも、“偶然で起き得る”ってことだ。忙しい時間帯なら見落とされる。つまり、“物理的な混ざり方”は説明できるって話だ」


「問題は記録です」ライゼルが重ねる。


カイルが端末に別の板を差し込む。

「伝票“B-21”を印字した端末IDは“S-7”。S-7は南倉庫の夜勤担当の端末です。」

ページをめくるように淡々と続ける。

「印字時刻は十五時二十一分」

一拍置いて、声を落とした。

「その時刻、担当本人は休憩に入っていたはずです」


ティモの顔色が変わった。

「……つまり、本人が印字したとは考えにくい……でもS-7は“貸出記録なし”で」

慌てて手帳を取り落としそうになる。


「“なし”は、動いていないとは限りません」

メルシェが光膜を押さえる。


ジークが頷く。

「本人以外が使うことは現場じゃ珍しくねぇ。ただし“貸出記録なし”はいただけねぇ」


「台帳の管理責任は、こちらにあります」

カイルは一切の言い訳を挟まない。

「——失礼、ヘルダを呼びます」


呼ばれて入ってきたのは、細い眼鏡をかけた年配の簿記係。

帳簿と同じくらい揺るがない歩幅で、まっすぐ卓に近づいた。

「帳場のヘルダです」


「S-7の管理台帳を」


即座に帳が差し出される。角は揃い、押印の圧も正確。


メルシェは指で止めた。

「昨日十四時五十五分、“点検”の記録。署名は“R”」


「“R”は誰だ?」ジーク。


ヘルダが即答する。

「臨時のしるしです。外部補助が入る時に使います。誰でも押せる共通印です。」


「共通印は誰でも“R”になる」

ジークが指を折る。

「端末、印、台帳――三つ揃った」


ライゼルが低く結ぶ。

「端末は動いていた。印は“誰でも押せる”共通印。台帳は“貸出なし”。

……三つが同じ時刻に重なっている。偶然にしては、不自然だ」


「偶然も三つ重なれば、もう偶然では済まされませんね」

カイルが帳を閉じる。木の音が乾いた室内に響き、空気が固まった。


「“R”の実体を洗いましょう。」

カイルの言葉に、ヘルダが別の帳を差し出し言葉を添える。

「昨日の中継詰所Aに入った“臨時の荷受け補助”

――外部から入った者たちの名簿です」


メルシェは名簿を手に取り、光に透かして紙目を確かめる。

押印の傾きと圧も一瞥。偽造や差し替えの痕跡はない。

短くライゼルに視線を送り、“OK”を示した。


調査の輪郭が形を帯びていく。


「“R”は臨時印。誰でも押せる、だから誰が押したか特定できない」

ティモが不安げに口にすると、ジークが苦笑した。

「そういうこった。人名だったらこんな面倒な話にはなってねえさ」


「面倒、で済めばいいが」ライゼルの低い声に、ティモは背筋を伸ばした。


「お前は緊張しすぎだ」

ジークが軽く背を叩くと、ティモは小さく呻く。


メルシェは瞬き一つ、すぐに視線を戻した。


……帳場の空気には、まだ解けきらない張りが残っていた。

今回のお話は、倉庫での誤配送をさらに掘り下げた調査回でした。

ざっくり整理すると──

•ローゼン商会にて、帳場の記録や伝票を突き合わせ

•紙目の違い、紐の結び方、押印の癖などから「南倉庫の影」が次々と浮上

•中継詰所で荷がすれ違った際に混ざった“機会”が再現される

•ただし、それだけでは説明できず「誰かが記録を“整えている”」可能性が濃厚に

•端末ID“S-7”の使用時刻、貸出記録なし、臨時印“R”の乱用が重なり、不正の匂いが一気に強まった


……という展開でした。

偶然に見える不具合の裏で、意図的に流れを作っている“手”がいるかもしれない――そんなところまで来ています。

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