私の家に和もやって来た(いづみside)
ある日、私がバイトから帰ってくると……
家のリビングに珍しいヤツがいた。
「……何やってんだオマエは」
私の友人で元カノ・平井 和だ。
※※※※※※※
「街歩いてたら茅乃ちゃんにバッタリ会ってさ~……そのまま拉致られた~!」
なるほど、そういうことか。よく見るとキッチンでは母・茅乃が上機嫌で夕飯の支度をしていた。
私は和と高校時代に知り合い、すぐに「友だち」として茅乃に紹介した。そのときから茅乃は和のことを自分の娘のように気に入り、和も茅乃のことを「ちゃん付け」で呼び、友だち感覚で付き合っている。
学園祭で使う衣装の作成を茅乃に依頼していた和は、それを受け取るために一度この家を訪れたことがある。その際、妹の貴音を一目見たこの女は「貴音ちゃんとHした~い♥」などと倫理的にも法的にもアウトなことをぬかしてきやがった。この性欲モンスターを再び妹と会わせたくない!
「あっ、そういや和! 妹と会ったのか!?」
「うん! ごちそうさま~♥」
「……殺すぞ」
「冗談よ~! アレがいるのに近づけるワケないじゃな~い」
アレとは我が家の愛犬・クララのこと……実は和、犬が死ぬほど嫌いなのだ。前回来たときの和は、妹にクララを押し付けられたショックにより玄関で気絶し、その場で失禁までしてしまったほどだ。
以来、和がこの家に来ることはなかったのだが……あれ? よく見るとリビングの隅に置かれたケージにクララの姿がない。
「そういやクララがいないじゃん」
「貴音ちゃんが自分の部屋に連れていった~。貴音ちゃん、ゲームを禁止させられてるそうじゃな~い! だから犬と遊んでるのよ」
妹はこの間の中間テストで成績が悪く、茅乃から一週間ゲーム禁止令が出されている最中。なのでヒマを持て余してクララと遊んでいるようだ。どうやら妹の脳内には「勉強する」という選択項目がないらしい。
「命拾いしたなぁ……和」
「貴音ちゃんに殺されるかと思ったわよ~! あっ、ところでいっちゃん! いっちゃんは学園祭行く予定あるの?」
和は私のことを「いっちゃん」と呼ぶ。
「えぇっ、行きたくねー! 男いっぱい来るし……」
女子だけが通う短大の学園祭、当然のことながら学生以外の……しかも私の嫌いな男どもがわんさか来るのは確実! 学生たちの彼氏ならまだマシだが、他の大学などからナンパや出会い目的でやって来る連中は近くにいるだけで気分が悪い。
「そう言うと思った! でも来てよね~」
「何でだよ」
「貴音ちゃん誘ったら喜んで『イクッ』って言ってたよぉ~」
「オマエ今、絶対に違う意味で言ったろ?」
「せっかく妹さんがイキたがってるんだからさ~ちゃんと連れてきてよね~」
「えぇ~っ……」
まぁ妹がそう言ってるんだったら……仕方ない、行くか。
「ついでに私たちのお店も手伝って~♥」
「断る! だいたいメイドなんかできねーよ!」
冗談じゃない! 和たちが出す店は「メイド喫茶」だ。前に茅乃から罰として強制的にメイド服を着させられたことがあるが……もう絶対に着たくない!!
「接客じゃないわよ~! そもそもいっちゃんが接客したら執事になっちゃうじゃな~い! まぁそれはそれで女性客増えそうだけど……」
「えっ……まさか?」
「厨房手伝って~! メイド喫茶と言えばオムライスじゃん♥ でも上手に作れる子がいないのよね~」
……じゃあなぜメイド喫茶をやろうと思った?
※※※※※※※
「ご飯できたよー! ナゴ! 夕ご飯食っていくよな!?」
「そのために拉致ってきたんでしょ~茅乃ちゃん!」
夕食の支度を終えた茅乃が和に声をかけた。茅乃は和のことを「ナゴ」と呼ぶ。
「あははっ……そういやナゴ! オマエまだアパートでひとり暮らししてるらしいじゃん!?」
「一応マンションだよ~」
「食うもん困ってねーか? オマエたちが高校生のときみてーにまたいつでも家に寄ってご飯食ってきな!」
「ありがと~! でも……」
和はリビングに置かれたケージをチラッと見た。
「大丈夫! クララは貴音ちゃんがちゃんと見ているから……」
「それが一番不安だよ~」
妹の貞操を和から守れるから、私はそれが一番安心だよ。
「いづみー! お父さんと貴音ちゃん呼んできてー」
「はーい」
私は二階にいる妹と、書斎にいる継父を呼ぼうとしたそのとき、
〝ドドドドッ、バタンッ!〟
「お漏らしのおねえちゃん! そろそろクララと仲良くなってほしいのです!」
「いやぁああああっ! 近づけないでぇええええっ! それとその呼び名やめてぇええええっ!」
どうやら主従関係はハッキリしたようだ……和が妹を襲うことはない。
「貴音ちゃん、ナゴが嫌がってるからクララをケージに戻してあげて!」
「はいなのです」
和は早々にリビングのソファーからダイニングへ避難していた。と、そこへ
「何か騒がしいですね」
継父の延明さんが入ってきた。
「あっ、初めまして! お邪魔してま~す」
「あなたは?」
「茅乃ちゃんの友だちで平井和といいま~す」
私の友だちじゃねーのかよ! 何で茅乃なんだよ!? あーやっぱりコイツとはあのとき絶交しとけばよかった!
「あぁ、茅乃さんから話は聞いておりますよ」
「よろしくです! まぁ、でも素敵なパパですね! 今度デートしません?」
「えっ、そ……れは……」
コミュニケーションお化けは誰にでも遠慮がない。継父はその手の冗談が通じないようで困惑していた。
「おいナゴ! ウチの旦那に手を出したら承知しねーぞ!」
「しないわよ~、冗談♥」
キッチンから茅乃が料理を運びながら和にツッコミを入れていた。この性欲モンスターに限ってはシャレにならない!
すると、和は運ばれた料理を見て私にこう言った。
「ねぇいっちゃ~ん、アナタたち普段からコレ食べてるの?」
テーブルに置かれた皿には『焼きそば』が盛られていた。それを見た私は、和が何を言いたいのか察しがついた。
「いや、普段はハンバーグとかアクアパッツァとか……この間はビーフストロガノフだったなぁ」
「えっ何で普段はそんなオシャレな食生活してるのに、何で私が来たときに限って焼きそばなの~!?」
人ん家で夕飯よばれる身でよく言えるな……少しは遠慮しろ!
「あれ? ナゴ! オマエ焼きそば大好物じゃなかったっけ? 今日はナゴが来たから久しぶりに焼きそば作ったんだけど……」
「大好物っていうか……それしか食べたことないんですけど~!」
高校時代、母子家庭の私たちは貧乏だった。和を招き入れていたのは茅乃だが、いつも和に有り合わせの具材とPB(プライベートブランド)の安い麺で作った焼きそばばかり食べさせていた。
「えっ、じゃあナゴ……別のがよかったか?」
茅乃が困った顔をしていると、和は……
「ううん、茅乃ちゃんの作るやきそば……大好きだよ」
目にうっすら涙を浮かべ、笑顔でそう言った。茅乃は安堵の表情になり、
「そっか……よかった! じゃあいただきまーす」
「いただきまーす」
「……なのです」
……食卓に「あの頃」が戻ってきた。
貴音なのです。次回はなんと! 和おねえちゃん視点のお話なのです。




