永い眠りのその前に
「大変だろ?」
自販機に飲み物を買いに行こうと思っていた。しかし、角を曲がろうとしていた白瀬藤乃は足を止める。
この声は霧島だ。申し訳ないが、彼のことは苦手だ。性格が合わない。
顔を合わせるくらいなら引き返そうかと足を止める。
「何が、ですか?」
その時、もう一人の声がした。
そっとのぞいてみる。やはり、霧島と萩本が向き合っていた。あの二人が話しているのも、あまり見たことがない。
珍しい組み合わせだ。何を話しているのか少々気になってしまった。
だが、すぐに白瀬は立ち去らなかったことを後悔した。
「白瀬さんだよ。やる気だけで突っ走るから、ついていくのが大変だろうって話……」
自分の話になるとは思わなかった。さすがに、それは聞いてはいけないとわかる。すぐに踵を返せばよかったが、足が動かなかった。
霧島の話はエスカレートする。
藤乃の仕事について、霧島が非難している。彼に嫌われていることは言われなくてもわかっていた。疎まれていることは、肌で感じていた。
霧島の仕事への向き合い方は白瀬とは真逆と言ってもいい。合理的で無駄が無い。
「……彼女は不合理が過ぎる。真似するのはおすすめしない。彼女のやり方では無駄に時間を掛けすぎだ。自分の仕事というものがわかっていない」
今、ばっさりと霧島が言うのが聞こえてきた。これは当たり前に藤乃のことだ。
わかっている。それでも、生き返りになった人達を見捨てられない。
それが藤乃の性格だ。
人に何かを言われても、変えられるものではない。
もうすぐこの世からいなくなる人達が目の前にいるのに、事務的に接することなんて出来ない。
子どもの頃から、一人で突っ走りすぎるとよく親にも言われてきた。同じような理由で、付き合った男性からもついていけないと別れを告げられたこともある。これ以上見ていられないと。
自分で自分のことは一番わかっている。だから、人になんと言われようと構わない。
それでも、こうして立ち聞きをしながら藤乃は恐れている。萩本は短い間だが同じように生き返りの為に奔走できたパートナーだ。新人で、まだまだ仕事は未熟だが、彼は同じ方向を向いていると思った。もしも、それが勘違いだとしたら、彼が霧島の言葉に頷いたら、きっと藤乃は少しだけ傷付く。少しだけ。
萩本に否定されたとしても自分は自分なのだと割り切って、これまでのように仕事をすればいいだけだ。何も変わらない。
今までと同じだ。
無意識に俯いてしまう。
「でも、僕は白瀬さんの真似がしたいです」
萩本の迷いの無い言葉が聞こえてきたときには聞き間違えたかと思った。普段物静かな印象の萩本の声が、うわずっていた。
「はあ? 何を言ってるんだ? 今説明したばかりだろう」
霧島の方が戸惑った声を出している。
「説明して頂いたことよくわかりました。仕事をするには必要な話でしたので、とてもありがたいです。これからもわからないことがあったら、また教えてください。でも、僕は白瀬さんのやり方が好きです。白瀬さんに担当された人たちは、幸せだったんじゃないかと思うんです。だから、僕もそうなりたいです」
その場で崩れ落ちそうだった。
萩本の言葉の端々からは、一生懸命考えて嘘の無い言葉で語ろうとしているのが伝わってきた。
その場を気付かれずに立ち去るのが精一杯だった。これ以上、聞き耳を立てる必要も無かった。
ただ、この後萩本と顔を合わせたときにいつもどおりの態度でいられるか不安で、どんな顔をすればいいのかわからない。仕方ない。あんなことを言われては平静でなんかいられなくなる。が、ポーカーフェイスは得意だ。無様な姿を見せることはないだろう。
萩本の言葉を反芻する。
同じように並んで、同じ景色を見ていける人がいてくれたことが嬉しかった。
照れくさくて、少しばかり誇らしくて、さすがに買いかぶりすぎだと思いながら、なんだか不思議に胸が高鳴った。
顔が自然とにやけてしまう。
ポーカーフェイスが聞いて呆れるもんだ、なんて思いながら藤乃の足取りは軽かった。
* * *
そして、とてもとても長い眠りの終わりに、『彼女』は目を開けた。




