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強くなるということは失うこと、地獄に慣れること

あらすじ


戦士の料理を食べた僧侶は意識を刈り取られてしまった







 目が覚めたのは夜中、ふと横に気配を感じると勇者がこちらを覗き込んでいた。


「目がさめたか…さすがにその状態では夜の戦闘は無理と判断して、俺と休息を取ってもらうことにしたんだ」(俺の回復と解毒の魔法でなんとか持ち直したか…)

「そうだったのか…」


 どうやら勇者に命を救われたようだ…、たしかにあのままでいたら体に残った毒で死んでもおかしくなかっただろうし、女共に寝込みを襲われていただろう


 俺が勇者に礼を言おうとした時、背後から砂を踏む音が聞こえる。


「やぁ勇者、僧侶ちゃん、おはよう…」(…ボクの番なのにボクを置いて僧侶ちゃんは勇者と一緒に寝た…なんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデ…)

「少し僧侶の体調が悪いみたいだったが、なんとか持ち直したようだ」

「それは良かったね、ボクも心配してたよ」(ボクが君をコロしたいと思っても不思議じゃないよね僧侶チャン?)


 先ほどからすでに何度も殺しかけた上にさらに俺を殺したいらしい、摩訶不思議と言わざる得ない


「僧侶も目を覚ましたことだし俺は寝させてもらおうか」

「ちょ…待っ!?」


 待て勇者!こいつと俺を二人きりにするな、と言おうとする直前、万力の様な力で肩を掴まれた


「やっと二人になれたね僧侶ちゃん」


 勇者はすでにいない、戦士は油圧ポンプじみた握力で俺の肩を握り潰そうとしている


 このままでは殺されると感じた俺は肩が脱臼するのを構わず戦士の手から逃げだした。


「鬼ごっこ?いいよ、すぐに殺すのは惜しいからなで斬りにしてあげる」


 


 その後、俺は徐々に追い詰められ、最後は戦士による一瞬のうちで十の剣撃が振るわれる大技を受けるが、その死地の中で切られた瞬間に接着する超回復を会得することで俺は生き残ることができた。






 


 そして朝が来た。戦士も流石に勇者が起きてからは俺を殺そうとはしない


 もはや頭など何も働かないまま旅の準備をする俺の横で大声で喚き合う女共がいた。



「フンッ…でも無駄よ、今日で勇者は私のものよ」


 もはや恒例となった宣言、わずか三回しか行われていないのにも関わらずこの先の展開が容易に予想できる…




 もはや面倒なので結果を伝えよう、魔術師は失敗した。更に言うならその後の斥候も吟遊詩人も失敗した。





 魔術師の場合は自信満々にどんなことをするのかと思ったら


「男はね、初めはきつくあたって少し間を置いて甘やかす。これこそ私の戦闘教義(ドクトリン)よ!!!」


 どうやらこちらで言うツンデレのようなものだろうか…と思いながらみていると


「今日の魔術師のご飯はうまいな…なんだろう…すごくホッとする…一生食べたいぐらいだ」

「ちょっと勇者!今日も大して働かない癖によく食べるわね!」(喜んでくれた!一生…ってプッ、プロポーズみたいじじゃない…)

「えっ…」(魔術師が不機嫌だ…)

「いつもご飯を作ってるけど、べ、別にアンタのために作ってるわけじゃないんだからね!勘違いしないでよね!」(今日は特に手間をかけて料理をつくったかいがあったわ!!)

「…そう…だな」(馴れ馴れしすぎた…彼女が俺に料理を作ってくれる理由なんてただ同じパーティーと言う理由でしか無いのに…本当は彼女の負担になってたのか)

「あれ…勇者?…」


 実際にツンデレなんて現実でやられたら素直に嫌われていると考えるのは当然だろう


 『べ、別にあんたのことなんて何とも思ってないんだからね!』という台詞からその裏に好意が隠されていることに気づく人はまずいない、俺だったらブチ切れる自信がある。


「悪かった…明日から料理番は交代制にしようか…」(たしか前に話した時に僧侶ができると言っていたような気がしたな)

「えっ」

「当番は俺と…後は僧侶も料理ができたよな?」

「…僧侶」(アンタだけは灰すら残さない…空気に溶かしてあげるわ…)


 俺、関係ないやん…



 

 その後、熱源を探知して追いかけてくる魔術師に対して俺は泥や水を体中に浴び体温を下げ、さらに回復魔法の応用で身体の代謝を下げることで仮死状態となり追跡を躱すことに成功した。





 斥候の時はこうだ


「…私は自分で言うのもなんだが口下手だ…、自分の得意なことはつい喋りすぎたり、抑えると無言になったりしてしまって加減ができん…、だから手紙でこの気持を伝えようと思うんだ…」


 ようやくまともな奴が来たと内心思う、ラブレターなら自分の考えを吟味しながら相手に伝えることができるだろう



「おい…勇者、これを受け取れ」

「これは…一体なんの手紙だ?」

「…私からお前に当てたものだ」

「今ここでは言えないことなのか?」

「あぁ…絶対に一人の時にみてくれ」

「分かった、よく分からんが後で絶対に見る」


 照れながら手紙を渡す斥候、それに対して微笑みながら受け取る勇者、

 これはひょっとしたら斥候が勇者を射止めるかもしれない。






 しかしその少し後、真剣な顔をした勇者から急に話しかけられる


「すまん…僧侶…頼みがある」

「あ?どうしたよ…おい、そいつは斥候からの手紙じゃねーか」

「あぁ…これなんだがお前の意見が欲しい」 

「てめぇ宛の手紙なんざ俺に関係ねぇだろ」

「そうともいい切れん…手紙にはお前の名前も書いてある…確認したいこともあるからとにかく見てくれ」


 無理やり渡された手紙をしょうがなく見ることにした。

 勇者宛のラブレターになぜ俺の名前が書いてあるというのだろうか…



               書状

             (ラブレター)

  勇者へ 

(勇者君へ)


 突然の手紙、貴様は大いに驚愕しているだろう、

(突然こんな手紙を渡してしまってごめんなさい|д゜))


 貴様は気づいてはいなかっただろうが私は常にお前の一挙手一投足を監視し、すぐにでもその背後を取ることは容易かった

(実は、いつも貴方のことをいつも見てました。)


 気づいていたとしたらその正体不明の存在に恐怖を感じていただろう

(気づいてたかな?気づいていたらごめんね。気持ち悪かったかもね。)


 だが監視の中で、貴様が勇者としての剣を振るう姿を見て抑えきれぬ血のたぎりを感じていた。

(でもでもでも、勇者君が旅で活躍するの見ててずっと「かっこいいなぁ」と思っていたんだよ。)


 貴様がこちらにその力を見せつけるたびに私を誘っていたのかと心得違いをしたぞ

(勇者君がこっちを見るたび、すごく恥ずかしくて勝手にはしゃいでた。バカだよね(笑))


 だが、それほど貴様のことを考えるとこの滾る我欲が抑えきれない

(でも、そのくらいに今は勇者君のことを思うと胸がドキドキしちゃいます。)


 この感情は他の者も持っている…現状では僧侶が抜きん出てるといえるが…いつか決着をつけねばなるまい

(この気持は他の仲間たちよりも…最近あなたと仲が良い僧侶ちゃんにだって負けません!)


 …話を本筋に戻そう

(…話がずれちゃったね)


 もはや読めばわかりきったことだと思うが、現在、私は貴様に執着してる

(この手紙読んでくれたら分かると思うけど、今、私は勇者君のことが好きです。)


 いまこそ相剋すべき時、返事は行動によって示すことを望む。 斥候より

(付き合ってください。よかったら返事ください。お願いします。 斥候より) 


 翻訳 僧侶



 勇者が真剣な表情で口を開く


「俺の私見となるがこれは恐らく…」


「「果たし状」」


 俺と勇者の声が同時に被る


「やはり僧侶もそう思うか…」

「あぁ…うん…そうね…」


 あいつはなんてものを書いてんだ?、深夜テンションで書いた作文どころの騒ぎじゃねーぞ…


「…もともと斥候とはいろいろあってな、俺が無理やりこのチームに入れていた…こういったことになるのも仕方がないのかもしれない…」


 いやいやお前もなんで納得しかけてんだよ、あの空気で果たし状を渡す女がいると思うのか


「…僧侶に聞きたいのだが、文を見る限りお前も斥候と同じように私に敵愾心を持っているのか?」

「それはあいつの勝手な勘違いだ。俺はテメーに恨みなんざねぇよ!!!」

「いや…ならばよかった…しかしこれから斥候にどう接すれば…」

「俺が知るか!…いや待て…一つ忠告をしておく」

「なんだ?」


 魔術師の件で学んだ…こいつの口は常に一言多いか足らないかで俺を苦しめてきた。身の安全のためにもここはくぎを刺しておかなけらばならない


「斥候と話すときは絶対に俺に関することは一切言及するな、ややこしくなる」

「なぜだ?」

「いいから絶対に約束しろ」

「…分かった」



 

 そうこうして少しした後に斥候が勇者に話しかけるのを俺は見かけてしまう。


「…ゆっ勇者、昨日の手紙を見てくれたか」

「あぁ…見た」

「そのっ…返事なんだが…」

「その件だが、斥候の気持ちには答えられない…今は魔王を倒すために一丸にならなければならない…下手な火種をチーム内で抱え込むわけにはいかないんだ」

「…ッ…じゃあ、…じゃあ!魔王を倒した後だったらいいのか!!そうすれば私と付き合ってくれるのか!?」

「…斥候とやり合いたくはない…わかってくれ」(まさかここまで俺と戦いたいと思ってるとは…)

「ヤリ合いたくない!!そこまでか!?」(そこまで私に魅力がないだとッ…)

「仲間とそんなことをするなんて俺は考えられないんだ」


 うっわバカだなーこいつら


「それは戦士であってもか?」

「あぁ」

「魔術師でも?」

「あぁ」

「騎士や吟遊詩人でも?」

「あぁ」

「僧侶でもか?」

「あぁ…いや待て取り消させてくれ…その件には言及できない」(僧侶に関することは言及するなと言われたからな)


 は?


「なに!?僧侶とはヤれるのか!!!!」

「それについてしゃべることはできない…」

「…やはりアイツか」(もはや生かして朝日は拝ませない…)


 俺はすぐさまその場から背を向けて駆け出す。 


 

 その後、斥候は暗闇から音もなく一撃で俺を仕留めにかかる。

 その不可知の一撃を対処するために俺は回復魔法の応用で意図的に五感を暴走させ、すべてがスローモーションとなった世界を知覚することで回避した。






 最後に吟遊詩人の場合だがこれは予想外だった。


「結局、作戦なんて立てない方がうまくいくのさ、臨機応変、ある程度相手に合わせることが恋愛には必要ってことだね」


 まぁ…一理ある、そう思いながらいつものように全員で会話を盗み聞いていた




「…」

「…」(吟遊詩人に話をしようといわれたが…)

「……」

「……」(一言もしゃべらない、なぜだ?)

「………」

「………」(聡い彼女のことだ…、この無言に何か意味があるはずだ…)


 無言、全くの会話がない、急に話があると二人きりになったはいいが吟遊詩人はそれきり黙り込んでしまっている


 もしや間を置くことであえて緊張感を持たせて意識を向かわせるという恋愛における高等テクニックだろうか


「…」(どっ…どうしよう…なんてはなしかけていいかわかんない…)


 全然そんなことはなかった


「…」(と…とりあえずなんか言わなきゃ…何気ない天気のこととか…)

「…」(もしや彼女はこちらから話しかけるのを待っているのでは?)

「…月がきれいですね」

「えっ…」(月?)

「………」(あーあーあーいきなり意味不明すぎでしょ!聞き返されじゃないか!!!)


 惜しい!ちょっと惜しい!、割と俺の世界だったら通じてたよそれ!

 

「…」(いや…月…確かにきれいだ。今までもあったはずなのに俺はそんなことにも気づかなかった)

「…」(会話が途切れた…絶対変な子だと思われてる…)

「…」(…彼女はくつろいでいただけで変な気をまわしているのは自分だけだったか…)

「…」(うぅ…もう恥ずかしすぎてしゃべれないよ…)

「…」(無言を楽しむ…そういう人との時間の使い方か…流石は吟遊詩人だな)


 やっぱこいつら馬鹿だわ


 この無言の時間は勇者が寝ようと言い出すまで続いた。

 

 もはや理由は省くが様式美のごとく俺は吟遊詩人に殺されかける。


 吟遊詩人による本気の呪いはすさまじく、心臓を瞬間的に破裂させるほどだった。

 心臓を直接狙われては超回復で心臓を復元できても鼓動が出来ずに血流が滞ってしまう、これに対して俺は第二の擬似心臓を作るという荒業で吟遊詩人の呪いを打ち破る。





 こうして地獄のような五日間が過ぎた。





「いやおかしいだろ…お前ら頭おかしいよ…」


 騎士の日から数えて、この五日間はまとも寝ていない…、いや戦士の時に気絶したから三日目か…あれを睡眠と呼べるかは分からないが… 


「なんでだよ!、魔物と一度も戦ってないのに何で毎日仲間と戦ってんだよ!!」

「…別にいいじゃない、私たちのおかげでアンタの戦闘力も少しはマシになってきたし」

「もう人間超えて俺がモンスター側になってる…見て、回復魔法の応用で脇の下から第三の腕とか生やせるようになってます…」

「キモイからやめてくれないかな」

「うん、俺もそう思うー、でもテメーのせいでこうなったんだわー」


 なぜこいつらはことあるごとに逆恨みをして俺を殺そうとするのかが分からない

 

「…僧侶も私たちそれぞれの貴重な一日のお陰でようやく独り立ちといったところだな」

「別に俺のためなんて微塵も思ってないだろ!!!!」

「なんですか急に怒りだして…被害妄想がすぎてますよ」


 もはや我慢の限界だった。俺はこの五日間の怒りを噴火させる。

 破裂している血管を治癒する魔法が無ければ俺は今頃憤死していただろう



「テメーら結局勇者と何にも無いじゃねーか!!!!!」



「「「「「………」」」」」



 露骨に目をそらす女共に一人ひとり指を突きつける


「おい騎士!テメェは自分の話ばっかりで勇者の話をロクに聞かねぇから失敗したんだ、わかってんのか!!!!」

「うっ…」


「吟遊詩人!なにが『合わせることが恋愛』だ!!!何一つまともに喋れてねぇじゃねーか!!!」

「…うっ、うるさい」

 

「確かにあれだけ自信満々だったのにね…」

「正直、騎士の時は笑えたわ」

「…全くだな」


「…今言った二人はそれでもまだ勇者に悪印象を持たれない、まだいい方だ」


 とぼけた顔でいる残りの奴らについては話にならない


「おい魔術師、お前のやったあれだが勇者からしてみたらただの感じ悪い女だからな」

「えっ…」


「斥候に至ってはお前は勇者と戦いたい戦闘狂みたいに思われてる」

「…なん……だと……」


「ボクの時は勇者も喜んでたじゃないか!」

「お前の料理はゲロ不味い、かき集めた両生類の糞が高級ジャムに思えるほど不味い」

「」


 俺の言葉に場は沈黙に包まれるが反骨心旺盛な魔術師はすぐさま噛みついてくる。


「だったら…」

「あ?なんだ魔術師、言いたいことでもあんのか」

「だったらアンタはどうなのよ!!あんたが見本を見せてくれるっての!!!」


 コイツ…どうせ俺が本当に勇者を落としたら殺しにくるくせになんてこと言いやがる


「なんで俺が男の機嫌なんざ取らなきゃいけねぇんだよ、俺はもう寝させてもらうぜ」


 後ろから口々に俺への罵声が飛んでくるが無視して輪から離れる。









 悲しいことに俺はこの旅に慣れてしまった。


 度重なる(なかま)からの襲撃で俺はもはや人外と化している。今なら自力で夜を過ごせるだろう



 強くなったが何かを失った気がした。


 俺の地獄はまだまだ続く














引用


Younger ラブレターの例文13撰


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