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誰が料理は愛情とホラ吹くのか


 

 長い夜は終わった。


 昨夜から続いた騎士との死闘は勇者の謝罪で幕を閉じた。


 どうやら勇者が俺に的外れな謝罪をする様子を見て何とか誤解は解けたらしい、今は笑顔を浮かべながら喜びを隠せない様子でいる。


「私が勇者様に振られる訳がないですね」

「 勘違いで殺そうとしたくせによく言う…」


 昨夜からの徹夜でロクな睡眠がとれていないがそんなことは関係なく旅は今日も続く


「そのような疲れ切った顔ではいいことなんてないですよ、この素晴らしい旅は輝きに満ちてます!」

「結局、一番目に勇者に近づいてもなんも進んでねーじゃねーか…」

「うっ…でも現状維持だって素晴らしいことです!私にとってはそれで幸せなんです!」


 悪いことだらけの旅で幸せなんて俺には見つけることはできない…

 

 良いこともあったと無理やり自己催眠をかけるとしたら今朝にようやくソウリョブライアンに懐かれて背に乗れるようになってきたことだろうか…


 エサやりや毛を撫でてやって馬から感謝にも似た原始的な好意の感情を向けられたとき、ここ最近で初めて文化的な会話が成立したことに感動を覚えた。


 ある意味でこのパーティーの中で最も心通っている奴はあの人非人共ではなく人ではない馬なのかもしれない



 もはや心温まる触れ合いが馬のエサやりだけとは笑えないが…



 …あとは良いことと言ったら俺の毛根がようやく盛り返してきたことだ。


 以前はスキンヘッドだったが今はベリーショートよりさらに短いぐらい、頭巾を被れば何とかハゲではないと言い張れるぐらいに育った。


 この調子で頭に魔法をかければ元の長さに戻る日もそう遠くないだろう



 脱毛症の範囲は拡大していたが…



 さらに言うなら最近ストレスからか食後に胃のムカつきを感じるようにもなってきた。


 まぁそのくらいだ…よくよく考えてみればそこまで良い話でもない…


 俺はため息をつきながら周りの様子をうかがう


 相も変わらず女共は昨日の騎士への警戒をそのまま戦士へと向けて目をギラつかせている。


 たしか勇者にアプローチをする順番は騎士、戦士、魔術師、斥候、吟遊詩人の順番だ。


 取りあえずの警戒は戦士に向いているようだ

 俺としては巻き込まれるのは勘弁して欲しいので遠巻きにそのやり取りを眺める。


「…おい戦士、今日はどうするつもりなんだ」

「そうです。私の時は正直に話したじゃないですか」

「ボクも同じだよ、とっておきの手があるんだ」

「そのとっておきってなによ」

「それをボクがいう訳ないじゃないか」

「とっておきなんて自慢するからには自信があるんだろうね」

「ふふっその通りだよ、ボクの作戦は必ず成功するよ」


 どうやら戦士も何やら腹案を持っているらしい、騎士の二の舞にならない自信があるようだが


 そんなことより初めての一人乗馬で鞍とケツが情熱的なピストン運動を続けて皮がズルむけになっていることに比べたら鼻糞ほどの興味もないのですぐに意識をケツに移す。


 次に意識を向けたのは本日の旅も終わりに差し掛かるころ、急に戦士が勇者に声をかけた所だった。


「ねぇ勇者…ちょっといい」       

「どうした戦士?」

「実はお願いがあるんだけど聞いてくれない?」

「ああ俺にできることならなんでもいいぞ」


 戦士が起こしたアクションに一斉に周りの注意が集まる。


 俺の個人的意見ではあるが肝心の話の内容を言わずに言質を取ってから話を進める奴は大抵はヤクザの恐喝かメンヘラ女のかまってちゃんしかないと経験から言わしてもらおう


「今日の勇者の晩御飯を作らせてほしいんだ」

「」


 瞬間勇者の感情の発露が止まった。



 …手料理とは古典的だが好位を伝えるのにそう悪い手ではないと思うのだがこの雰囲気はどういうことだろうか 


 気づけば周りの連中も遠巻きに動揺している。

 さすがに不審に思ったのでちょうど近くにいた吟遊詩人に耳打ちする。


「…おい…なんだこの空気、別に戦士はそんな変なことは言ってないだろ?」

「…君は戦士の手料理を見たことがないからそんなことが言えるんだ」

「…そういえば、あいつ料理が下手なんだっけ?」

「上手い下手の次元じゃない…仮に国のお抱え錬金術師共が総力を挙げて極限まで人を苦しめる薬を作ったとしても彼女の料理には及ばない…」


 …ずいぶん大仰な表現だ。しかし周りの怯えようを見るにどうも大げさとも言い切れないのが恐ろしい


 思考停止している勇者に向かって戦士はずいと近づいて手を無理やり握りこむ


「俺にできることならなんでも…ってさっき言ったよね?…勇者?約束してくれたよね?」


 うわーメンヘラ女の恐喝だ…


 さすがにその様子を見過ごせないのか女共が割って入ってくる。


「ちょっと待ちなさいよ!いつもの担当は私でしょ、あんたは料理にかかわっちゃいけない生物なのよ!」

「なんだよ魔術師ちゃん…急に」

「私も魔術師の意見に賛成だ…お前の生み出す物体は世に放たれるべきでない…」

「…そんなこと」

「申し訳ないですけど戦士さんはその才能のすべてを戦闘力に振り切っているので料理が出来ずとも恥じなくていいです」

「ボクだって料理ぐらい…」


 戦士を止めるべく周りの奴らも説得に動いて口論になる。

 さすがに皆に説得されれば旗色が悪いのか戦士も随分と押し込まれているようで反論もできずに黙り込んでしまう



(…うっ…ボクはただ勇者にありがとうって気持ちを伝えたいだけなのに…)





「…別にかまわない」

「え…」



  

 ふいに勇者が戦士の前に出る。


 その表情はあまりにも穏やかでありながら力強かった。


 例えるならその最期を孫たちに囲まれ往生を前にする老人の安らかなほほ笑み

 両手を縛られ頭を打ちぬかれるその時にでも最期まで生きることを諦めない不屈の笑み

 全く違う方向にある二つの人間の笑顔を神が配分したらあのような表情になるのだろうか


 

「いや…俺が戦士のご飯を食べたいんだ。」(きっと戦士はただ俺にありがとうって気持ちを伝えたいだけなんだ…)


 勇者は俺のように読心ができるわけでないのに完璧に戦士の心を理解している。


「今日の戦士の料理を楽しみにしているよ」(受け取らない訳が無い…人が人を思うことは何よりも美しいのだから…)


 微笑という言葉がある。

 彼のその表情はまさに微かにこぼれるような笑みだった。


 勇者の覚悟を全員が感じたのかもはや誰も止めるものなどいなかった。






 こうして地上に戦士による地獄のディナーが開かれる。


 俺たちは戦士の作り上げる何かを固唾をのんで見守った。



 それを見た魔術師は俺に語る。


 料理下手というものには大きく二つの人間がいるらしい


 一つはレシピどおりに作らないやつ

 

 当然であるが基本を押さえない奴が上達しないのはどの世界でも一緒である。余計な自己流のアレンジを加えたり必要な手間を横着することで結果として不味い料理が出来上がるというのは当然だろう


 二つは純粋な味音痴というやつ

 

 味がわからないから美味しい味付けができない

 味覚は人にとって最も保守的な感覚であることは理解できる。

 人によっての美味しいという価値観がずれてしまえば料理は不味くはなるだろう


 俺はそこまで聞いておそるおそると魔術師に聞く

 …では戦士はどっちなんだと

 

 すると魔術師は首をふり、指をさす。


 戦士の調理風景を再度目視して…



 ああ!鍋に!鍋に!

 


 なぜあのような冒涜的なことが起こりうるのだろうか!!



 例えば大衆向けの娯楽雑誌でよくあるような表現とでもいうのだろうか


 食べてしまったら人を卒倒させるような料理

 見た目からして食物とは言えないような物体

 料理という概念を覆すような調理方法

 

 これらは現実ではあり得ない、他人に料理を出すときに味見くらいはするだろうし、それと並行して見た目を気にかけないはずもない

 あれは偶像化した女性に親しみや笑いを誘うための記号…いわゆるファンタジーの類であり、女というものはそこまで愚かではない


 そう信じていた。


 目の前の物を見るまでは…



 出された料理は見た目には普通の汁物のように見えなくもない、見た目は不格好ながら丁寧に処理した野菜など慣れないなりの努力の跡はうかがえる。


 見る限りこちらの世界でいうボルシチに近いかもしれない、様々な野菜や肉を煮込んだ後、ビーツと呼ばれる濃い色をした野菜をすりおろして入れることで独特の色合いと旨みが出る料理だ。


 戦士の作った汁料理は淡い緑色をしている。


 そこは別に構わない、緑色の料理などこちらの世界にもいくらでもあった。


「故郷の料理の色合いを出すためにボク頑張ったんだ」

「あぁ…色は故郷の時に食べた料理にそっくりだ…」(色は…)


 戦士は料理の最後にいくつかの食材をすり潰し、あるいは刻んで入れることでその独特の色合いを出したのだろう



 …問題はその色を出すために使用した食材の数々だ


 きっと異世界だからだろうか、俺の世界では想像できないものでも材料として使っているかもしれないと自分を騙そうと試みる。


 例えば料理に投入された鮮やかな赤色の色合いをした虫…前世の世界でも食品の着色料に虫が使われているという話もあった。


 世界的にも虫食自体は高タンパクな栄養食として注目されていたのもニュースで見た気がする。


 だから別におかしくは…



「嘘でしょ…あの虫は魔王四天王の一人が使う毒グモよ…学者が言うにはあの虫を井戸に投げたら向こう三十年はその井戸が使えなくなるらしくて、戦争じゃ敵が井戸にこれをよく投げ込んでいたわ…」



 …虫はだめでもあの青々としたセリの様な草はどうだろうか比較的まともな食材にみえ…


「…あの草の名は『足切り草』だね…、ちょうど足にあたるような低い位置に生えていて迷い込んだ旅人たちは知らず知らずにうちに足に触れてしまう、放置しておけば触れた所から激しい痛みと発赤が体を上るように急激に進行して死に至る…それを止める方法がこの植物の名前の由来となっているそうだ」



 ほらでもあそこにある乾燥させた青い花!あれなら平気そうじゃないだろうか


「おい…あの花…花弁の一枚で王国に家が建つぞ…乾燥したあの花は容易に水に溶け、その水を熱した蒸気は強力な幻覚作用と多幸感を与える…本来なら多量の水に一枚の花弁で十分だが…あいつは花をすべて入れたな…」



 まともな食材はあるはずだ…なにか…そう…あの黒々とした傘の模様がドクロに見えなくもないキノコはあからさますぎて逆に大丈夫なのでは…


「あれは食べたらなんやかんやで体中の穴から血を吹き出す毒キノコです」


 ですよねー





「ボクもこの色を再現するのは本当に大変だったよー」


 料理を絵具みたいな扱いをするのはやめましょう


 色の変化がそんなに重要ですか?…それなのにわかりませんか?…勇者の顔が少し青くなってますよ?


 勇者は表情を崩さず料理と対面する。


「…じゃあ頂こうか」

「うん!いっぱい食べてね!!」


 勇者の手は全くふるえていない

 なんという精神力…そしてなんという優しさであろうか…


 一口食べる…、続けて二…三…


「うん、やはり戦士が作ってくれたからか故郷で食べたものより特別な味がするな」

「ほんと!」


 勇者は完璧な笑顔をうかべて食べ進めている。その顔には一切の陰りは見えない、勇者の心も非常に穏やかに感じ取れる。


 そんな馬鹿な!


 強すぎる毒性がその互いの効力を打ち消しあったとでもいうのだろうか


 俺はよくよく勇者の顔を注視した。


 勇者は何気ない動きで鼻を拭うように手を動かす



 …その袖は血で濡れていた。



 いや違う!?…勇者の奴は必死に耐えているんだ!!…今も鼻からの出血を回復魔法の早業でふさいだのだろう


 さらによく見れば勇者が口を開けた瞬間見覚えのある光が口から洩れていることに気づく


 あれは魔法の光?…まさか…体の内側で回復魔法を行っているのか!?


 俺の驚きをよそに勇者はよどみない動きで最後の一滴まで残さずにスープ皿を空にすると戦士に笑顔を向ける。


 何が彼をここまでかりたてるというのだろうか…俺にはわからない…


「ありがとう戦士」

「ううん、でもそんなにすぐに完食してくれるんだったおかわりもあるけどどうする?」


「今日のところはもういいかな」(もう…いい…)


「勇者がいっぱい食べると思ったけど…しょうがないから残りはボクが食べるしかないか…」



「待て…」(これを戦士に食べさせるわけにはいかない…)



 勇者よ…別にそこまでする必要はないのではないだろうか…それは本当に優しさなのか…時に現実を見せることも一つの選択ではないのか?


「どうしたの」

「はしたないと思って遠慮していてな…実を言うと全部俺が食べたいんだ」(戦士の笑顔を曇らせてはいけない…)

「なんだ!それならそうと言ってくれればいいのに!」


 そういうとおもむろに笑顔で鍋を持つ戦士




 そこには鍋に多量に残ったソレがあった。




「」(ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!) 

「実は作りすぎちゃって…一人じゃ多いと思うけど、盛っちゃうね!」



 心の声を聴くことができる俺だが人の心が折れる音を初めて聞いた。

 


 その時、勇者が普段決して言わないような心の声が聞こえる。


(た…)


 馬鹿野郎!!!俺を巻き込むな!!!!


 展開を察した俺はすぐさまその場を背にして駆け出す。


(たす…)


 肉体の負荷を無視した運動を行使、運動強度の限界を骨に指定、骨が折れないギリギリの力で地面をける。


(た…す…け)


 ほぼ地面と水平に滑空しているといってもいい速度で移動し、踏み込みの度に爆発している筋組織を治癒で無理やりつなぎなおす。


(…だれかたすけてくれ)


「FU○K」(ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!) 


 あぁ無常…



 俺は急停止して回れ右、現場に急行する。





「ん?どうしたの僧侶ちゃん」

「ワタシニモソノゴハンワケテホシイナ」

「うんいいよ、ぜひ食べてみてよ」(勇者が気を使って全部食べようとしてるけどさすがに作りすぎちゃったからちょうどいいや)


 うるせぇ間違った方面の気だけ回しやがって、てめぇのはそれ以前の話だと気づいて下さいコンチキショー


 周りの人間たちが驚きの目で俺を見てくる。


 何より一番驚いているのは勇者だろう、ひどく動揺しているようだ。


「僧侶…」(なぜこんなことを…)

「クソッたれな神の思し召しだ…」

「まさか俺を…」(俺を助けるために?…)

「うるせぇ…さっさと食うぞ」


 そーだよ、だからわざわざこんなギロチンの穴っポコにケツを振りながら頭突っ込んでんだよ


「じゃあ二人とも沢山あるからしっかり食べてね」




 こうして俺は勇者と共に強大な敵へと立ち向かう


 匙ですくい少しだけ口に含む、それだけで口の粘膜はただれ強烈な痛みを感じる。


 …がそれでも無理やり嚥下すると喉に通すことでスープが体に侵食を開始する。


 いかなる幻覚効果だろうか、景色の中に自分の体が溶け、時間という概念が消えてなくなる。


 歪む景色と共に溶けた体、原色がちかちかと瞬く極彩の世界でひたすらに口にスープを詰め込む動作を繰り返す。


 暴走し研ぎ澄まされた感覚は分かるはずもないドロドロと外にとろけ出そうとする血の循環を知覚する。


 回復、解毒、回復、解毒、回復、解毒


 繰り返しながら行う魔法は果たして意味などあるのだろうか




 この苦しみは現実時間で三十分ほど、俺の体感時間で三十時間続いた。


   










 その後、戦士の手料理を食べた俺は意識のある内に胃の中にあるもの全てをぶちまけた。

 水場では胃の中にある毒を抜くため、ひたすらに水をがぶ飲みしては吐き出す作業を繰り返す。


 自分の胃の中から血混じりの粘液しか出なくなった頃、体力の限界に達した俺は水辺に倒れ込む、頭が横をむけば隣で勇者も同じように頭を地面に突っ込んでいる。


 水面に浮かぶ魚の死体と勇者の吐瀉物を見ながら俺の意識は朦朧となる。



 誰が料理は愛情とホラ吹いたのか…



 俺の地獄はまだまだ続く












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