地獄のはらわた
俺たちは森を抜け次の目的地に向かって歩いている。
今では故郷の奴らに見送られながら出発したのもすでに懐かしい、村の奴らに旅の荷物は最小限だといっても餞別の品を押し付けてくるので必要なものだけをいただいた。
……それでも移動に負担を感じるぐらいの量になってしまったが
しかし負担と言っても大抵の道は斥候と吟遊詩人が迷うこともなく先導し、ただそれに続いていくだけなので俺としては地面の凹凸の多さに目をつぶれば楽ではある。
疲労はたまるが許容できる範囲だ。
体力のない俺でさえそうなのだから他の連中は余裕であろう。
しかし普段なら軽口を言い合いながら旅を続けているはずが今日はやけに会話が少なく静かだ。
もちろんそれは疲れからなどではない
感情が読める俺には周りの心がいつもより浮足立って何かを警戒しているのが分かる。
それは外側への警戒ではなく仲間内、主に騎士に向かって向けられている。
理由はおそらく……、昨夜の協定が原因だろう、騎士はあの晩で『勇者の外套』、『勇者と一番に二人きりになる権利』の二つを手に入れてしまった。
それを見て女共は嫉妬と羨望に狂い、互いを潰し合った。
俺は最後まで見届けずにそのまま寝たがこうして全員生きているのを見れば何とかなったのだろうと思いこむしかない
……まぁ勇者の外套は全て燃え尽きてしまったらしいが
その結果として今のピリピリとした空気なのだろう
勇者が戦闘で少し意識が逸れているうちに皆が騎士に水を向けてくる。
「……今日は一体どんな手で勇者を懐柔するつもりだ?」
「答える必要はないです」
「ちょっと聞いただけじゃない、どうせ覗き見るんだから教えなさいよ」
「……いいでしょう、一言でいうなら今日で勇者様は私と真のパートナーとして固く結ばれます」
「なかなか言うじゃないか……」
「フフフ……、私には切り札というものがありますので」
「如何わしいことをしたらボク達が止めるからね……」
「敵は倒した先に進もう」
話の途中で勇者が戻ってくる。それぞれが移動に向かう中で騎士がこちらにホクホク顔で話しかけてきた。
「一番手という好機……、譲ってくださった僧侶さんには感謝します」
「……あぁ、頑張ってくれや」
騎士が勇者を落とした後の展望を長々と語るのを聞き流しながら旅を続ける。
騎士は自信にあふれているようで何やら奥の手のようなものがあるらしい
俺としては勇者が誰とベッドインしようが構わないが、それでチームが空中分解するのは止めて欲しいので場合によっては女共と同じように勇者との仲を妨害しなければいけないだろう
そんなことを考えながら歩くと日は沈み、野宿となる。馬の世話をして飯を食って、あとは少し話をして勇者が寝るだけである。
騎士は俺たちを一瞥すると勇者へと近づく、普段の休憩中なら女共全員で勇者のところへ行って、わちゃわちゃして終わりだが今回は騎士のみだ。
戦士は急に剣の素振りをして暴風を巻き上げている、吟遊詩人は楽器を鳴らしだし、魔術師の体は炎に包まれ、斥候は気配を消したり出したりで傍から見たら点滅している。
……あいつらあれで気付かれないように監視しているつもりなのか
騎士は勇者に話しかける。
「あの……、勇者様ちょっとよろしいですか?」
「なんだ?」(みんなの様子がおかしい……)
「その……少し私とお話でもと思いまして……」
「話か?」(……一対一で話すのは珍しいな、……そしてこの周りの不自然さ……)
まぁさすがに不審に思いますよね
(まさか……、俺に相談事でもあるのか? ……周りも気を使って時間を空けていることを見るに騎士の意図を皆理解しているはず……つまり俺だけが知らず、俺に伝えたい話題……)
……当たらずも遠からずだな
小さいとはいえ一つのチームを動かす頭目、さすがに周りを気遣うだけの器量はあるのだろう
(おそらくリーダーであり、このチームの方針を決めている俺に対する不満の類、……意見の具申だな)
……当たってなければ近くも無いです。
「……どうでしょうか」
「あぁ……、もちろんだ、なんでも話してくれ、俺にはその義務がある」(騎士の不安そうな顔を見ろ……思えば俺は気が付かない男だ……、どこかで気に障ることをしたのかもしれない)
「えっ……はい……」(すごく切ない顔です……もしかして私と話すのが……)
「場所はここでいいのか? 良ければ少し離れた場所にしようか?」
「はいッ! できれば二人きりになれる場所が良いです!」
「分かった」(二人きりの方が良い? ……騎士の話の内容は皆が知っているわけではないのか、あるいはとても個人的な話、……つまり個人的な不満か)
途中まで合っているのにどうしてそうなってしまうのか
二人が立って俺達から離れていく、空回りをしている二人を見てバカバカしくなった俺はさっさとどこかに隠れて寝ようとする
「僧侶ちゃん! 追うよ!!」
「二人きりでは何をしでかすか分からん……」
「そうね、行くわよ!」
「騎士は何やら秘策があるみたいだ、危険だよ」
俺は戦士に無理やり牽引されて運ばれる。
なぜこういう時だけチームワークを発揮するのか
二人を追ってみるとランプの小さい明りに寄り添って座り込む影が見える。
「あっ……あの状況は!! 『薄暗い明りの中で肩を寄せ合う恋人状態』!!」
「……何!? 知っているのか戦士!」
「私も風の噂で聞いたことがあるね……」
「アンタも知ってるなら早く説明しなさい吟遊詩人!」
なんだこのノリ……
「落ち着くんだ魔術師『薄暗い明りの中で肩を寄せ合う恋人状態』……暗闇と揺らめく火はそれだけで人の本能的恐怖を刺激させる。そのような中では互いに安心を求め、距離が近しくなってもなんの不思議でもない、そして近づく相手に奇妙な安らぎとシンパシーを感じさせてしまう。……そして最後には二人の影が重なり合い……、という寸法だ。彼女はとんでもない女豹だよ……」
「なんてことだ……小娘だと思って甘く見てたがこんな切り札を切ってくるとは……」
こいつら馬鹿なんかな?
俺はさっさとその場から離れようと歩き出す。
「すみません、時間を取ってしまって……」(勇者様と二人っきり……)
「あぁ……構わない」(……みんなもこちらについて監視している。……おそらく騎士のことが心配なんだな……ん? 僧侶が少し離れた場所にいるな)
こいつらの関心はおまえ一点のみだぞ
……しかし、この暗闇と距離で気付く上に個人の判別ができるのか……、とんでもない野郎だな……
「焦らせるつもりはない、……何か俺に言いたいことがあるんだろ」
「えッ……」(まさか……私の気持ちが分かって)
「ゆっくりでいい、伝えてくれ」
「気付いているんですか? 私の……気持ち……」(私の好きという気持ち)
「あぁ……、ひょっとしたらと思ってた」(俺の何かしらの行いが不満なんだろ)
ヤバい……、歯車がかみ合わないのにトップギアで回転し始めているぞ
「分かってたのですかそのッ……、わっ、わたしっ、勇者さまのことが気になって、……すぐに不安になって」
「あぁ、どんなことだ言ってみてくれ」(……俺のどこに不満を持っているんだ)
「この前も僧侶さんに外套を渡したのが凄く嫌で……、なんでそんなことするんだろって……」
「あぁ……、あれのことか」(なんで急に僧侶に渡した外套の話を?)
「僧侶が私に泣いて喜びながら外套を渡したから良かったものですが……」
おい嘘つくなや
「泣きながら?」(僧侶が俺の外套を泣くほど嫌がっていた……?)
「私に快く渡してくれましたが、勇者様にはそんなこと軽々しくして欲しくありません」(私以外にお召し物を渡すなんて)
「ッ!?」
(はっ!? そういえば僧侶に渡した外套を彼女は今着ていない……、いや……、考えれば当然だ……、誰とも知らない男の寝汗が付いた布をうら若い女性に着せるようにするなんて、……僧侶は本当は嫌だったんだ。それなのに勇者という俺の立場からの提案を受けざる得なかった……、彼女は新人だ……。リーダーである俺への独りよがりの善意を断り切れないなんて考えればすぐわかるッ!!)
お前は何を考えているんだ。
無言で思考を加速させている勇者を騎士は不思議に思って声をかける。
「あの……、勇者様?」
「……」(僧侶ではなく騎士が代わりに伝えた理由は二人の仲のよさだろうか……、今日の二人を見るに仲が良さそうだったからな、友人に対するセクハラに腹が据えかねたのだろう)
「勇者様?」
「お前の(僧侶への)気持ちは分かった」
「はい、あの……、ごめんなさい、こんなこと急に言って……、でも言葉に出しててほしいです。……私のことどう思ってますか?」
「あぁ……、それは」(気まずいだろうに、……友人の為に損な役回りをさせてしまったな)
もうどうにでもなればいいんじゃないですかね……
「今まで通りの仲間としての関係で居たいと思ってる。願わくば……、これからもずっとだ」
おそらくこれが暗闇でなければ、勇者も騎士の表情に気が付けたかもしれないがそれは自業自得だろう。
「」
「言いずらいことを済まない……、これからは気を付ける」
勇者はそのままどこかへ行ってしまう。
騎士は完全に燃え尽きている。
「」
「……所詮はガキの浅知恵か」
「フフフ、哀れな奴ね……」
「初めに事を成す人は尊敬すべきだ……、成功したらが頭につくけどね」
「ボクが次だね……あぁはならないようにしなきゃ」
こいつら……容赦も加減も情けも無く仲間の失敗を喜んでやがる……
「じゃあボクはボクでやることがあるから」
「……次の自分の番の細工か?」
「いえるわけないでしょ、じゃあ行くから」
戦士がどこかへと消えると他の奴らも騎士を置いて離れていく
俺としては護衛の件で騎士に働いて貰わないと困るので、少し時間を空けてから騎士に近づく
「おい、生きてるか?」
騎士からこちらへの反応はなく、膝をついて自分の世界に入っている。
「……私の意義、……人生、……家の役目、……私の意味は、…………無い? 全て無い? 意義無い無い…………。何がある? ……何が……、何か………………、無いんだ……」
……下手に刺激しない方が良いのかもしれない、目がヤバい、薬中なんて比じゃない程おどろおどろしい
俺は交渉を諦めてゆっくりと後ずさる。
「…………聖印……」
その時、騎士が膝をついたまま人体構造ではあり得ない角度でこちらに首を向ける。
「それは……、私の先祖の物です……。 だから私が引き継ぐべきです……。分かりますね……?」
めちゃ分かりません……
騎士は体をグラグラと反らしながら剣を抜いて幽鬼のように近づいてくる。
あれ……これヤバない?
「落ち着け騎士……、おそらくだが勇者はお前を振ったわけではない」
「そんなのは当たり前です。勇者様とそれに仕える私は運命で結ばれているんです」
「あぁ……、そうだな運命な……、はは……、いいじゃないか。素敵だと思うよ」
「えぇ……、ですからその聖印……、返してくれませんか?」
うわぁー HOWと聞きたくねぇ……、帰りてぇ……
「その右腕を取って綺麗に皮を剥ぎましょう」
「……マジかよ」
ヤクザの抗争の見せしめで、背中の入れ墨を皮ごと剥いで抗争相手の組の壁に貼り付ける話を思い出してしまった……。
その日……、というか日をまたいで朝が訪れて勇者が俺に謝り誤解が解けるまでの半日近く、俺と騎士はサバイバルホラーを演じることになる。
俺は騎士の追跡を腕から皮ごと剥がした聖印を囮にし、脳のリミッターを外した全力の逃走で逃げきることができた。
俺の地獄はまだまだ続く
鬼ごっこの内容
鬼ごっこの始まりは暗闇の中を走ってひたすら息をひそめて隠れていた。駆け引きをしながら逃げ続ける僧侶に走って追いかけずに、確実に近づいて、ひたすらに怯えさせるように近づく騎士は往年のホラー映画の殺人鬼顔負けだった。
中盤でとうとう追い詰められた僧侶は自分の右腕の聖印を剥いで囮にして、燃料油で罠を張るが騎士にそれを瞬時に見抜き着火機構を壊され窮地に立たされる僧侶。しかし僧侶は直接罠を起爆させる決死の大博打をしかけ、なんとか騎士を罠にかけ油に着火することに成功、燃え盛る騎士、その最期は囮の生皮を掴み炎に包まれながらの壮絶な笑顔だった。
すべてが終わり騎士の死体に近づく、しかし怪物の死で終わると思われたその時、死んだと思われた騎士が立ち上がる。策も体力も尽き、互いに武器もない状況で決着を決める肉弾戦が始まる。自分の筋肉が弾けても回復魔法で繋ぎなおしながらの限界を超えた殴り合いは最終局面へと突入する。その果てに脳のリミッターを外すことを習得した僧侶の一撃が騎士の脳を揺さぶる。
最後に立っていたのは僧侶、俺の背中にエンドロールが流れる。
これはたった120分の出来事であり、日をまたいで朝が訪れて勇者が俺に謝り誤解が解ける8時間の内の2時間である
なお騎士は三分後に復活して殺しにかかってきた。




