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Part 43

 すぐさま敷地内の捜索が始まった。

広大な庭には番犬が巡回しており侵入者を知らせてくれる。

すると主を殺害したのは内部の人間だ。

執事のマーロウは持ち前の老獪ぶりで推理した。

 すぐさま使用人の宿舎へと捜索の手は伸びた。

寝床に付いていた者も含めて食堂へ全員が集められた。

「これで全員か」用心棒の男の声が堂内に響いた。

拳銃を隠すことなく携える彼に誰しもがただ事ではないと察した。

「ルーシーがいないわ」女たちは顔を見合わせた。

「あら本当。誰か知らない?部屋を見に行ってきて」

「あの…」ざわめきの最中、ベティが手を上げた。

「彼女、ルドルフ様へ夜食を届けに行ったと思います」


 波止場近くの宿場町にある宿屋の1室、

リリィはバスタブの中にしゃがみ込んだ。

シャワーの水が彼女の髪を元の色に戻していく。

水と共に全身を伝って流れていく朱い染料が、

渦を巻いて排水溝に吸い込まれる様子を彼女は黙って見届けた。

 ルドルフを撃ち、窓から飛び降りた後、

リリィは夜陰に隠れて芝生を疾走し、

自身の倍以上の高さの鉄柵を容易に越えて屋敷の真後ろへ逃げた。

そこにはルドルフが射撃練習や狩猟の場として所有する山があった。

 日中、ルドルフと3人の彼の友人たちが、

日が暮れるまでここで滅多矢鱈に銃を撃っていたためか、

山の中はリリィでも分かるほど火薬の臭いが漂っている。

犬には酷な場所だ。

硝煙の匂いが染み付いた使用人の制服は方々に脱いで埋めつつ、

予(あらかじ)め岩場の陰に隠しておいた旅行鞄を回収し、

服を着替えて市街地へと向かった。

 リリィは回想をやめてシャワーの水を止めた。

髪先から垂れる水をタオルで拭うと、わずかに赤が混ざっている。

ルドルフの頭から噴き出した、あの色と似ている。

心臓が耳にへばり付いたように、しつこく鳴っている。

仇を討った。私が仇を討ったのだ。

浴室を出た頃には、カーテン越しに朝日が部屋を淡く照らしていた。


 ハイベック邸には早朝から新聞記者が押し掛け、

血眼になって正門の前に人だかりを作った。

最初は無視を得策としていた屋敷の中だったが、

柵を越えて勝手に庭園へと侵入した記者と庭師との間で衝突が起こり、

執事のマーロウはついに警察に連絡することを決めた。

「バカ、誰が奴らに伝えたんだ」

彼は激昂して近くの椅子を蹴っ飛ばした。

 

宿屋の主人がロビーのソファに座り、新聞を机に広げていた。

「おっ」階段を降りるリリィを見つけて彼は陽気な声で、

「おはようさん。早いじゃない」と朗らかに挨拶した。

「おはようございます」

リリィはコートを着込み、両手で鞄を持っていた。

「朝食はどうだい?パンとスープ、ベーコンにサラダのセット」

「コーヒーをお願い」

夜はバーとしてそれなりに活気のある飲食スペースも、

早朝なので不気味な程ひっそりとしている。

 リリィはカウンター席に腰を下ろしコートを脱いで、

足下の鞄の上に床に接しないよう畳んで置いた。

ガリガリと手回しで豆を挽く音が聞こえてくると共に、

早くも香しいコーヒーの香りが漂ってくる。

「はぁ、いい香り」

「だろぉ?特製ブレンドだからね」

ドリップされたコーヒーが湯気を立てて運ばれてくると、

背筋を伸ばして胸一杯に香りを吸い込んだリリィは、

やがて降参するかのように苦笑いで頭を下げた。

「やっぱり、朝食いただきます」

「そらきた」主人はニッコリ笑顔で応えた。

「これがウチの繁盛の秘訣ってことよ」

鍋から澄んだ茶色のスープを汲んで、

端っこのやや焦げたベーコンと半熟卵の乗ったトーストの隣に添えた。

「卵はサービスね」


「逃走中の犯人は、ルドルフ・ハイベック氏、ならびに警護に当たっていた2人を殺害。遺体には打撲と複数の銃痕が見られ、凶器は未だ発見されておりません」

「犯人の行方は?」

「目下、捜索中であります」

中年の警官は手元の書類から目を離さずに、

あくまで事務的に返答を繰り返していた。

「もう目星は付いてるんでしょう?」

嘲るように言った記者を警官たちが睨みつける。

 警察が屋敷に到着するなり退散すると思っていた記者連中は、

警察機関の登場により大富豪ルドルフ氏の死亡をついに確信した。

彼らの邪な知的好奇心を一層煽ってしまった警察は、

これ以上の誤魔化しは無意味だと判断し、正門前にて会見を行った。

適当にあしらい早々に追い払ってしまおうという魂胆だった。

「事件直後に行方不明となった、当屋敷の使用人ルーシー・アノンが何らかの情報を持っているとして、現在捜索中であります」

「使用人なら身元の特定も容易なのでは?」

「…しかしながらですね」警官は咳払いをして、

「彼女の所持品は一切が発見されず、さらには契約書類に書かれた出身地や家族、推薦人の名前、彼女に関係するあらゆる情報が偽造のものであると発覚しました」

場が大きくどよめいた。

「なんだそれ」「ありえないだろ」「本当のことを言え」

口々に聞こえるため息混じりの嘲笑と怒りの声に、

中年の警官は無意識に唇を噛んでいた。

「所持品が発見されないというのは、そのぉ、彼女はブラシの1本も使わずに生活していたと?」

「ひと月ほど前から所持品の整理を行っていたと、使用人らの証言があります」

「あのぉ、それ、誰も気付かなかったので?」

半笑いで質問してきた小太りの記者に、

中年警官は猛禽類のような視線を送った。

「…その点に関しては、まったく、私も同意見です」

「屋敷には用心棒(ガード)もいたんでしょう?」

またしても半笑いの記者がペンを持つ手を上げた。

「まさか全員、勤務外だったとか?」

失笑。もはや真面目に取り合う者はいないように思えた。

「……冷やかしなら、会見はもうお終いにしますが?」


 リリィの隣に若い男が1人座った。

彼は、いつかの新聞記者ジェフであった。

「あなたは行かなくていいの?」

「どこにだい?」

「きっと今頃、屋敷は大騒ぎでしょう?」

「いやぁ」ジェフは肩をすくめた。「だって本当の記者じゃないから」

「あ、僕にもコーヒーを」

彼の注文にカウンターの向こうの主人は微笑んで頷いた。

「これから18の民族が結合し、独立の声明を出すよ」

「血が流れることになっても?」

「僕たちは抑圧される人々を解放した」

「これからを決めるのは彼らだ」ジェフの眼は揺らがなかった。

「あなたって極悪人ね」言われて彼は鼻で笑った。

「…これから君はどうするんだい?」

「最後の1人に会いに行くわ」

2人はしばし、豆挽きの音に聞き入った。

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