ep.4《初めての戦闘と剥ぎ取り作業》
「……で、なんでオレ達はフィールドに出ているんだ?」
オレ、フィア(穂花のアバター名)、ケイの三人は、人がひしめいているフィールドへ出撃していた。
フィールドでは街中とは違い、『エネミー』と呼ばれる敵が出現する。
その姿はフィールドの造形や環境によって左右されるが、基本的には『モンスター』や『魔物』と呼ばれるような姿かたちをしている。
また、他のRPGゲーム同様に、エネミーを倒すと経験値とイェン(この世界の通貨)、それと設定された確率でドロップアイテムを出現させ、それらは倒したプレイヤーのものとなる。
ドロップアイテムはアバター毎に別分配されるので、取り合いなどの心配はないだろう。
「なんでって……狩りをするために決まってんだろ?」
まあ、フィールドに出る理由なんて基本的にはそれしかないのだけど。いや、そうじゃなくて、オレはログアウトをするつもりだったのに、なんでフィールドに出なければならないのか。
少し睨みを利かせて上からケイを見る。
ケイを上から見るなんてことはリアルではできない体験なので、こういうところはゲーム様様だ。……ほらそこ、チート使ってるとか言わない。
そして、オレの視線に気が付いたのかケイがこっちを振り向き、次にはニヘラッと笑う。……ナンダコイツキモチワルイ。
「いや、だって武器持って戦うゲームで『武器を持てない』スキルなんて珍しいからさ、もしかしたら【ユニークスキル】なんじゃないかと思って試したいと思ったんだ」
まあ、珍しいのは確かにそうなんだが、オレの取得してしまったスキルは何しろ性能が悪い。
《素手使い》は一番の攻撃力ソースと言っても過言ではない【武器】を装備できないのだ。
それはすなわち、このゲームの世界において大きなディスアドバンテージになってしまうのだ。
そんなスキルを取らされてしまったオレにとってはたまったものではない。(【ランダム】を選んでしまったのはオレだが)
「……【ユニークスキル】?」
聞きなれない単語が出てきたので思わず聞き返す。
【ユニークスキル】……直訳で『独特な能力』?
「ああ。【ユニークスキル】っていうのはらゲーム内で一つしか存在しないスキルのことだ。オンリーワンのスキルだからレアリティは当たり前だが、ものすごく高い。でも、そのスキルの取得方法は誰にも分からないから、取得出来るかはほとんど運任せだろうな」
「なるほど。でも、そんなにレアなスキルならこの《素手使い》みたいに性能は低くないんじゃないか?それこそ敵を一瞬で薙ぎ払う『ギ◯スラッシュ』とか……」
「いや、そうとは限らない。あくまで『ユニーク』だから、つまりなんでもありなわけだ。まあ、さすがにそこそこの性能とか補正はあるはずだから、もし《素手使い》が【ユニークスキル】なら、素手でも攻撃力がめちゃくちゃ高いくらいの性能はあるだろうな」
……つまり、《素手使い》も捨てたものではない可能性もあると。
でも、スキルの説明を見た限りではそんな感じで無いんだけどなぁ……。
ま、試してみれば分かることか。
「それにしても、人が多いな。一番空いているはずの【草原】を選んだはずなのになぁ……。さすがにサービス初日はすごいな」
「ケイ兄、なんで【草原】のフィールドは人が少ないの?」
ボソッと呟いたケイに、フィアが突っ込む。
《ビギン》の周りには【草原】の他に三つのフィールドが存在するが、なぜ【草原】だけ人気がないのだろうか。
「ん? ああ、簡単さ。【草原】に出現するエネミーは他のフィールドよりも攻撃力のパラメータが少し高いんだ。それに比べて経験値は他のフィールドより少し低い。なんでそういう仕様にしたのかは知らないが、これだけ不利な条件のフィールドじゃあ狩りするプレイヤーも減るのは当たり前だろう」
「なるほど、そういうことだったんだ」
どうやら、他のフィールドよりも狩りの敷居が高いらしい。
まあ、人が少ないのなら、それに越したことはない。
「ルナ、ほの……フィアちゃん、人が少ないところを探そう。開始からあまり時間もたってないし、奥のほうは空いているはずだ」
フィアの名前を間違えそうになりながらも、そう言ってケイはオレらを先導するようにして歩き出した。
歩いている最中、左右の草原の上では、様々な武器を持ったプレイヤーたちが出現するエネミーたちを攻撃し、一喜一憂している。
……それにしても、ゲームの世界なのだから当たり前なのだろうが、イケメンばかりだ。
様々な髪形や顔の造形が見られるが、どれも例外なく美形で、誰もがさわやかな笑顔を浮かべている。
いやぁ、それでも中はおじさんばかりなんだろ? そう考えるとかなり衝撃映像なんだけど。
……それにしても。
「予想はしていたが、やっぱり男性ばかりなんだな。見た感じの男女比は9:1くらいか?」
「そりゃあな。もしこのゲームで『性別変更』ができたらこの比率もひっくり返るんだろうけどなぁ」
「『性別変更』ができるんだったら、オレもズルしなくてよかったんだけどな」
「ははは、それもそうだな」
そんな感じでどうでもいい話をしながら、三人で人の少ない狩場を探す。
「せい! やぁ! とりゃあ!」
相対する【ゴブリン Lv.2】の攻撃を左右にかわしつつ、両方の手足を突き出すことによって攻撃する。
ゴブリンは、この【草原】に出現する二種類のエネミーの内の一体で、身長一メートルくらいで人間のような体つきをしている。
しかし体の色は緑色。なんか気持ち悪いが、いわゆるRPGに出てくる『ゴブリン』と言えばこれ、という感じの造形だ。
攻撃方法は三つで、手に持っている刃の短いナイフでの切り付け・切り払い、そして、小さい体での体当たりだ。
ナイフでの攻撃は攻撃力が高く、体当たりはナイフより攻撃力は劣るものの、数秒のノックバック効果を持っているらしい。
「はっ! せいっ!」
しかし、何度も拳を繰り出すのだが、相手が倒れない。
ヒット判定はしっかりとされているのだが……序盤のエネミーでもこれだけ硬いのか?
「ルナ!いつまでもポカポカやってないで、さっさと【技】使って倒せ!」
「あ!? 【技】!? そういえばさっきの……」
ケイが呆れた様子で敵の認知範囲外からそう言ってきた。
そして、その【技】という単語にオレは聞き覚えがあった。
戦闘中だが、さすがに序盤なだけあって的の攻撃頻度は低い。
敵の攻撃が終了した直後にできた隙を利用して、右手の人差し指で円を書くような動作をする。
『フォン……』というSEの後、五角形のメニュー画面が表示され、その中のステータスを開き、先ほど確認した【スキル】の欄をもう一度開く。
《素手使い》
習得済み技
【パンチ】
【キック】
(……これか?)
【パンチ】と書いてあるところをタップすると、もうひとつウインドウが開き、その題目に【パンチ】と書いてあった。
更にその下には、つらつらとメニューと同じフォントで文章が書かれていた。
(……なるほどね)
その文章を読んだ後、振り向きざまにゴブリンの繰り出してきたナイフを身を屈めることで躱し、隙のできた顎を狙ってアッパーカットを繰り出す。
「ゴァ!!?」
「うしっ!」
オレの放ったアッパーは見事にゴブリンの顎を撃ち抜き、屈伸運動を利用して打ち上げる。
オレのアバターの身長、180cmまで打ち上げられたのだから、たまったものではないだろう。
するとゴブリンは仰向けに倒れ、頭の上を星が回っている。
これは状態異常【昏倒】で、しばらくの間システム的に動けなくなる。
「今がチャンスか……」
これを好機と見たオレは、利き手である右手を腰の高さに構えて拳を握り、頭の中で先ほど見たウインドウの通りにする。
(【パンチ】発動……!!)
通常の場合、【技】の発動は指定されたモーションを取ることでできるらしい。
そして、この《素手使い》の初期技である【パンチ】の発動条件は、拳を握り、頭の中で『【パンチ】』と思うことらしい。
その条件を達成することで、システムによって【技】の発動が感知され、それがこの空間に適用される。
(……なるほど、これで発動はできたわけか)
発動された技の効果で、オレの右手首から先は青く輝いている。
こうしてこの【To-Arms】の世界では技の発動を知らせているのだ。
……分かりやすくていいな。
「……ガァッ」
「お、もう起きたか」
光る右手から目を離して正面に向き直ると、ゴブリンが起き上がっていた。
どうやら【昏倒】が解けたようだ。まあ、【技】とか【スキル】による状態異常じゃなかったから、復帰も早かったのは頷けるが。
ゴブリンは上体を起こした状態で頭を左右に振っている。攻撃してくる様子はなさそうだった。
「なら、今が攻めどきか!」
走りだし、ゴブリンに向かって腰の位置で溜めた拳を突き出そうとすると、オレの体は不思議な感覚に陥った。
走っているのも、攻撃しようとしているのも、オレ自信が操作しているわけではなく、後ろから追い風に押されるかのごとく勝手に体は前に進み、そのままゴブリンの左頬に右の拳が突き刺さる。
「ガッ……」
「……へっ?」
オレの拳は、ボクシングの選手顔負けのスピードで繰り出され、その勢いのままゴブリンを左側に吹き飛ばす。
そして、自分でもわけが分からないままゴブリンは草原の上に倒れ、今度こそ動かなくなった。
一体何が起こった?
「……どうやら、討伐が終わったみたいだな。お疲れさん」
「おぉ〜、お兄ちゃん最後カッコよかったよー!」
「お、おう。ありがとう……じゃなくて!さっきの何!?勝手に体が動いて勝手にゴブリンを殴り飛ばしてたんだけど!?」
初めての討伐が終了したと同時に、ケイとフィアが祝いの言葉をかけてくるが、今はそれどころではない。
最後の攻撃の時、オレの体は第三者によって自分の体を操られたように動いて、勝手に攻撃を繰り出したのだ。
不安にならない方がおかしい。
「ん? ああ、【技】の発動はシステムが管理してるからな。体も半自動的にシステムが動かしてくれるんだよ。ほら、ゲームの技の中には空中で一回転みたいな、現実じゃあ不可能な動きとかスピードとか出るだろ?だから、そのためにシステムがサポートしてくれるんだよ。このサポートのおかげで俺らプレイヤーは飛んだり跳ねたり出来るわけだ」
「……なるほど」
「っていうか、これも説明書に……」
「ケイ兄、お兄ちゃんに説明書の話しても無駄だと思う」
どうやら、あの感覚はシステムによるサポートだったらしい。
バグとかハッキングとかじゃなくてよかった。
まあ、リアルではできない動きを体感できるのがゲームの醍醐味だろうし、このサポートがなければプレイヤーはほとんど何もできないだろう。
……なんかフィアの言葉がグサッときたんだけど。
討伐が終わって辺りを見渡してみると、フィールドに出るための【門】の周辺には溢れかえるほどの人がいたはずなのに、オレ達の周りには数えるほどの人数しかいない。
ケイの予想が当たって、いい狩場を獲得できたようだった。
「まあでも……倒せたしいいんだよ!よし、このままバンバン倒して……」
「お前が1体倒している間に俺は5体倒したけどな。フィアちゃんも2,3体は倒してたし」
「……え”?」
「まあなんていうか、やっぱり弱いのかもしれないな、そのスキル。武器を装備出来ないのはツラすぎる」
「私もそう思う。攻撃力が上がらないのもそうだけど、リーチがある程度ないと攻撃も当てずらいし、武器防御でダメージを減らしたりも出来ないから……」
「……ルナ、やっぱりそのスキル……【ユニークスキル】どころかゴミかもしれない」
……もうやめて、オレのライフはもうゼロだよ。
ああ、分かってたさ。戦闘の途中くらいから思い始めてはいたんだ。
何十発も攻撃してるのに相手は倒れないし、相手の攻撃を手で受け止めるとダメージ受けるし。
いざ終わってみると、オレと同じでVRMMO初体験の穂花にも遠く及ばない戦績。
武器がないだけでこうも違いが出るのか。
「……まあ、まだ開始したばかりだし、スキル取り直せばそれで済むだろう。事前に話し合ったとおりの構成にしてくるよ」
「ああ。でも、もう一回【ランダム】とかやめてくれよ?」
「さすがにもうしないよ、今痛い目みたしな。じゃあ、一旦落ちるから」
「……いや、ちょっと待て。お前、アレをそのままにしておくのか?」
『アレ』と言いながらケイが指差したのは、先ほど吹っ飛ばしたゴブリンだった。
……とは言っても、どうしろと?
「え、なにかこの後するの?……まさか食うとか?」
「お前なぁ……何のためにキャラ作成の時に《剥ぎ取りナイフ》を貰ったんだよ。モ◯ハンでも狩った後は『剥ぎ取り』だろ?」
なるほど、狩ったエネミーは『剥ぎ取り』をしなければならないらしい。
「でも、剥ぎ取りなんてどうやれば……」
そう呟いた瞬間、腰の後ろ辺りにズシっといった重さが感じられた。
一瞬びっくりしたが、これはちょうど包丁くらいの重さか?
腰の後ろに手を回すと、何かの柄のようなものがあり、掴んで引き抜くと、それはちょうど出刃包丁くらいの大きさのナイフだった。
「これが『剥ぎ取りナイフ』か?」
ナイフを見せながらケイに言う。
「ああそうだ。そのナイフは『剥ぎ取りがしたい』と思えば自動的に出てきて装備される。で、それを『討伐が完了したエネミー』に当てると剥ぎ取りが出来るわけだ」
ケイは頷きながら、ナイフの使い方まで教えてくれた。
さっそく先ほどのゴブリンに近づき、その左胸の辺りに手に持ったナイフを突き立てる。
すると、ナイフがエネミーに当たった瞬間に、『シャリン……』という鈴のような音がして、ゴブリンは光の粒子となって霧散した。
そして、目の前に【《ゴブリンナイフ》を入手しました!】というシステムメッセージが届いた。
おそらくこれで『剥ぎ取り』が完了したのだろう。
「できたか?」
「ああ、《ゴブリンナイフ》っていうのを手に入れた。……まあオレには使えないだろうけど」
「ははは、できたならそれでいいじゃないか。練習になったと思えば」
「……じゃあ、オレは一回落ちてキャラ作り直してくるわ」
「じゃあ私たちはここら辺で狩りしてるねー。早く来ないとレベル差開いちゃうよ!」
「本当に【ランダム】だけはやめてくれよ?」
「あはは、じゃあ早めに作ってくるよ。さて、【ログアウト】はたしか……」
メニューを開き、【オプション・設定】の一番下に【ログアウト】の項目があるのを、メニューの説明を受けた時に確認しておいた。
だからその通りにやれば……ん?
……待て待て落ちつけ。
もう一回開き直して、【オプション・設定】から……あれ?
「じゃ、もう少し俺らは狩ってようか……ん?何してんだ、ルナ?」
「お兄ちゃん、【オプション・設定】のタブの一番下だよ?」
何回も同じ動作を繰り返し、その度にメニューを開き直すオレを見て2人が心配そうにこっちを見てくる。
たしかに、オレは【ログアウト】の項目は見つけた。
……しかし、その項目の上に文字全体を隠すように大きな赤いバツ印がついていた。
タップしても何も反応を示さない。
「……ケイ、穂花、一回エリアに戻ろう。緊急事態かもしれない!」
……その日から、オレ達のゲーム攻略の日々は始まったのだった。