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閉じ込められた部屋  作者: 鷺岡 拳太郎
第2章

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小さく折りたたんだ状態の戸籍謄本を膝の上で丁寧に広げる。


 小さく折りたたんだ状態の戸籍謄本を膝の上で丁寧に広げる。

 そして真尋は戸籍謄本に目を通していく。

 本籍地は、東京都K区となっている。そこは住民票で調べたので真尋はすでに知っていることだった。そしてその下には『氏名』として次のような名前が書かれていた。


 佐藤健太郎


 それが真尋の父親の名前だった。初めて見る父親の名前は、真尋には全くの他人の名前にしか見えなかった。それも当たり前だった。だって、真尋の母は、自分の父親の名前すら教えてはくれなかったのだから。

「佐藤……健太郎……」

 小さな声でその名前を呟いてみる。

 他人行儀の響きは、それでも変わらなかった。

 真尋は、その父の欄の左側には見慣れない記載がされているのに気づく。

 そこには欄外に『除籍』という二文字が記載されていたのだ。一瞬、その『除籍』が意味するところが分からなかった。だけど、その下側の身分事項の欄を見て、真尋はその二文字が意味するものを知った。

 そしてその『死亡』という記載の右側には次のような記載がなされていた。


【死亡とみなされる日】平成二十九年十一月三十日

【失踪宣告の審判確定日】平成二十九年十二月八日

【届出日】平成二十九年十二月一日

【届出人】佐藤美和


「これは……、どういうこと……?」

 真尋は呟く。

『死亡とみなされる』

『失踪宣告』

 見慣れない言葉が書かれている。

 真尋が初めて見る言葉だった。ただ『失踪』という二文字に不気味で不吉な響きを感じた。そのまま戸籍謄本を鞄の中にしまおうと思った。そして先ほどの内容は見なかったことにしてやり過ごそうと思った。また空虚な毎日に戻ろうと思った。だけど、それ以上の強さで、真尋の中の誰かが次のような言葉を真尋に投げかけていた。

『あなたは、このことを知らなければならない』

 真尋は『失踪宣告』が意味するところを調べるためにポケットからスマホを取り出した。

 スマホでブラウザを立ち上げ、検索エンジンを呼び出す。そして『失踪宣告』という四文字を入力すると、検索結果一覧がスマホに表示された。

 真尋は、その一覧の一番上に出てきたページを開いた。

 それは失踪宣告に関する手続きを説明するサイトだった。そしてそのサイトの冒頭に、失踪宣告の説明として、次のような記載が掲載されていた。


『不在者(従来の住所又は居所を去り,容易に戻る見込みのない者)につき,その生死が七年間明らかでないとき(普通失踪),又は戦争,船舶の沈没,震災などの死亡の原因となる危難に遭遇しその危難が去った後その生死が一年間明らかでないとき(危難失踪)は,家庭裁判所は,申立てにより,失踪宣告をすることができます。

 失踪宣告とは,生死不明の者に対して,法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度です。』


 不在者……。

 その生死が七年間明らかでないとき……。

 生死不明のものに対して、法律上死亡したものとみなす……。

 真尋はこれらの見慣れない言葉を心の中で呟く。

 そして、それらの言葉が持つ意味を考えた。

 簡単なことだった。

 真尋の父は平成二十九年十一月三十日に、『法律上死亡したもの』とみなされたのだ。

 平成二十九年は西暦では2017年。真尋が十三歳の年だった。

 真尋が中学校に通っていた日々の中で、母は真尋が全く知らないところでこのような届出を提出していたのだ。そのような素振りを母は真尋には全く見せなかった。そのことにまず大きなショックを受けた。そして真尋に全く知られないようにそのような届出を出すということの意味を考えた。

 なぜ、母は私には父のことを何も話そうとしないのか。

 なぜ、母は私に父の失踪宣告のことを伝えなかったのか。

 その母の行動の裏に、何か窺い知れない暗闇が隠れているような気がした。だけど真尋にはその暗闇の正体を知ることはできなかった。

 真尋はその暗闇を見通すことをあきらめ、考えを進める。

 七年間生死が明らかでない、ということは2017年に失踪宣告される七年前、つまり2010年に父はいなくなったということになる。2010年というと、真尋が六歳の年だった。まだ小学校に上がってもいない。その年に父はいなくなったのだ。

 2010年に何が起こったのだろう。

 真尋は、自分が六歳の時の記憶を探る。

 真尋の周りで『父』という存在を見た記憶はなかった。あるいは『父』と思われるような大人の男性が母の周りや真尋の周りに存在していたという記憶すらなかった。


 だけど、あの夜……。

 私は何かを見た気がする……。



挿絵(By みてみん)


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