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閉じ込められた部屋  作者: 鷺岡 拳太郎
第10章

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真尋は目を開けた。


 真尋は目を開けた。

 見知らぬ白い天井が自分の上に広がっていた。

「ここは……」

 ひどく掠れた声だった。

 白い天井。

 最近、同じような光景を見た気がする。

「真尋……」

 すぐ横から声が聞こえた。

 その白い天井の片隅に、誰かの顔がぼんやりと見えた。その顔になかなか目の焦点が合わなくて、ひどくぼやけている。

「真尋……」

 真尋の目の焦点は、ゆっくりとその顔に合わされていく。

 顔を少しだけ右に向ける。自分の顔のすぐ上には、母である美和の泣きそうな顔があった。

「……お母さん?」

 声はまだ掠れたままで、自分でもよく聞き取れない。

 その美和の後ろで、何かが色鮮やかに輝いているのが見えた。窓からの日の光を受けて、小さな瓶が色鮮やかに光っている。青、赤、オレンジ、黄色。その光景はあまりにも美しくて、真尋は、自分が今、天国にいるのかと思った。そして、目の前に浮かぶ美和の顔も、ただ幻を見ているだけなのかと思った。

 何かが、自分の右手を強く握っていた。

 何だろう。

 真尋の目の焦点は、美和の顔から、その顔の前にあるものに移動する。それは自分の右手だった。そしてその右手を包むようにして握っている、美和の両手だった。

 その手は暖かかった。そして力強かった。その暖かさと力強さは、幻なんかではなかった。一つの現実として、その右手を介して真尋の中に流れ込んできた。

 この母の姿は、幻なんかではない。

 自分は、助かったのだろうか。

「……ここは?」

「病院よ」

「……病院?」

「そう、病院よ」

 真尋は部屋の中をゆっくりと視線を巡らせる。小さな部屋に幾つかのベッドが並んでいて、その一つに自分が寝ている。ベッドのシーツの色、壁紙の色、ベッドの間に引かれているカーテンの色。全てが白だった。

 なぜ今、自分は病院にいるのか。

 真尋の中の記憶はひどくぼやけていて、はっきりとしなかった。

「なぜ……病院に?」

 美和は悲しそうな表情を浮かべたまま、その真尋の言葉には何も答えなかった。

 ここで目覚める前に、何かひどく怖い思いをした気がする。

 今、目の前に広がる白い天井と同じような天井を、絶望の中で見た気がする。

 徐々に、真尋の胸の中で、閉じ込められた部屋の記憶が蘇っていく。

 そうだ……。

 小さな部屋に閉じ込められて、溺れそうになって、そしてやっとドアが開いてくれて、自分は助かった。母の声が自分をこの場所に導いてくれた。

 その記憶の後ろで、もう一つの記憶が蘇っていく。

 大学帰りのあの夜、自分が何に絶望したのか、そしてその絶望から逃げたい一心で何をしてしまったのか。その記憶が真尋の中で一つのイメージとして形を取り戻していく。

「お母さん……」

 言葉と共に、真尋の目に涙が溢れる。涙は、ベッドに寝ている真尋の顔の横に、線を描いて流れ落ちた。

「怖かったよ……。本当に、怖かったよ……」

「……」

「でも、私は戦ったよ……。私はあきらめなかったよ……」

「……分かってる」

 美和の声は、とても優しかった。

「戦いなさいって、お母さんの声は確かに聞こえたよ……。お母さんが、私を救ってくれたんだよ……」

「……分かってるよ」

 涙でにじむ視界の中で、美和の目にも涙が溢れているのが見えた。

「真尋……。おかえり」

 真尋と美和は、二人して、いつまでも泣き続けていた。



挿絵(By みてみん)


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