何とかして、この水を止める方法は無いのか。
何とかして、この水を止める方法は無いのか。
真尋は水の中で足を擦るようにして、一歩、一歩、その『放水口』に近づく。
そして改めて上を見上げて天井のパネルの奥を見つめた。そこに何か水を止める手段が隠されていないか、そこに望みをかける。
開いたパネルの奥の空間に設けられた金属製の『放水口』。そこから迸るように流れ落ちる水の飛沫に隠れるように、その『放水口』の横に小さな円形のものが見えた気がした。
もしかしたら、あれはバルブなのではないのか。
それを回すことによって水を止めることができるのではないのか。
だけど、それは天井の更に奥の空間に設置されていて、どう頑張ってみても真尋の手が届く位置にはなかった。試しにジャンプしてみるが、精一杯上に伸ばした右手は天井にも届かない。そもそもとしてすでに足元まで水が溜まった状態ではそれほど高くジャンプすることもできなかった。
だけど、その『バルブ』を見つけたことで、小さな希望を見出すことができたのも事実だった。
その『バルブ』は回すことができるものなのか。そもそもとして本当に放水を止めるための『バルブ』なのか。何一つ分からない。
それは本当に小さな希望だったのだけど、それでもゼロよりはましだった。
何かその『バルブ』を回すために使える道具はこの部屋にないのか。
真尋は部屋の中央に立ち、そして必死になって周りに視線を巡らす。
だけど、その部屋に道具として使えそうなものは何一つ見当たらなかった。隣の部屋では机があったのだけど、この部屋にはそのようなものは初めから置かれていない。
そのとき、真尋の正面の壁に架けられた一枚の絵が目に入った。さきほど真尋が壁に掛け直したものだ。その絵の中の少女が、無表情でこちらを見ている。悲しいくらい無表情であり、そして恐ろしいくらい無表情だった。
何で、そんな目で私を見てくるの……?
私を憐んでいるの……?
それとも、私を憎んでいるの……?
真尋は強い眼差しで、その絵を見つめる。
水の中で足を引きずるようにしてその絵に近づく。
両手でその絵の両端を掴んで、絵を壁から外した。
絵の後ろの壁に描かれた、『全て、お前がやったんだ』という赤い文字を一瞥して、そのまま絵を持ってドアの前に向かった。そしてその絵を思い切り振り上げて、ドアノブに叩きつけた。絵の中央にドアノブがめり込み、キャンパスが凹む。それでも何度も何度もその絵をドアノブに叩きつけ続けた。
手に持ったキャンパスをドアノブに叩きつけているうちに、そのキャンパスの四辺を囲うように取り付けられていた木枠が外れかかってきた。それらは釘で固定されているわけではなく、接着剤のようなもので絵に固定されていた。
真尋はドアノブに絵を叩きつけるのをやめて、その浮き上がった木枠に指をかける。そして思い切り絵から剥がした。木片は思ったよりも簡単にはがれた。右手で木片を持ってみる。それは五十センチくらいの長さをもった木片だった。
木片を取り外した絵はその場で投げ捨てた。そして再び『放水口』の下にすり足で歩み寄る。足首が完全に埋まるくらいまで水位が高くなっており、ひどく歩きづらかった。
『放水口』の下にたどり着くと、真尋は上を見上げて、その『放水口』を改めて確認する。
やはりその金属製の筒の横に、バルブのような円形の部材が取り付いているのがうっすらと見えた。真尋は右手に木片を握り、そのバルブに向けて慎重にその木片を持ち上げていく。『放水口』から強烈な勢いで流れ続ける水が邪魔だったが、そんなことも言っていられない。左手を目の上にかざし、顔に降りかかる水を避けるようにしながら、右手を上に持ち上げた。
木片の先端が、その『バルブ』に触れる。真尋はすでに右手を上に伸ばしきっていた。その状態で、何とかその木片の先端はぎりぎり『バルブ』に届いていた。
良かった。届いてくれた。
真尋はそこで一度息を吐く。
そして意を決して、つま先立ちをするようにして、『バルブ』が左回りで回る方向に合わせて木片を『バルブ』に強く押し付けた。
お願い……。
回って……。
心の中で必死に祈る。
だけど、木片は『バルブ』の上を簡単に滑ってしまい、『バルブ』は全く回る気配がなかった。もう一度試してみる。だけどやはり木片は『バルブ』の上で滑るだけだった。
そもそもこの『バルブ』が回れば放水が止まるのかも分からない。
だけど、そこに縋り付く以外に希望を見出すことができなかった真尋は、何度も何度も木片を『バルブ』に押し当て続けた。右手が疲れて力が入らなくなったら、今度は木片を左手に持ち替えてまた『バルブ』に押し当てる。それを際限なく続けた。
どのくらい時間が経っただろうか。二十分はやっていたかもしれない。
もう右手も左手も疲れ切っており、力が入らなかった。
駄目だ……。
回らない……。
真尋は右手に持った木片を下に下ろす。
そして虚な目でその『放水口』と『バルブ』を見上げた。
どうして回ってくれないの……?
もう、私は諦めるしかないの……?
誰かがこの水を止めてくれることを、祈ることしかできないの……?
様々な思いが胸の内側から湧き出してくる。
水位はすでに、真尋の腰の高さまで上がってきていた。




