会 ③
タイランとかなりの距離を開けた後、リーは一息つくため自販機でミルクココアを買って椅子に座る。
荷物を置いてきてしまったが、後で取りに行くからまぁいい。
わざわざ初対面の女と話すこともないので黙ってココアを飲んでいると、鈴がくだけた口調で聞いてきた。
「最近の子ってそういう化粧するんだ?」
「文句ある~?」
「その厚化粧は似合わないんじゃない?」
ハッキリ意見してくる鈴に少し怯んだリーは、ぷいっと他所を向く。
「何よっ別に勝手でしょ?」
「好きでやってるなら可愛いと思うけど、自分でもそんなに気に入ってないでしょ?それ」
「……」
「どんな格好でも、自分の格好好きな子ってのは可愛いもんだよ。自信に溢れててね。でもリーは違いそう」
「……だって、リューシェンはいっつも派手な女と遊んでるもん」
「え?リューシェン?」
「あっ」
口に出した後で余計なことを言ったと気付き焦るリーとは裏腹に鈴はぶはっと吹き出し、
「そっかそっか。なーるほどねぇ」
見透かすように目を細め、リーの隣に座った。
「もしかして、将官会議に参加しないのもリューシェンが来ないから?」
「げえっ。タイランあいつ、リーが会議不参加なことチクりやがったの~?サイテーっ」
「別に責める気はないよ。私だって興味ないことに参加したくないし。……でも、リーはリューシェンが参加したら参加するんだよね?」
「……まー、共通点が佐官ってことくらいしか無いし、利用しない手はないでしょ」
「ふむふむ」
(なんだ、意外と簡単じゃん)
タイランはどんなに説得しても半分は将官会議に参加しない、といった口ぶりだったが、恐らく彼は参加しない者に対し文句を言うばかりで、参加させようと努めたこと等無いのだろう。
「よし。リー、私が協力してあげる」
「ふぇっ?」
「次の将官会議から、リューシェンが参加するように仕向けるよ。そこにリーも参加したら、会う機会が増えるでしょ」
「ほ、ほんとっ!?」
目をキラキラさせながら自分を見てくるリーを見て鈴は、チョロいな、とほくそ笑んだのだった。
―――同時刻、チュンメイの部屋にて。
「チュンメイ!リー見なかったか!?」
「きゃあっ」
唐突に飛び込んできたタイランに驚き、着替えていたチュンメイは慌てて隠れる。
チュンメイの下着姿をばっちり見てしまったタイランの方も慌てて後ろを向き、
「着替えてるなら鍵くらい閉めろ!」
と勝手に入っておいて理不尽な怒りをぶつけた。
「…………リーが、どうかしたの」
気まずい空気をどうにかしようと、チュンメイは服を着ながら問う。
「あのバカ、得体の知れない日本人連れてどっか行ったんだ」
「日本人?」
「自称“個人的に動いてる日本人”だ。日中軍事同盟を目指してるらしい」
「へぇ、いいんじゃない」
「はぁっ!?」
チュンメイのあっさりした意見に驚いて思わず振り返ったタイランの顔に、直ぐ様クッションが投げつけられた。
「まだこっち見ないで!」
「あ、あぁ、悪い。……えーっと、その、お前は日中軍事同盟に賛成なのか?」
「場所的に近い国は味方につけておいた方が、敵に利用されなくて済むでしょ。それに、これからの戦争で重要になってくるのは超能力だと私は思うわ」
「しかし、超能力より兵器の方が優秀だ」
「……私はそうは思わない」
着替え終えたチュンメイは棚からある書類を取り出し、机の上に並べて「もういいわよ」とタイランを呼ぶ。
その書類は、戦争が終わるきっかけとなった、新ソビエトと大中華帝国国境沿いで起こった超能力衝突に関する資料だった。
周囲の一般人は避難させられていたにせよ、あれほど激しい戦いは人類史上無かったと言われている。
その場にいた人間は全員死んだため、当時の様子を説明できる者はもうこの世にいないのだが、一説によると、超高レベルの多重能力者、つまりSランク能力者が自爆した―――能力で自らを爆弾に変え、かつて無い程の威力で敵味方関係無く多くの兵士を焼き殺した―――と言われている。
爆心地から2キロメートル内の家屋は一瞬で倒壊。
爆風は70キロメートルに達し、家屋の損壊は6キロメートルにも及んだ。
爆発の瞬間、自爆したSランク能力者自身は数百万度にもなったであろうと推測されている。
新ソビエトの同盟国である日本帝国に恐れをなした大中華帝国は、とにかく戦争を終えたい一心で、賠償金を少なくすることを条件に、自分達の勝利という形で戦争を終えさせた。
「これを見て、兵器の方が優秀だって言える?」
「……」
「自爆したSランク能力者は、かつて“東洋の核”と呼ばれていたわ」
「東洋の核……聞いたことがあるな。日本の電脳能力者だろう。相当な種類の能力を同時に使いこなしていたとか」
「ええ。厄介なのは、核を防ぐ技術は既に開発されているけれど、これほど強力な超能力者を防ぐ技術はこの世に存在しないこと」
「……」
「この資料を見てから、私はずっと思ってるの」
―――日本帝国だけは二度と敵に回したくないってね、と、チュンメイは苦笑した。
――――その日の晩。
満月の輝く明るい夜に、締め切っているはずの部屋にいたティエンはふと風を感じた。
夜風の吹いてくる方向に目をやると、窓が開いている。
軍事施設内で最も広いその部屋に窓から入ってきたのは、
「初めまして、お前が噂の中将さん?」
1人の日本人の女だった。
「…………暑い、閉めろ」
出ていけという意味で言ったのだが、見知らぬ女はあろうことか部屋に入ってから窓を閉める。
「今日みたいな暑さ、なんて言うか知ってる?」
「はァ?」
「“エーテルが沸騰するような暑さ”って言うらしいよ」
どうでもいいことを話しながら近付いてきた女は、ティエンの寝転がっているベッドに近いテーブルに紙袋を置いた。
その袋の中には、珈琲豆の瓶が入っている。
明らかにおかしいことはティエンにも分かった。
この部屋は、そう簡単に窓から侵入できる作りにはなっていない。
「私は鈴。珈琲でも飲みながらお話しない?」
「……」
ティエンが返事をしないことなど気にもせず、部屋にあったコップを勝手に取り出しそこに豆を入れ始める鈴。
そう時間の経たないうちに珈琲は出来上がり、テーブルに2つのコップが置かれた。
ティエンはちょうど何か飲みたい気分であったこともあり、渋々起き上がって椅子に腰を掛ける。
「……何で珈琲?ボク今いちごミルクが飲みたい気分なんだけど」
「贅沢言わないの。こっちはセックス後の眠気覚ましがしたいんだから」
「セッ……、…はァ?」
「久し振りに頑張っちゃったー。リューシェンなかなかの遅漏だったし」
「……リューシェンの彼女の1人かァ」
見慣れない女であるが故に何者なのか検討のつかなかったティエンは、そこで少し納得した。
何故この部屋に侵入できたのかは全く分からないが、この女がここにいるのはリューシェン絡みなのだろう、と。
(……あま)
珈琲を一口啜ったティエンは僅かに眉を寄せる。
ティエンは甘くない珈琲を飲めない。
その点だけを考慮すると素晴らしい味なのだが、なんというか……美味しくない甘さだった。
「どうやったらこんな味になるわけェ?不味いんだけど」
「えーそう?美味しいと思うけど」
鈴は自分に入れた分の珈琲をガブガブ飲みながら、さも不思議そうにティエンを見る。
味覚音痴すぎる、と呆れながら、ティエンは改めて女の格好を確認した。
お洒落をしている、という感じではない。
動きやすい服装を意識しているようだ。
髪は長すぎず短すぎずといった程度で、ハーフアップにしている。
(……………かわいい)
正直、好みだった。
年上のお姉さん、明るくて元気そう、馬鹿そう、あまり“女”という感じがしない、謎が多い―――全てティエンの好みに当てはまる。
部屋に入ってきた時点で侵入者として殺しても良かったのだが、そうしなかったのは、ちょうど退屈だったというのと、鈴の見た目が好みだったからだ。
実に子供らしい単純な理由である。




