会
【第六章】
空蝉のからはぎごとにとゞむれど
魂のゆくへを見ぬぞかなしき
<古今和歌集 物名 448>
大中華帝国。
東アジアに位置する大国。
極めて古い時代に黄河流域に定住した民族が開いた国であり、世界最古の文明の発祥地の1つでもある。
そんな大中華帝国の現将官・佐官と橘哀花の出会いは、およそ5年前に遡る。
8年前の戦争では戦勝国となった大中華帝国だが、共通の敵がいなくなった途端国内の団結力は弱まり、民族間の争いが相次いで起こるようになっていた。
内乱は収まらず、当時世界最強国家とまで呼ばれた大中華帝国はいとも簡単に内政不安に陥った。
そんな状況であったからこそ戦わねばならず、子供だろうが何だろうが実力重視で軍のトップとして動かされ、他の民族と戦わされる羽目になる。
内戦により当時の上将が死んだ頃には、大中華帝国軍の上層部の多くは子供と言える年齢の軍人達で構成されていた。
中将の天、当時10歳。
少将の泰然、当時15歳。
大校の春梅、当時15歳。
上校の明陽、当時23歳。
中校の麗、当時13歳。
少校の緑仙、当時23歳。
若手しかいない、本来なら有り得ない構成で組織された大中華帝国軍上層部は、彼らの経験不足故に機能しなくなる寸前だった。
―――“鈴”と名乗る、当時18歳の女性が現れるまでは。
それはある昼下がりのこと。
西の民族との対立が激しくなり、予定にない将官会議を開いた―――のだが、連絡は届いているであろうにも関わらず、参加したのは佐官を合わせた6名中3名、全体の半分だった。
普段から真面目な女佐官チュンメイと、国内の状況に危機感を抱く男将官タイラン、そして取り敢えず参加しているだけの男佐官ミンヤン。
半分も参加しているのだからいい方だ。
動かずにはいられないいつも元気なミンヤンは兎に角気紛れで、会議に参加するのがチュンメイとタイランのみの時だってある。
参加していないリューシェンは恐らく女とお楽しみ中、マセ餓鬼なリーはいつもの如く上海でお買い物、ティエンは単に面倒だから来ていないだけ、と、タイランは予想。
政府がほぼ機能していない今、軍の今後の動きは自分達が決めなければならないというのに。
「西部民族の政府への反発にどう対処すべきか、というのが今日の議題よ」
綺麗な黒髪を1つに纏め、眼鏡を掛けて話し始めるチュンメイは、見るからに真面目な女性だ。
タイランは茶を飲みながら淡々と答える。
「西部民族を殲滅するしかないだろう」
「殲滅……随分過激じゃない?そこまでする必要あるの?押さえ付ける程度でいいと思うけれど」
「次の大戦がいつ起こるか分かったもんじゃないだろ。不安の種は少しでも潰しておいた方がいい」
「ハァーッ!?ついこないだ終わったばっかだろ、戦争!何でまた戦争の準備しなけりゃなんねーんだよぅ!」
ミンヤンが大きな声を出したが、戦争がまた起こるであろうとは実際多くの国で言われている。
敗戦国も戦勝国も現状に満足していないのだから。
「……この世界も終わりね」
渋い顔でぽつりと言ったチュンメイの言葉に、タイランは僅かに首を縦に振り同意を示す。
生物の歴史から見ても、繁栄した生き物は必ず滅びている。
人類だって、愚かな行為で自らを滅ぼさないとは言い切れない。
他の生き物は平穏の為に戦うというのに、人は利益のために争う。
「今後は殲滅戦に向けて動きましょう。今日は忙しいから、私はこれで退散させて頂くわ。あとはお2人でどうぞ」
「いや、お前がいないなら続ける意味はない。方針が決まっただけでも十分だ」
「いいのかぁ!?他の3人いねえのに勝手に決めちまって!」
何気に失礼なことを言われていることには気付いていないミンヤンの質問に対しタイランは、
「会議にも参加しないような、やる気のない連中に合わせてたら国が滅びるだろ。お前が今すぐに他の3人をこの場に連れてこられるなら話は別だがな」
苛立ちを孕んだ声音でそう返した。
「………そ、そうだな!!」
いちいち声が大きいミンヤンを冷めた眼で見ながら、チュンメイはタイランに他の用件を伝える。
「タイラン、3時に客が来るらしいから案内してもらえる?悪いけど私は忙しい」
「客?」
「政府からの回しモンよ。軍の現状を視察したいってとこでしょ」
チュンメイはテーブルの上に並べられた料理の一部をタッパに詰め、席から立ち上がった。
タイランはチュンメイの存在にいつも助けられていた。
彼女がいなければ実質1人で多くのことを決めなければならなくなる。
そんな状況は、優秀なタイランからしてもさすがに手に余るのだった。
午後3時。
タイランが入り口まで迎えに行った時、そこにいたのはまだ子供にも見える女性1人だけだった。
視界に入れた瞬間違和感を覚えたが、「初めまして、タイランです」と取り敢えず軽く挨拶をする。
「初めまして、鈴です」
鈴と名乗る女性の声は大人らしい低く落ち着いたもので、見た目とのギャップに意外性を感じながらも、タイランは歩き始めた。
童顔故にそう感じるだけかもしれないが、見たところ歳は20にも満たないだろう。
タイランがこれまで見てきた政府側の人間に、こんな女はいなかった。
しかし約束の時刻と一致しているし、この軍事施設に入れているということはセキュリティを突破するためのキーを預かっているということだ。
考えられる可能性としては、通常来る予定だった“本物の”政府からの派遣者とどこかで入れ替わったであろう、ということ。
殺したか、捕獲したか。……いや、それはどちらでもいい。兎に角、この女が不審者であることに変わりはない。
(……舐められたもんだな)
通常のルートではなく人気の無い通路をわざわざ選択し、角を曲がったところで素早く振り向き、―――鈴の腕を捻る。
タイランによる予想外の行動に驚くと同時に、鈴はその容赦無い力に顔を歪めた。
「……っ、」
「お前、中国人じゃないだろ」
流暢な日本語でそう話し掛けてやると、鈴は驚いた顔をする。
「い、一発で見抜くか普通!?輸送場の警備員じゃあるまいし!」
「目的は何だ?本来ここへ来る予定だった人間はどうした」
「……ここへ来る予定の人間なんて、元々いないよ。私が政府の公式アカウントからそっちのコンピューターに偽の予定メッセージ送っただけだし」
鈴は正直にそう言った後、ちらりとタイランを見上げた。
と。次の瞬間、―――タイランの視界が反転する。
ズダンッと鈍い音がしてタイランの大きな体が床に打ち付けられた。
―――……あの体勢から、どうやって。
「ごめんごめん。甘く見てた。まさかこんなすぐバレるとは思わなかった。でも私、確かに日本から来てるとはいえ、国絡みで動いてるわけじゃないから安心して」
「……は?」
「個人的にこの国に興味があるの。案内してくれるよね?」
タイランには、それがお願いなどではなく脅しであるように感じられた。
「……目的は、何だ」
上体を起こしながら、先程と同じ質問をするタイラン。
「大中華帝国と日本帝国に軍事同盟を結んでほしいんだけど、どうアプローチしたらいいのか分かんないからさ。取り敢えず現場に来てみようって思って?」
「はぁ?」
「まぁ、既にちょっといいことは思い付いたんだけどね。西部民族を殲滅したいんでしょ?」
「……何故それを、」
「盗聴は得意分野だから」
盗聴?あの部屋を?――有り得ない。あの部屋のセキュリティは万全だし、こまめに不審物のチェックも入れている。
(……この女は、一体)
「私も手伝ってあげる。日本人の私がどれだけ強いか分かれば、日本を味方にしたいって思ってくれると思うから」




