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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第四章

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53/200

疑 ②




西館からやってきた少女を見つけることができたのは、意外にも探し始めてそう日数が経っていない頃だった。


東館と西館では服の色が異なるため、探さなくても見つかった。


腰までの長い髪を持つその少女は、遊と同じくらいの年齢だった。



少女の名前は瀬戸川麻里。


能力者育成所の統合に伴い、さいたまから移ってきた人物だった。


遊は盗聴器の有無を確認するためまずは周囲、次に麻里の服を見た。


しかし、


「盗聴器なら問題ないわよぉ?こっそり切ってあるから」


麻里はさらりと先に答える。


遊は麻里の心を読み、それが嘘でないことを確認すると、ようやく口を開いた。


「お前、名前は?」

「瀬戸川麻里。あぁ、あなたは名乗らなくていいわよぉ?優秀なあなたのこと知らない人なんてこの施設にいないからぁ」

「西館に幽霊が出るって吹き込んだんは、お前か」

「あぁ、あの子のことぉ?ちょっとからかっただけよぉ。ほんとに出るわけないじゃない。わたしはただ“西館ではよく叫び声が聞こえる”とか“夜中にウロウロしてる人が何人もいる”とか伝えただけよぉ。事実だしねぇ」


どうやら西館の様子は、東館のそれとは随分異なっているようだった。


東館ではトイレ以外で寝室の外へ出る者はいないし、叫ぶような人間もいない。


不安を募らせながら、遊は本題に入った。


「職員にバレんと西館へ行く方法って無いんか」

「無いわよ、そりゃ。監視カメラがあるしぃ、録画で確認してる従業員がいるからぁ、入れたとしても後でバレるわぁ」

「……」

「本来ならねぇ」

「本来なら?」

「実はバレない方法が1つだけあるのよねぇ。“わたしと一緒に行くこと”なんだけど」

「は?」

「Dランクレベルの透明化能力って言えば分かるかしらぁ?半径2メートル以内の人と自分だけなら監視カメラに映らないようにできるわぁ。ぶっちゃけちゃうと、わたしだってほんとはこんなに頻繁にこっちへ来ることは許可されてないのよねぇ。能力使ってこっそり来てるだけ」

「……何でそこまでしてこっちに来るんや?」


そう聞けば、麻里はまだ10歳やそこらの子供とは思えないほど暗い笑みを浮かべ、冷たい声で言った。


「西館のことを何も知らずのうのうと生きてる東館のオプティミスト共に、こっちの現状を知らせたいからに決まってるじゃなぁい?」


麻里の心にある憎悪と嫉妬を感じ取り、思わず黙り込んだ遊に、麻里はくすっと笑って踵を返す。


「ま、自ら知ろうとするあなたのその姿勢には好感を覚えるわぁ。特別に安全ルートで連れてってあげる。付いてきなさぁい」



遊はその日、麻里に連れられて初めて西館へと足を踏み入れた。


渡り廊下を通って東館へ近付くにつれて、独特の汚臭がした。


当然警備員がいたが、どうやら麻里の能力で2人は他者から見えていないらしく、あっさりと通り過ぎることができた。



西館は東館に比べやけに静かだった。


東館と同様にいくつも部屋があり、中に人がいるはずなのに、誰もいないかのように静かだった。


誰もが誰かに脅えているような空気だと遊は思った。



暫く進むと、東館には無いガラス張りの部屋があった。


中には天井の高い大きな空間が広がっていて、ぽつりぽつりと数人の子供が点在していた。


遊はその子供たちの様子が可笑しいことに気付き立ち止まる。


見た目は普通の子供だ。しかし何かが違う。


「ここって入れるんか?」

「入ってどうするのよぉ」

「あいつらを見たい」

「……ふぅん。ま、少しの間ならいいわよぉ。この部屋に入るとわたしの能力は効かなくなるけどぉ、ここだけなら監視カメラもついてないし誰か来ない限りは問題ないわぁ」


遊は扉を開けて広い空間へ入った。


能力抑制電波が使用されているようで、子供たちの心を読もうとしても上手く読めない。


麻里は入り口付近で壁に背中を預けて遊の様子を眺めた。


遊は静かに近付いたつもりだったが、子供たちは思いの外早く遊の存在に気付いた。


子供たちは遊に駆け寄り、ぴょんぴょん跳ねた。


「相模遊!相模遊!あはは!」

「あはは!あはははは!」


何が面白いのかヘラヘラと笑う子供たちを見て、遊は彼らの異常性を再確認する。


子供たちは遊の顔を知っていた。


CランクからAランクになった能力者だと、彼を見習えと、育成所の職員から教えられていたからだ。


「……ここは、何をする場所なん」


会話になるかどうか分からないまま、遊は子供たちに問い掛けた。


「言うことを聞いていれば無敵になれるんです……」

「おにーちゃんAランクなんよねえ……?」

「すごいわあ……おれもはよそうなりたいわあ……」


自分の妹と同じくらいの歳の子供たちが、虚ろな目をして笑いながら見上げてくる。


唇はカサカサで、痩せこけていて、よだれを垂れ流していて、髪もボサボサで、汚れた顔をしている。


遊は一瞬、子供たちの顔が妹の顔に見えた。


「……お前ら、目ぇ覚ませや……」


子供の肩を掴んで揺らすが、その目の焦点が合うことは無い。


「無駄よぉ。薬漬けにされたうえできっちり洗脳されてるわぁ」


後ろにいる麻里は、腕を組んでその様子を薄ら笑いしながら眺めている。


「早く出なさぁい。この子たちを見たことがバレたら、あなたもこうなるわよぉ?」


麻里の透明化能力が有効ではない状態で長時間留まるのは危ないと感じ、遊は大人しく外へ出た。


「あいつらは……何であんな状態にさせられとるん」

「“何で”?バカな質問ねぇ。見込みがないからに決まってるじゃなーい?この育成所の連中は、あの子たちを使って薬物と超能力との関係性を調べようとしてるのよぉ。事実国の調査によると、薬物中毒者の中には、著しい超能力の伸びがあった人も過去に何人かいるみたいだしねぇ」

「……人間やぞ?相手は。使い捨ての道具ちゃうねんぞ」

「ここの連中にとってわたし達なんて好き勝手に扱っていい実験動物よぉ。だからこういう施設ってねぇ、入るより出る方がずぅっと難しいのよぉ?」


麻里は歩き始める。同じようなガラス張りの部屋がいくつも並んでいた。


ある部屋には、同じ顔、同じ体格の人間が数人。


ある部屋には、手足が獣のような人間が数人。


ある部屋には、腕の数が3本ある人間が数人。


ある部屋には、顔のパーツのない人間が数人。


遊は麻里に付いて廊下を歩きながら、自分がこれまで見てきた世界、これまで恐ろしいと感じていた人間の姿が、まだ綺麗なものであったことを思い知る。



遊は人間の醜さをもう十分知っているつもりでいた。


なのに、西館の有り様を見て、それまで自分は随分と美しい世界で生きてきたように思った。


「何か気付いたぁ?」

「……展示品やな、まるで」

「ふふ、鋭い男は好きよぉ?その通り。このゾーンにいる子供たちは余所から来た研究者に向けた展示品」


遊は同じ育成所にいながら離れて過ごす杏のことを思い浮かべてゾッとした。


自分の知らない間に、杏がどんなことをされているか分からない。


もしかしたら、既にこの子供たちと同じような状態にさせられているかもしれない―――。


表情から考えていることを察したのか、麻里は楽しげに笑う。


「あなたの妹はまだいいじゃなぁい。出来損ないでも捨てられてないんだから」

「……お前、何か知っとるんか」

「あなたの妹のことぉ?そりゃ知ってるわよぉ、他のEランク能力者とは違って一人だけ厚遇受けてるんだから。おにーちゃんが優秀だから、その妹の方にも見込みあるって思われてんのかしらぁ?……ま、頭の方はもう壊れてるみたいだけどねぇ」


遊はくすっと馬鹿にしたように笑う麻里の襟を掴み、そのまま壁に叩き付けた。


「お前、さっきから……何で笑ってられんねん」

「痛いわねぇ。折角連れてきてあげてるのに何よその態度ぉ?」

「この有り様見て何も思わんのか?お前は」

「だってもう見慣れてるんだもの。笑うしかないじゃない、あんな状態の子供毎日見せられたら。自分もいつあんな風にされちゃうか分からないのよぉ?」


麻里は怒りを抑えきれないといった様子の遊を冷静な目で見つめた。


麻里も最初は遊と同じだった。育成所の連中が許せなかったし、子供たちを見て冷静さを失った。


さいたまの育成所から移った時、本部である神戸ではこんなことが行われているのかと絶句した。


最初は子供たちを救おうともがいたが、ある時麻里はどうしようもないことに気付き、今ではもう諦めている。


能力者育成所は大きな組織で、資金があり、国民からの信頼も厚い。小娘一人が足掻こうが状況は変わらない。


「残念だけど、妹さんのいる部屋へはセキュリティが厳しくて行けないわ。でも、何をされようとしているのかなら知ってるわよぉ?……教えてほしかったらその手を離すことねぇ。頼み事をする態度ってもんを知らないのかしらぁ?」


麻里は遊を見ると、過去の自分を見ているようで苛つくのだ。


Aランクと言えど自分と同じ無力な子供であると感じ、やはりこの状況を打破する方法はないのだと改めて思い知る。


どこへ向けていいのか分からない怒りを抑えてはいるものの、多少冷たい対応にはなる。


遊から解放された麻里は、襟の皺を整えながら追い討ちをかけるかのように杏のこの育成所での役目を伝えた。


「妹さんの体に線を繋ぎ、特殊な能力刺激を与え続けて、あなたの妹さんを人工のSランクにするってのが育成所側の狙い。刺激を与えて5年、その後5年休ませて、2年また線で繋いで、3年休ませ、3ヶ月また線で繋げばSランクが完成するらしいわよぉ?彼らの計算では。ま、例えSランクになろうとそこまで行けばもう人間じゃなくなってるでしょうけどねぇ」


遊は麻里の心を読み、それが嘘でないことを確認して拳をぎゅっと握り締める。


もう線は繋がれているのだ。止めようがない。


「……それのどこが、厚遇やねん」


遊は重苦しい溜め息を吐き、頭を押さえて首を振った。


あまりに予想外だった。この育成所は外に対し自分達を良いようにアピールし、卒業した能力者たちによる“素晴らしい育成所だった”というような内容のコメントまで載せていた。


この育成所に対する世間のイメージは、優秀な能力者を輩出する素晴らしい教育機関といったところだろう。




何故誰も疑わないのか。


人間は嘘にまみれているのに。


どうして自分は両親に勧められた時拒否しなかったのか。


人間が嘘にまみれていることを知っていたというのに。




「厚遇よぉ、十分。ちゃんと壊してくれてるんだから。わたしだって、いっそ壊れたいわぁ」


遊はハッとして顔を上げた。


そうだ、彼女も西館の住人なのだ。


何もされていないはずがない。


「あなたも知ってるでしょお?危険な目に遭った時、能力が暴走して高レベルになる場合があるってこと。ここの連中の中には、児童への性的虐待で能力を伸ばそうとしてる奴もいるわぁ」

「……、」

「あぁ、そんな顔しないで?わたしそういう目大っ嫌い。“可哀想な者を見る目”って言うのかしらぁ?わたしが可哀想かどうかはわたしが決めるわ。あなたに決めつけられたくない」


遊は自分と同じくらいの年齢であろう麻里の華奢な体を見て、自分が麻里の立場なら正気を保てないと思った。


彼女はこの育成所で何を見て、何を感じ、何を知って今まで生活してきたのだろう。


東館に住んでいる自分は、西館の人間のことなど少しも考えず、のうのうと暮らしてきたのだ。


「なぁ麻里」

「何よぉ?」

「協力せえ。ここまで来たら全部見る。ちゃんと見な気が済まん。……妹の、ことも」

「セキュリティを突破するってことぉ?ま、優秀なあなたとわたしが組めば不可能ではないと思うけどぉ、あまりオススメはしないわねぇ。目も当てられない状態だろうしぃ」

「それでも見たい。もう、何も知らんとおるんは嫌や」


その言葉が予想外だった麻里は瞠目した。


麻里の知る人間は、大抵の場合見たくないものから目を逸らす。見ない方が楽だからだ。


しかし遊は違った。どれだけ酷い状態かも分からない自分の妹を見たいと言うのだ。


「……ふん、ま、いいんじゃなぁい?」


この時、麻里はこの育成所に来て初めて愉快な気持ちになったのだった。





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