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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第四章

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疑



 【第四章】


 夏草のうへはしげれるぬま水の

 ゆく方のなきわが心かな


 <古今和歌集 物名 462>





大阪湾に面する神戸は、国の政策により日本有数の学術都市となり、多くの大学や研究所が集まるようになった。


世界最先端の超能力研究を行っている場所はどこかと聞けば、誰しもが神戸と答える程だ。



時は2185年。


美しい緑と研究施設が立ち並ぶその神戸市で、相模遊は育った。


遊は10歳の時、2つ下の妹と共に日本の超能力開発をリードする有名な育成所に入れられた。


超能力が重要視される時代、遊は自分の両親が何のために自分と妹を能力者育成所に入れたのかよく分かっていた。


言ってしまえば、娘や息子が優秀な能力者になれば、自分達の名誉となるからだ。


遊は自分達のために子を利用する両親を昔から冷めた目で見ながらも、両親の本音に気付かない振りをして生きていた。


“子供らしく”生きることに努めていた。


更に言ってしまえば、遊の両親は生まれつきCランクレベルの読心能力を持つ遊を気味悪がっていた。


自分達の思考をどこまで読まれているのか分からず、隠したいことも隠せないであろうことに常日頃から怯えていた。


遊はそのこともきちんと理解していた。


何故なら彼の周りの大人は両親に限らず彼の能力に怯えていたからだ。


遊は幼い頃から人間の多面性を知っていた。


その上で、早い段階から人間という生き物が、夏に放送されているホラー番組や同じ教育機関にいる子供たちの間で流行っている都市伝説よりも恐ろしいものであるように感じた。


人の温もりに触れたところで、まずはそれが本物かどうか疑ってかかる癖がついた。


遊の妹は杏という。


杏は生まれつき弱い読心能力を持っていたが、精々Eランク程度で、遊ほど強力なものでは無かった。


遊は杏を時折羨ましいと思うことがあった。


まだ制御しきれない強力な読心能力のせいで、知りたくないことを知ってしまうことが多々あったからだ。



母親の不倫。

友人の嘘。

行き交う人々の欺瞞に満ちた言動。


1度知ってしまえば知らなかった頃には戻れない。





遊たちが入れられた育成所には東館と西館があり、遊は東館へ、杏は西館へと送られた。


能力者たちにはそれぞれの教育プログラムが与えられ、それに従って検査や能力強化を毎日行う。


どうやら東館はCランク以上の能力者を管理している建物らしく、遊の周りには高レベル能力者が多数いた。


西館と東館の能力者の交流は殆ど無い。


東館から西館へ行くことは禁じられていたし、西館から東館へも、許可された能力者しか行ってはいけないことになっていた。


遊はそのうち杏がこちらへ来るだろうと思っていたが、どうやら杏は東館へ行くことを許可されていない人間の一人らしく、いつまで経っても来ることは無かった。




「あなたには能力の急速な成長が見られるわ、相模くん。Aランクも夢じゃないわよ」


育成所の研究者たちは見込みある遊のことを誉めそやしたが、遊は自身の才能に対しあまり興味を抱かなかった。


自分の能力が伸びても、自分を利用しようとする両親が喜ぶだけだと思っていたからだ。


世界で最も能力者の多い日本帝国でも珍しいAランク。


この育成所を卒業した人々の中でも、Aランクは2、3人しかいないという。それほどAランクになることは難しい。


Cランクであった遊は日々の能力強化プログラムをこなしていくうちにAランクに近い数値を出すようになり、育成所側は自分達組織の功績だと喜んだ。


BランクとAランクの間の壁は大きい。ましてCランクからAランクなら尚更だ。


育成所の過去のデータから見てもCランクからAランクになった例は無く、育成所側の予想通り数ヵ月後Aランクとなった遊は、たちまち育成所の有名人になった。




育成所にいる子供たちは、フェリーの2等寝台のような寝室で眠る。


遊がいたのは8人部屋で、その中でも遊は入り口に近い方のベッドを指定されていた。


「なぁ、おれさ、今日西館から来た奴に聞いたんやけど、やばいらしいな、西館」

「ヤバイって何がよ?」

「マジで出るらしいねん、幽霊」

「そういうのやめろや……トイレ行けんくなるやろ」


奥の方の4人が消灯時刻は過ぎているというのにヒソヒソ話しているのを、寝付きの悪い遊は天井を眺めながらぼんやり聞いていた。


「なぁ、行ってみぃへん?西館」

「は?駄目やろー、怒られんで」

「ええやーん、西館から来てた子可愛かってんもん。こっちの言葉ちゃうかったし、多分遠方から来た子ぉやで、あれは。関東辺りちゃうかな」

「なんやねん、女の子目当てかいな」

「どんな子?髪長い?」

「お前も何興味持っとんねん」

「髪は長い方やったなぁ。何か不思議な雰囲気の子ぉやったわ」


他愛ない会話を聞きながら、遊は天井のシミを眺めていた。


自分はいつまでこんな所にいなければならないのだろう、と考えていた。


もうAランクになった。


これ以上能力を強化したって意味はない。


元々何に使うのでもない能力だ。


軍人志望ではあるが、他人の本音が分かったところで戦場では武器にならない。


育成所側も、遊がAランクになってからは遊のデータを取るばかりで、その強化には力を入れなくなった。


遊は育成所の大人たちに検査される度、自分の個人情報を抜き取られていく感じがして不快だった。





次の日の夜。


寝室で寝る準備をしていた遊は、ふと奥にいた4人がいないことに気付く。


もうすぐ消灯時刻だというのに、まだ来ていない。


4人揃ってどこへ行っているんだ?と遊は特に仲良くもないその4人に対し疑問を抱いた。



結局消灯時刻になっても奥の4人は現れず、代わりにやってきたのは育成所職員である大柄の男。


「奥の4人は問題行動を起こしたため、別の部屋に移ることになった」


定期報告のように淡々と言った大柄の男は、部屋に入ってきて鍵を閉め、遊たち残りの4人に問う。


「彼らが何をしようとしていたか、聞いた者はいないか?」


男の思考を読んだ遊は、いなくなった4人がどうなったかは分からないものの、各部屋に付けられている盗聴器の存在を知った。


奥の窓の近くに小型の監視カメラが内緒で設置されていることも。


この男は、いや、育成所の人間は知っている。


いなくなった4人が昨夜どんな会話をしていたのか。


なのに聞くということは――おそらく、いなくなった4人がどこへ行こうとしていたか知っている者がいれば、その人間も連れていく気なのだ。


「あ、ぼく……、」

「小さな声で話していたのは知っていますが、入り口近くの俺たちには内容までは聞こえませんでした。なぁ、そうやったよな」


自分の下のベッドで寝ている少年が何か言いそうになったところを、遊は遮った。


「え、あ、うん……あんま聞こえへんかった……」


話を合わせろという目の遊を見て、少年はこくこくと頷く。他の2人も、昨夜はぐっすり寝ていたから何も聞いていないと答えた。


大柄の男は「そうか」とだけ言って部屋を出ていく。




遊はドアが閉まった後、端末を使って残りの3人に盗聴器の存在を知らせ、昨夜のことをもし知っていたとしても絶対に喋らないよう伝えた。


(―――…ヤバいんちゃうか?この育成所)


遊はこの日、初めて育成所に対する疑念を抱いた。


まず子供たちに内緒で寝室に盗聴器やら監視カメラやらを仕掛ける正当な目的が思い浮かばない。


あの4人がどうなったのかも定かではない。


想像できるのは、西館であの4人の身に何かあったということだけ。


遊は西館にいる杏のことを思い出し、嫌な予感に顔をしかめた。



育成所にいる間、外部と連絡を取ることはできない。


たまに親からの手紙を受け取ったり送ったりしている子供を見たことがあるが、それらは全て育成所側が1度は目を通している。



―――…育成所側が何をしようと、外部に漏れることはない。



それに気付いた遊は、その夜眠らずに、西館へ行く方法を考えた。


西館であの4人の身に何かあったのだとすると、彼らでも西館へは入れたということになる。


東館から西館へ行くセキュリティはそう厳重ではないのだろう。


しかし1度侵入されたとなると、見張りがいてもおかしくはない。


とはいえ様子を見に西館の辺りを彷徨けば、怪しまれることは間違いない。




と、なると。


(西館から来た奴に話聞くしかないな)


そう結論付けた遊は、その日からどんな時に西館から人がやって来るのか、証言を集めた。






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