2200.01.06 ②
《21:00 Aランク寮》遊side
楓や薫、里緒と夕食を食べて部屋に戻った後、俺は端末で軍のEランク隊員の情報ページを開き、チビのことを調べた。
あのチビがこの部隊に入ったのはおよそ半年前、と書かれている。
日本帝国軍が国内外からのサイバー攻撃を防衛する組織を解体したのも大体半年前だったはずだ。
チビがSランクの電脳能力者なら、防衛する組織が無くともサイバー攻撃を防ぐことができる。
日本をサイバー攻撃から守るために常に能力を発動させているのなら、俺の能力が通用しないのも頷ける。
大晦日に記憶を読もうとしたが無理だったため、そうなると睡眠中も働いているということになる。そんな器用なことができるということは、少なくともBランク以上の能力ではあるだろう。
里緒が言ってた優香=チビと考えれば辻褄が合う。……えらい大物がEランクに所属しとるみたいやなぁ。
俺は端末を机に置いて、椅子の背凭れにもたれ掛かった。
しかし、どうも引っ掛かるというか……何や?この違和感は。何か見落としがあるような気がする。
と。俺の思考を遮るように、机の上の端末の着信音が鳴った。
……非通知?
「はい」
『あ、もしもし遊?私だけど』
「……チビ?」
久しぶりに聞くその声に少なからず困惑した。
何で俺の番号知ってるんや。……いや、電脳能力者だからそれくらい簡単に調べられるってことか?
つーかそっちは非通知にしやがって、そんなに連絡先知られたくないんかい。Sランクの一ノ宮が言うとった“気を許したりしない”ってのは、こういうことか?自分のことだけ隠しやがって。
『今度の合同訓練で勝負するんでしょ?どんな感じ?勝てそう?』
「何で知っとんねん。盗聴でもしとるんちゃうやろな」
『ちっ、違うよ!泰久から聞いたの!』
ほお。随分仲良えなあ。
『あのね。私、遊たちに勝ってほしい』
「幼なじみ応援せんでええんか?」
『私が応援しなくても泰久は強いし』
「は、言うてくれるなぁ」
『でも、だから、頑張ってね。勝ってね』
……さっさと会えるようになって、自分の性別を知る俺や楓を見張りたいってところか。
「分かった分かった、任せとき」
『ほんとに?頑張ってくれる?』
「たなべれすとらん行くんやろ」
『……へ?』
「今度行こうって言ってきたん、そっちやん」
『…うん!うんうん!』
電話の向こうのチビがやけに嬉しそうに返事してくるので、思わず口元が緩んだ。
ほんま変な奴。
……あぁ、そうそう。聞きたいことがあったんやった。
「幼なじみってことは当然東宮もお前が女やってこと知っとるんよな?」
『まぁ、そりゃね。私が男の振りし始めたのって軍に入ってからだし』
「そーかそーか。ならよかった」
『……何か企んでる?』
「いんや?何も」
この方法でうまくいくかは分からないが、試してみる価値はあるだろう。
正々堂々能力で戦って勝つのは、今のままではおそらく無理だ。
多少狡い手を使わせてもらう。
「なぁ哀ちゃん」
『ん?』
「もし勝ったら、真っ先に俺んとこ会いに来てな」
特に意味があるわけでもなく、何となく口から出てきた言葉だった。
「楓や薫や里緒やのうて、俺んとこ来てや」
どうしてこんなことを言っているのか自分でも分からない。
『……? よく分かんないけど、分かった』
前後が一致しない言葉に思わずふっと笑ってしまったが、電話の向こうのチビにはバレなかったようで、『じゃあ、そろそろ切るね』とチビは気にする様子もなく通話を切った。
折角端末を開いたので、俺はこれまた何となく端末の通話画面から画像フォルダを開いた。
たった1枚の“優香”の写真を改めて見た時、ふと違和感の正体に気付く。
―――口元の黒子がない。
今あるのは付けボクロか?
あるいは――“優香”はあのチビではない?
……あーもー分からん。
考えるのがアホらしくなってきた俺は、端末を机に置いて風呂へ向かった。
タオルだけ持って風呂に向かう途中、廊下で楓が待っていた。
「次の合同訓練、勝算はあるわけ?」
「さぁ?」
「さぁって何よ」
しっかりしなさいよねと言いたげな顔で溜め息を吐く楓は、どうしてもまたあのチビと話がしたいらしい。
考えてみれば、楓の周りにはあまり女の友達がいない。義理の妹であるSランクの嬢さん以外では、あのチビが久々に話した同性だったのかもしれない。
「お前案外あのチビのこと気に入っとってんな」
「……別に、薫のためよ。薫と互角に喧嘩できる人なんて珍しいじゃない。ていうか、遊こそ気に入ってるんじゃないの?」
「は?」
「自覚ないかもしれないけど、ちょっと前からあたしの抱き方変わったわよ」
楓はにやっと片方の口角を上げて笑う。
「セックスの最中の男ほど分かりやすいもんってないわねーほんと」
「…………、」
それだけ言って居間に戻っていく楓の後ろ姿を見ながら、負けた、と思った。
楓には何でもお見通しだ。楓が考えている通り、俺があのチビのことを想像しながら楓を抱いたのは1度や2度じゃない。
それは生理現象というか、泣いてる素っ裸の女を見て少しもそういうことを考えないという方がおかしい。どんな風に鳴くんやろうとかどこが弱いんやろうとか日中想像していたせいで、夜になって楓を抱く時になってもあのチビのことばかり考えてしまっていた。
……やっぱ、伝わっとったか。楓にバレていたことで生まれた妙な恥ずかしさを無理矢理振り払い、脱衣所へ向かう。
脱衣所には明かりがついていて、置かれてある服からして既に薫と里緒が風呂に入っているらしかった。
Aランク寮の風呂は銭湯に似た造りで、3人同時に入れるようにシャワーが3つ付いているし、浴槽が広ければ空間も広い。
たまたま風呂の時間が重なっただけなのだろうが、どうであれ2人きりで風呂に入れるほど里緒は薫が平気になったらしい。
「ふんふんふふふーんふふふふふふふーんふんふんふふふんふふふふふふふん」
「うるさいんだけど……」
風呂に入ると、鼻歌を歌う薫と、鬱陶しそうに体を洗う里緒の姿があった。
「風呂ほど鼻歌に適した空間はねぇんだぞ。お前も歌え」
「何で僕が……」
「やってみろって、気持ちいいから」
「……ふんふんふん……ふーふふーん……ふふーんふっふー……」
「だはははははは!リズム感ねぇなお前!」
……今日も平和やな。
1日の終わりだというのに元気な薫の体力に呆れながらも体を洗っていると、
「そういや、次の合同訓練って3日後だよな」
浴槽に浸かる薫が今度はこちらに話し掛けてきた。
「せやな」
「どうすんだよ?」
「お前らは深く気にせんでええ。いつも通りやってくれ。多少俺の指示通りに動いてもらうけど」
「勝てんのか?」
「保証はできん」
「そうか、なら、勝てるな」
「保証はできんって言うとるやろ」
「お前はマジでできねぇ時はできねぇって言うだろ。“保証はできん”ってことはかなりの確率で勝てるってことだ」
「……買い被りすぎや」
「どうだか。――信じてるぜ、Aランクの策士さん」
にやっと片方の口角だけを上げた薫は、少し先程の楓に似ていた。
《21:15 Eランク寮》
外で遊との電話を終えてまた盗聴モードにしようとしたが、どうやらお風呂か何かで端末を部屋に置いていっているらしいので今日の盗聴は終わりにすることにした。
どうせお風呂上がれば寝るだけだろうし。というか、そろそろ放っておいてもいいかもしれない。
ここ数日遊のことずっと盗聴してたけど、誰かに私の性別について言う気配は無いし、毎日チェックするのも面倒だし……。
そんなことを考えながら部屋のドアを開けると―――部屋の中が一変していることに気付いた。
……何ということでしょう。今朝まであったはずの家具の多くは無くなり、見たこともないソファや本棚、クローゼットの並ぶ全く新しい空間に……。
「あ、鈴。おかえりィ」
「ただいま。何これ?何勝手に部屋模様替えしてんの?」
「必要なものは収容能力使って持ってきてたからァ、鈴が使ってたやつを収容してこっちを出したの」
「居候のくせに勝手すぎる……」
頭を抱える私の気も知らないで、ティエンはふかふかそうなソファで寛いでる。
「あ、そーいえば鈴聞いたァ?シンガポアがマラッカ海峡を封鎖したって」
「……昼間にそっちの佐官から連絡来て知った」
マラッカ海峡は太平洋とインド洋を結ぶ海上交通の要衝で、封鎖されると海上輸送貿易に支障を来す。
特に大中華帝国にとっては打撃なはず。
輸送ルートを多角化する必要があるだろう。
正直予想外だった。シンガポアは今回の戦争に関わるような動きは全力で避けると思っていたから。
しかもそれが、表沙汰にはなっていないが大英帝国の差し金のようだから驚きだ。
戦争に巻き込まれたがらないシンガポアを説得するだけの餌を用意したってわけか。
確実に、向こうには知恵のある奴がいる。
「西洋の死神くんが一枚噛んでんのかなー?」
「何それェ?」
「……あ、知らない?」
8年前の戦争に関わった人間の間じゃ有名な話なんだけど……まぁ8年前って言ったらティエンは7歳かそこらだし、知らなくて当たり前か。
「ひっどい呼び名でしょ。その当時、そいつを見たらその国は終わりって言われてた男がいてね。西洋の死神って呼ばれてたんだよ」
西洋の死神は大英帝国のSランク能力者で、泰久と同年代。
泰久はそいつに並ぶ能力者として東洋の死神なんていう不吉な呼び方をされていた。
……ま、“東洋の核”には及ばないけどね。この世界の誰も。
「ふぅん。鈴は会ったことあるのォ?その西洋の死神と」
「……あるよ、残念ながら。事実そいつが現れた後暫くして、日本は戦争に負けた」
夏だというのに黒い長袖の服を着て、フードを被っていたあの男は―――今思えば本当に死神のようだった。
「そいつの能力はァ?1回やりあってみてェかも」
一応大英帝国の機密情報はできるだけ盗んだけど、向こうも電脳能力者を警戒して偽情報をデータとして残してるかもしんないから確かじゃない。
「いくつ能力を持ってるのかは分かんないけど、第一能力は多分血流操作能力」
でも、いくつかの情報を見比べたから、これは確かだと思う。
第一能力っていうのは、その人の1番得意とする能力のことだ。
「血流操作ァ?何それ、初めて聞いた」
「水流操作みたいに血を操って武器にできるの。……にしても、ティエンのそういうとこはほんと称賛に値するよね」
「んあ?」
「だって、普通もっと怖がるでしょ?西洋の死神なんていう凄いあだ名ついてる奴とか、得体知れなくて怖いじゃん」
「……」
「そんなのとやり合うのを楽しみにできるってのがもうねー。さっすが私の未来の相棒」
「……っ、あ、そ。当然でしょ、そんなのに怖がるわけないじゃん。鈴こそビビんなよって話ィ」
褒められるのに弱いティエンは、耳まで真っ赤にしてぷいっとそっぽを向いてしまった。
……そうだね。頼りにしてるよ、相棒。
あの男にビビってんのは私の方だ。
この世で唯一、あの男だけは私の罪を知っている。
できれば2度と関わりたくないのだが……敵である以上衝突は避けられない。
前向きに考えるとするならば、あの男を殺せば私の罪を知る者はいなくなる。
でも私の力で殺せるか?泰久並みの攻撃型の力を持った男と一対一でやり合って勝てる気なんかしない。
それこそティエンのような能力者に頼らないと絶対に無理。
――……「弱いね、哀花ちゃん」
あの日西洋の死神はそう言った。
……そうだよ、私は弱い。お前の言う通りだ。
でも、弱いなりに仲間作って勝ってやる。
だって泰久は、できないなりに頑張ってる私も、かっこいいって言ってくれたから。




