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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第三章

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2201.01.05 ②



「確か……2日ほど前の夜です。Sランク寮へ行ったら追い返されて、雨の中立ってたら兄様が部屋まで連れていってくれて……」


追い返された……?2日前って私たちがイタリィ行った日だよね。


あの夜私はSランク寮に泊まった。一也か泰久が私がいるからって追い返しちゃったんだ。か弱い女性を雨の中追い返すって……鬼か。


「……大丈夫。大丈夫だよ」


私は雪乃を抱き寄せその背中を擦った。


雪乃は、実の兄を受け入れてしまったことに対して罪悪感を覚えているんだろう。雪乃が自分を許せないなら、今傍にいる私が許してあげなきゃいけない。


「人を好きになるのは悪いことじゃない」

「……っ」

「自分が変だなんて思わなくていい」

「き、汚いことをしたって、分かってるんです」

「大丈夫、雪乃は綺麗だよ」

「実の兄に体を許すなんて、あってはならないことだって分かってます……っ、でも……!」

「理性じゃどうにもできないもんがあるんだろ?」

「……っ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。他の誰が認めなくても、オレが認めてやんよ」

「うっ……ふうっ……」


雪乃の涙でぐしょぐしょになった顔には、いつもの大人びた色気ではなく、幼い子供のような可愛さがある。


今まで辛かったんだろうな、澤兄妹は。自分の気持ち隠して、自己嫌悪ばっかして、好きな人に好きって言えない日々を過ごしてたんだ。


「――もう2度と、自分が他人と違うからって苦しんだりするな。どんな物事に対しても、この世界のどこかには必ず理解者が存在するんだから」


はっきりそう言ってやると、雪乃は堰を切ったように声を上げて泣くのだった。




結局、雪乃はその後ずっと泣きっぱなしだった。


残り時間が近付き、雪乃が必死に涙を止めようとし始めたので、手伝わなければと思い変顔をした。


それまで緊迫した空気だったからか思った以上にウケて、雪乃は私の変顔効果で泣き止んだ。


ティッシュを貸したり背中を擦ったりすることしかできなかったけど、それでも雪乃は他人に話せたことでいくらかは楽になったようだった。


最後はEランク寮の外まで雪乃を見送りに行った。


「オレみたいな関係ない人間が勝手に踏み込んだのに、素直に打ち明けてくれてありがとう」

「いえ……お礼を言いたいのはこちらの方です。見苦しいところをお見せしてすみませんでした」


ぺこりとお辞儀をしてSランク寮へ向かう雪乃の華奢な背中を眺めていると、ふとその体が私の方に振り向いた。


「哀様は、不思議な人ですね」

「……まー確かに変人ってよく言われる」

「ふふ、そういうことじゃありません。不思議な力を持った人だと思います。超能力じゃないけど、でも、もっと凄い力」


そう言って嬉しそうに微笑む雪乃の笑顔は、私が今まで見た中で1番素敵な笑顔だった。





 《20:00 Cランク寮》



小雪の秘密を暴いたあの日から、私と小雪は体を重ねなくなった。と言っても夜に来るのは習慣化していて、私は今日も小雪の部屋にいる。


今日の話題は、もちろんこのこと。


「雪乃に手ぇ出したんだって?」

「うん」

「……思ったより平気そうでびっくりした」


自責の念に駆られてもっと苦しそうにしてるかと思ったのに、小雪はけろっと私の正面で晩御飯を食べてる。


「もうこの際、開き直っちゃおうと思って。俺はもう、哀と雪乃さえいれば何もいらない」

「お、おお……そっか」

「哀はこんな俺でも好きだって言ってくれたでしょ?だからもう、自分を抑えるのはやめる」


そう言う小雪の表情は、以前より苦しくなさそうに見えた。


そのことに少なからずほっとしていた私に、小雪は「雪乃さ」と続ける。


「癖のある抱かれ方するんだよね。多分、紺野芳孝に相当仕込まれてる」

「……………え!?紺野芳孝って楓のお父さんの!?雪乃の義理の父親の!?総司令官の!?」

「そうそう、その紺野芳孝」

「え!?紺野司令官、雪乃に手ぇ出してんの!?実の娘とほぼ同年齢、しかも義理の娘である雪乃に!?」

「そうだよ。クズでしょ。まぁ、実の妹に手ぇ出した俺が言えた話じゃないけど」

「小雪はクズじゃないよ!」

「ありがとう。大好き哀」

「う、うん私も……って違う!」


真っ直ぐ目を見て言われたもんだから照れてしまったが、今はそこじゃない。


「マジか……直接会ったことないけど司令官までいくんだから40は越えてるよね?若い男にはできない責め方するんだろうなー…40過ぎとはシたことないからちょっと興味あるかも……」

「 あ い ? 」

「はっはいいい!」


小雪が物凄く怖い笑顔でこちらを見てきたのでマジでちびりそうになった。


「ほんとにやめてね?哀まであの性根腐ったクソ嗜虐趣味野郎の餌食になったら、俺あいつに何するか分かんないよ?」


小雪がここまで言うなんて、めちゃくちゃ嫌いなんだな、紺野司令官のこと……。


そりゃ好きな子に手を出す義父のことは好きになれないよね。


……でも、ここまで言うってことはもしかしたらそれ以上に何かあるのかも。性格が最悪とか?小雪を脅してくるとか?


私なりに紺野司令官の人柄を想像していたところで、小雪はふと食べる手を止めて、真剣な表情で私を見た。


「ねぇ、哀。今度俺が義母に会いに行く時、一緒に来てくれないかな」

「北海道?」

「うん。隣にいてほしい」

「……そんなことでいいの?」

「哀が隣にいたら、少しは気が楽だと思う。あの手の病は今でもそう簡単に治るもんじゃないから、義母さんが治ることは一生無いだろうけど。けど俺、それでも会いに行きたいんだ。元の義母さんに2度と会えなくても」


小雪が“壊れた”と表現した小雪のお義母さん。


どういう状態なのかはよく分からないけど、こんな風に小雪が私に頼み事をしてくれたのは初めてなのだから、断るわけがない。


「行くよ。小雪が望むなら世界の果てでも」


それで、出会った頃あんなに苦しそうにしていた小雪の笑顔が増えるなら……なんて思っていると、小雪が笑い出した。


「っふふ、あはは」


何か変なこと言っただろうかと自分の発言を振り返ろうとしたが、その前に小雪が言う。


「哀は男前だなって思って」


だろ?と言いたいところだが、私が女であることを知ってる小雪に言われると複雑な気持ちだ。女に対して男前って、褒め言葉なのかどうかよく分かんない。



と。


『ユキガ フリハジメマシタ』とロボットが外を見て言った。


そういえば今夜は結構降るって天気予知報道で聞いた。


「泊まってく?」

「んー、今日は帰る。やりたいこともあるしね」


盗聴とか盗聴とか盗聴とか。


傘持ってきてないし、雪が酷くなる前に帰らなくてはと立ち上がると、小雪も立ち上がって玄関まで送ってくれた。


「哀、今更だけどさ。俺たちの問題に勇気出して踏み込んできてくれてありがとう」


踏み込んで怒られるのではなく、お礼を言われるとは思っていなかったので、一瞬何も答えられなかった。


「……いつか、哀の問題にも関わらせてもらえたらいいな」

「えー、私に問題なんかあるかなぁ?今月はエロ本買うための金がないとか?」

「哀、自分では気付いてないかもしんないけど、何かに常に苦しんでるように見える」


…………え?それは、前の小雪じゃ。


「辛くなったら、せめて俺くらいには頼ってね」


……ああ、そうか。


私が小雪に惹かれたのは。



関わりたいと思ったのは。



似てると思ったからだ。自分と。



煙草を吸いながら、罪悪感を抱えて息苦しそうにしている小雪のあの日の表情を見て、笑顔にしたいと思ったのは……小雪の姿に自分を重ねて、助けたいと感じたからだ。


……なんて甘ったれた精神だ。心のどこかで私は、この罪悪感から逃れたいと思ってるんだ。


「……うん。ありがとう小雪」


部屋を出る時、小雪の顔をまともに見れなかった。


部屋を出た後、真っ黒な空を見上げて白い息を吐いた。



――ごめん小雪。そんな日は一生来ない。



私には罪がある。


この罪は一生、誰にも言うつもりはない。


辛いなんて言う資格、私にはないのだ。



あの時。国にとって泰久にとって、多くの人にとって大切なあの人を―――殺したのは私なんだから。






Eランク寮へ向かう途中、樹上に見慣れない小動物がいた。


端末に映して検索すると、出てきた単語は“ツパイ”。東南アジア辺りに分布するリスに似た哺乳類らしい。


「誰だ」


怪しすぎると思い、ツパイに向かって低い声で聞いた。動物に意識を移して動くというのは、よくある情報収集の方法でもある。


この軍事施設もそれを警戒して対策は取っているはずだから、それでも入ってこれたということは相当やり方がうまいということ。大物の予感がする。


『さっすが鈴だねェ』


……この声はまさか。


「……ティエン?」

『せーかい。何で能力者だって分かったのォ?ここ他の動物もちょこちょこいるし、完璧だと思ったのに』


ツパイの姿をしたティエンが、木から降りて私の肩に飛び乗る。


「ツパイの主な生息地域は東南アジアらしいよ?さすがにこの中にいたら浮くよ?何でツパイにしたのか全く分からないんだけど」

『可愛いっしょ?広東省で見かけた時から飼いたいと思ってるんだよねェ』

「単に好きなだけかよ……。ていうか何でいるの。もしかしてこれまでもよく来てた?だからうちのSランク能力者の名前知ってたの?」

『さァどうでしょう』

「摘まみ出すぞ」

『ボクここから出されたら帰るとこないよォ』

「何?また家出?」


喧嘩でもしたんだろうか。


大中華帝国の将官、佐官は同じ場所に住んでいる。ティエン以外の将官たちは普段ティエンに脅えているが、本気で怒るとオカン力を発揮してティエンを無理矢理にでも追い出そうとする。反省するまで家に入れませんってやつだ。


大方ティエンがまた何か好き勝手して、他の将官佐官に我慢の限界が来たといったところだろう。Sランクの収容能力者とはいえ、大中華帝国を代表するAランクの将官や佐官を何人も同時に相手することは難しいはずだ。


『そーそー家出。暫く鈴の部屋に泊めてよ』

「速やかに国にお帰りください」

『いいのォ?そんなこと言って。哀に構ってもらえなくて暇を持て余したボクがここの軍人殺しちゃうかもよ』

「……あんたがそんなことしたら日中の同盟関係が危うくなるよ?」

『それで困るのは鈴でしょう?ボクは正直国同士がどうなろうが知ったこっちゃないしィ』


獰猛な虎とか言われてるこの男ならやりかねない。ここで追い払っても素直に国に帰るとは思えないし……仕方ない、今日のところは部屋に連れてってやろう。



ツパイの姿をしたティエンを寮の部屋に入れると、ティエンは私の肩から降りて早速人の姿になった。


「狭~」なんて言いながら部屋のあちこちを見て回っている。狭くて悪かったな。


「晩御飯はもう食べたの?」

「食べてないって言ったら何か作ってくれるのォ?」

「インスタントって、知ってる?」

「マジつれねェ。鈴ってボクにだけ冷たくない?」

「年下の扱い方が分からないだけ」


お腹が空いて死にそうという状態には見えないので何も出さず放っておくことにした。無遠慮に椅子に座るティエンを見て、この無遠慮さなら何かあっても勝手に自分でこの部屋のもん使うだろうし、無理に面倒見なくても大丈夫だろうと少しほっとする。


空気だ、こいつは空気だと思って生活しよう。


ご機嫌な様子のティエンは、お風呂に入ろうとする私にニヤニヤしながら言った。


「鈴ってここじゃ哀って名乗ってるんだね」

「鈴も哀も偽名だよ」

「知ってる。でもボクはどっちの名前も似合ってると思うな」

「そりゃどーも」

「鈴で不幸を呼び寄せて、哀しい人生を送りそう。…ってか、もう送ってるか」

「人生楽しいんですけど?決めつけないでくれます?」

「ダウト。」


びしっと得意気に指を差された。


「鈴はずっと何かに追われてるみたいな顔してるよ。早く戦争に行きたい、早く中国へ行きたい、早く戦争に勝ちたい、って感じィ」

「……」

「そんなに焦っててほんとに楽しい?何でそこまでこの戦争に関わろうとするのか知んないけど、本当に自殺志願者みたいだ」

「――お前には関係ない」


一睨みしてシャワールームに入り、入ってこられても困るので電子ロックする。


はー、びっくりした。ティエンって私見ながらあんなこと考えてたんだ。……もうただの子供じゃないってことなのかな。


私の次にお風呂に入ったティエンが出てくる頃には、時計はもう11時を過ぎていた。髪から滴をボタボタ床に落とすティエンの髪を無理矢理タオルで拭いてからベッドに入ろうとすると、ティエンはまたにやにやしながら言ってくる。


「一緒に寝よ」

「床で寝ろ」

「えー何で~」


ベッドに入ってこようとするティエンの腹を足で蹴って距離を置く。


不服そうに唇を尖らせるティエンに背中を向けて寝転がると、それでも諦めないティエンはもそもそと私のベッドの中に入ってきて、ぴったり背中にくっついた。


「ボク子供だから一人で寝れなーい」

「……」


都合の良い時だけ子供扱いを要求してくるティエンに溜め息が漏れたが、もう抵抗するのも面倒でそのまま目を瞑る。少し苦しいが、眠れないほどではない。



――斯くして、私とティエンの同居生活が始まったのであった。





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