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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第一章

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2200.01.03 ③



と。


唐突に男の後ろのドアが開き、下っ端っぽい人が入ってきた。


「ボス!この建物のあちこちで火災が発生しています!」

「はあ?……あの2人が来るには早すぎるな。一体何が原因?」

「分かりません!」

「分からない?」

「機械が突然爆発したと……」


下っ端っぽい人に続いて、1人の男が室内に入ってきた。灰色の瞳と焦げ茶色のふわっとした短髪――絶世の美形だ。


「通信回線からの攻撃っぽいわよ~?」


………イタリィ人のオネエ!初めて見た!新鮮!


オネエはその灰色の瞳を私に向け、次に男に向けた。


「ていうかルフィーノ、何手錠外しちゃってんのよ?そいつも能力者の可能性あるんでしょ?自由にさせたら危険じゃない?」

「それがねえ。この子、全く逃げる素振り見せないんだよねえ」

「へぇ、ムカつく小娘ね。もっと焦った表情した方が可愛いげあるわよ」


謎のアドバイスをされてしまったが、能力使い放題なこの状況ならいつでも逃げられるから、逃げる前にこっちの情報を少しは集めようと大人しくしているのだ。


イタリィは本当に超能力研究が遅れているらしい。超能力を抑制する物すら開発されていないのか、こっちに何もしてこない。


「とりあえず君は、これ以上被害が無いように対策してくれる?」

「はっ」


下っ端っぽい人は男に命令されて走って部屋を出て行った。


うーん、問題起こせばこの男がどっか行ってくれるかと思ったんだけど……そんなに焦ってないみたい。そりゃこの建物も火災対策くらいしてるか。


できれば泰久たちが来る前に建物の外に出たいから、あまり悠長にはしてられない。


ウィーン、と音がして次に部屋に入ってきたのはこの建物の警備ロボ。怪しい侵入者等を攻撃する、セキュリティの一種なんだけど……乗っ取られると逆に脅威なんだよねぇ。


「あら、何で警備ロボがここに?誤作動かしらぁ」


オネエは不思議そうな顔をして警備ロボを戻そうと屈む。


その瞬間警備ロボは――オネエの頭を殴った。オネエは床に倒れ込み動かなくなる。


警備ロボは次に男の方へ向かおうとするが、異常を察知した男はどこかへ瞬間移動してしまった。


私を連れていかないってことは、おそらく自分以外の生物を移動させることができないタイプのテレポーターなのだろう。それか、わざと泳がせるつもりか。


倒れているオネエの服のポケットから端末を取り出し、無理矢理画面を開いて建物のマップに目を通す。



―――さて、逃げるか。



監視カメラはさっき乗っ取ったし、私が通っても誰も気付かない。


部屋を出ると、壁に12という数字が刻まれていた。どうやらここは12階らしい。エレベーターが見当たらないってことは、そう簡単には逃げられないようにしてあるんだろう。


オウ゛ラの本部かもって思ってたけど、多分ここは怪しい人間の取り調べをするためだけにある建物だ。


いやー、まさかこんな場所に来れるとは。自分から来ようとしたわけではないとはいえ、めっけ物だ。


オネエの端末の情報からすると、あのオネエの名前はエフィジオ・ヴァレンテで、Aランク発火能力者。私を捕まえた男の名前はルフィーノ・カッペリーニ、Bランク瞬間移動能力者。


予想通り生物は移動させられないし直接触れた物体しか移動させられないという、制限の多いタイプだ。


しかしさすがBランクなだけあって、一部に触れさえしていればビルでも一気に移動させられる強力な力の持ち主。


この2人はどうやらオウ゛ラの能力者取り締まり役、結構なお偉いさんらしい。


イタリィにA、Bランク能力者はほんの数人しかいないだろうし、能力を買われたのだろう。


階段を使って何とか1階にたどり着いた私は、道を間違えないようにしながら出口へと向かう。


広すぎてマップが無いと迷うよ、こんなとこ。順調に1階へ来られたはいいけど……なーんか、嫌な予感するなぁ。


ふと背後から熱気を感じ、振り返ると―――火がそこまで迫ってきていた。咄嗟に避けるが髪が一部燃えてしまう。



火がやってくる先を見れば―――


「やってくれたじゃねぇかクソ女!!」


うわわわわわ、あのオネエの人ブチ切れてるよ!?ブチ切れて口調も変わってるよ!?てかあんだけがっつり叩かれといて回復早すぎでしょ!


寸前で急所を外したか……凄い対応の速さだな。


慌てて逃げようとしたが、その前に次の火が襲ってくる。


無理だ、避けられない。


泰久や一也にも隠してる能力がいくつかあるが、その中の1つを使ってしまうしかない。



―――防御能力。



対応できる能力の種類は限られているが、こちらへ向かってくる火から自分をある程度守ることはできる。


火を防ぎながら、走ってエフィジオと距離を置く。火の勢いが強くなりすぎたら防御能力では防げない。


火災の際に機能するシステムを無理矢理動かそうとしたが、侵入できるネットワークが無かった。


……通信を遮断した?こっちが電脳能力者っていう可能性を考慮しての行動か。


仕方なく外部のネットワークを利用しようと試みるが、いつものようにうまくいかない。


……妨害電波の類かな。それもかなり強力だ。


この状態で外にある物を利用するなら体力と集中が必要だ。


今はエフィジオの攻撃から逃げるだけで精一杯だし、一旦エフィジオを引き離さないと勝ち目は無い。……やってくれるじゃん。


この短時間で誰がこんな処理を―――ああ、さっき瞬間移動で飛んでいったルフィーノか。やっぱり逃げたわけじゃなかったんだ。


襲ってくる火から逃げながら、とりあえず建物から出ることだけを考える。


この建物のマップはさっき頭に入れた。


私の走る方向にある出口は1つ。


挟み打ちされるのは避けたいが、何分選択肢がない。



と。


炎が凄い勢いでこちらへ近付いてきた。


さっきまである程度は手加減してた感じだったのに、今度は本気で殺しにかかってきてるのが分かる。


こんな威力、Dランクレベルの防御能力で防げるわけがない。やむを得ず接着能力を使って壁の高い部分まで登り、火から逃れる。


ああクソ、この能力は誰の前でも使わないつもりだったのに。


エフィジオは壁に張り付く私を見上げ、クスクス笑って目を細めた。


「へぇ、接着能力ね~。自分しか接着させられないってことはDランク程度かしら?それにさっきアタシの火を防いだのは防御能力?こっちもDランクくらいね。非力な能力でも合わせ持つと役に立つのね~勉強になったわぁ」


接着能力も防御能力もマイナーなものなのに、この動きだけでそこまで予想されるとは……。


「でも接着能力に関してはDランクにしては強度がありすぎね。Cランク以上となると複数能力を持ってるのはおかしいしぃ……アンタほんとに何者なのかしらぁ?」


この機会を利用して探ってやるつもりが、逆にこっちが探られてる。


この展開はまずい。これ以上何かバレる前にこの建物を出なければ。


大丈夫、もうすぐ出口だ。


この角を曲がれば広い空間が広がっていて、左側の通路へ行けば出口がある。


走って角を曲がった時、私は思わず立ち止まった。



――――…何も無い一本道…!?



さっき見た情報と違う。


クソッ、ダミー情報か!


出口付近のマップだけ偽物に変えてたってわけね。


とりあえず走って距離を開けるが、前方にあるのは大きな壁。行き止まりだ。


Aランク発火能力者の炎と真っ向からやり合って打ち勝てるはずがない。


その上、エフィジオの隣に先程の男―――ルフィーノが瞬間移動で飛んできた。


「逃げようとするなんていい度胸してるねえ。…ま、逃がさないけど」


この状況下で両方相手にするのは分が悪い。


「手詰まりって顔ねぇ。素敵よ、その表情。命乞いなら聞いてあげるわ」


エフィジオが焦る私を見て恍惚とした表情でくすくす笑った。


仕方ない……後で歩けなくなるくらい体力使うことになると思うけど、無理矢理にでも妨害電波を突破して―――。


目を瞑って集中しようとした、その時だった。


外が騒がしくなったのは。



何発もの銃声、イタリィ語での怒鳴り声―――そういえば、逃げている途中、どこにも他のオウ゛ラ幹部を見かけなかった。


おそらく私との戦闘に巻き込まないよう外へ出したんだろうが、今の怒鳴り声はその幹部たちのものに違いない。


鳴り止まない銃声。

誰かと誰かが殴り合う音。


……あぁ、なるほどね。


私はルフィーノに目を向けて、薄く笑った。


「あなたはさっき間違ったことを言ったよ」


こつり、こつり、と2つの足音がこちらへやってくる。


「“チャンス以外の何物でもない”とか“5人揃えば脅威になる”とか言ってたよね。今ここで訂正してあげる。―――あの2人がイタリィへ来たことはあなたたちにとって“不運”以外の何物でもなく、“2人だけでも”十分脅威だよ」


オウ゛ラのお2人さんが振り向いた先には、―――泰久と一也がいた。


一也は私を見てほっとしたように目を細める。


「お迎えに参りました、姫様」

「ご苦労」


一也がふざけて私を姫と呼ぶので、私もふざけて偉そうな態度を取ってみた。


「……あっさり侵入を許すなんて、外の警備員は何やってるのかしらぁ?」


エフィジオが苛立った声を出す。


ルフィーノは窓から外の様子を見下げ、チッと舌打ちをした。


「なーに、この状況。何でうちの奴らが仲間同士で銃撃戦をしてるわけえ?」


こつり、と一也がもう一歩私たちへと近付く。


「200年以上前、アフリカのとある国で起こった虐殺事件をご存知ですか?」


穏やかな、しかし静かな威圧を孕んだ声音で問い掛ける。


「その国では大まかに分けて2つの民族が共存していました。諸説ありますが、国民はある時大統領の暗殺を片方の民族の仕業だと思い込むよう仕向けられ、“やらなければやられるぞ、今すぐ近くにいる他の民族を殺せ”とラジオ放送で煽られました。一方の民族はそのラジオをきっかけにそれまで互いに挨拶するような仲だった隣人を殺し始め、ジェノサイドが行われた。時間を掛ければ、ラジオ放送だけで人は操られてしまう」

「……何が言いたいのかしら?」

「人を暗示にかけることなど簡単だということですよ」


一也こっわぁ。


外にいた人間にお互い殺し合うよう催眠をかけたのだろう。


なかなか容赦の無い能力の使い方だ。


「……エフィジオ」

「分かってるわよう」


エフィジオが2人に向かって火を飛ばす。


泰久が一也を庇うように立ち、手をかざした。


一直線に向かってくる炎と泰久の発生させた水がぶつかり合い、炎が消えていく。


しかしあまりに強く水を飛ばしすぎると私の方まで来てしまうため、泰久はある程度手加減しているようで、水と火が拮抗している。


よしよし、そのままエフィジオの気を引いておいて、泰久。私は、こっちの厄介そうな瞬間移動能力者をどうにかするから。


「……っ」

「能力使って逃げないでね。あなたが逃げたらそっちの優秀なお仲間さん、私たち3人で殺しちゃうから」


ルフィーノに背後から近付き首を掴んで壁に押し付ける。


水と炎の音が五月蝿いせいで私の接近に気付かなかった様子のルフィーノは体を強張らせた。


「ねぇ、取り引きしない?あなたたちを見逃す代わりに教えてほしいことがあるの」

「……まいったなあ。まさか女の子に脅されるなんてねえ」

「日本帝国の機密情報を漏らす内通者がどんな人間か教えて?」

「言うわけないでしょお?」

「―――状況を考えて物を言えよ」


先程ルフィーノに言われた言葉をそっくりそのまま返して首を掴む手に力を込める。


オウ゛ラのお偉いさんであるこの2人を殺してしまえば後々面倒だ。


だから元からこの2人を殺す気なんて無いのだが、内通者の名前くらいは知りたい。


ある程度力を入れたところで、ルフィーノが降参だと言いたげに手を上げたので、喋れるくらいまで力を緩めてやる。


「千端哀」

「……は?」

「本名かどうかは知らない。でも、彼はおれ達にそう名乗ってる」


……どういうこと?何で、私の名前を?


「それ以外に何か―――ってうわっ!」


びしゃあ!と大量の水が私たちに降りかかる。泰久が力んでしまったようで、私もルフィーノもエフィジオもびしょ濡れだ。


泰久に文句を言おうとした時、目の前にいたルフィーノが消え、更にエフィジオを連れてどこかへ消えてしまった。



……くっそー、逃がしたか。まぁ元からどうにかする気なんてないからいいんだけど、もうちょっと聞きたいことあったのに。






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