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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第一章

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2200.01.03 ②




 《8:00 Sランク寮前》一也side



今日は朝から小雨が静かに降っている。 天気予知情報によると夜になれば激しくなるそうだ。


彼女を見張らせているEランク隊員に病み上がりの彼女がどこへ向かったかだけを聞いてSランク寮へ戻る途中、背後に人の気配を感じて足を止めた。


「ちょっとあんた!」


―――何度頼まれても見張りは外さないと言っているはずなのに、また来たか。


「しつこい女だな」


どうされました?


「はあっ!?しつこいって何よ!」


おっと、口に出すべきことと考えてることが逆に。


「今日こそ見張りの催眠を解いてくれない?毎日見張られるの気持ち悪いんだけど」

「それはできないと言ったはずですが」


そう答えるとあからさまに舌打ちされた。数度しか顔を合わせていない年上の男に向かって、なんて態度のデカい女だろう。


紺野楓――紺野司令官の娘であるようだが、彼のような冷静さや品性は無いように見える。


「じゃあ、これだけ聞かせて。……あいつは元気なの?」

「ええ。昨夜熱も下がりましたし、今はピンピンしていますよ」




今朝も元気に―――


「おい、朝食を食べながら本を読むんじゃない。……というか何の本を読んでいるんだお前は」

「え?これ?今日発売したやつなんだけどさっき届いてさ。我慢できなくてつい…」

「朝っぱらから何て物を開いてるんだ……」

「え?泰久エロ本見たこと無いの?」

「……」

「え?マジでないの!?一度くらいはあるでしょ!?ないの?男として大丈夫なの?」

「いいからさっさと仕舞え!」

「何だよ、泰久だって好きなくせに!」

「俺がいつそんなものを好きだと言った!」

「言ってないけどそういうもんでしょ!?健全な男性ならちょっとくらいは――あ、そうだ!泰久の端末に侵入して検索履歴見てみよう!絶対エロいの見てるよ!」

「おい、何を勝手に――」

「うっわ、何これ!?“最適な睡眠時間”、“イタリィ 天気”、“熱 看病”、“おいしいお粥の作り方”……マジでやましさの欠片も無いじゃん!?ちょっとくらいはエロいの見ようよ!?泰久ほんとに大丈夫!?」

「いいからさっさと飯を食え!」


―――とか何とか、泰久様とやり取りしていた。




彼女が食卓にいると朝が賑やかになる。泰久様と2人の時は大した会話をしないのだが、彼女がいるとそれだけで話の種が出き、僕も自然といつもより声を出している。それは昔からのことだった。


僕は目の前の女に視線を落とし、突き放すように言った。


「そろそろいいですか?これから少し行くところがあるんです」

「……まぁ、あいつの状態聞けただけよかったわ。今日のところは帰ってあげる」


できれば一生僕の前にしつこく現れないでほしいのだが、と内心思いながらも去っていく紺野楓から視線を外す。


何かあれば対処できるように準備しておかなければならない。……うちの姫様が、今度は敵国イタリィへ行きたいそうだからな。





 《8:00 チャンギ国際瞬間移動輸送場》



当然ながら国交断絶中のイタリィへ日本からは行けないので、一旦マレー半島の最南端――シンガポアへやってきた私たち。


獅子の都を意味するこの国の内政は極めて安定している。シンガポアに限らず周辺国も目覚ましい経済発展を遂げており、国民の不満もあまりないと見受けられる。


今回の戦争に東南アジア諸国はまず間違いなく参加しないだろう――被害が及ばない限りは。


そんなシンガポアにあるチャンギ国際瞬間移動輸送場は世界屈指の充実度を誇る。ここだけで1日過ごせるくらい遊べる施設が豊富なのだ。高く取られた天井の窓からは光が差し込んでいて明るい。


当然チェックは厳しいのだが、その辺は私の能力で強引に何とかしたし、万一疑われても一也がいる。


あとは私たちの順番が来るまで待つだけだ。



輸送場の椅子に座ってさっき買った水を飲んでいると、隣の泰久が聞いてくる。


「お前、朝はどこへ行っていたんだ?Aランク寮じゃないだろうな」

「Cランク寮へ行っていたようですよ」


泰久からの質問にあっさり答えたのは、私ではなく一也だった。


……何で知ってるんですかね。また見張りですか。


「泣いただろう」

「え」

「顔を見れば分かる」


おっかしーなー?鏡は何度か確認したし、いつも通りの顔してるはずなんだけど、何で泰久には分かっちゃうかなぁ?


「ちょっとねー。色々考えちゃって」

「色々?」

「好きになっちゃいけない人を好きになるってどんな気持ちなんだろうって」

「……」

「相手が同性だったり、血の繋がった相手だったり、人外だったりさ。この世には一般にはなかなか受け入れてもらえないような恋愛があるわけじゃん?でも何かを好きになるってそんなに悪いことなのかなーって」

「何を聞いた?」

「へ?」

「誰かに何か聞いたんだろう。――何を聞いた」


見上げた泰久が怖い顔をしていたのでちょっとびっくりした。


………?


「そ、そんな心配しないでよ。ほら、私涙脆いでしょ?大したことなくても泣いちゃうから!」

「……」


泰久は納得していないようだが、これ以上掘り下げられるのはまずい。話題を変えなければ、と思い、さっき入り口でロボットが配っていたマーライオン型クッキーを一也に渡した。


「……僕に、ですか?」

「うん、私はお腹空いてないし」

「泰久様に渡せばいいのでは?」

「このクッキー瞬間移動酔いを治す効果もあるらしいんだよ。一也ちょっと移動酔いしてるでしょ?あ、良かったら私の水も飲む?」

「…………」


驚いた顔で沈黙した一也は、その後私の顔に自分の顔を近付けた。


「……ねぇ、もう2人で行きません?イタリィへの入国に必要なのは僕とあなただけなのですし、泰久様は必要無いでしょう」

「お前、たまに俺に対して棘があるよな」

「まさかそんな。決して泰久様が邪魔だなんてそんなことは。いやいやまさかまさか」

「……」


一也は私からマーライオン型クッキーを受け取り、「気付いてくれてありがとうございます」とお礼を言ってきた。


一也は私が気付かないとでも思ってたのか……?


「何年知り合ってると思ってんの、体調の変化くらいすぐ分かるよ」


そう当然のことを言えば、「そういうこと言わないでくださいよ。本当に泰久様を置いていきたくなるでしょう?」と一也は冗談っぽく笑ったのだった。




 《1:30 ウ゛ェネツィア》


イタリィに到着すると、私は人通りの多い道を選び、頃合いを見計らって泰久たちから距離を置いた。わざとはぐれたのだ。


あの保護者2人がいると自由に動き回れないし、東アジア人ぽい顔の人間が3人も固まってると属目されかねない。


イタリィの人間が東アジアと聞いて今思い浮かぶのは、今にも戦争しそうな相手国……大韓帝国や日本帝国、大中華帝国だろうからね。


 〈今どこだ。位置情報送れ。迎えに行くから動くな〉


私が電話に出ないからか、泰久からのメッセージが一件来ていた。


 〈ごめん、1人で行きたいとこがあるからほっといて。11時にサンタ・ルチア駅集合ね〉


それだけ送って、端末の電源を切る。


今回ここへ来たのはもちろん観光目的じゃない。イタリィの様子を探るためだ。


ここはアドリア海に浮かぶ、かつて地中海随一の海洋国家だった街。真夜中だというのに明るい。観光地としても有名で、私までつい本来の目的を忘れて事あるごとに立ち止まってしまう。その度「観光目的じゃない、観光目的じゃない……」と自分に言い聞かせて首を横に振った。


まずは街の人に直接国内の様子を聞いてみるかな。時間の空いてそうな人をきょろきょろ探し回っていると、途中で声を掛けられた。


「こんなところで異国の天使に会えるなんて、おれはツイてるなあ。これからどう?お茶しない?」

「は、はぁ…遠慮しときます」

「あれえ?イタリィ語分かるんだあ」


明るい茶色の髪に栗色の瞳。左目の方に泣きぼくろがある。おそらく20歳ほどの男だ。先程までにも何度か道行く男性に声を掛けられたが、この男は何だかこれまでの男とは違う気がした。


身に纏う空気感というか――うまく言えないけれど、何かが違う。


声を掛けてくる男に聞き込みをするのもいいのだが、どうも私はイタリィ人男性の口説き文句が肌に合わない。こう、痒くなるというか照れ臭いというか。


会釈をして通り過ぎようとしたが、前方に立たれ行く手を阻まれる。


「鍛えた体してるねえ。スポーツでもやってるのお?」

「え?」

「筋肉の付き方が、ね。―――軍人の知り合いと似てるなあ」


……この男、私服だけどよく見たら拳銃隠し持ってんじゃん。


―――オウ゛ラか。


テロリストや敵国のスパイ等の取り締まりを行っている、戦後改めて組織されたイタリィの秘密警察。どうりで素人っぽくないわけだ。面倒なのに目ぇ付けられちゃったな。


「よく分かりましたね。最近筋トレしてるんですよ」

「へえ、確かに筋肉のある女性って素敵だよねえ」

「でしょう?ムキムキになりたいんです。では」


中途半端なところで会話を切ってもう一度通り過ぎようとした私の横腹に何かが当たった。


―――油断した。スタンガンだ。


おそらく能力者だろうから手を出してくるにしろ能力を使うと思ったのに。


咄嗟に対応できず、そこで思考は途切れた。



 ◆


目が覚めると、両手に手錠を掛けられ椅子に座らされていた。デスクを挟んで向かいにいるのは、先程の親切な男性。


「もう目が覚めたのお?早いねえ」


先程よりは幾分か冷たい目をしているが、口元には薄く笑みを浮かべている。


目だけを動かして周囲を見回すが、部屋には殆ど何も無い。1つのデスクと2つの椅子、正面に座る男の後ろ側にドア、光が入ってきているのでおそらく私の後ろには窓がある。時計もないからどれだけ気を失っていたか分からない。


「いけない子だなあ。日本人なのにイタリィに入国するなんて。女の子とはいえ、どうなっても文句言えないよお?」


再びゆっくり見上げると、男は聞いてもいないのに話し始めた。


「日本帝国にいるSランク能力者は、5人。5人揃えばそのたった5人だけで、合衆国や新ソビエト、大中華帝国といった軍事大国の軍隊に匹敵する力を発揮すると言われてる」

「……」

「イタリィの瞬間移動輸送場のゲートは、通り過ぎるだけで入国者の能力レベルを測定する仕組みになっててねえ。今回おれが出向いたのは、“能力レベル測定不能”の人間が3人いたからなんだよねえ」


イタリィは超能力開発において周りのヨーロッパ諸国より遅れており、敵国の超能力者が入国したとして対処する術が、おそらく殆どない。それ故に、怪しい能力者が通ればすぐにオウ゛ラに連絡がいくことになっているのかもしれない。


「測定不能になった前例がなくてね。こちらとしてもよく分かんないんだけどお、考えられるのは……君らの能力が強すぎてAランクまでしか判断できないあのゲートじゃランク付けできないってことかもしれない、ってことなんだよねえ」

「……」

「君と一緒に来た残りの2人はNo.2の一ノ宮一也とNo.4の東宮泰久、とこちらは推測している。5人揃えば脅威になるSランクのうちの2人が入国してきたんだから、これはチャンス以外の何物でもないよねえ。今のうちに2人殺しておけば、残りは3人になる。しかもその3人は軍人じゃないから戦争には参加しない。日本帝国の軍事力の多くを削ることに繋がると思わない?」

「……」

「日本帝国軍に所属するSランクは2人。でも―――そうなると君は何者かなあ?軍人だがSランクではない。なら何故能力を測定できない?」

「どこでSランクの2人の名前を?」

「質問をしているのはこっちだ、答えろ」

「そう簡単に答えると思う?そっちが先に言えば」

「状況を考えて物を言えよ」

「じゃあ状況を考えた質問をするね!イタリィのエロビデオってどんな感じなの?」

「……」


私の舐めくさった態度が気に入らないのか、男は分かりやすく怖い顔になった。


イタリィ人の男性と2人きりで話ができるという状況では、まさしくこの質問をするのが正解だと思うのだが、違ったかな?


それにしても一般の日本人ですら知らないSランク能力者の本名が知られているとは……もしかして、例の内通者からの情報かな?はは、参ったなぁ、ダダ漏れじゃん。


情報じゃなくて糞尿を垂れ流してろよ、裏切り者が。


ふと、目の前に私の持っていた端末を投げ捨てるかのように置かれた。


「君とは話にならないみたいだねえ。もういいよ、それでお仲間の2人を呼んでくれるう?」

「え、」


いいんすか、と喜びかけて、いやそれはまずいと考え直す。


あの2人がこちらへやってきて能力を使えば敵にSランク能力者の能力の種類を知られる可能性がある。


……いや、名前も知られてるくらいだから能力も主なものは知られてんのかな?あーもー難しい。考えんの苦手なんだよね。


最近の端末は指紋認証と網膜認証とパスワードが必要で、本人以外が画面に触れればすぐ閉じる仕組みになっているから、本人以外が操作することは難しい。


一旦手錠を外され、端末でメッセージを送るよう促される。仕方なく位置情報付きのメッセージを入力して、男に内容を見せてから送信した。


 〈オウ゛ラに捕まっちゃった。コワイヨー助けて(((( ;゜Д゜)))〉


イタリィ語のままだけど、泰久なら分かるだろう。もし分かんない部分あっても翻訳機能使えばいいし。


「顔文字かあ、余裕あるねえ」

「あ、日本の顔文字分かるんだ?確かこっちの顔文字って縦じゃなく横に見るんじゃなかったっけ?……ていうか、こんだけふざけてるんだから殴られるか蹴られるかするかと思ったんだけどなぁ」

「女の子にそんなことするわけないじゃあん?余程調子に乗り出したら快楽で足腰ガクガクさせちゃうけどお」


イタリィ人とはヤったことないし興味はあるけど、今そんなことを始めたら後で一也に怒られそうだから遠慮したい。





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