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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第一章

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18/200

2200.12.15 ②



 《13:40 第二グラウンド》



午後の訓練は、Sランク能力者が指揮を取るという形で行われることになっていた。隊長が私のアイデアを採用してくれたらしい。E、Dランクの訓練を指導するのは一也だ。整列した隊員の前に立っている一也を見るとむずむずする。いつもは対等な関係なのに、今は一也が上で私が下。新鮮だ……。


隊員達は新しい指導者をそう易々とは受け入れはしない様子だが。


「“一ノ宮”ってあの……?」

「任せていいのかよ」

「隊長も何考えてんだか」


この部隊の隊員にも一也への差別意識はあるらしく、ひそひそと話し合う声が聞こえる。いつもなら静かにしているのに、殆ど全員がひそひそ喋り始めたためひそひそもひそひそじゃなくなり、場は一気にうるさくなった。


……やっぱ、こうなっちゃうんだ。嫌だな、こういうの。ていうかムカつく。一也のこと何も知らないくせに、分かった風に一也を語られることがムカつく。


ムカつくから何かぶつけてやろうか―――そう思っていた次の瞬間、その場にいた全員が黙った。


いや、正しくは喋ることができなくなったのだと思う。


一也の催眠能力はCランク以下にしか効かない。でも、その分同時に操れる人間の数は桁違い。今このグラウンドにいる程度の人数なら一気に操れる。


それを理解した隊員達はぞっとしたのか、顔を青くした。


数秒後一也は能力を解き、冷たい声で言う。


「黙って動け。いちいち動かされないと何もできないのか?」


一也のこんな口調を聞いたのは初めてで、ちゃんと上の立場としても喋れるんだな、と妙に感動した。


いつもは自分なんて身分の低い人間だとか言って敬語使ったり相手を様付けにしたりしているのに、こういう時はちゃんとできるんじゃん。


隊員達は一也を畏怖したようで、黙って一也の指示通り動き始めた。


多少恐怖政治感があるが、こっちはこれでいいだろう。……向こうはどんな感じなのかな。


泰久だから心配することないだろうけど、うまくいくといいな。






 《13:40 第一グラウンド》遊side



どういうわけか午後はA、B、Cランクの合同訓練ということになり、これまたどういうわけかSランクの東宮泰久が指示を出している。B、Cランクを能力の種類別に分けてそれぞれで練習させ、Aランクだけ残された。


里緒は見慣れない男である東宮が余程怖いのか俺の近くにいる。こんなに近付かれたのは初めてだ。


東宮は俺たちに一体どんな訓練をさせるつもりだろうか。



と。


「Aランクのお前らは、俺と戦え」


東宮がそう言い終わるか言い終わらないかのうちに、水がどっと押し寄せてくる。


こいつ、水を操作できるだけやなくて何も無いとこから生み出せもするんか。相当なもんやな。


薫が咄嗟に能力を使ってその水を氷に変えて止めるが、次から次へと水が押し寄せ、その水圧に耐えるだけでも精一杯の様子だ。


戦えと言われても、能力を使っている最中の相手の心は読めないし、ここは薫や里緒に頼るしかないだろう。


元々戦闘向きの能力ではないのだ。


戦時中も戦闘することは殆どなく、捕虜やスパイ容疑の掛かった人間の尋問をする役割だった。


里緒がグラウンドにある物を東宮にぶつけようとするが、尽く水で弾かれる。


東宮は能力を使いながらゆっくり歩いて俺たちと距離を置き、遠くから俺たちの出方を観察している。


「薫、余裕あるか?」

「ねぇよ!こいつ水の量増やしてきてんぞ」


薫が能力の使用をやめれば俺達の方にも水が押し寄せてくるだろう。


……薫は手一杯として、使えるのは里緒だけか。


「里緒って東宮を動かせたりできるん?」

「……無理だ。生物は自分しか動かせない」


早速手段に窮してしまった。同じ軍にいるとはいえSランクについては隠されていることが多く、俺達は東宮の持つ他の能力を知らなければ、水流操作の限界も知らない。


……あぁ、そうか。それが訓練ってことか。得体の知れない能力者を相手にする訓練を、東宮は俺達にさせたいのだろう。


「ほんなら、できるだけ多くの物をあらゆる方向からあいつにぶつけようとしてみてくれへんか?」


今この場で里緒に頼みを聞いてもらえるとしたら俺だけだ。


最初はメモ用紙に書いたメッセージを楓を通して渡すだけだったが、最近は里緒が楓と一緒にこちらへ来ることも多く、直接短い会話もできるようになっている。


俺が里緒を襲った奴らとは違い、攻撃型の能力者ではないということもあるだろう。


以前までの訓練ではできていなかった協力だが、今なら多分できる。


「……分かった」


予想通り俺の言うことを聞いてくれた里緒は、B、Cランクが訓練に使っている器具を勝手に操り、四方八方から東宮を攻める。


しかし東宮は表情を変えることなくそれらを全て弾き飛ばした。


Sランク能力者の最大出力は桁違いだと聞いてはいたが、本当に能力の限界が見えてこないので困る。弱みを見つけられない。


「東宮の能力を別方向に向かわせる方法ならいくつかあんぞ。手段を選ばねぇならな」


久しぶりに全力で戦える能力者と対峙して喜んでいるであろう薫は、何か企んでいる時の笑顔を浮かべて反則紛いのことを言い出す。


「俺があそこにある訓練用のガスボンベに圧を掛けて爆発させる。そうすりゃ東宮はそっちの対処に向かはざるを得なくなる。その間に里緒が全力であいつを攻撃すれば――」

「たかが訓練でそこまでする必要はないだろ。そもそも何で僕があんたの提案を受け入れなきゃいけない?」


―――薫の言葉を遮った声は、里緒から出たとは思えない低い声だった。


薫という“男”への嫌悪感が滲み出ている。


「………あ?」


ドスのきいた声を出して里緒を睨む薫だが、里緒は薫の方を見ず澄ました顔で立っている。


おいおい、訓練中に喧嘩すんなよ。


今までは訓練中でも会話1つ無かったのだから大きな進歩とも言えるが、こんな調子じゃ抱き合える関係になれるわけがない。


……楓もなかなか無茶なこと言うなぁ。



どうにか訓練中だけでもこの2人を纏めて東宮と戦わせようとしていた時、B、Cランクが訓練を行っている遠くの方がざわつき始め、不意に東宮が能力の使用を止めた。


「どうした」


東宮は険しい表情をしながら、よく通る低い声でB、Cランクの方に問い掛ける。


「け、怪我人が出ました…!」

「瞬間移動に失敗したみたいで…」


それを聞いた東宮は眉を寄せ、俺たちに「中止だ。自主訓練をやっていてくれ」と言い残し、B、Cランクの方へ行ってしまった。


残されたのは大きな氷の固まり。


チッと舌打ちした薫は、その固まりを水蒸気に変え、さっさと1人で訓練用の道具を取りに行ってしまう。


里緒は当たり前のように薫の行った方向とは逆方向にある倉庫へ訓練用の道具を取りに行く。


……お前ら……チームワークって知っとるか……?





 《18:00 帰り道》



「いやー、凄かったな、東宮さん!」

「かっこいいわ~」

「Aランクを3人同時に相手するんだもんなぁ」


寮へ帰る隊員達の話に聞き耳を立てながら、私は満足していた。どうやら向こうも成功したようだ。


「そういやあれ大丈夫なのかね?結構な怪我してたけど」

「あー、あの瞬間移動能力者?瞬間移動ってただでさえ難しい能力だもんなー」

「腹に刺さってたぜ。ありゃ暫く訓練にゃ出てこれねぇだろうな」


暫くこっそり隊員達の話に耳を傾けていた私は、そこに泰久の話ではないものがあることに気付く。


……瞬間移動能力者が怪我?


それを聞いた私は、端末を使って上層部しか開けないページを無理矢理開き、日本帝国軍に所属している軍人のデータを見ていく。


瞬間移動能力者は―――小雪しかいない。


「問題ないの一点張りで、ろくに治療も受けずに部屋に戻ったらしい」

「歩けたんだ?すげえな」


小雪の友達は、多分この隊じゃ私しかいない。誰も様子を見には行かないだろう。


部屋に1人戻った小雪の姿を想像してぞっとした。……あの馬鹿、処置くらい受けろよ。何断ってんの。



―――気付けば私は、小雪を避けていたことも忘れて走り出していた。






 《18:10 Cランク寮》



Cランク寮には初めてきたが、受け付けにあるパネルで小雪の名前を検索するとすぐに小雪の部屋の部屋番号が分かった。寮に帰ってくる隊員が多くエレベーターが空くのを待っていると時間が掛かりそうだったので、エスカレーターを使って上へ上がる。


何とか迷わず小雪の部屋にたどり着いた私は何度か呼び鈴を鳴らしてみたが、ドアが開く気配はない。本来はこんなことしちゃ駄目だが、無理矢理ロックを解除して部屋に入った。


「小雪、入るよ?」


入ってからそんな声を掛け、部屋の奥に進む。カーテンの閉められた暗い室内にあるベッドに、小雪が壁の方を向いて横たわっているのが見えた。


「……お、おい。小雪、大丈夫か」


その背中があまりにも弱々しく見えて、部屋の電気を付けて駆け寄る。


「……哀…?」


声までも弱々しいのだからたまらない。怖くて小雪に触れる指が震えた。


本当に大丈夫なんだろうか。死んだりしないよね?


心配する私だが、小雪は怪我とは全く関係ないことを聞いてくる。


「どうやって部屋、入ってきたの」

「へ!?い、いや、ちょっと……実はそういうの得意なんだよね。そういうツールがあるっていうか……」


我ながら何だこの嘘の吐き方は。これじゃまるで私が頻繁に他人の部屋にこっそり入って盗みを働いてるみたいに聞こえるじゃないか。




「……弱ってる男の部屋に上がるって、食われてもいいってこと?」




小雪はお腹を押さえながら寝返りを打ち、私を見上げてくる。


「食う、って……腹減ってんのか!?何か買ってこようか?言ってくれたら何でも……」

「そういう意味じゃないよ」

「じゃあどういう、」

「ハメられてもいいのかって聞いてるの」

「ハッ…!?」


直接的な言葉にうろたえる私を見上げながら、小雪は脅迫じみた言葉を吐く。


「ていうか、哀に拒否権はないよ。―――女だってこと、バレたら困るよね?」

「っ、」


思わず逃げようとした私の手首を、小雪は怪我人とは思えない力で掴んで引っ張ってくる。ま、待て、何だこの展開は。


獲物を捕まえた肉食獣みたいに目をギラギラさせてる小雪は、少し汗ばんでいた。振りほどこうとしても振りほどけない。私だってそこそこ力が強いのに、小雪はそれよりも力が強いらしい。


小雪は寝転がったまま私を抱き寄せ、ころりと転がるようにして私を下にした。数秒にして簡単に押し倒されてしまったのは、きっと私が動揺しているからだろう。


「……い…いつから知ってたの?」

「んー、最初から?」

「さ、最初って、」


最初っていつだ、と聞こうとしたのに小雪の唇が私の口を塞ぐ。


………こ、この人マジだ!マジでヤる気だ!


唇を割って入ってきた舌の熱さに、本能的に下半身がぞくりとした。暫くヤってないってこともあって、妙なスイッチが入りそうになる。


駄目だ、冷静になれ。この隊にいるためなら、どんなことでもしなきゃならない。


唇と唇が離れた時、至近距離の小雪に向かって小さく言った。


「……私が女だってこと知ってるなら、私、小雪のこと始末しなきゃいけないんだけど」


初めて小雪の前で“私”という一人称を使った。


「哀はそんなことしないよ。脅し返そうとしたってダーメ」

「何でそんなこと言えるの?小雪は私がどんな人間だって思ってるの」

「そりゃ哀の全てを知ってるわけじゃないよ。でも、哀が俺をどうにかしたりしないっていうのは分かる」

「……」

「だって俺達友達でしょ?」


―――ああ、くそ、そんな言い方は狡い。そうだ。私に小雪をどうにかするなんてできやしない。


本当はもっと非情にならなきゃいけないんだって分かってるけど、でも―――小雪にバレてしまったのだから、もう隠す必要は無いと、もう避ける必要もないと、ほっとしている自分がいる。


私も感情のある人間なのだ。こればかりはどうにもできない。


「……分かった、分かったから、…とりあえずは電気消して」

「うん」


口ではうんと言っているのに電気を消す素振りを見せない小雪は、自然な動作で私をベッドに押し倒す。服に血が滲んでるくらいなのに、どこからそんな元気が出てくるのか疑問だ。


「……いや、あの、消してってば」

「んー、もう面倒だから脱がすね?」


私の言葉を聞いているのか聞いていないのか分からない小雪が私の衣服を瞬間移動させたせいで、私は一瞬にして素っ裸にさせられてしまった。


「ぎゃあああああっ」

「しー…」

「ちょ、早い!早いって!こういうのは服をじわじわ脱がしていくもんじゃん!?」

「知らない。」


小雪がこちらに近付いてきたことでぎし、とベッドが軋んだ。


「っふふ」

「人の体見て笑うって失礼じゃない!?」

「いや、なかなか小振りで可愛いなぁって思って。さらしとか巻いてるのかなって思ってた」


男のふりをするにあたって胸が小さいのは好都合だったが、そうまじまじ見られると恥ずかしくなってくる。


ていうか小雪は服着てるのに私だけ全裸なのがそもそも恥ずかしい。ふと小雪が一也に処置された私の肩を見る。


「……哀も怪我してるの?」

「……あ、あぁ……うん、ちょっとね」

「そっか。じゃあ優しくしないとね」


ちゅっと私の首筋に軽くキスした小雪は、私の知ってるいつもの小雪じゃなかった。


―――その瞬間、一線を越える音がした。




分からないことは沢山ある。


小雪が何故私を抱くのか。


人の弱みを握っておいて、することがこれなのか。


女だと最初から知っていたから、私と仲良くしようとしたのか。



―――もしかして、このためにわざと怪我をしたのか。




分からないことだらけのまま小雪に抱かれた私は、久しぶりの情事の余韻に浸りながら、小雪とただの友達では無くなってしまったことを終わった後で実感した。


いつの間にか雨が降り始めていたらしく、外では雨音がしている。


「……ごめん小雪、今日泊まっていい……?」

「晩御飯は?」

「……セックスの後って眠たくなる……」


うとうとしながら会話になっていない会話を交わした私は、素っ裸のまま眠ってしまった。





夢を見た。


「…ごめん…ごめんね、哀……」


小雪が泣きながら私に何度も謝ってる夢だった。


「……本当にごめん……」


小雪の声は酷く苦しそうだった。



「――――利用してごめんね」



私の体は眠ってるみたいで、動いてはくれない。





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