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第一話 模倣企業

六話〜七話で完結予定。

土曜日に更新します。

 その日の朝、灰色の巨大輸送船が外来街(がいらいがい)へ寄港した。


 清濁飲み込む魔窟。


 本土の人間は外来街をそう呼ぶ。


 物理的な壁で区切られた街区には、異なる国家と文化が無理矢理押し込められていた。


 本土側には硝子張りの高層ビル群が並ぶ。

 外資企業街だ。


 だが、一つゲートを抜ければ景色は一変する。


 錆びたトタン屋根。

 露店。

 違法建築。

 難民申請を待つ人々。


 時折司暮(ときおりしぐれ)は、この街が好きだった。


 雑多な路地。

 入り乱れる言語。

 香辛料と排気ガスの混ざった空気。


 全てが、本土には無い熱を持っている。


(最悪! 遅刻した!)


 司暮は書類鞄を抱え、雑踏の中を駆け抜けた。


(この調子だと10分は遅れちゃう……)


 司暮しぐれはとっておきの近道に飛び込んだ。

 雑貨ビルの隙間、小さな通路。

 そこを駆け抜けると、目の前に巨大な看板広告が現れる。


 【MEDICAL LINK】


 「神経接続医療の未来へ」


 その看板が掲げられたビルを左折すると、巨大な輸送船の止まる港が見えてきた。


 難民の列が仮設テントに向かって列をなしている。

 テントには入国管理局と複数の言語で記載されている。

 

 港全体には多言語アナウンスが抑揚なく響き渡っていた。


 ーー機械音声の墓場みたいだ。


 直属の上司、青田係長はそう評していた。


 司暮は躊躇せず、そのテントへと飛び込んだ。


「はぁ……はぁ……セーフ!」

「アウトだぼけ」


 頭上から落ちてきた低い声と同時に、拳骨が脳天にめり込んだ。


「いたぁっ!」


 見上げるとそこには青田係長その人がいた。


「ちょっとじゃないですかぁ〜」

「3分だ」

「2分55秒です!」


 訂正する司暮に青田はうんざりした顔をする。


「いいから早く働け、全く、配属早々に大量難民とは……運が無いな時折」


「いえいえ!いきなり実践どすこいです!」

「……」


 司暮の所属している四課の仕事は、難民が違法メディカル製品を持ち込んでいないかの検査であった。


 例えば麻薬や帝国圏非認可薬、違法強化帯など多岐にわたる。


 基本的には訓練された犬やセンサー、検査機器などで炙り出すが、とんでも無いところに隠している難民が時々いる。


「うへぇ……また穴に隠してやがった……」


 青田が手袋をつけた手で透明な袋を摘みながら検査テントから出てくる。


 手袋と袋が妙に濡れている気がするが、係長の尊厳を守るために触れない事にした。


 司暮は検査記録と経歴に目を通し、高速で再確認事項を纏めていく。


「相変わらず仕事が早いな」


 いつのまにか青田が後ろに立っていた。


 手を洗ってきたのか、石鹸の爽やかな香りがする。


「私、天才なので!」


 司暮はきゃぴっとピースサインを作る。


「V.A.Sブレードも同じくらい使えたらいいのにな……」


「あぁっ!!なんて事言うんですか!!」

「事実だろう!」

「私は褒められて伸びるタイプなんです!!」


 掛け合っていると、不意に司暮のパソコンが震えた。


 急いで確認すると、メールが届いていた。


「青田係長、朝倉課長からメールです。公益通報ですね……」


 青田係長はメール文を読み、うんざりとした顔をする。


 違法デバイス使用の可能性の公益通報。

 そしてそれに基づく調査依頼。

 別に変なところはない。


「どうしました?」


 青田係長は通報人名を指で叩いた。


「こいつ、メディカルリンク社出資の圧力団体に所属してんだよ……」


 メール文をもう一度よく確認すると、今回の通報はメディカルリンクの競合として最近浮上した外資ベンチャー、ノヴァリンクに対してであった。


「面倒くさそうですね」


 青田係長はやれやれと首を横に振った。


◇


 二人は隣の地区のラブホテルにいた。


 ベッドの上には目から血を流し、口から臓物の一部が溢れ出している裸の男女の死体があった。


 肉の匂いが鼻をつく。


 司暮は思わず口を塞ぎ嗚咽する。

 青田係長は手を合わせて祈ると、死体の髪を押し上げ米神こめかみを見る。


 そこには電極の様なものがついていた。

 男にも女にも同様のものがある。


 そして米神こめかみから半透明の神経線が這う様に伸びていた。


「時折、無理そうなら外に出てろ」


 部屋の隅でなにやら作業をしていた、黒い服にマスクをつけた警官が青田に歩み寄ってくる。


「青田さん」


 青田は検死官に軽く会釈する。


「死因は感覚共有性交だとの事で……」

「なんですかそれ……」


 司暮はパワーワードに思わず質問してしまう。


「メディカルリンクの神経線を利用して、男女の感覚、脳波を共有しながら性行為を行うそうです。私は検死官の勝山です」

「これはこれは」

「馬鹿野郎、同僚だろうが」


 司暮は名刺を差し出す。

 しかし青田に止められる。

 勝山は少し残念そうな顔をしている。


「……しかしまぁ、神経線にメディカルリンクの型番が入っていないからノヴァリンクの仕業と言う事ですかねぇ?E-117番……聞いたこともねぇです」


 司暮はすたすたと死体に近づくと神経線と電極を確認し始める。


「おい、お前大丈夫なのか?」

「え?……あぁ!慣れました!」


 勝山が可愛い、と呟く。

 青田は冷汗を拭う。


(全く、最近の若い奴らは凄いな……)


 司暮は米神周辺の皮膚に違和感を覚えていた。


(おかしい……なんでこんな血管みたいに……血が固まったのかな?それとも……)


 それはまるで、無理矢理皮膚の下にチューブを通したかの様だった。


 頭の中に仮説が思い浮かぶ。

 神経線が体内に侵入し、皮膚を突き破り身体の操作を奪う。


 そんな事になれば、仮にノヴァリンク製非認可デバイスであったとしても、メディカルリンクの信頼性は地に落ちる。


「これって、外来街がいらいがいは入管特別法の統治下なのになにが問題なんですか?」


「被害者(がいしゃ)が帝国圏の人間なんだよ。こっちの男はエリア連合の金融企業で働いてたエリートだ。そしてそっちが帝国圏内から出稼ぎに来た娼婦。まぁ、高級娼婦ってやつだ」


「よくこんなのから身元割り出せますね……」


「二日でやりました!」


 勝山が力瘤を作って自慢する。

 司暮と青田はそれを無視する。


「それで、この後どうしますか?」

「圏内への遺体搬入手続きに3日かかる。詳細検死はその後だな。

 勝山、環境保護膜を設置しろ」


「承知です!」


 勝山はビシッと敬礼し、外に出ていく。


 青田は専用通信機を取り出す。


『……もしもし……』


 スピーカーから眠たそうな声が聞こえてくる。


「なに寝てんだ小山田!第四区のラブホテル、アラビアンの4Fを封鎖する。串田連れてこい。10分だ!」


『えっ……それーーー』


 ブチッ


 言い訳が飛んでくる前に電源は落とされた。


「時折ときおり!」

「は、はいっ!」

「お前は俺とノヴァリンクのオフィスにいくぞ」

「了解であります!」


 わざとらしく敬礼する司暮を置いて青田は部屋を出ていく。

 司暮も慌てて後を追った。


◇


 ノヴァリンクの本社はオフィス地区の端に立っている。

 難民区と物理的に分割する巨大な壁とほぼ背面を接する様なその建物は財閥系のデベロッパーが企画したものであり、合理的で無機質な四角形のオフィスビルだ。


「なんか、重厚長大って感じですね……」


「言わんとする事はわかる……」


 青田係長は腰につけたカラビナにリレーのバトン大の大きさの金属筒を吊り下げた。

 V.A.Sブレードである。


「あれ?ジュライマン社製に変えたんですか?国内製がいいって言ってたじゃないですか!」


「給料が上がったからな」

「いいなぁーー」


 オフィスに入ると、事前通告が入っていたのか、直ぐに奥の応接室に通された。


「うわぁ……南国感……」


 ノヴァリンクはエリア連合ミアーモに本社を置く企業だ。

 応接室の雰囲気も全体的に南国よりに寄せていて、観葉植物が並んでいた。


 暫くすると、小太りの男とやけにスタイルのいい女が入ってきた。


 男は真っ黒のスーツ、女はベージュのパンツスタイルだ。


「いきなり申し訳ない。私は入国管理局第四課の青田と申します。こちらは時折です」


「時折です。宜しくお願いします」


 青田は時折の変わりように感心しているように見えた。


「……態々ありがとうございます。私は役員のウォンメイリンです」

「頂戴いたします」


 青田と司暮は女性が渡してきた名刺を受け取る。


「私はCTOの袴田(はかまだ)浩一郎(こういちろう)と申します」

「頂戴いたします」


 男の方は研究員で、本社ミアーモ所属になっていた。

 袴田は司暮の名刺を受け取り首をかしげる。


「時折……?どこかで……」


「どうぞ、お掛けください」


 ウォンに言われて、二人はソファに座る。

 その前にはノヴァリンク製のメディカルリンク、ノヴァサポートが置かれていた。


「ウォンさんはお綺麗ですな」

「係長!それはセクハラです」


「いえいえ、褒められて悪い気はしませんので」


 ウォンは和かに笑う。


「でも確かに!身長も高くてお綺麗です!失礼ながら何センチあるんですか?」


「身長ですか?175cmです」


「すごーい!私より8cmも高いなんて!スタイルいいですね!」


 CTOの方は会話に入れず気まずそうにしている。


 司暮のおかげで最初の緊張した空気が若干和らいでくる。

 青田は頂きますと一言言い、テーブルに置かれたコーヒーを一口飲むと、真剣な顔に戻る。


「それでは本題ですが、単刀直入に、御社の非認可デバイスが帝国圏人民の殺害に使われた可能性がございます」


 先程まで和やかだった空気がピシリと張り詰める。


「公益通報とお聞きしております……。

 弊社のデバイスでは人を殺すほどの出力は出せません……。CTOの袴田も同意見です」 


 無口な袴田はうんうんと頷く。

 そして考え込むように俯く。


「宜しければ持ち帰って詳細検査して頂いても構いませんよ?弊社のデバイス」


 ウォンは自信満々にノヴァサポートを差し出す。


 司暮はそれを受け取ると細かく確認し始める。


「……あなた、わかるんですか?」

「時折……」


 袴田とウォンは訝しげに司暮を見つめる。

 集中モードの司暮はなにも答えない。


「大変申し訳ない。集中しているようで、外部の監査機関に渡すので押収はさせて頂きます」


(神経線の内側に何か入ってる?)


 とはいえ、メディカルリンクの検査機関に渡せばわかる程度の欠陥を堂々と曝け出すわけはない。


 司暮は一通り確認する。


「見たところ、メディカルリンクと大差はなさそうです。神経線ケーブルの太さが少し太いですね?」


 袴田が驚いた顔をする。


「それをこの場で見抜けるとは……失礼ですが大学は?」


「櫛灘大学です。神経工学専攻ですね」


「なるほど……」


 袴田はまだ時折……とぶつぶつ呟いている。

 司暮と青田はノヴァサポートを梱包すると、保護ケースの中に入れた。


「それでは、また来させて頂きます」


 ウォンは若干苦い表情をしていた。


◇


 小山田は青田の要請を受けてラブホテルに来ていた。


「青田係長も無茶言うな……有給だったのに……」


 後ろでは小さな女が目を擦っていた。


「今日串田さんも休みでしたっけ?」

「はい……」


 無口で喋りにくく、おまけに年上の串田が小山田は若干苦手だった。


 部屋の中は凄まじい光景だった。

 薄い保護膜に覆われた部屋の中心で、目から血を流し、口から臓物が溢れ出ている裸の男女が倒れていた。


 男の方は洋州系(ようしゅうけい)に見える。


「三日間ここで警備するのか……」


「私……帰っていいですか?」

「えっ……いやダメですよ」


 小山田は荷物を抱えて帰ろうとする串田を必死に引き止める。


「帰らせてください!私有給なんです!」

「そんなの言われても困りますよ……上長命令なので……」

「上長って……青田さんは一係の係長でしょ!二係に命令権限なんてないじゃないの!」


 小山田は逃げようとする串田を必死に抑える。


「串田さん!暴れないでください!」


 不意に、串田の動きが止まった。


「串田さん、部屋内嫌なら外でもいいので警備協力お願いします」


 すると、串田が小山田の肩越しに指を差した。


「小山田くん……あれ……なんだろう……」


 串田の顔には玉の様な汗が浮かび上がっていた。

 小山田が素早く後ろ振り向く。


 男の死体がふらふらと立ち上がっていた。


「えっと……生きてたんですか?」


 そして、死体の男が凄まじい勢いで突進してきた。


◇


 件のラブホテルまで戻ってきた青田と司暮が見たのはとんでもない光景だった。


 ラブホテルの壁を破って、同僚の小山田と串田が落ちてきたのだ。


 青田は慌てて駆け寄る


「大丈夫か!」


「なんとか。それより、死体が動いてます」


 串田の展開した緊急クッションで落下の衝撃からは助かった様だが、二人とも切り傷がついており、服はボロボロだ。


 壊れた壁の向こうに、人影が現れる。

 それは空中に向かってまっすぐ足を踏み出しーーー、落下した。


 グチャッ


 気色の悪い音がした。


 首が有り得ない方向へ折れ曲がっている。


 普通なら即死。

 いや、既に死んでいる。


 だが。


 男は両腕だけで地面を這い、ゆっくりと顔を持ち上げた。


 眼球は白濁している。


 それでも、司暮達を見ていた。


「……うそ」


 串田が震えた声を漏らす。


 次の瞬間。


 死体の脚部が痙攣した。


 爆発的加速。


 男の死体が四足獣のような姿勢で突進してくる。


「散れぇ!!」


 青田係長が怒鳴る。


 小山田を突き飛ばしながら、自身は腰のV.A.Sブレードを引き抜いた。


 金属筒が展開。

 青白い刃が空中へ伸びる。


 司暮も慌ててブレードを起動する。


 だが。


(速い!!)


 死体の動きは異常だった。


 筋肉が千切れることを一切考慮していない。


 人体の安全制御を無視した出力。


「っ!!」


 青田の斬撃が男の肩口を切り裂く。


 肉が焼ける。


 だが、止まらない。


 男は切断されかけた腕をぶら下げたまま、青田へ噛みついた。


「係長!!」


 司暮が横合いからブレードを叩き込む。


 男の胴体が吹き飛び、ラブホテルの壁へ激突した。


 普通なら行動不能。


 それでも。


 ぐちゃぐちゃになった肉塊が、痙攣しながら立ち上がる。


「おいおい……」


 小山田の顔から血の気が引く。


「再生してません……?」

「違う」


 青田係長が低く言った。


「死んだ筋肉を無理矢理動かしてるだけだ」


 男の皮膚の下。


 血管のようなものが脈打っていた。


 いや。


 E-117という文字が皮膚越しに光っている。

 

 ノヴァサポートの神経線だ。


 半透明の線維が、寄生植物の根のように全身へ広がっている。


 司暮の背筋が凍る。


(増殖してる……!?)


 その瞬間。


 ホテル内部から、


 ガンッ!!


 と、何かを叩きつける音が響いた。


 全員の動きが止まる。


 続けて。


 ガンッ!!

 ガンッ!!

 ガンッ!!


 壁の向こう側。


 もう一つの死体が動いていた。


「……最悪だ」


 青田が通信機を引き抜く。


「第四区ホテル“アラビアン”。

 十時ととき、救援を頼む……」


 短い沈黙。


 通信相手が何かを聞き返す。


 青田は歯を食いしばった。


「違法デバイス案件じゃねぇ」


 ホテルの奥から、女の笑い声のようなものが響く。


「謎のバケモンがいるんだ」


 ドサッ


 壁に叩きつけられた青田係長が血を流しながら倒れる。


 小山田も串田も満身創痍だ。


 崩壊する街の中心で、死体だった男女は融合し、人ならざる者になろうとしていた。

 黒い神経が皮膚を突き破り、彼らを怪物に変えていく。


(まずい……青田係長が倒れたら……)


 青田はフロントマンとして攻撃の8割を捌いていた。


「司暮ちゃん……あなた弱いんだから逃げなさい……」

「……いやです」


 串田はV.A.Sブレードのモードを切り替えた。

 刃が短くなり、扇状に広がる。


「小山田くん、覚悟決めなさい」

「僕もですか……仕方ないですね……」


「わ、私も戦えます!!」


 不意に、何処からかバラバラバラという音が聞こえてくる。


 怪物は鬱陶しそうに空を仰ぎ見た。


 太陽の光に隠れる様に1機のヘリコプターが滞空していた。


 直後、気絶している青田の通信機から野太い男の声が聞こえる。


『おい!青田のおっさん、降下するぞ』


 ドン!


 道路の中央が陥没する。

 コンクリート片が雨のように降り注ぐ。


 怪物が反射的に飛び退く。


 その中心に、一人の男が立っていた。


 黒い戦闘服。

 肩には入管局第三課の徽章。

 身長は高い。2メートルはある。


 怪物が咆哮し、地面を砕きながら突進する。


「居倉(いくら)さん!!」


 小山田が叫ぶ。


 居倉は腰を下ろし、ゆったりと構える。

 轟音と共に怪物は居倉へ突っ込んだ。

 衝撃で土煙が上がる。


「居倉さん!!」


 煙が晴れると、其処には怪物の頭を掴み腹を貫いた居倉が立っていた。


「うそでしょ……」


 涎を垂らし、なおも噛みつこうとする怪物をいとも簡単に制圧する。


「ん?なんだこれ?」


 居倉はそのまま怪物を持ち上げる。そして腹に刺した腕を引き抜いた。

 肉のひしゃげる音と共に、先程まで寄生生物の様に広がっていた真っ黒な神経線が引き摺り出される。

 怪物の顎がカクカクと動き、ぐったりと倒れ込んだ。

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