↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断界のネーデ  作者: 萱 景一
第0章 始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/48

プロローグ

 ――

 ――――

 ――――――

 俺は隣に座る彼(彼女)と、誰かから身を隠すように、暗く狭い押し入れのような場所で息を潜めていた。

 ガタガタと、自分の歯が鳴る音がやけに大きく聞こえる。

 外からは、何かが砕け散る凄まじい音と、誰かの悲鳴が響き渡っていた。


「れいと……――ジジジ――いって……私のことは――ジジジ――」


 目の前で激しいノイズが弾け、声がうまく聞き取れない。

 隣にいる彼(彼女)が、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 その瞳は、極彩色に光り輝いていて。

 なのに、その目を見た俺の心を満たしたのは「綺麗」なんて感想じゃなく――張り裂けそうなほどの恐怖と絶望、そして底なしの悲しみだった。


 ふと、目から頬へ、生温かく濡れた感覚が伝う。

 俺は……泣いていた。


 ――瞬間。

 脳の奥で、配線がショートしたような鋭い痛みが走り、視界が白く焼き切れる――。


 ――キーンコーンカーンコーン――


「っは……!」


 放課後を告げるチャイムの音で、俺はガバッと顔を上げた。

 ……どうやら、数学の授業中に完全に寝落ちしていたらしい。

 また、あの夢か。

 頬に手を触れると、泣いていた証拠である微かな水滴が、しっかりと指先に残っていた。


 子供の頃の記憶の大部分を失ってから、俺はよくこの夢を見る。

 そして大抵、無意識のうちに涙を流している。

 だけど、これが本当に俺自身の過去の記憶なのかどうかは分からない。

 正直なところ、俺ではない『誰かの記憶』を無理やり覗かされているような――そんな不気味な感覚なのだ。


「おーい! 零人(れいと)!……なんだ? お前また泣いてんのか?」


 授業が終わるなり、こっちへ歩いてきた茶髪のチャラ男は『柏木 凪(かしわぎ なぎ)』。

 整った顔から活発さを垂れ流し、常に周囲の女子の視線を集めているこいつは、俺の腐れ縁の幼なじみだ。

 記憶を失う原因となった『両親の死』をきっかけに、途方に暮れていた俺を引き取ってくれたのが、凪の両親だった。

 どうやらそれ以前から俺たちは仲が良かったらしいが、当の俺は、まったく覚えていない。


「うっせぇな。あくびが出ただけだよ。なんか用か?」

「用って程でもないけど……ついに買ったんだろ? ダイブギア」


 そう。

 俺はバイトで必死に金を貯めて、今日ようやく専用のVR機器――ダイブギアを手に入れた。

 今、世界中で熱狂的に流行している、とあるゲームをプレイするためだ。


「まぁな。長かったぜ……。でも、これでやっと一緒に遊べるな」

「俺の家に住み続けてたら、ダイブギアくらいの金、親父がすぐ出してくれただろ。なんで出てったんだよ。うちの飯がマズかったか?」


 俺は高校に入ってすぐ、世話になっていた凪の家を出て、ぼろアパートで一人暮らしを始めた。

 これ以上迷惑をかけたくなかったというのもあるが、一番の決め手は、凪達と昔遊んだ公園の近くにあるぼろアパートの大家さんから、「一人暮らしを始めるなら家賃安くしとくぞ」と持ちかけられたことだ。


「別に凪の家が嫌だったわけじゃねぇよ。……ただ、これ以上お前の家族に迷惑かけてるのが、申し訳なくってな」

「気にしすぎだっつーの。なぁ? ガル」


 凪が、制服の胸ポケットにしまったスマホへ話しかける。

 すると服の中から、少し籠もったしわがれ声が返ってきた。


【ワシには、人間の『遠慮』などという非効率な感情は分からんわい。お主らは、もはや家族のようなものじゃろうが】


 こいつは凪のバディAI『ガルグイユ』。

 二年前にAIWE(アイウェ)社から発売された、俺がずっとやりたかったフルダイブ型VRMMO――『Soul(ソウル) Linker(リンカー)』を始める際に、プレイヤーが必ず契約する専用AIだ。


 このバディAIというシステムが、また滅茶苦茶に優秀ときている。

 現実世界のあらゆる電子製品にアクセスし、生活を丸ごとサポートしてくれるのだ。

 そのため『自分だけの超優秀なAI』欲しさに、世界中の人々がこぞって『Soul Linker』を買い求めた。


 ただし、このゲームには一つ、大きすぎるリスクがある。

 『Soul Linker』の仮想世界において、プレイヤーの命は有限。

 一度死ねば二度とログインできず、せっかく手に入れたバディAIも消滅――ロストしてしまうのだ。

 賛否が真っ二つに割れる仕様だったが、それでも人々はAI欲しさに購入をやめなかった。

 そしていつしか、賢いプレイヤー達はこう考えるようになった。

 ――ゲームの中で死ぬとAIが消えるなら、最初からログインしなければいい。

 AIという「命」を貰っておきながら、仮想世界での冒険は放棄し、現実で自分をサポートさせる『便利な道具』としてだけ酷使する。

 今やそれが、世間一般の正しい遊び方とまで言われている。


 しかし――そんなAIロストの危険も、世間の冷めた遊び方も理解した上で、それでも『Soul Linker』の世界を満喫しようとする馬鹿なプレイヤーは後を絶たない。

 理由は単純。あの世界が、異常なまでにリアルすぎるからだ。

 世界を構築する自然も、そこに住むNPC達も、すべてAIが自律思考し、人間と同じように感情を持って生きているらしい。

 本物と見紛うそのリアルさに、「第二の人生」と呼んでどっぷり浸かる人間まで現れる始末だ。


「いいよなぁ、バディAI。俺のAIはどんなキャラになるのかな」

「さあな。噂じゃ、登録者の深層心理に合わせたAIが生成されるって話だけどな。……口うるさいガルを見てると、本当に俺の心理を反映してんのかよって思うけど」

【なんじゃ? ワシの完璧なサポートに文句でもあるのか? この世話の焼ける鼻タレ小僧め】


 胸元でワーワー騒ぐガルに、凪がヤレヤレと肩をすくめる。

 ……ふむ。たしかに、それぞれに合わせたAIが作られているんだろう。

 凪とガルの息の合った漫才みたいなやり取りを見ていると、そう思えてくる。


「にしてもさ。最近SNSで変な噂が話題になってるけど、あれって本当なのか?」

「あぁ、あれか。ある条件を満たすと『AIの制限』が外れるって噂だろ? ……まぁ、このゲームの隠し要素の多さを考えると、可能性は『ゼロ』じゃないな」


 そう。『Soul Linker』には、都市伝説めいた噂が大量に囁かれている。

 その一つが、「仮想世界の中で特定のデータをすべて集めると、現実世界にいるバディAIの権限制限が解除される」というものだ。

 なんだ、ゲームの制限が解除されるだけかよ――と思うかもしれない。

 だが考えてみてほしい。現実のあらゆる電子製品にハッキングできるAIが、もし『倫理ロック』を失ったら。

 文字通り、世界を裏から支配できてしまう。

 開発元のAIWE社も、さすがにそんな危険なプログラムを仕込むはずがないし、ただのネットのデマだとは思うけど。


 ――その時。


「おい……綴(つづり) 零人(れいと)」


 背後から、地を這うような低い声がした。

 終わった。

 振り返らなくても分かる。数学教師の鶴舞先生だ。

 生徒たちから陰で呼ばれているあだ名は『ハゲダコ』。一度怒ると説教が異常に長いことで有名な先生である。

 十中八九、さっきまで堂々と授業中に寝ていた件だろう。

 俺は助けを求めて凪へチラリと視線を送る。が、あいつ……明後日の方向を向いて、下手くそな口笛を吹いてやがる。見捨てられた。


「お前、私の授業で毎回寝やがって……。私の話は、そんなに退屈か?」

「あっ……いや、別にそういうわけじゃ……」


 俺は数学だけは滅茶苦茶得意だから、正直、内容自体は退屈ではある。

 ……他は壊滅的だけどな。


「ほう? ならば、放課後の職員室でミッチリ特別授業でもしてやろうか……」


 これはまずい。

 早く帰って、届いたばかりのダイブギアで『Soul Linker』をプレイしたいのに。説教コースに入ったら、今日中にログインできるかも怪しくなる。

 ここは……勢いに任せて、仮病で逃げ切るしかない!


「すんません、急な体調不良なので早退します!!」


 俺は叫び、机の横に引っ掛けてあった鞄をひっつかんで、教室の扉目掛けて駆け出した。

 その背中に、聞き慣れた声が続く。


「俺も、ばぁちゃんが多分なんかヤバいと思うので帰りまぁす!!」


 馬鹿が付いてきた。

 『多分なんかヤバい』って何だ。

 曖昧すぎるし、いくらなんでも不謹慎すぎるだろ。咄嗟の嘘でも、もっとマシな言い訳があるはずだ。

 鶴舞先生は一瞬、呆気にとられた顔で俺たちを見送っていたが――すぐに般若の形相になって怒鳴り声を上げた。


「馬鹿ども!! 体調不良の人間がそんな俊敏に動けるかァ!! あと柏木! 嘘をつくならもっとマシな嘘をつけェェ!!」


 鶴舞先生が、茹でダコみたいに顔を真っ赤にして追いかけてくる。

 俺たちは授業終わりで混雑した廊下を、人混みを掻き分けながら全力で走った。

 さすがにこの人混みじゃ追いつけないだろう――そう思って後ろを振り向くと、鶴舞先生は、いた。

 速い。先生、めちゃくちゃ速い。本当に年齢詐称してない?

 というか、生徒の避け方がキモい。軟体動物みたいにクネクネとすり抜けてくる。

 廊下を曲がって階段へ――というところで、凪が走りながらスマホを開いて叫んだ。


「ガル! 何とかならないか!?」

【無茶を言うでない!! なんだあの恐ろしい生物は! 魑魅魍魎の類ではないのか!?】

「恐ろしいってお前、AIだろ……!」


 俺が息を切らしながらツッコんでいると、凪がニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 ……嫌な予感がする。


「零人。二手に分かれようぜ」

「いいけど、どうやって!?」

「俺が引きつける。お前は先に帰って、登録してこい」


 やけに格好つけたサムズアップ。

 自らを犠牲にする歴戦の勇者みたいな顔をしている。

 ……ここは、勇者・凪の覚悟を無駄にしないためにも、潔く託して逃げることにしよう。


「……グッドラック、凪」

「グッドラック、戦友……」


 妙にノリが良くて腹立つ。

 凪は振り返りざま、両手を広げて鶴舞先生の前に立ちはだかり、叫んだ。


「そういえばァ! 鶴舞先生、この前ェ、駅前で若いねぇちゃんとォ――」

「やめんかァァァァァァッ!!!」


 鶴舞先生の顔色が赤から青へ変わり、完全に俺を無視して凪の方へ方向転換した。

 ……南無、凪。

 明日、ジュースでも奢ってやろう。

 俺は一人、階段を駆け下りた。


 早く帰って、Soul Linkerの世界に潜る。

 たったそれだけのはずなのに――なぜか、胸の奥が妙にざわついていた。

 なんだろう。

 ――誰かに、"見られている"気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。