8話 帰り道の距離
「だからね。可愛いはある程度作れるんだよ」
「それは蒼月さんが可愛いからってだけなのでは?」
「んー、天城くんにそう言って貰えるのは嬉しいけど……凄く嬉しいけど私じゃなくても……だよ?」
……二回言った。
帰り道、会話を楽しみながらゆっくりと歩く。
これは蒼月さんに聞いて初めて知ったのだが、どうやら蒼月さんの家は、俺の家から十五分程のわりと近い距離にあるらしい。
ちょっと散歩気分の距離という程度なので、俺が送ると言った時に驚いたのだそうだ。
そんな片道十五分の道のりを倍の時間掛けて歩く。
「だからね。天城くんもちゃんとすればもっとカッコ良くなると思うの」
そう。この会話は蒼月さんが、俺も格好をちゃんとすれば見てくれは良くなる。そういう切り口から始まった会話だった。
「んー。でもあんまり興味がなぁ……」
ぶっちゃけめんどい。
「えー、もったいないよ! 今だってもっとちゃんとした格好すれば格好いいと思うもん」
「いやまあ、今は蒼月さん送るぐらいだから良いかなぁと」
「……一応、女の子と歩くって少し意識してくれても良いんだよ?」
「それは素直に謝る」
なるほど、女の子は送るだけでもちゃんと着替えないといけないのか。
一つ賢くなった気がするけどやはりめんどくさいと思ってしまうところが駄目なのだろう。
義妹&幼なじみだと全く気にしなかったからなぁ。
「じゃあ蒼月さん直伝の方法を試すとしたらどんな感じなの?」
「それはもう簡単だよ。二百万円くらいあれば楽勝楽勝」
「ビックリするぐらいパワープレイだった!?」
まさかの札束でぶん殴れ理論だったよ。
「……悲しいけど世の中のほとんどはお金で解決出来るんだよ。パワー イズ マネー」
最後だけ微妙にネイティブな発音が腹立つ。
「因みに内訳は?」
「えーと、肌ケア用品や髪ケア、整え用品、あとは長めの髪を整える美容院代でマルっと三万円くらい」
うーん。美容院とか行かないからわかんないけど、ケア用品含めるとそんなに掛かるもんなんだ。
「でも天城くんって姿勢は良いし、服で分かりにくいけど体格も良さそうだしそんなもんかな?」
「あれ? 他の代金行方不明になってません?」
「そこは私の仲介マージン」
「仲介マージンが一番高い不思議」
まさかのポケット行きだと!?
可愛くエヘンと胸を張ってるけど言ってる事がヤクザより酷ぇ……。
「ほら、やっぱり可愛い女の子と一緒に居るのが、一番ちゃんとしなきゃって思う要因になるから、その代金?」
「可愛いのは認めるけど自分で良く言えたね!? そしてこの友達付き合いお金かかるの!?」
「えへへ」
全肯定したよ。
「まあ、冗談だけど。天城くんなら前髪カットっするだけでも───」
そう言っていきなり俺の髪を持ち上げる蒼月さん。しかし俺の顔を見てそのまま固まってしまった。
心なしか顔が赤い気がするがどうしたのだろうか?
「……やっぱりなし。天城くんはそのままが一番です」
急に顔を逸らしてそんな事を言われてしまう。
うっ、今まで散々目付きが悪いとかって理由で、喧嘩を売られまくったから隠してたけど、やっぱり目付きが悪かったようだ。
(もし見られたらほかの子も……そんなの───)
何かボソボソと呟いているが聞こえない。
「他の人の前で髪上げちゃダメだよ?」
「……はい」
チラリと視線を寄越した蒼月さんに念押しされた……少しショック。
「あっ、別に天城くんが変って訳じゃないよ」
「いや、うん。慌てなくてもいいよ」
そのフォローはつらいっす。
「本当だよぉ〜」
「大丈夫。それよりも道こっちであってる?」
「あっ、うん。って、わっ寒っ」
一際強く吹いた風はやはり冷たい。
蒼月さん程じゃないが俺も結構寒いかも。
「あの……なんで両手をワキワキ動かして、俺の左手を獲物を狙う猫のような目で見ているんですか?」
そんな少し寒そうな蒼月さんは何故か俺の左手を凝視して狙っている。
「いや、その左手が暇そうだなぁーって」
「……左手が暇とは」
初めて聞いたよその表現。
「えいっ」
「うわっ、蒼月さん!?」
「えへへ、これなら寒くない」
「いや、これはどうかと思うのですが……」
何を思ったのか蒼月さんは何故か俺の左腕に抱きつき、腕をガッシリと抱き抱えてご満悦だ。
「いや?」
そんな聞き方されたら嫌なんて言えないよね?
「いやじゃないけど……友達なんだよね?」
「うん。私と天城くんはお友達になったよ! だからこれくらい普通普通」
そうなのか? いや、違う気がするが、友達と言えるような人も居ないし、これが普通と言いきられてしまえばそんな気もしなくもない?
そういえばあの二人も前はこんな風にくっ付いて来たなぁ。と思えば確かに俺の自意識過剰なのかもしれない。
「でもこのパーカー暖かいね」
「うん。俺も気に入ってる」
明らかに話しを逸らされた感があるが、追求は無駄だとこの数時間で悟ったので話に乗っかる。
「じゃあ、いつも天城くん着てるんだ」
「ああ、うん。結構着てる───って、ちょいちょい匂い嗅ぐのやめない!?」
「なんか癖になりそう」
そんなちょっとトリップした顔するの止めなさい。
「……あっ」
「どうしたの?」
今まで嬉しそうな顔をしていた蒼月さんの表情が曇る。それに驚いた俺は思わずそう問い掛けた。
「えっと、あそこのカーブミラーの所を曲がって少し行くと私の家なんだ」
煌々と輝く自販機の少し向こう側、そこにあるカーブミラーが蒼月さんの言うものなのだろう。
「そっか。じゃあここまでだね」
自販機まで来た俺がそう言うと、蒼月さんもガッシリと掴んでいた俺の腕を手放して離れる。
腕に伝わっていた熱が無くなっていく感覚に、ほんの少し寂しさを感じる。
これは初めから決めていたことだ。
蒼月さんの家の隣りが小鳥遊の家らしく、見られたら俺に食ってかかる可能性がある。そうでなくても何をするか分からないからと、最初からここで別れる予定だった。
「ここまでありがとね天城くん」
「うん。じゃあその上着返そうか?」
なんかいい雰囲気で帰ろうとしてるけどダメだからね?
「えっ、やだ」
「……」
自販機手前で止まる俺とは違い、自販機の光に照らされる蒼月さんは、まるで舞台に立つ女優のように、顔に手を持っていてヨヨヨと泣き真似をする。
「天城くんはこんな寒空の中、私から身ぐるみ剥ぐように上着を奪うの?」
「だから言葉のチョイス……」
それを返さなきゃ、どっちみち男物の服なんてどうしたんだと言う話になっちゃうでしょ。
「うーん。ダメ?」
「可愛く言ってもダメ」
「むー。天城くんのケチ」
「かつてない理不尽」
「まぁ、しょうがないか。また貸してね?」
「なんで貸すこと前提?」
なんだろうどこか違う世界線に迷い込んだのかな?
「あはは。じゃあ、今日はありがとうね天───」
「真白!?」
蒼月さんの言葉をかき消す様に男の声が響く。
走り寄って来たのはやはり小鳥遊遊木だ。
予め見つからないように気をつけた方が良いと言われていた俺は、咄嗟に自販機横に身を隠す。
「良かった。心配したんだぞ」
どうやら辺りが暗く、自販機の光が目の前にあった事で、遠くから蒼月さんを見つけたらしい小鳥遊。
だが運良く、俺の姿が見えていなかったようだ。
蒼月さんの元に駆け付けた小鳥遊は、まるで物語のヒロインを心配する主人公のように"当然のように"登場した。




