6話 綺麗な音の嘘
去年から知っていた。
その言葉に必死に記憶を探るがどうやっても出てこない。
こんな美少女、顔が変わっているんでもなければ、俺でも記憶に残っている……はず。
それともこんな美少女すら覚えていられないほど、俺は色々と枯れているのだろうか?
周りからたまに言われるが、そんなことはないと思っていただけに少し……いや、だいぶショックがでかい。
「あはは、覚えてなくても無理ないよ。さっきも言ったけどちゃんと話したのは今日が初めてだしね」
そういえばそう言っていた。
「じゃあどこで?」
「去年、うちの高校の受験の日。天城くん遅刻してきたよね?」
確かに俺は受験日に結構遅刻した。平謝りして、人より少ない時間しか試験を受けられなかったが、おかげでなんとか受けさせてもらえた苦い思い出だ。
「実は私も同じ教室だったんだ」
マジか。
「えーと、アレは寝坊して急いだけど間に合わず……」
と、そこまで言って気がついた。
俺の言葉をめちゃくちゃニコニコして聞いている蒼月さんの姿に、自分の言葉がどれほど滑稽か……と。
そう。疑っていたわけではないが、俺は自分自身の行動で蒼月さんの力の証明をしたようだ。
「……くっ、いや、まあ、寝坊……ではなかったけど、それだって別に───」
「ふ〜ん。そうなんだぁ〜、だけどね。私が一番最初に天城くんを見たのは学校に行く前、泣いてる男の子に話しかけている時だったんだけどなぁ〜」
oh......。
とても嗜虐的な笑みを浮かべてニヤニヤしながら言う蒼月さん。
その言いたいことはここで理解した。
十二月中頃、確かにあの日、他の友達と待ち合わせしているという義妹と幼馴染とは別に、受験のために少し早めに家を出た俺。
そしてそこで見つけてしまった。
ものすごいギャン泣きしている小学生の子供を。
誰にも言わず一人で家を飛び出し、帰り道が分からなくなったというベタな展開だったらしい。
ベタ過ぎてなんとも言えないが、本人にとっては絶望そのもの。
見つけてしまっただけに無視することもできず、しょうがなく一緒に家を探したのだ。
小さい子供の足での移動距離だったこと、早い段階でその状況に気がつき、その場で泣いていたこと、親達も素早く探していたこともあり、早く見つかったが、結局、その後急いでも遅刻したのだった。
「実は私もね、天城くんが来る前に泣き声が聞こえて、子供に気がついたの。だけど、試験もあるしどうしようって思って、話しかけるのを少し躊躇しちゃったんだ」
まあ、それが当たり前と言えば当たり前の反応だと俺も思う。
「周りにも同じように気がついた人がいて、見てるだけの人や通り過ぎる人、私と同じようにどうしようかと考える人がいた。けど、天城くんだけがその子に声をかけてあげてた」
「たまたまだよ」
はっきり言えば今度同じ場面に出くわしても同じことをするとは限らない。あの時は本当にたまたまそんな気分だっただけだ。
「そうだとしてもだよ。その時の私は、天城くんは普通に登校しているだけの人だと思って、それでもすごいことだと思ったよ。同時になんとかなってよかったって……けど、天城くんは私と同じ受験を受ける側だった。だから天城くんが遅刻してきた時、すごく驚いたの」
そりゃ、そんな余裕はありそうなことした奴が遅刻してきたら驚くよな。
「それに遅刻の理由もそのことを言い訳にしなかったよね?」
「説明が面倒だっただけだよ」
まあ、それを言い訳にする気も起きなかったし、何より自分が聞く立場なら嘘くせぇと思ったのも事実だ。
「だから……こんな綺麗な音の嘘もあるんだって思ったんだ。そして同時にもし同じ学校に入れたら、この人と絶対友達になりたいって。陽だまりみたいな匂いと心地いい音、心がホッとするような暖かな光を持つあなたとね」
「うっ……」
これではまるで告白のようだ。しかし誤解してはいけない。
蒼月さんとはあくまで友達なのだ。それを勘違いするのはあまりにも痛々しい。それでもこんな言葉を真っ直ぐ言われると本気で照れてしまうのはしょうがない。
「まあ、同じ学校どころか同じクラスになれたのに、なかなか話しかける勇気が出なくて、こんなの持ち歩きながら今日までかかっちゃったけど。えへへ……」
蒼月さんに渡された自己紹介カード。
異様にくしゃくしゃだと思ったらずっと持ち歩いていたのか。
よくよく見れば何度か書き直した跡もあるし、たくさん書かれたアニメのタイトルも今期のものまで入っている。
渡すまでに色々と書き足して迷走した結果といえなくもない。
本当に俺に話しかけるためだけにずっと持っていたんだ。
打算も計算も一切ない、いっそ不器用な行為。それが嬉しかった。
「それに来月からは本格的にアレも始まるらしいし」
「ああ、アレかぁ」
アレとはうちの学校独自の【星取りシステム】と呼ばれるカリキュラムである。
日々の生活態度、成績、テストの結果、部活の活躍など、いろんな項目でポイントが付与されるシステムだ。
「もちろんそっちはついでではあるけど、やっぱりどうせなら仲のいい友達と組みたかったしね」
まあ、俺としても成績のいい人間と組めるのはメリットがあるし、その辺はどっちでもいいのだが。
「だからね。私、今とっても嬉しいんだ。勇気を持って天城くんに話しかけて、こうやってお喋りできるのが本当に───」
くぅ〜〜。
部屋の中に二人きり、告白のような言葉。
そんな場面に似つかわしくない、小さくも鮮明に響き渡る可愛らしい音。
今の状況。
もしもドラマや漫画なら最高に盛り上がる見せ場だろう。
しかし非情にもここは物語の中ではなく、どうしようもなく現実だ。
だからカットもかからないしやり直しもきかない。
その事実を目の前の、顔を真っ赤にして羞恥に耐えながら、涙目でお腹を抑えてプルプル震えている美少女が物語っている。
「クッ……プフッ」
あっ、もうだめだ。
そう思った時にはもう爆笑していた。
「も〜、笑うなんてひどいよ! こういう時は聞かなかったことにしてくれるものじゃないの!?」
「いや……無理。このタイミングとかズルい……てか、あれだけ顔赤くしてたら、知らないフリとかできないって……」
「もー、天城くんのバカ! 意地悪! 天城くんキライ!」
爆笑し続ける俺と、顔を真っ赤にしてクッションでばふばふ殴ってくる蒼月さん。
普段俺一人しかいない静かなこの家に、そんな正反対の声が響いていた。




