業業言う冷戦(後編)
まどろみから目が覚めて、日中は少し起きてるだけだ。
何かあったかと問われれば、まあ、あったにはあったかな。
嫁の作ったまずいメシをチンして食って、一、二時間ほどモニターの前に座って、また眠る。ふたたびモニターを見ていると、やがて、嫁にまずいメシに呼ばれる。そこからが俺の時間だ。
シルクロードの一件は最悪だったが、得たものもあった。これがそう。
目に触れて目を知った。『カルマ』は完璧だ。光の速さでスローな世界をどこまでも飛び、しかも戻す時にはそれ以上、確実に光以上の速さで戻ってきている。それは本当にあっという間で、体感、多分、百倍くらいかな。
この特性を磨けば、俺こそ本物のキラになれる。夜神月は、いや、デスノートって漫画自体、全部がご都合主義でバカっぽかったし。
けど、あいつがまさかLになりきって、キラの特定もどきをやってみせるとは。世界に放送? フェイク映像? バカが。バカばっかりだ。どういうつもりか知らないが、引っかかるわけがない。俺はそうそう行動を起こさない。
だが、がっかりさせてくれる、世界はもっとバカだ。ネット上を見ると、世界中にあのフェイクが溢れかえっている。キスネコトネカ。”わかっているか”って? あぁ、わかっているとも、物語の最初のボスとしては上出来かもな。まずはお前を始末して、フェイクでなく、本物の首を世界に流してやる。正義の執行人になるのはそれからでも遅くはない。いや、それこそがベストなタイミング。
フェイクに使われた顔をどこかで見たような気がするが、まあ、どうせ洗脳仲間とか、ネットの画像から取った顔だろう。そんな大それた奴らには見えない。
俺は目を閉じて、それとは別の特別な『目』を光の速さで移動させ、蟻塚周辺の死へと宿った。
——ああ、ここの空気の汚さといったら。蟻塚の住人は荷物をまとめて避難を始めているところか。まあ、当然とはいえ、出てくるのは薄汚いアジア人ばかりだ。マンホールに殺虫剤をまかれたゴキブリみたいに次々出てくるぞ。劣等人種に敬礼! 神風特攻隊の諸君、諸君らの尊い犠牲に感謝する。場の空気を読んで、ここに軍歌でも流してやろうか。大日本帝国、バンザーイ!
「わははは、わははははは、えっえっえっえっ、ヒューッ」
一旦接続を切って、背後に光る金の盾を眺める。まったく、俺はスタッフが作るネタ動画のサムネイルを丹精込めて作らねばならないというのに。
『カルマ』は現地で待機中。では、いざ、再接続。
フェイクから起きた出来事で最も印象的だったのは、さすがはアジアの一大勢力というべきか、どの巣穴のアジア人よりも駆け足で、必死に、一目散に逃げ出した頭のゆるそうな髪留めの若い女を警察隊だけで抑制してみせた事だ。
そう、じっとしているだけで、俺はまず片腕をもいでしまったわけだ。
バカ女は今は数発撃たれて身柄を拘束され、独裁主義者のもと、いわばイエスマンだけで形成された刑務所の中にいる。自称レズビアンの女だけあって、俺の配信の視聴者と同じ、転がせば転がるだけって感じだ。ちょっとミームを使ってやれば切り抜きは十万以上確定。俺のとこは男が強い事務所で、女はどっち側であろうが哀れなくらいに頭が悪い。犯罪心理学の先生の発言はノンデリじゃなく単なる正論だ。女は頭が悪い。ブスでババアなら、なおさら婚活で売れ残る。まったく同意しかできない。
なぜ無事で済むと思った? 人生はすべて自己責任だ。俺とお前がなんとかかんとかの洗脳仲間で被害者同士でも、知った事じゃない。リアルは弱肉強食。お前はメンヘラ女だからまた泥舟にすがって、俺は次こそ勝ち馬を選んで乗りこなした。ざまあない。普通の生活には、お互いもう二度とは戻れないかな。
とはいえ俺はやはり、人の死骸だけでは足りないと思う。虫の死骸をも使いこなし、徹底的に蟻塚の内部を偵察する必要がある。やはり不審な動きは見られない。大人しく観念したとは絶対に考えない。どこかに王がいるはずだ。奴らの命は繋がっているし、死骸の群れを一人で制圧する力はトネカにはない。いざという時、甲虫の群れだけで戦うなんて有り得ない。鍵になるのは絶対にサイボーグだ。
死を這って、死を飛んで、光の速さでの移動のさなか、ようやく白と黒だけのビジョンにぽつりと浮かぶ黒点、壁越しの王を見つけたその時、いや、俺は正直、かえって、まさかと驚かされたね。
びくともしない。もっとも厄介な者が眠っている。スリープモードか。それもこの位置、”女王の蜜の部屋に閉じ込められている”!
キスネコトネカ。ようやくお前を認めるべきか。ならば俺の『カルマ』の前で、もうお前にできる事は何もない。観念したというのか? ついに粛清の時が来た、と。あの日、ベッドで、詐欺師の分際で散々コケにしてくれた礼を、軟禁してくれた礼を、立場をようやく今頃になってわきまえ、すんなりと反省しているというのか?
待て——
待て! 用心には用心を重ねろ。これこそ罠かもしれない。俺は冷静だ、次なる視界は王を探すついで、すでに見つけていたトネカへと向けるべきだ。
だが、これがやはり、まったく何もしていない。ただ座って裁きの時を待っている。
モニターの前で笑みがこぼれる。見直したよ。褒めてやる。お前は思っていたよりほんの少しだけいい女だったらしい。犯罪者はなんて脆いんだ。悪あがきをしてみせてくれよ。そんな風に二日も待っていれば発狂してしまうぞ?
誰しも、死に際の真剣な顔だけは見ごたえがあるものだ。二日とは言わず、場合によっては、もっとたっぷり待ってやってもいいかもな。
俺は『カルマ』を解除して、モニターの電源をつけたまま、電子レンジへと向かった。
それぞれの時間が、過ぎているのだろうね。
ワタシは頭が悪くって、トネカの中のわずかな記憶のものまね屋さんにすぎないけれど、いつも、ここに別々の命を感じていたよ。
透明な板を挟んだ満天の星空は、にぶくなったり、あざやかになったり。
トネカと、ワタシにそっくりのトネカの恩人と、トネカのお師匠と、トネカの産まれた国が作った、きれいな、きれいな偽物の空。
動いちゃいけない、言われてるから。
頭の中では思えても、そんな短い事も、実際にはちっとも、スムーズに言えない。ワタシはこの外見のモデルになった男の人とは違う。トネカに優しくした”記憶の器”とも、拾った老師とも違う。
正義の意味はまだわからない。
なら、トネカは裁かれるべき悪党かもしれない、そうだよ。
その悪党から生まれたワタシこそがトネカの『目』だから。ずうっと従う。
”トネカは絶対にワタシ自身”なのに、だけど、ワタシはトネカの家族でもある。笑うなんて事は、ワタシには本当は——ああ、ああ、最初からずっと、反しているんだよね。世界の大きなルールにまで。しっちゃかめっちゃか、本当に変な子。
そんなに変かな。ワタシはワタシ自身の感情で協力してる。
トネカの怒りにつられてアタフタする事もあるけれど、それで一回、やられちゃったけど、なるべく、100%、絶対に我慢できなくたって、我慢するように頑張るよ。
101%になってみせる。
意味がわからない、ワタシもだよね。
ただ眠るワタシは、いつまでも見飽きる事のできないこの景色を、存在しないはずの脳に焼き付けているだけ。
檻の中、確かに物事が動いているのがわかる。
きっとすぐに殺される予定だったんだと思う。だけど今になって突然、全員の顔色が変わった。コテコテな憎めないリアクションで、失神する者すらいた。
私はトネカ作、その名も『スーパー・くしゃくしゃに丸めた紙』を破れないよう守って渡しただけ。渡すというか、まあ、ほとんど奪われる形で。
やむなく少しだけ、アサルトライフルに変形させて抵抗した。この子は不満そうだったな。あたりの物を破壊して、煙だけを立てて、二、三人を怪我させた。わざと銃弾を全身に浴びたふりをしたし、ぐったりしたふりもした。警察には無力化した相手にほとんど体裁上の、一応の手当てをする義務がある。もっと殺して、翼で飛んで逃げられたけれど、トネカのためなら仕方がない。
死んだふりは楽しかった。手錠をはめられたあと、ちょっと意地悪く笑っていたかも。
欠片ほども怖くない。
光の裁き? 逮捕? 処刑? そんなもの、少しも怖くはない。恐ろしいのは、暗殺のターゲットにトネカを選ぶような愚か者がいて、そいつが勝ちを確信できるような間違った空間だけだ。
顔を合わせる事はないが、万が一会ったら、”私は考えない”。
わからない言葉がまた聞こえて、雰囲気の違う、オーラのある男たちに強く腕を引かれた。
「は~いおつかれ~おつかれ~」
まあ、慣れたもんだ。声優養成所で積んだキャリアがある。だから『神上サガット』の時の俺の声はカッコいいし、話も、ひろゆきさんほど知的で饒舌じゃないが、キレがあって、今日も完璧ビビらせた。沸かせた。赤色をたくさんありがとう、無産のゴミ虫ども。俺はお前らとは違う。
ああもう、こっちがつまらなくて結局、配信までしてしまったじゃねえかよ。お前、思っていたよりずっと退屈だよ。こっちはオールするつもりでいたのにさ、トネカは隠しもせずに時々スマホをいじっていて、内容はほとんどキャンディクラッシュだった。メッセージなら警戒もするが。ていうか、キャンディクラッシュ、今どきあんなにやるか?
ああ、でも、メッセージって意味じゃ、俺って障害者とか社不の遺言書を読むのが好きだから、読みたかったな。
まあ、可哀想だけど、100%揺るぎない事実がある。ネットでも強い影響力をもつ俺の更に奥深くに隠された力は、実際、ネットでもなんでもない、逆探知できない本物の超能力だ。『カルマ』の位置特定は不可能だ。
これが終わったらどうしようか?
まずはアメリカの下僕、道端に転がったおもしろきタヌキの死骸、税金で作った立派な墓を荒らして、宗教二世の英雄を檻から出してやるのがいいな。
さあ、いつもの朝焼けがやってきたぞ。もうすぐだ。
いったん寝ようとして、興奮してよく眠れず、それでも俺は注意深く確認を怠らなかった。普段通りに昼前に起きて、チェック。まずいメシをチンして食って、チェック。そして——死刑囚が最後に拝む夕暮れがぐいぐいやって来た。ああ、違う、拝めないんだったわ、こいつ。案外メシの前にケリがつくかもしれねえし。そのほうがメシは比較的うまいだろうし。断頭台の動作確認のため、この神さまとやらからのギフト、実際は俺自身の困難な人生が咲かせた華である第三の目を、わざわざ時間を割いてまで飛ばしてやった。
そうしたら、はい、やっぱり——
「……え?」
あーあ、と言おうとした口が違う声を出した。
見える景色が、360°違っていた。
わけのわからない言語、ドカドカ鳴る生者の足音に混ざる重い銃器の音。完璧な動き、無線から無線、土煙、消えた居住者、すっかりまとめられた死骸。
だ——
誰だ? 何? お前ら、誰だよ?
“蟻塚に軍隊が来ている”。これは、これは、まさか。待てよ! トネカ! おいおいおい、じゃあまさか、お前はどうしてるんだよ? まさか、そんな、そんなはずがないよな!?
……、ばっ、
「ば——ば、ば、バカじゃんッ! こいつッ!」
俺は笑っていいのか怒っていいのかもわからないまま思わず叫んでいた。ゴキブリの死骸を通して蟻塚の全てをはっきり見てしまった。上層になればなるほど人員は多く配備され、つまりは、入口と出口を塞ぐガチの包囲網が完成してしまっていた。その中で——
あ、あいつッ! “ボコボコにされて手錠をかけられている”!
「あ、あ、あわはッ、えっ、えっえっえっ、えっ、スヒューッ」
ああ、笑う事を脳ミソが選んだ! だったら笑うだけだよな! 居場所を特定されたのかよ、お前が! ば、バカッ! このバカがッ! バカが過ぎる! やべえ、チビりそうだ! そういえばそうだったのか、これはハナから心理戦なんかじゃなかったのか! 時間すらもったいなかったのかよッ! こいつ、俺の人狼の、いッちばんカモいフレ以下の脳ミソじゃねえか! あんまりにあんまりだから気づかなかった! そうじゃん! そうじゃん! こいつは国から指名手配されていたんだった!
「やべえ、やべえやべえ、誰かに言いてえ、誰かに言いてえよ~~」
お国を越えて! 指名手配犯ブッ潰しちまったよ! でも言えねえもんな~~。それに別に、俺の手柄でもないな、お前の自滅だもんな。じ・め・つだもんな! あぁほら、わかんねぇけどきっと立てって言われてんだ、お前、さっさと立てよ! ほら立て! そしてブチ込まれるんだ、牢獄へな!
「あ~~~~~~、ッスヒューッ」
やばいやばいイキそうイキそうイキそう。
可哀想に。今、ふと、よぎっちまったよ。定評のあるノンデリ思考がさ。
「イクっつったらさぁ~~~~あ?」
トネカちゃぁん。お前のそのおとなしい様子、まだまだ実に疑わしいなぁ。ん? どれくらいボコられたのか見てねぇけどさぁ、でもでもでもさぁ? このまま捕まって、いつ暗殺か処刑になんのかは知んねえけどさぁ~~。それって、天才詐欺師のトネカちゃんにちょっとの間だけでも猶予を与えるって事だよなぁ?
それ、まさに”ムシのいい話”だよなぁ?
ああ、ほんっと俺って意地悪だな。ドSだな。
「させねぇよ? 延命なんかぜってぇさせねぇよ? 決闘は二日後の? 同じ時間って約束でちたよね? ちょっと早いでちゅけど、負け犬トネカちゃんに明日は来まちぇんよ?」
即、全SNSを開き、いつでも点いてるモニターに食い入り、俺は『カルマ』を飛ばした。
ちょ~~~うど見つけたんだ。ネットで食ってくにあたって、抜け目があっちゃいけねえよなぁ? 部屋から出る、ちょうどそこに、お前らが勝手にぶち破った瓦礫に紛れて、そりゃあるだろ、ネズミの軍隊さんがまだ処分しきれてねえもんだよ。何だと思う? 何だと思う?
「死こそが『カルマ』! わははははは、ッスヒュ、ッシュスーッ」
もちろん“歯に口はついてねえからさあ”、聞こえねえのが残念だけど、”目もついてねえから”見える世界を配信でお伝えできねえのがひじょ~~~に申し訳ねえけど、きっとあいつの遺言、カルトの教祖と同じ遺言になるだろうけどさぁ~~~~あ。
俺には”ビジョン”があ~る~! そうだ、壁越しにだってお前の位置がわかんだよ! 部屋の外には統率のとれた闇がお国のために頑張りまチュウ真っ最チュウ! そして中には!? イエエ~ス! 真っ黒の闇が二つ! 政府のネズミに捕獲されたメスの宇宙人が一匹! 引きずられて巣穴の中の巣穴から出てくるとこが見える! なにも政府さんの手を煩わせる事はねえ、この不意打ち! 『歯の銃弾』をブチ込んでやるッ! 一秒、二秒、来るぞ、ほら来るぞ、お前ら来るぞッ! ここだ! すかさず歯に憑依していくゥ~ッ! していくゥ~ッ! していくゥゥ~~ッ!
「俺のプレイは代行じゃねえッ! 狙いは当然眼球ッ! 予測は必然のヘッドショット!」
未来が見えた! 俺にリスクはねえッ! 死ね! クソアマがッ! 俺の『カルマ』を喰らえッ!
——ばちん。
なんだ?
真っ暗だ。一旦憑依を解いて『カルマ』のビジョンに切り替える。
え? それでも真っ暗なの? つまり、どうなってんだ?
目ん玉を貫いたなら、どこかに光が見えるはずだ。って事は、貫通しなかった、脳ミソの中にめり込んだのか。
世界がスローなのがわかっている俺は、冷静に辺りを見渡す。
そこには——
ああ。なんだよ、あったわ。あるじゃあねえかよ。ビビらせやがって~~。
ひとまず、そこに向かって飛ぶとする。そっからなんかの死体を確認して、
「え? あれっ?」
今度は、真っ白? 白、白、白、ちょっと飛んでも、どれだけ遠くへ飛ばそうとしても、力を込めて急かしてみても、カルマのビジョンは真っ白だ。
「えっ? えっ? あ?」
めちゃくちゃに移動してんだよ。めちゃくちゃに早く、めちゃくちゃに遠くまで飛ばそうと精一杯移動しているのに、どこまでもどこまでも、真っ白で眩しいだけの視界。
「『カルマ』……、おい、『カルマ』?」
いくらやっても白いまま、フリーズした画面が変わらない。視界も、まぶたを開けたら、モニター前と『カルマ』のビジョンが混同して、ちかちかするだけで、全然戻らない。冷静な手癖でパソコンの電源を落とそうとして、違うじゃん、と、冷静に自制する。
——「”生者は闇の黒”、”死者は光の白”」
は? 何喋ってんの? 今、俺が考えてんだから、お前は黙ってろよ。
「”天秤は必ず光に傾く”。上が”闇ばかりで不浄”なら、なるべく”多くの光の場所”へ。目は無意識のうち光を目指し、下へ下へと『向かっていく』」
だから何だよ、その根暗でネガティブなゴー・ビヨンドは?
俺は一体……、まさか、これは、まさか、そんな事は考えられないが、
“捕まえられている”ってのか?
「移動中は”光速”、んで老師の蹴りを思うに憑依中は”等速”。なら聞こえるよな、指の音がさ」
そッ、
そ——そ、そんなはずはねえッ! そんなはずはねえのに、どうしても出られない、戻せない! 『カルマ』のビジョンは……いや、それならやっぱり有り得ねえだろ! 『カルマ』は第三の目、単なるビジョンだぞ!?
「うはは、うははは。そいつぁ違うなぁ。きみぁ、ぼくちゃん様とはまったく逆の事を考えてんだろうなって思ってたぜ。そう、まったく逆なんだ。つまり、きみだけが特別、ぼくちゃん様の”ドブロウ・ノッツにだって捕まえられる第三の目”の所有者って事なのさ」
「なんッ……!」
てめえ、俺の好きなジョセフ・ジョースターをパクりやがったなッ! 怒りの急速な沸騰に、力任せにキーボードをぶちまける。音を心配しているであろう嫁は、今は配信中だから部屋には来ない。
「だけど理由がわからねえって? なあなあ、そこのイケてるきみさ、『日本語できる?』、あ~、英語しかダメかぁ、そっか、じゃあぼくちゃん様のかわいいお姫様に説明してもらおっと」
お姫様? あの女がここに? なんで?
「ばッ……、はあっ、」
「どうも。私に会わなくて済んで良かったですね」
物騒なCV藍月ASMRの導入。いや、棗か。無理に移動したからか、ちかちかして、天井が回転する。畜生ッ! 俺のなくる、俺のいつき……。
そのどっちとも違う、したのは女の、声優の”せ”の字も感じねぇ、腹から出てねえ、駿が好きな女の声だ。なんでだよ、なんで、お前は刑務所にブチ込まれたはずだろ——
「それよりトネカ、目……」
プランの説明どころではない、トネカの顔を狙った? 私以外が? 必ず殺してやる。
「ん? あぁ、こんくらいなら平気だって。目ってなぁ大げさに見えんだよなぁ、トシカズもテンメイも言ってたろい? 超能力じゃなく眼球の話な。病院行くか、頑張りゃ治るぜ。ほれ、ってワケで、さっさと終わらせようじゃあねえか」
……説明も何も、する必要がないように思う。この空間にある異質。”虫の球”が全てだ。
「推理しても?」
「お、いいぜ~ぇ、ロンモチ。向こうはほら、わかんねえみたいだから、さっ」
トネカはいつもの態度で意地悪をしている。傷が心配だ。……でも、だけど、これも”聞いていた話のうち”。だから私にはまだ、挑発を続ける必要があった。
「わかりませんか? いくら早くても憑依先は一つ、目は闇の中にある闇です」
「おいおい、合ってるけど、それじゃわかんねぇよう」
トネカの手が自由になる。余裕だ。”タイマンの殴り合いの後、かけた手錠を外す係”を担わされた軍の偉い人が引いている。さては手錠はオプション、格闘中のトネカの”おねだり”によるものか。軍人さん。私のようにならないで。感覚を信じて。それで合ってる。この女は頭がおかしい。
「だいいち、おかしいって思いませんか? 瓦礫の中の死の破片を眼球めがけて発射する……、連れ去られる姿勢によって事情は全然変わってくるじゃないですか。トネカが瓦礫のほうを向いてくれる確証なんてない。やったぜ、ラッキー! とでも思ったんですか? 少しも疑わなかったんですか? ええ、少しも疑わなかったんです。あなたは最初の戦闘で一度だけまともに通った攻撃を学習していた。だから喜んで罠に飛びつき、そしてまた罠へと飛んだ」
「そうだぜ、そう、もっとよく考えなくっちゃあな、『きみも、ありがとなっ』」
「『構わない。そういう命令だ』」
「うはは、そう、無愛想に見えんだよなぁ。これだよ、これでこそふるさとだ。ハゲタカくん、ツラ合わせらんねぇのが残念だぜ、実ぁ、もういっこ秘密があんだ。きみが彼を見下してくれてんなら、なお嬉しくなる秘密さ、けれども秘密ぁ秘密だぜ」
私は秘密とやらにすぐ気づいた。格闘は実際にあったらしく、しっかり、こっぴどくやられているように見える。互いの血で汚れてもいる。しかしハゲタカが即ダイブした眼球以外に、トネカの顔には新しい傷がまったくない。
この男。まさか、ハードボイルドぶっている。
——まあ、その、うかつには違いないが、あながちハゲタカが愚かすぎると言うわけでもない。奴は第三の目とかとはまったく関係なしの、ただ十八番の手口『勝負もどき』に持ち込まれただけだ。思うがまま神輿に担がれて振り込んでしまった、それこそ、いわば犯罪の被害者だ。
キスネコトネカ。このペテン師は、あの凄まじい破壊の衝撃に乗じて、奴の心の破綻した部分、精神科医が絶対にしちゃいけない事、いわば”個性のダメなとこ”につけ込んだ。
『ハゲタカのカルマ』のフェイク映像を世界中に流したのは特定の人間の性質を利用するためだ。
本当にこれだけなのか、何か他に意味はないのか、自分にしか見出だせない何かはないか。映像が空虚であればあるほど、特にハゲタカのような”考える事に絶対の自信がある”性質をもつ人間ほど、空白を熱心に埋めようとする。
カラフルな釣り糸を垂れ流しにした。たとえぶら下がったバナナに黒子まで丸見え状態であっても、虫眼鏡を携えた人々が大量発生し、思惑通りにびゅんびゅん広まっていった。書いて字の如く無意味な内容。やまなし、オチなし意味なし。単なるハッタリ、チープなフェイク。集まったギャラリーたちは謎がフェードアウトするまで問い続けるだけ。飽きられるまで終わりなき議論が続くだけ。
そして、その議論の答えを導き出せるのは、この世に一人だけだ。
だから全てを軌道に乗せた。行動によって懸命におだてた。欲求をくすぐった。他の人間よりも優れているとさらに錯覚させるために。たくさんの観客と続く議論の中、答えのわかりきった宣戦布告のメッセージをズバリと読み取らせ、愚かな他者と優れた自分を比較させた。あえて群衆を出し抜かせ、膝を折って、ゴールテープを引いて切らせた。つけてやった機械の翼で、こっちにくちばしを向けて上手に飛んでくれるのを願って。
幸い、奴はあふれる喜びの空を飛んでくれた。
だけど私たちに導かれるまま、光輝くバツ印へとたどり着いたハゲタカがすぐに手にする答えとは”己が優れすぎているあまり愚か者には見えない服”だ。確かにそこにあるのに誰にも自慢できない宝物を奴は咥え、己の透明な巣へと持ち帰る。誰も褒めはしない、見えない、言えない宝物を持ち帰る。せめて、だけでも、と着たくなる。慢心に全身を覆われる。不満に陥る。
きっと欲求を満たすべく、もどかしさのあまり再び翼を広げる。誰かの暗黙の反応を待つ。そんなものは当然ありはしない。それでもみずからを信じ続け、どうせ二日だ、もう二日後にはと鳴きながら、精一杯に影を大きくして飛び続ける。
トネカはハゲタカがそういう性質の持ち主だとわかっていた。フェイク映像の拡散に希望を見出し、推測し、失望するところまでわかっていた。逃したエサの味を想像する。必ず”世界中に注目されたがる”とわかっていた。私は蟻塚の中にいなくて、王もシェルターの中。勝ちが確定していると思い込めば尚更、ハゲタカの意識は二日間のうちのどこか、”必ず勝てる一方的な戦い”に釘付けになる。
その特性は匿名よりも完全で、使用するにあたり、デメリットはない。すっかり飢えたハゲタカは、ぽつりと残る指名手配犯への裁きという決定的チャンス、掴みそこねた賛辞、名声という獲物を今度こそ掴もうとする。トネカの次の行動を待ってギョロギョロと目を動かし、狩りに集中する。自惚れた正義感の赴くままに決闘の日まで監視を続ける。
そしてトネカ個人の罪に甘える。決闘は正当でなくともいいと考える。こんなクズ、二日間のうち、いつ殺してもいいさと考える。それも、少なくとも二日後には仕留められるのだとまた勝手に思い込む。だから二日間が経過するまでの間は襲撃の言い訳をひたすら探す。きっかけを、うかつな行動を、フェイク映像の優越感の余韻のままに、テープを再び切るために監視を続ける。まだか、まだかと。
ペテンの肝はここにある。無意識にねじ込まれた時間制限。すべては”一日目を守るため”の仕掛け。私がメッセージの通達を終え、事が政府へ伝わるまでの時間稼ぎ。そして宣言通りの二日後までに”うかつな姿”を見せつけるための仕掛け。まさに今、この瞬間の目撃者となってもらうための仕掛けだった。
最初の言葉。”プラグ・ザ・ホール”。穴を塞ぐ。誰にだってわかる。情報は死を介さずとも生から生へと十分に伝わり、やがて蟻塚、全ての住人へ向けた避難勧告を済ませる。この逃げる蟻たちの一匹一匹が最も強力な”知らず知らずの協力者”だったのだ。政府がどれだけ探ろうと蟻の大移動はひとつの起こった真実。私が届けるメッセージに強い説得力を与えてくれる。
制圧が始まれば、奴は必ず軍人を避けて通る。優れた群れを回避する。無敵だとか無限だとか言っていたけれど、これまでの全ての行動は一貫してステルスだ。闇・臨床心理士の分析、抱える強いジレンマ。”人前に出られない目立ちたがり屋”。強行突破はハゲタカからも私たちからも、真っ先に選択肢から切り捨てられたアイデア。
こうなれば限界は近い。時間が狭まる。鳴き声が変わる。今しかない、今しかないと鳴くようになる。ハゲタカは焦る。獲物を横取りされてたまるかと。
”全世界が期待している決着の日”に政治家なんかに水をさされ、トネカが確保されて、これまで散々におあずけを喰らってきて、イレギュラーに急な選択を迫られたこいつが最初に考える事、そんな事、誰にだって、私にだってわかる!
そう、トネカはみずから設定したタイムリミットを、その手の中からハゲタカの使命のポケットの中へと瞬間移動させたのだ。
「おそらくは”クソッタレな政府”とかじゃなく、自分だけが真の英雄になるべく、あなたは無意識のうちに最も手近な武器を掴んだんです。まさか自分が急かされて攻撃を仕掛けさせられるなんて微塵も思わずに。心地良い夢と希望の煙の先へと飛んだ」
「だけれども~、それは?」
「大きな過ちでした、このド屑のナルシスト」
「うははは、なんでぼくちゃん様のほう見て言うんだよう」
トリックの仕組みはわかっている、わかってはいるけれど、当事者が一番へらへらしているなか、『あれ』だけは二つの意味でどうしても浮いている。その、すぐには説明しにくい、赤い、おぞましい球が浮いているのだ。それに、その球からは、横の人が顔をしかめるくらい、ちょっと、よくない匂いがしている。……まあ、トネカが説明をしてくれるのだろう。
「瓦礫とちょうど向き合ったとこで指を弾いた。ぱちんってな。んで、読みどおりに眼ぇ痛ぇ~ってなった。けれどもこの冴えっぷり、間違いねえな、トネカちゃんの国宝級脳みそは無事だぜい。秒で終わっちまった戦いの反省点としちゃ、そうだなぁ、きみは注意深くあるべきじゃなかったよな。等速をキープ、あのまんま突っ込むべきだった。指の音のあと視界が真っ暗になったからって、優秀なきみぁとっさに宿るのをやめちまった。そいつぁ”光の速さのが安心できる”からさ。そのせいで方向感覚を失って、思わず次の光に向かって進んだろ」
「多分、どうして視界が真っ暗になったかを聞くでしょうね」
「ああ、きみぁドブロウ・ノッツを”黒い”っつったよな」
トネカは余った甲虫をまだ無事なほうの目玉から取り出した。
ちょうど眼球と同じくらいの大きさの、虫の塊。
「だから真っ黒なぼくちゃん様ん中のこいつらが見えなかったのさ。ビジョンだから中に入れるし、ビジョンだから攻撃にゃぶつからねえ。黒に混ぜる黒。ゼロに足すゼロ。中に何匹いようが闇ん中の虚無の群れだ。うはは、見えるもんかよ」
「やや恥ずかしいですけど、なかなかキマってます」
「だろ~い? んで、次にきみはこう思っちまうよな。”それならなんで今の視界は真っ白なんだ”って」
いいや、断言してもいい。思えてもいない。
「答えはぼくちゃん様のすっかりフリーな手の上にあるぜ。今きみが入ってんのがこの”もう一つの虫の球”ん中だ。こっちぁ殻付き。きみに見せた二の腕くれぇのかっけぇ群れを丸く集めてる。ドブロウ・ノッツはシグナルで動く目、手錠をかけられてたって飛べんだぜ。目ん玉に喰らった瞬間、きみの弾丸の発射を健気に追っかけてくれてたんだ。一秒ちょっとの誤差。きみが暗闇で立ち止まってる間に殻有りは殻無しと協力して『∞』の字を作ってくれた。次にきみが安心して進めるルートを、『虫の眼球』から『虫の殻球』へと続く道を作ってくれたのさ。はて、こりゃ運が悪ぃって言えるのかい? だって、いくら近いっつっても、それでも隙間はあったって事だぜ。くっつけたら目ぇ削れちまうもん。それでものそれでも、スローな世界の中の、スローな虫たちがあえて漏らした光の中にきみぁいる。うはは、冗談だろ? 頼むぜ! イレギュラーにパニックになるのは人間としちゃごく自然な反応だけれども、きみくれぇのやつがさ、冷静に考えりゃおかしい話だろ。眼球に空いたほんの小さな穴の先の、どこに死の光があるってんだ? 次に見るべきは黒か、他の色のはずだろい。だよな?」
シュンシュンと独特な音を鳴らして、虫が張り切って球体を作ろうとすればするほど、専用アーマーから異臭がただよう。
「『聞きたくはないが……』」
軍人さんもメットの奥の眉間のシワが限界で、ちょっと吐きそうだ。
「『いやいや、どんどん聞いてくれ聞いてくれ。殻はきみにだって見えんだろ、ぼくちゃん様の虫たちの頑張りをとくと見てやってくれい。そうさ、ぼくちゃん様は医者なんだ。もちろん違法に取った免許だから、全然ゲロ吐きそうだぜ』」
つまり殻の虫はさっきまで、軍にまとめられた死骸の中に潜んでいて、という事は、あの殻の中にはミンチが詰まっているのか。トネカ。いけますよ。これならチェンソーマン二部より頭おかしいです。キングスマン二作目くらいのまあ……、順当な、まあまあな狂気の中に私たちは存在できている。けして三作目じゃない。くっさ。その球を早くどこかにやれ。
「螺旋丸! ってな。うはは。あぁ、それとゲームが平等に、視界が正しく真っ白になるよう、表面に膜も作ってある。ほら、シュークリームだよ。膜ぁシュークリームのシュー部分。彼が迷い込んでる旋回ルートはクリーム部分さ。クリーム部分じゃ虫はぐるんぐるんのきりもみ回転、さらに内から外へ、外から内へと、レイヤーの異なった層をいくつも作ってんだ。飛んでも飛んでも行き先がミンチ、いやいや、実際、ちっとも焦るこたぁねえんだよ。勝ち目はある。その数と向いた方向と位置のぶんだけ脱出成功のパーセンテージが低くなっちまうだけさ。ま、くじ引きだよな。彼ぁ出れるまで総当たりするしかねえ。極めてフェアなゲームだぜ。うまくいきゃ脱出できるし、うまくいかねえなら無駄かもしれねえし。彼に、場をドカンとひっくり返すアイデアが浮かんじまうかもしれねえ。うかうかしてらんねえよな」
なんで食べ物に例えた? トネカは皆さんの好きな”スズメバチを殺すミツバチ”を宙に浮かせたまま歩いて部屋に戻り、それを空中に固定した。そして、そっちを見つめて、ぼろぼろの壁にもたれかかった。
「蛇足かもだけれども。結論から言や、確かにはえぇけど、きみ、光ほどじゃあねえぜ。なんとなくで言ってたろい? あの複数の死骸の動きさ。ストップモーションのアニメみたいだったよな。ああいう映像作品ってのは一秒間に十数枚ほどの画像で作られる。そこに被害者の位置取り、総数。ま、それだけありゃ十分だ。移動速度は割り出せる」
そして、たぶん、とっておきのいいタバコを取り出して、口に咥えた。
「今てめぇのいる真っ白でまっさらな場所がそのまんま、正義執行もどきのために殺人鬼に殺されちまった蟻塚の住人が遺したメッセージさ。それがてめぇの中身、本性だってな。できりゃ蟻塚一同、一家総攻撃、引いたハズレくじの一つ一つが呪いの言葉だと思ってくれりゃあ嬉しいんだけれども、ま、ぼくちゃん様はワルに違いねぇから、んな贅沢ぁ言わねえよ」
軍人さんがライターを弾いてくれたけれど、けっして火はつかなかった。
「うはは。しけってやんの」
「お、俺、俺を誰だと思ってんだッ!」
出られない。きく口がない。いくら部屋の壁に穴があいてもカスの連中には伝わらない。
「クソ、クソ、クソ、クソッ! 元々、元々なあ、てめえがッ!」
俺の正論が届かない。キーボードがぶっ壊れて書き込めない。書き込む先もなければ誰にも言えない、無意味なスマホを握っている自分が赤っ恥をかいている気がして、壁の穴の中にブン投げてしまう。
『トぅネカぅぁ~~~、こぅれぃはぁ~、一生ぉこぉのむぁまぬぁんんですくわぁ~~~?』
カルチャーに理解を示し、ファスト映画なんてモンには大反対の俺で、んな事言う社会不適合者のガキは地獄に落ちろと配信でも言ってリスナーをスカッとさせた俺は、それでもずうっとイラつくスロー再生の女の声を聞かされっぱなしだ。『カルマ』そのものに声はねぇ。向こうの頭の悪い女の声だけがゆ~~~っくり、届き放題。
「黙れブス! ブスアマッ! さっさと喋れッ! 時間がねえんだボケッ!」
『ん~~~~~~~~~。むぁぁっぁぁぁ、くぅぅわいしぃぃんでぇもぉすりゃあああああ~~~~~、あぁるういぃぃわぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~』
「は? は? 改心すんのは! てめえのッ! ほうだろうがッ!」
——改心?
待てよ、と、いつも冷静な立ち振る舞いで、箱ん中のディベートで幾度も勝利を収めてきた口を不当な暴力によって言論統制され、らしくもなく大ピンチの俺に光が降りてくる。それはヘラって俯いてた俺の社会復帰を手伝ってくれた、いい奴が教えてくれた第三の目に関する事だった。
「解眼っていうんです。知らない自分を知る事が条件で……、いつかはきっとできるようになる」
あれはだいぶ洗脳も解けてきた頃の夕暮れ時だった。
金髪にピアスで、シルバーのリングとか巻いた、平成かっつうのよ、イキってる学生だ。
今から思えば、老師とやらに瓜二つだった。『カルマ』のうまい使い方がわからず、たちの悪い『亡眼』にまでつきまとわれていた俺を、”ピストルを持ったスタンド”で助けてくれた奴だ。
「そうだったんだ……。まだ特性を知ったばっかりなんですね。そうだなぁ、ええっと……、目の特性は無理に戦闘に使おうとしなくていいと思います、そうすると、あなたの場合、こうなっちゃうみたいだから。町中で使ったりはできません……、よね。パニックになる。ウォーキングデッドすぎますもんね。だけど”使えない特性はない”。何か正しい使い方があるはず」
「うるせえな、正直に言えよ、クズに似合ったクズい特性で可哀想だってよ」
ピアスの銀色が真っ白にちらっと光って、金髪の人権のない背丈のガキが笑った。
「僕の特性もクズです。第三の目の特性なんて、全部がクズだって断言できる。世界を滅ぼせても、たとえ、そこの小石をひとつ、ほんの少し転がせるだけでも、全部がひとりの開いた目」
「意味不明だな。不幸マウントかよ、俺は成り上がったって?」
ガキは座り直して、まっすぐに俺の目を見て言った。
「あなたの目は上にも下にも行かない。だって——そう、生きていれば、どこかで必ず活きる。それは”嫌でも活きてしまう日が来る”って意味です。どうしてだか、誰が決めたのかもわからないけど、確かにそういう風に世界が巡っている。覚えておいてください。目は自分自身、味方の敵です」
困った事があったら、と渡された名刺。
ガキのくせして、変に悟ったような奴だった。だけどそれから俺は——
「そうだ……」
モニターの前で目を閉じて、身動きひとつせず、真っ白な空間に身を委ねる。何故気づかなかったと己に問うた。冷静に考えればわかる事。
俺にはまだ残っている。正義という腕っぷし。確かな目的、いや、違う! 動機だ。くすぶっているものがここにあるじゃあねえか。
「俺はヴィランだ。俺の『カルマ』は悪を裁く悪の『カルマ』」
だが悪だが悪じゃねえッ! 正義の逆にあるものだッ! 野原ひろしの架空の名言が頭に浮かぶ。そして、なにか、もどかしいものが奥底から湧いてくる。疼き。勇気とも正義とも違う。もっと邪悪なもの。俺自身の真のパーソナリティ、俺自身の本性。配信じゃ見せないもの。本当の俺の姿。
——そうだ、”目は俺自身だと言っていた”!
さらなる力が湧いてくる。
高速移動でも、憑依でも、ちっぽけでもねえッ!
俺は至る! 至って、あのガキんトコに行く! どうだと見せびらかしてやる! こんな配信セットなんて、クソじゃあねえか! ガキの仲間になって、いいや、敵対して、脅してやってもいいかもな! 俺は光のヴィランになる! 箱のゴミ共、てめえら“全部が逆だぜ”! 神上サガットを俺がやらせてもらったんじゃねえッ! 神上サガットは俺がのし上げてやった! 特性で人を殺しても何とも思わなかったのが俺の才能だ! そうだ、俺のはけっして似非じゃねえ! ブッ殺しまくっても平気な顔して配信を続けられる唯一無二のサイコパスだッ! 俺は神上サガットの面を被ったダークヒーローになるぜ!
ぶちっと大事なコードを全部引っこ抜く。
そんで、俺は、思いっきり叫んだ!
「今こそ解眼せよ! 『カルマ』ァッ!」
虫けらがニィーッと情けなく鳴いて、球はバチンと弾け、視界がクリアになる。全てが見える! 俺の事が見えてもいねえくせに、フラッシュ、おい惜しいなぁボケがッ! ライフルの弾を一発だけかすめやがったアジアの軍人と、アジアの格安ソープ嬢と、アジアの……、てめえだぜッ! てめえッ! よくも犯罪者の分際で俺をコケにしてくれたな! よくも金の盾を持つ俺を見下してくれたな!
「これが解眼だ! よく知ってるぜ! てめえにできねえ技だッ!」
時間が止まっている! 特性なんかじゃあねえ! 俺自身の集中力によって! ああ、よく見える、よく見えるぜ、キスネコトネカ! まずはその呆けたツラからブッ潰してやるッ! これが俺自身! これが俺のオリジナルだ! 技の名すら瞬時に思いついたぜ!
「喰らえッ! 『インディグネイト・ジャッジメント』!」
グシャアっと鳴って、ぐえッ、という声の中を腕が貫く。
やったッ! その声の主は……、アジア人じゃねえ、そっちのアジア人でもねえ、じゃあ……
「え」
解眼して完全なる『カルマ』になった俺は、王の横に立ったトネカにちゅっとキスされていた。
「トネカぁ、あんまりに、窮屈だったよ」
なっさけねぇ男の声。
「うははは。うははははははは」
こ、こ、これッ、
「え、えッ、えぇええええぇ~~~~~ッ!?」
つ、つ、つッ、捕まえられていたのは——お……、お、俺だッ! 王の腕が『カルマ』のボディを貫いている! 内側からわし掴みにされているんだ!
な、いや、でも、でも、なんでだよ!?
「なんで、なんで——! 女王の部屋にいたはずだろッ! 生体ロックがかかっていたはずだろうがッ!」
王は少しも態度を変えず、とぼけたツラで、しかし、めきめきと、俺の覚醒の証、今はメカニカルで超イケてる、まさに和と洋の融合、ウルトラ・ダルマの姿をした『カルマ』を掴んだままだ。
「そおっと、曲がり角、とこで、待ってたよ。あなた、解眼。実体化、したから、ワタシ、触れるよう、なったよね」
「いんや~、ようやく会えたねい。かわいい見た目だぜ。ちょっち小せえかな? そう、気になるよな、でも答えなら、ぼくちゃん様も言ったし、きみがもう言ったじゃあねえか、”わかんだろ?”」
「わ、わ、わ、わかんねぇっつッてんだろうがァ~~~~~ッ!」
うははははははは、と、片目をブッ潰してやった女が勝ち誇る。クソ、クソ、クソッ!
「わかんねえって言えたなぁ。ずいぶん『成長』したじゃあねえかい。実ぁきみの人付き合いや、これまでをどういう風に考えていたかなんてどうでもいいんだ。今から言う理由とはぜ~ってぇ違ぇだろうからさ。ぼくちゃん様はやっぱすげぇなぁ。しばらく処方箋なんか出してねえけれども、現役バリバリの名医だぜ。解眼ってのはな、いいかい、きみぁ『負けを認めたから』解眼したんだなぁ。うっし、これで天才トネカ、サイコのカイコ、サイコーのワンちゃん。作戦大成功、無事、シルクロード再集合ってワケだ!」
ブスアマが人を集め抱きしめて勝った感を出している! ブスアマが、勝った感を!
「『なあなあ、カンフーマスター! 無愛想な軍人なんてアツすぎるぜ。さっきの反応速度。第三の目がねえってのに、読みがほとんど当たってた。見えねえ存在ってなぁ人間にとっちゃ脅威。普通、弾はかすめやしねぇって。強い決意と忠誠心、冷静で用心深ぇ証拠だ。いんや~、けれども、けれどもな、実際のとこ何より、何よりタバコの火が嬉しかったんだよう。きみ、あったけぇじゃねぇかぁ! これも何かの縁だろ!? ついでだからさ、シルクロード入らねえかい!?』」
「『提案は断る。敵はまだそこにいるのか?』」
「いるけどさぁ、つれね~な~あ」
トネカのとんでもトリックをこれからの自分のメンタルのために再確認しなくてはならなかった。
生体認証システム、トネカと老師にだけ反応するシステム。王はトネカの目だ。トネカ自身だからロックは開く。これはいい。
そして、あのくしゃくしゃの紙。私が運んだ世界にたった一枚の文書の正体。密約の蜜。軍を動かした秘密。これもまあいい。
——いや、全然よくはない。たぶん、絶対に、ここだ。ここがまずい。
何なら私たちはハゲタカにつけ狙われ、遭遇して戦っただけだ。確かに頑張りはした。けれど考えれば考えるほど、勝負の前に勝負がついていたと言ってもいいと思えてしまう。ハゲタカはよりにもよって、悪を裁くとかほざいて、鍵を壊してしまっていたのだ。女王の蜜という大きな軍事力の『生きた鍵の片方』を殺した。結局、その行動が絶望へとこいつを追いやった。それさえなければ、まだ持ち直せたかもしれない。そっちは単純にカンカンなのだろうが、私の血の気は逆で、徐々に引いていっている。
少し前、逮捕された日、捕獲中の待機中、私ならこの策にどう対処するか考えていた。同い年の人より比較的足りないであろう頭で知恵の輪をガチャガチャやっていたのだ。そしたら、どういじったってトネカに策を立てられる前に自分ではめたギチギチの輪が邪魔になった。解けるパズルを解けないパズルにしていた。あろう事か、自分で。
「は……離せッ! 痛くもかゆくも何ともねえぞ! なら俺に、俺にスタンドみてえなダメージはねえって事じゃあねえかッ! だろうが!?」
「ぶっ壊したりなんかしたら、ひとそれぞれだけれども、回復期間を経て、カルマはきみんとこで再生する。だから壊さねぇ。安心したかい?」
だって、”トネカがここからどうするのかは私や王だって聞いていない”。けれど付き合いが長いからわかる。これは映画のクライマックスで、主人公が敵を殺すか殺すまいか葛藤しているシーンであって、そこを、主人公が全然葛藤していないだけなのだと。
「お……、俺をどこかに閉じ込めるつもりか! なら解眼を解くだけだ、ボケッ! てめえには何もできやしねえだろうが、よく考えろッ! てめえが漏らしたんだぜドブカスッ! 俺が物を貫通しなかったのはほんの誤差だった! また虫の球を作るか!? 甘ぇぜ、アレはてめえの射程でしか動かねえんだろ、それともアレをずうっと持ち歩くのか!? えひッ、えひッ、い、いずれは”ミンチ”にだって消費期限! 限界がくるんじゃあねえのかッ!」
トネカはにこっと笑った。皆さんにわかっていただけているだろうか。嫌な感じだ。
「うんうん。そりゃしんどいかもだな。だからきみぁ今日、ちょっとしたパーティの開会式の後に解放されるぜ。そしたら”すぐにリベンジしに来な。あるいは普通の暮らしに戻ってゆっくり休むんだ。うまいメシでも食って、たっぷり寝てくれい”」
ああ。ダメだ。ダメな事が起きる。ちょっとしたパーティ、というのはもう、ダメだ。
「ウィットに富んだジョークの一つも言えねえくせにッ! 俺以上のキレを持って面白い事を言ってみやがれッ!」
「面白ぇ事って先に言われちまうと……、難しいもんだなぁ。面白ぇってよりか、へぇ~って感じのトリビアになっちまうんだけれども。日本の万札が福沢諭吉から渋沢栄一になって、表情を変えんのに必要な折り目の数が増えたらしいぜ」
「あ? あ? だから何だ? 冷えてんぞ! 白けてんぞ! つまんねぇんだよボゲッ!」
ワンちゃんしっかり持っててくれな、と告げて、私が表紙を飾ってよかったのか、片目の潰れた主人公さんはようやく置きっぱのパソコンを操作した。
「きたきた。んじゃ、映るとこに持ってきてくれい」
「あ、はい、はい」
王はグギグギやってカルマの位置を調整する。
あ、画面のあれって、ビデオ通話のやつかな。だけど、誰に——
——『ヘイ、ブロ』
うわあ、悪そう~~~~~~~~。
目出しマスクのアメリカンから、あっちの人からこっちの人まで顔をオシャレに隠して、揃いも揃って悪そうな人たち、ほんと、イメージ通りのああいう人たちが、時差と国を超えて、次々と四角の中にニョキニョキ現れる。死の仮面舞踏会? トネカは次から次に挨拶をして、たぶん、全員分の時差に合わせて謝罪をした。こっちにナマステしてくれる人もいた。それはナマステで、こんにちはじゃない。
「船の上で言ってた、ひいきにしてくれてるダチのカルテルさ」
片目があれだからって、両目ウインクで紹介されても、こっちは涙が出そうになるだけだ。紹介、いらない。つい最近まで私は日本にいる平凡な学生だったのだ。
「彼らには明確なメリットを伝えてある。そして、それが実行される事をこれから証明する」
トネカは自分のスマホをぽちぽちやって、ドブロウ・ノッツと一緒にベッドの下に投げた。軍の偉い人の喉仏が上下する。王が、カルマをぐっとPCのカメラに押し付ける。
すると、それぞれのワルが鼻で笑ったり、むすっとしたままだったり、大げさに腹をかかえて笑ったりした。あらゆる言語が飛び交っているが、その中に一つ、
『ほう、その者がハゲタカのカルマ様ですな。これはこれは』
『じいじ~、おまえ、ぼく抜きで楽しそぉなコトしてんじゃね~ぞ』
日本語があった。かすかに女の子の声もした。思わず探したけど、多分……、この人か、それか、この人か? 案外わからない。そしてやがて、全員が不気味にも黙り込んだ。
「……さて、ハゲタカのカルマくん。こう思っちゃいないかい? 俺は目だから、普通の奴にゃ見えねえぜアホがッ! とか何とか。いやぁ、きみはスペシャルだが、第三の目程度のスペシャルなやつってなぁ案外あちらこちらにいるもんだぜ。たとえば……、おいおい、なら”程度”は取り消しだけれども、やっぱスヌープだよなぁ。スヌープにゃ、きみの事がはっきり見える。誓ってもいいぜ。あぁ、しばらく聴いてねえじゃんか。もう、彼ってサイコーなんだよ。ちょっとくれえなら会いに行けるけど、照れちまって逆に無理なんだよう。す~っげえカリスマだぜ、ありゃもう、葉っぱと一体化してんだ」
「そッ」
「それが何だって? 顔は割れてねえから、いとしのカルちゃんを出さなきゃいいだけだって? そいつぁどうかねい」
うはは笑いの後、画面が真っ黒になる。ぷつんと切れる。
軍の偉い人がざしゅっと足を固め、即座に敬礼をした。
さっきまでとはまるで違う。完全なる軍隊のひとつに化けた。ぶわっと汗をかいて銅像のようになって、足音だけの世界、静けさが訪れる。足音だけ。そう、足音だ。なんだかすごみのある足音がすたすたすたと、一切のためらいなく部屋に近づいてきたのだ。
空気が肌を撫でる頃には、世界がぶわっと一変していた。
SPに守られ、はにかみながら入ってきた、その顔!
私の、ハゲタカの、全身の魂が同じ速度で、一緒に空の果てまで飛んでいった。
「げッ……、エゲェエ~~~~~~~~~~ッ!??!?!」
嫌でも顔を見たハゲタカは大絶叫。私の絶叫がかき消されるほどの大声だ。
知っている。それは、知っているけれど。
私は、いや、人は知っている。人は、この人の顔を知っている。
これは“私のやった事なのか”。
みずからはめたパズルの輪がめり込んでくる。現実を受け入れろと首に食い込む。唾が引っかかる。はまるわけがない、顔がみるみるうちに青ざめる。
私は内容を読んでいないのだ。あの文書を書いた老師は死んだ。蟻を生かすために主が死んだ。そうしたら軍まで動いた。当然、それは、耳に入るって事になるのかもしれない。そんな事は私にはわからない。きっと報告か何かがあって、だからここにいるのだ。もしも文書がそんな所まで、そんな大きな手元にまで渡ったのなら、起こり得るか。いや、起こり得ない! だけど来ている。ここにいる。知ったんだ。話を聞いて、見て、書を読んで、考え、事実確認、そして女王の部屋の鍵とは今や、実質、完全に包囲された犯罪者のうちのたった一人が握っていると確信した。そう判断したんだ。この人は、機会を今しかないととらえた。だから、だから来たんだ。抑止力のマスターキーをつくりに!
「『おとっつぁん、読んでくれてありがとな。こればっかりは来てもらわなきゃさ。ごめんな。約束通り、女王の部屋のDNAを登録するぜ、こっちだ、こっち』」
間違いなく、向こうも、そのSPも、カルマの姿をちらりと見た。
「ああ、ワンちゃん! そいつ、もう帰していいぜ! 『あ、はい、行く、すぐ行きます』」
ペテン師の握手は拒否される。すごみのある笑顔で、ただSPと共に、背中に銃をつきつけるようにして黙って犯罪者についていく……、いや、あれはもう、弾除けにしているな。
「は、は、はひッ、はヒーッ、はヒーッ、はヒーッ、」
有り得ねえとも口にできねえ気持ちはよくわかる。けれどカルマがどれだけダメそうでも、私の心は比較的早く落ち着こうと、かなり負けじと頑張っている。軍人さんとの心理の共有か、生かされているという過程の麻酔か。
「はヒーッ、が、がぐ、が、ばっ、はヒーッ」
ぱっと王が手が離しても放心状態、トネカの姿がすっかり消えても帰らない。がしゃんと崩れ落ちた、その瞬間の形のままだ。スタンドと違う何かとやらが丸い肩で息をしている。実は私も似たような感じだけれど。
おそらく私と同じで所有者の唇は真っ白だろう。上のほうからようやく、じゃり、と足音か、動物の通る音が聞こえてくる頃、十分に相手が遠ざかった事を頭の中で再確認してから、壊れかけのハゲタカのカルマさんの舌の痙攣がようやく止まったようだった。やかましい口が開く。
「ばはァッ! ば、ヒーッ……、 ば、ば、ばはッ、ば……、バカ丸出しじゃねえか……、バカ丸出しだッ! バカ丸出しだッ! 俺はダービーにはならねえぞッ! ドブカスッ! クソな計画だ! まるで穴だらけだろドブカスッ! 後先まったく考えてねえのか! ドブカスッ! わからねえってのは違う、わからねえってのは違う! バカ過ぎて読む先がねえっつってんだよ! ドブカス! ドブカスがッ! クズが揃いも揃ってわからねえのかッ! このボロの作戦はカスのひとつ欠けりゃしくじってたってわからねえのか! “どうするつもりだったんだ”! もしも俺が眼球めがけて攻撃を仕掛けなかったら! もしも俺がコトに全く気づかず寝ちまっていたら! もしも警察に撃たれて殺されちまったら! もしもアリ部屋を出入りできんのを見抜かれていたら! もしも、もしもッ!」
敬礼をまだ続けるべきか、見て見ぬふりに徹するのならやめるべきかがわからず、たぶん見た目よりも半泣きの軍人さんが見ている中、人間じゃない王だけがおっとり、見た夢の粗探しにまだ夢中のそれを床に蹴り転がし、ぐっと足をかけた。
「あはあ、そうしたら、ワタシたち、死んでたかな?」
あくまで落ち着いたカタコトの闇。閉じた瞳がこちらを向く。とっくに、ゆったりした服にしまわれた機械仕掛けの腕。対するは、取り乱すハゲタカのカルマの光。どちらも私へ向けて反発し合って、不快なつんざく音が先に脳へと到達する。
まず光があり、怒りと冷ややかさをもたらした。
けれど遅れてやってきた機械の闇が静かに私の手をとった。連なる異なる感覚は旋律に、ショートした回路をまばゆい脳波に乗せ、従うべき場所を指し示す。過去、未来、同数のシナプスが黒いドレスを選ぶように誘導する。洗脳と信頼。真っ暗闇の中を揺らぐ金の装飾のリードに巻き取られ、このひどい現実へと、私は闇へ、もう一度産まれるように戻ってくる。
息はもう苦しくない。だから、
「え……、ええ。”もしもそうであったなら”、負けていましたね」
落ち着ける。壊れたままの光、たどたどしくも言葉が話せる、目覚めた闇は私。
生まれついて最初に芽生えたのは、ほんの悪戯心だった。
ふと、いつもとは逆の制止を挟もうと思いついたのだ。そうして口を開く頃には、心音は優しいサディズムに抱きしめられ、安心しきって、よほど穏やかになっていた。
私が提案して、踏みしめる足をいったん止めてもらい、じっと観察をしてみた。すると、たったの数十秒後にはもしもの先が尽きていた。ボキャブラリーの枯渇だ。ひとつも思いつかなくなったのだろう。今は罵詈雑言を繰り返すだけだ。
さっさとやっちまえって。どこかの私がそうささやいた。
「……クドカン脚本がどうのっていうの。クズ教師が授業中によく言っていましたけど、こういう偏見の可視化、フィクションの集合体がこの世に実在するのを知って初めて話の内容を理解できた気がします。私たちの知性まで危ぶまれてくる。人類のIQが低下するのを本当に危惧するのなら、私はこのままトイレでニュースを流し読みしてるおじさんがお尻からそのままひり出したような、いかにも倒すべき安いメッセージ性を秘めた敵を気持ちよく倒して、一定層の頭の悪い視聴者を持ち上げるためのセリフを読むべきじゃないって、そう胸が叫んでる。こいつを追い詰めれば追い詰めるほどに、そんなジレンマに心が悲鳴をあげている」
「ど、どしたの、せんせ、思い出した? 寂しく、なった? で、でも、そうね、そうね?」
けれどこれから、このひしゃげてラリったものがどうなるかはわかりきっていたから、私は顔の模様めがけてぷっと唾を吐いた。それを見た王はそんな事しちゃダメとか何とか焦りながらも、こちらを向いたまま、くすぶってボソボソと尽きない話をがしゃんと踏み消した。
不自然な音声の途切れは断末魔。
ぽしゅんと飛び散った破片はやがて粒になって、消滅して、誰にも見えないところに到達する。どこまでも行くがいい。矮小なるカルマ、お前は確かに私自身の罪の塊だ。ならば、怯える私よ、死んでしまえ。私はすでに、割れたそれに向かってささやいていた。
王はここまで。非常用バッテリーすら点滅して、いつ糸が切れてもおかしくない状態だ。別に構わない。ただ救難のシグナルを待てばいい。私の仕事は必要な数の首をはね、ボディからメモリを取り出し、赤子の望みを叶えてやる、それだけだ。
「Hello?」
やけっぱち、トネカのまねっこ。座って手を振ってみたり。軍人さんの反応を楽しめる愚かな私がいた。彼も同じ気持ちなのか、敬礼ポーズのまま、わかったわかったと無愛想に頷く。
いいものだ。私は自分に都合よく都合よく、またも変身していた。
「『お~、お、脅しってわけじゃねぇんだけど……、ぼくちゃんさんくんあっしが死ねば~、即座に? それはそれは大変な事になっから』」
うははははは。こう言うしかねえや。実はこれ、嘘なんだ。つまり、笑うしかねえって事さ。こえぇんだよな、ひええ、いけっかな、通じっかな。向こうも皮をはっつけたように笑ってくれてるけれどもさ。とっくに目の痛みなんかぶっ飛んでる。命令ひとつでお終いだぜ。
「『あの老人が死んだのか』」
この問いかけに答えんだ。んで作業に集中。見ねえようにしよう。見ねえようにしような。
「『そ、そう。本当さ、くだらねえやつに殺された』」
なるべく無礼のないよう、一生懸命に機械をいじる偉いはずのぼくちゃん様。
認証のシステムはぼくちゃん様にしかいじれねえけど、仕組みが個人的ってだけだから、多分あっという間にできて……、や、やっぱ、もうちょい待ってくれ。そういうのはやめてくれよな。
すーっと息を吸って、覚悟の上、言い放たなきゃならねぇぼくちゃん様。
「『よーし! ……できたぜ。さ、ここに立ってくれ、開けば成功で、全部おとっつぁんのもんだ』」
ちょっと笑顔のパターンを変えて笑うおとっつぁん。
あぁぁ何か言おうとしてるよう。やめて、やめてくれな?
「『先程の話だが、つまり仮にきみを捕まえれば、きみが生きてさえいればいいのだな』」
ひい。来た。ああ、来た。あ、あ~~~、終わりかなぁ。確かにそうさ、仰る通りさ、そうなるんだ。
「『あー、や、えーと、でも、出てくるぜ、色々、問題——
「『そう焦るな。そんな無粋な事はしないとも。開かなかった場合の話だ』」
ニッコリ。たぶんほんとのジョークだったらしい。
ほんとの? ほんとに? もう、いや、もう。
ぼくちゃん様が座り込んだのを確認してから、はあっ、と息をついて、じっと目を閉じている。んで、無事に開いた入口を確認してから、もっぺん閉めて、入る事なくこっちを向くおとっつぁん。
「『よく決断した。この場所のすべてに敬意を表する。使い方を考えるのは後だ。まずは犠牲者のため、盛大な祭りを開こう。それが何よりも先決だ』」
え?
——お、お、
「『おとっつぁ~~~ん! 愛してるぜ~!』」
「『ははは。五秒以内に離れなければ全身の皮を剥いで焼く。その用意がある』」
思わず抱きついてしまって、そして、その後の約束をたっぷり再確認し終わった瞬間、おとっつぁんが”私の目が閉じ、開くまでは眠っていた事にしよう”と出口側へと指をさして、世界一恐ろしいカウントダウンを始めたから、ぼくちゃん様はカイコをかついで、医薬品と医療機器と色々だけパクらせてもらって、急いで大海原へと漕ぎ出した。
「『や、悪ぃ~! め~っちゃ重かったろ? こうなっちゃ説明もいらねえかなぁ、ワンちゃんのバッテリーが切れちまったんだ!』」
それがついさっきまでのスリリングな駆け引きの一部始終さ! やべぇだろ!? そして今は別のナイスガイと話してんだ。揺れる船の上、肩で息をしながら座り込むあまりいち、もうひとり。
「『俺はどうかしていた……。帰る場所も、合わせる顔もない』」
「『そんなら、ぼくちゃん様がいい脅迫状を書いてやるって。いっそこのまま——
「『できないッ!』」
「『うはは、だよな、それでこそだ』」
んで、カイコのお説教を聞いた後、や~~っとまったりタバコ。びくともしないワンちゃん、これからどうすんのかってどん詰まりの真っ黒い短髪頭を抱える、武装を外した不器用ないい男。”色々”パクらせてもらったってな。厚い胸板、いいじゃねえかぁ。そう、あったけぇんだよな。ふるさと。なんだかんだでさ。
っぷは~~ッ。よしよし、うまかったうまかった。
——さ、んじゃま、そろそろ、
目ん玉の治療と、いくかなぁ。
うはははは。泣きてぇから、優しい片目がずうっと泣いてくれてんだ。
「俺の勝ちだ、俺が勝った、トップのツラ拝んで無事に戻ったなんて、すげえッ」
コードを再び繋ぎ直して、俺は次の配信に備えていた。まあ、こんなもんだ。いい経験、いい経験。ほんの暇つぶしってトコだ。『カルマ』が再生を終え次第、解眼すらモノにした俺は、計画をいよいよ本番として実行する。
そうさ、俺は確かにワルだった、だがワルで何が悪いんだ? これが解眼者の到達点だ。罪を犯した事のないものだけが私に石を投げなさい、だろ。今に、お前らの正義なんか簡単にひっくり返る。
え、俺がどうしてるかって? コードは繋ぎ終わったよ。日常にすっかり戻ってる。もはや寝転んで配信の時間までスマホを見てるだけ。
『アナタが売れ残ってるのはアナタの求めるものが多すぎるから。鏡と現実を見てください!』
「えっえっえっ、マジでそれ。言う~! 婚活女、総じてクソなんだわ! ヒュスフスフゴーッ」
良い心理学の動画を再生して心を落ち着ける。寝るまでにはまだ時間がある。俺はこのまま何事もなかったかのように過ごすだけ……、ん? おい、ちょっと待った。
これ何だ? これ、あのフェイクの元の顔になった奴か? どこかの韓流スターから勝手に引っ張ってきた顔じゃなかったのか。
『本当に迷惑しているんですよ。はあ。いち人間として、とても、怖かったんです。全てのひとが、皆さんにとっても他人事じゃない。未来が心配になりますよね? あんな風に勝手に顔を使われたら、たまったものじゃない』
『キャー!』
『キャア~、じゃないよ。わかってる、こんなの実質謝罪会見だろ、おいお前ら、ちょっとはこっちも見ろよ。俺が今まさにマイク持ってんだろ! こっちにカメラ向けろって! そこのすだれ前髪のムカつく若いの! 未来の旦那に近いルックスはこっちなんだからな。もう、泣くな! すぐ泣く! なあもういいんだよな、木須猫? キスネコトネカ。逆から読んで金とコネ好き。俺の愛車に負けたバカ。バ~カ。アホ。お前、マジに覚えてろよ。嘘だ。勘弁して、もうやめてって思ってる一面もある。すげぇエグいじゃん仕返しのスケール。あ、高市さん! 高市さん観てる!? 俺の法案を聞いてくれ。あぁオエコモバのスタンドみたいになっちゃった。いいか、俺に”全財産ぶっこ抜き省”の全権をよこしてくれ。国民の理解を得られそうな奴から全財産持ってくるって誓うよ、例えばの話、HIKAKINがストライキ起こして活動やめたって誰も困らないだろ!? なんであいつらの俺らのほうが頑張ってるって理屈が通ってる!? なんでちゃんとした手順で社会に出て働いてる俺達が江戸時代みたいな食生活しなくちゃいけないんだよ!? 古来より庶民が好んできたのはワビサビ・ギリ・ニンジョウじゃないだろ! 金持ちが奈落の底の底まで転がり落ちて、そこから永遠に這い上がれない絶望感をやや上の奈落から眺める優越感だろ! 銃と爆弾が足りないぶん派手さに欠けるだけで、いざ住んでみればどこよりも国民性は邪悪だろって! いい加減いい子ぶるのをやめて認めろよ!』
『ウワ~……キモ……』
『SEだけじゃなかった! 聞こえたぞ! 国会! おい国会! 俺というミュウツーを産んだのは、信じられないくらい脳の小さい生徒を相手取らせておいて小銭をよこす、お前らの作った社会だぞ! あぁ今回のはホント、女ageに割きすぎだよ、木須猫も地味系もジェノスも。俺はモテたいし男らしくありたいけどフェミ騎士にはなりたくないんだ。だからちょっと女のY軸を下げさせてくれ。鬱病患者の話がいい。男の95%はナルシシズムから鬱病になる奴だけど、女は実に1250%がナルシシズムで鬱になる。誰しもがどんな外見性格ブスでどれだけひどい有様で車椅子とか使ってても、いや使っているほどにあたしNo.1なんだ。離婚すれば養育費で猫を飼う。元夫が悪い。生き物をまた増やす。自分を省みない。離婚を味わってまでペットを飼うって事は本当に動物が好きなんだろ、そして動物の事を想えるってわけでもない。あたしが連れてる動物がかわいいから飼うんだ。死を筆頭に、うんこおしっこ病気の事なんて考えない。なのに必然的に降りかかる幸せと不幸を押し付ける時の力がオスよりも強いんだ。考えれば考えるほど可哀想で動物なんか飼えないのに。だからって男の残りの5%ってのも、自認優しい、実際キショいだけのオランウータンかチンパンジーだ。いいじゃん。世界は平和だ。まあまあ男女平等だ。男女論争の結論を出しておこう、どこであれ、もう便所の落書きとかそういう次元じゃないんだよ。これが答えだ。誰も入りたくない。企業さんのおトイレの中、クソがクソを塗りたくりあってる。それこそがイーロン・マスクの目指したSNSなんだ』
そうか。そうだ。お前らも迷惑をかけられたんだ。ご愁傷様。弁明しておかないとキツいよな。てか、こいつ、フェイクのまんまじゃん。素人にしちゃけっこう面白い事言う。ちょい空回ってる感は否めないけど、駆け出しの芸人とか、配信者とかか? こればっかりはテレビさんお得意の仕込みじゃ有り得ない。なら芸人の線はないか。そりゃあそうか、こいつらには悪かっ——
「畜生ッ! クソッ!」
固い意思に反して、体が勝手に起き上がってゴミ箱を蹴り上げていた。スマホはドロドロで、手はグズグズだった。自分でも何がなんだかわからなかった。今度は音に驚いた——つまりは配信を切り上げやがったプロ意識に欠ける嫁が駆けつけてくる。
「ちょっと何してるん、大丈夫!? な、なんなん、その穴。どうしたん」
「いや、なんもないなんもない、ランクマ負けて、ちょっと」
「うん……。落ち着いてるんやったらええんやけど、疲れてるんやったらマネちゃんに……」
「え? 俺より稼いでからモノ言えよ、お前まだ事務所じゃ底辺なんだから」
「ひど! も~! なになに、実は配信してるん?」
「や、してへんて。でけへんやろて。でもお前の顔見て安心したわ」
ぎゅっと抱きしめる。鼻の丸い地味顔のブスだけど胸はデカいし、作った声はかわいいし、ガワも俺好みの絵師だし、なんだか安心する感触と匂いがする。俺だけのものって感じがする。結婚は顔で選んでも結局劣化するって、みずから独身を選んだ女のプロの先生が言ってた。でも俺、心だけは優しいお前を選んでよかったと思ってるよ。
『プイプイ!』
電子決済を終えてスウェット姿のまま、ボカロ曲カバーの収録のため、スタジオへの道を歩く。ベテラン作曲者と俺は完璧なビジネスパートナーだ。ネットを裏切って、メジャーデビューの泥沼で落ちぶれた奴もいるけど、ボカロに残った奴らは違う。あいつらの曲って、ニコニコ全盛期からずっとイケっぱなし。だが、エッジのきいた最高のネット風刺からエロい若い女の完璧なメンタルのリアリティまで、俺に歌いこなせない曲がなくて、お前らが俺のお陰でその歳まで歌うおもちゃで遊べてんのもまた事実だ。感謝してほしいね。
そして理解しておいてほしいのは、それでも『春山風』の出来が一番良かったと俺が確信している事だ。あれは間違いなく俺のための曲だ。俺のような優れたクリエイターにつきまとう葛藤や苦悩をよく書き上げていた。有象無象の飽和状態だから、それでも俺が歌ってようやくだったけど。靴を舐めさせてやった、敬意を込めて広めてやった。まさに弘法筆を選ばずだよな。
何が言いたいかって、俺だけが世代を超えているって事。あいつらオッサン世代のボカロPが自然の摂理のそのまんま秋元康みてえな歌詞しか書けなくなっても、俺は”あっそ”と吐き捨てて背中を向けるだけ。あいつらがどれだけすがったって、そこはビジネスだろってさ。ブタの役はドロップ安定、より若くて優れたほうを導いてやろうってだけの話。それが真のクリエイター。
誰も知らない。誰も俺の素顔を知らない。お前ら全員を殺せる男の顔の横を素通りしている。
気分がいい。気分がいいって。優越感に浸っているだけだ。
俺はいつでも希望に満ち溢れている。なんてったって、もう少しで夢が叶うんだ。ペットボトルのラベルに写った『月持ぺいでい』ちゃんにうっとり。
騒動ばかりの事務所で、気の毒でならなかった。だが、俺の信じる正義の天秤はいつも正しく傾くようにできていて、今や何事もなかったかのように地球は回っている。
ちょっと考えればわかる事だが、配信者の中身と、配信のキャラクターと事務所は別だ。ぺいちゃんはずっと俺の心の支えでいてくれた。いつも事実と正論しか言っていないから、負け犬のバカに嫉妬されてばかりで、そこがまた媚びてなくていい。
最近、さすがのムーブと言うべきか、家の中にまで付きまとっていやがった、ゲイのジジイにしゃぶられるような三下をうまくかわして、配信中、ずっと俺に向けて秘密のメッセージを送っていた。俺は嘘は嘘って見抜けるし、現実と空想の区別がつく。それはそういうものってわかってんだよ。ユニコーンどもとは違って、配信者の中身の事なんか少しも考えたりしない。
そして来月、俺はいよいよぺいちゃんの中の子に会える! 事務所同士のコラボイベントだ! 無産がどれだけあがいても登れない段階へと俺は至った! 俺は共同ライブが終わった後、中身までかわいいぺいちゃんに乱暴に手を引かれて、片手で目隠しをされる。もう片方の手で胸元をすっと撫でられて、俺の反応を見たぺいちゃんは安心して、まだ余韻の残る荒い息遣いで、聞き覚えのある声を聴かせてくれる。俺はというと、もう、推しの汗のいい匂いと密着したまな板の体だけでへたり込みそうになる。だけど、ぺいちゃんは歌はもちろんゲームもつよつよだから、そんな事はお見通しで、いつの間にか股ぐらに添えられていた若い太ももが俺の体重を支えるんだ! そして、あの生意気な顔そのまま、にやっと意地悪く笑ってくれる。ぺいちゃんは男心がわかる、気が遣える子だって知ってる。絶対にぺいちゃんなりの言葉で罵ってくれて、その後はもう、わかるよなナユタン! ハネムーンだ!
「アハ・ハーン! アハッハァーン・アハハ!」
ぺいちゃん! ああでも、ここじゃ嫁使ってオナニーできねえ!
あれから何日経っただろうか。やはり負け戦なんかじゃなかった。ちょっとおかしくなってたが、だって、それさえ、たとえ負けてたとしたって、受け入れさえすれば前より全然、気分がいいんだもんな。『カルマ』もじきに復活する。”かさぶた”だ。俺は確信していた。
電気屋のテレビには今どき誰も見ない地上波が映っている。将来的に売れなくなる過去の未来。オールドメディア、一種のオーパーツだ。
頑なに俺ら抜きのバラエティもそうだけど、ニュースなんか映して誰が止まってくれんだよ? 頭使って考えねえからそんなにガラガラになんの!
うんざりなんだよ、相変わらずギスギスしてるだけ、相変わらず大谷だらけ、やっぱフェイク映像の事なんか、もう扱ってもなければ、誰も覚えちゃいない。ま、そういうもん。
デジタルタトゥーが残るのは馬鹿なムーブかましたやつだけ。お生憎様。
——『アメリカのロサンゼルスで、”ハゲタカノカルマ”と名乗る男性が銃を乱射しました。犯人は逃走中、被害状況は現在調査中との事です』
……あ?
ぴたっと足が止まる。もしかして俺の模倣犯か? まあ、ポリシーやセオリーを理解できる奴もいるのかな。そういうのも出るか。オリジナリティのない連中は、乗っかるしかないよな。
ひとこと。言ってやります、か。
『こういう奴って、トップが優秀であればあるほど湧くよなぁ、なぁ、なぁ……(エコーチェンバー)』
こっちの垢でもキレッキレ、すぐにいいねがつきまくり。俺、ご満悦。
だが途端、映像はまるで俺が見つめたのを察知したかのように、妙な途切れ方をした。
ニュースキャスターが青い顔をして俺を見つめている。そこにまた、見覚えのある文字。
『え……、うわあ、臨時ニュースが入りました。国会議事堂内でエアガンと思われるものが発砲されました。どうせ無職の犯人は、大声で俺がハゲタカのカルマだと繰り返し、GTAと現実との区別がつかなくなって盗んだと思われるバイクで逃走しました。お前にトレバーやマイケルのようなキャラクター性もなければ、大したけが人も出せていません。おそらく蟲惑魔デッキの使い手で、臭く、法廷で冷徹に振る舞うためのセリフを今から考えている、ルーツを辿れば国籍すら違うブサイクだと思われますが、犯人は手配度5のつもりで、せいぜい頑張っても手配度2程度の日本の警察の追跡から未だ逃走中です。繰り返します、国会議事堂内で——
……なんだ?
ずん、と、何か、意味不明な、俺が感じるはずのない重たいものを感じて、俺は、さっき触ったばかりのスマホを取り出して、俺は、ゆっくり慎重に、ゴミのたまり場の、情弱のたまり場の俺は、ニュースサイトへと、俺は、指を動かす。
『新たな違法薬物、「ハゲタカカルマ」が流通……』
『生首に「ハゲタカノカルマ」、メキシコの組織が関与か……』
『コンピューターウイルス「HAGETAKARMA」に注意! 情……』
なんだよ——
『テロリストグループが「ハゲタ・タカノ・カルマ」を捕獲したと宣言、処刑の動……』
『ハゲタカのカルマとは? 収入は? 前世は? 徹底解説!』
……なんだよ、おいッ!
「な、なんだよォ、これ!」
大声を口で抑える。スマホを落とす。周りにじろりじろり、見られている。
俺が疑われている。
違う、お前ら、どう考えたって俺じゃないだろ。別人だ、ちょっと考えればわかるだろ、だってこんなの賢くないじゃん、俺の手口じゃない、俺はこんなに馬鹿じゃないだろうがッ!
「はっ、はっ、」
アホくせえ、暇じゃねえんだ! 一人一人に説明していられるかッ! なんだよ、故障でもしてるのか、ドアの開くのが遅え。スタジオへと一気に駆け出して、避難するように中へ入って、
「おっ、どうしたん、そんな急いで! なあ、言っとくけど、全然遅刻ちゃうで?」
はにかんでんじゃねえぞ、いつでも殺せるデブが! 一回くらい仕込み抜きでエグゾディア揃えてみやがれボケッ! こっちは、こっちはちょっと、それどころじゃねえんだよ。あれ、ない。手元にボトルがない、しまった、どっかに落としてきちまったのか、
「いや、な、なんでも、はあ、はあ、そうか、いや、勘違いしてたわぁ」
ボトルには口をつけてねえ。いや、だけど、指紋がついてるかもしれねえし、
めっちゃうっかりさんやん、と笑う呑気な配信者。なんか飲み物いる? とか、そんな、俺より若くて登録者数が多いからって、何余裕ぶってんだ、今に見てろ——
「なあなあ、今、えらい事なってんの知ってる? ハゲタカのな」
閃光のフラッシュバック。まただ。抑えられない強い力が両手で喉をこじ開けた。
「黙れッ! ンなもん俺が一番わかっとるんじゃ、ボゲェッ!」
建物の吸音材すべてに吸われていくほどの声量、俺の罵声。他にスタッフがいる。しん、とした空気。俺の声量に負けて、笑顔が固まったままのゴミ。
まずい。まずい。
「あ、新しいキャラやんかぁ! ハァッハ、スゥーッ、どうやろぉ、ヤバいキレキャラァ……!」
「いや、やめといたほうがええんちゃうかなぁ……、めっちゃ怖かったわ……、そんなんで喋ったらマイク壊れるわ」
もとに戻る。ほのぼのした空気に戻ったふりを、空気のほうが気を遣ってしていやがった。だが、このカスの表情には何か、”そりゃまぁそうか”みたいな、そこに確信のようなものを、作為的な嫌味を感じた。
こいつ、この俺をハメやがったのか? 隠せたつもりか? このボケが……! 俺くらいになると感じちまうんだよ。もう、やるしかねえ。それも、成長した俺が、前以上に計画的に入念に。
あれからたったの一日?
だったら当然、向こうもなかなか頑張ってると思うが、偽物の悪の本気の無駄な抵抗、悪ふざけは無駄と知りながら、無駄な抵抗がしぶとく止まらない。悪ふざけだ。俺は無色透明。無駄だ、わからないバカがやってるだけ、負け犬の遠吠え、でも俺が、指をどう動かそうがどこ見てもどこ見てもカルマ、ハゲタカのカルマ。カルマばっかり、
口に運んだいつものドロドロの夕飯の味がしない、まずくない、
「どうなるんやろなぁ。今日一日めっちゃくちゃや。ハッカーやて。犯行予告も」
うるせえって言ってんだろ、作り笑いが多くて気になんだよ、てめえの配信、俺と結婚できてはしゃいでるんだろうが、俺は、男は、何でもかんでも共有してえわけじゃねえ、
「そッ! ……そんなん、別にどこも……、されてるやん、一斉に、一般論やん、普通に考えたらわかるやん」
「でも、めっちゃ落ち込んでる。聞いたんよ。ほんま、きみ、根っこのとこ、アツいもんなぁ」
うるせえ、うるせえ、うるせえうるせえ、たったの数回パコってやっただけで、そんな風に俺に、知ったような口をきくな、同棲がバレたらひがまれる、俺の格まで落ちちまうだろうが、わからねえのか、それどころじゃねえんだよ、こっちは、
「や~、もう、ほんま、うちも怖いんやて! うちらの事務所な、ううん、それこそ、聞いてや、うちらの事務所だけやないけど、ハゲタカとか、カルマとか、あんまりそればっかりになるもんやから、すぐ全部ブロックしたやんか? コメント荒らし対策で」
「あ、ああ、ああ、そう、うん、うん、そう、そう、そうそう、それ」
ちっともそうじゃねえッ! うるせえっつってんだろ! わかんねえのか、メシ食ってんだ! ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、汚え歯並びで唾飛ばしながらしかメシ食えねえのか、てめえはほとんど専業主婦で、先生の言う通り、専業主婦なんざ男の人生にとって負担でしかねえ、ひろゆきさんでさえ結婚しちまったところを、先生はまだ合理的な理性をもってして独身を貫いてる、いつも女に向けて正しい事しか言わねえ先生が、そのものズバリ、こんなクソッタレな結婚生活なんか送ってるわけあるかよ、これに関しちゃ俺はひろゆきさんよりも先生サイドに強く共感してんだぜ、俺がどんな慈善事業を強いられてるかって、てめえに毎日毎日、クソ毎日、救いの手を差し伸べてやってんだろうがッ!
「ちゃんと聞いてる~? そしたらな、ほら、今度はこれ」
ああ、ああ、ああ。ああッ! はいはい。はいはいッ! まだ邪魔するつもりなのかよ、わからねえんだな、わからねえのかよ。そうそうそう、もうさ、お前ってぺいちゃんと全然違うわ。そう、そうそうそう。うん。殺すわ。もう、何だよ、殴る前に聞い——
『Streamers who block comments』
羽ばたきの風圧によるノックバック。ウチん中で飼うにはあまりにも、あまりにも巨大なハゲタカの影。それは、単なるリスト風の、ガイジンが悪ふざけで作った画像だった。なのに俺は、
「が……っ」
いよいよもって、口ん中に残ったまずいメシが喉を通らなかった。
「何だよ、何だよ何だよ、何だよ、何だよ何だよ何だよ何だよォ~」
嫁の声をよそに、スマホをひったくって凝視する。伸びた爪がカチカチカチカチうるせえ。うるせえ、カチカチうるせえって聞こえねえのかッ! カチカチカチカチうるせえってッ!
フォントはおろか、ペンタブすら持たねえ礼儀のなってなさ、きったねえマウスで書いた”KARMA?”の文字。見知った顔ぶれ。正しくはないが、なんとなくの有名順。あのカスも、あのゴミも、リスペクトすべき超えられる壁も、そこに、下から六つ目の段に俺がいる。神上サガットの顔が笑っている。
俺の俺が俺を見て微笑んでいる。
「そ、それなんやけどな、落ち着いて、うちも載ってんねんて、ほら」
メシが開きっぱなしの口からばたばた落ちているのがわかる。掃除するのはこいつだからそれはいい、だけど、だけど、そして、そのサガットの上の段には——
「……んでだよォ~~」
「あの……、ごめん、その、無神経やったかな」
——なんでッ!
「なんでッ! てめえがいい気になってッ! 俺の上に載ってんだよォッ!」
俺は解眼した『カルマ』の拳を光の速さで回転させて頭を吹き飛ばし、少しの時間もおく事なくマスクをつけフードを深く被り家を飛び出した。もうじき、うるせえ顔がなくなって、マネキンになって噴水を吹き出すバカ女の事を、J鎖、ギャレンさんやゲレゲレさんがその気になって洗えば不祥事だらけのくせに、国家の犬が、ポリ公のバカ男とバカ女が、
「ほら、ほら、夢じゃん、って、ほら、さあ、」
ヒビったスマホを開いて、今度はずるりとしていて、夢じゃない事を確認する。すぐに話題になるに決まっている。あの神上サガットが失踪したんだ、ついでにブスも失踪したし、いや、ブスは発見される。すぐに。くそ、くそ、俺が走ってるのに、地球が丸いから、どこまでも昼夜が、世界がループするだけ。でも助けにくる。誰かがきっと俺を庇ってくれている。時間を稼いでくれる、その間に、
『あのー、ちょっとどうしても、何かあるのかな、と』
『触れちゃいけない感じがするので、今回の動画はここまで! ぇチャンネル登』
『悪いけど”切り”だわ、それ、ガセでしょだって!?』
スマホ、スマホを見ても見ても意味がねえだろ、いつまで逃げても逃げてもきりがねえだけだろ、それを、途中で必要なくなったと判断、くちまもゴー速も、つく側を誤ったのを一瞬で見抜き、俺の、承太郎も真っ青の冷静な判断力で必需品のスマホを捨ててまで、いつまでも逃げ、時間を、タイミングを待っても待っても、こんなに駆けてやっているのに、待ってやっているのに、どこまでもついて来る。こいつらの追跡が一向に終わらない! ”俺にだけついて来てる”!
スライドするテレビからテレビからテレビ、カスの地上波、CM、ニュース、CM、バラエティ、ドラマ、CM、
『驚きのカカオ999%!』
含みすぎだアホがッ! 驚くに決まってんだろボゲッ!
「ハァ、ハァーっ、はひッ」
『おい、逃げとるヤツ! 自首せえ! もう、テレビ観とる皆、ドワーッ! して怒っとるからな!』
俺だ、俺だ、それって俺なんだ! なんなんだ千原ッ! てめえら兄弟揃ってどういう立ち位置目指してやがんだッ! 違う、だけじゃねえ、皆が俺を犯人だと思ってる。皆が俺を見てる。いい機会だ! いつも半分も使ってねえ頭をフルに使う時がようやく来てんだよ。危機を乗り越えるためにどうすべきか! 電車には……乗れない、タクシーは……使えない、だったら歩け、いや、歩けもしねえ、クソが! この場はただザ・ランだッ! ただ逃げるしかねえッ!
『え~今回のチャレンジは残念ながら因果応報という結果に終わりましたけれども、そちらからも何かお話があるということでね』
『エ~?』
『あの~今回の私が主演する映画作品『モノクロ』もすごい深くて素晴らしくて~』
『オーイ! 番宣すな!』
『ワハハ!』
つまんねえ、つまんねえつまんねえんだよ! のクセになんだ、早速俺のパクリかよッ! テレビお決まりのクソだ! どうせ表現しきれねえクソ映画に決まってる! 頭空っぽの整形タレントに迫られたって嬉しくも何ともねえんだ、こっちは! 富野の良さも、庵野の良さもわからねえくせによ!
『午後のニュースです。夜野町を中心に新しい違法薬物、通称「ゾンビたばこ」が大量に出回り、政府は対策を……
「ぞッ!? ゲホッゲホッ! オエ!」
ゾンビ? ゾンビ——ゾンビ、ゾンビだとォ!?
畜生ッ! “なんで俺の特性が割れてんだ”!? クソ野郎どもが売りやがったのか!? 嫌がらせの一環で! やってみやがれ、俺は弁護士の動画だって観てる! 控訴で返り討ちにしてやるッ! クソッタレ、無能な政府のせいで、こういう時、どこにも俺の安心できる場所がねえんじゃねえか! だったら作んだよ! だろ!? 俺は今やすっかり有名人だ。皆が俺を見てるってのに!
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、ひい、ぉえ、」
進め、進め、迷ったなら、茨の道? 道あるじゃん、そうだ、道のある限り、とにかく歩けよ!
真っ暗。真っ暗のところにいます。
「おい兄ちゃん、兄ちゃん、なんや、大丈夫かいな」
いったい何年経ったんだろうか? 気がつけば、どこだかわからない場所で横になって、動けなくなっていた。いや、大抵、カロリーが足りないと低血糖っていって、こういう感じになるから、俺は誰にも見つからないように解眼『カルマ』でホームレスから火を拝借して、あったものを焼いて食った。誰も知らないだろうけど、生の食べ物は危険だから。
これを数回繰り返すと、生きていくのに必要なエネルギーは補える。わかる? 問題は、嫁のメシよりもまずい事。でも味なんかほとんどしないから、そうそう、俺はそれを逆手に取ってるワケ。わかる?
サイレンが鳴るたびに隠れてを繰り返す。職業病みたいなもんだ。わかる? 有名人は安心してメシも食えやしない。最近のホームレスはスマホも持っているのか。ふうん、要するに、箱としちゃちょっとの間は頑張ったらしいが、神上サガットの代役は探しても見つからなかったという内容だ。まあ当たり前だ。わかる? 神上サガットは唯一無二のオリジナリティの持ち主で、今やヴィランになっちまったんだから。
くちゃくちゃと口を動かすたびに、ドブのような口臭がする。
「ど、どうして……」
覚えのあるようなないような、高い声がぼうっと姿を現した。
もしこうやって誰かに見つかったって、もう焦りもしない。だって殺すだけだもん。
「は~~~い、んじゃあ……、お前も吊りまあすッ!」
俺は『カルマ』を手足のように操って眼球を貫いた。
その予定だった。
たった一発の銃声だった。
「あ、ああ……」
ぎん、と大きな音が頭の曇りガラスをかち割って、俺をモニターの前のあの頃に急速に引き戻した。銃弾は透明な殻をぶち破り、貫通して、入ったひびから更なる光が射し込んで、蟻塚の中、狂乱から絶望までを刹那のうちに省みる。熱が巡った心臓が今頃ばくんと爆ぜ、あまりの衝撃、憂鬱、息苦しさと眩しさに両手で両目を覆ってしまう。
「うわあ、ああッ! あああああ、うわあああああああああッ!」
胃袋が脳みそに引っこ抜かれて噴水のゲロが出る。
「ゲェ、オゲッ、げっ、オゲロェエ~~~~~ッ! ぶごえッ! おげえええッ!」
あ、あ、
あいつッ! あいつは、俺と、俺の顔と目を唯一知っているガキだ!
——「り、『リロード』、『ジェノサイダー』……!」
あいつはッ! あがッ、待て、き、気持ち悪ぃ、ゲロがまだ出る!
「オゲェッ、ぼブッ、ぼブッ、ばッ、」
滴って全然止まらねえ! 何だよこれ!? まじい、まじぃんだよッ! 早く出ろやッ! いやッ! 俺に限ってこの場合は違う! 俺にはゲロが止まるのを待ってる場合じゃあねえってわかる! あのあのあの、あのバカみてえなピストルだ! 解眼、俺に教えた、解眼しているガキだッ! 銃口はこっちを向いている! それも一撃で『カルマ』をぶっ壊した! こいつ、名前を上げにきやがったなッ!
「ど、どうして……こんな。だって、あなたは……!」
なんでてめえがうろたえてんだよ!? ぶっ壊したのはてめえだろうがッ!
「来るな! 来るな、来るな! 負けてねえぞ! かかって来いやボケッ!」
作戦だ! 作戦だ! 言うなれば未来の設計図! 作品のコンセプトアートッ! 這ってんじゃねえ! 地べたを移動するのには今はわからねえだけで、きっと意味があるはずだッ! ガキが俺を見下しやがって! 『カルマ』のリチャージは今や数秒で済むんだぜ! そうだ、再び目が開くまで、こうやって時間を稼いでいればいい! そのために這っていたんだ! 無自覚に! やっぱ全ては正しく、全ては俺の力で動いているッ!
「待って! 落ち着いて、僕は助けに来た! 話がしたいだけだ!」
このドチビがッ! ガキが解眼を解いて、バカみたいなピストルを厭味ったらしく見せびらかす! クソが、イライラするッ! 勝ったつもりか!? 甘ェんだよドズボギャッ!
「ふううーッ、ヒィっ、フシュゴーッ!」
「敬語じゃなくってごめんなさい。で、でも。絶対、そのほうがいいよね? 本当は『キューティバレット』っていう名前なんだ。あの日も言ったかな、僕の目は人を傷つける特性じゃない。ジェノサイダーは解眼のかけ声で……、あ! ご、ごめん、これが誤解させちゃったんだよね、リロードをしたのは次の戦いのためで、あなたを撃つためじゃない」
リローディン! チャージだ! 急げ! チャージ! リロード! さっさカバー入れやボゲッ! チャージを待て! リチャージまであと十数秒だ! トロールか遅ぇんだよッ! そしてその間、俺の頭の回転速度ならばプランは数秒で思いつく! ステンバーイ! ステンバーイッ! この場にあるものはなんだ! 俺の特性はなんだ! 完ッ璧閃いたぜ! アローリ! 解眼をブラフに使い、速攻で解除する! 本命は——名付けて『歯の銃弾』!
「ブハァーッ、フゴッ、ゴクンッ、エゲヘェ!」
「き、聞こえてるよね? 安心して、僕たちは逮捕するための組織じゃない。そんな権利はないよ。民間で、中立で……、ああ、どうしても物騒な感じになっちゃうな、と、とにかく説明が難しいから、アジトに来て。話はそれからにしよう、これだけはわかって、助けたいんだ」
嘘つけッ! キッズが馬鹿にしやがって! ゲームはガキのためのもんじゃねえッ! 大人代表として公開処刑して切り抜かせてやるぜッ! 俺をマスゴミに売れば高く売れる! あのクソジジイとアジアのゴミ虫どもはもちろん! それまで練習台として処分してやった毒親や、あんなに感じておいて俺をフった風俗嬢! こっちは接待プレイで、好きだっつうからアニメやゲームの話まで振って、聞く耳を持とうとしてやってんのに、作品の深い哲学と倫理の話についてこれなかったからってブロックしやがった、あの男を楽しませる思いやりに欠けたワリカン受け身の婚活の清楚ぶった、二歳も年上のババアのくせしてヤらせもしねえアホ女ッ! 高校時代に俺に告られて泣いた女もッ! クズの分際で上から目線だからバラしてやった、いらねえコネの生主どもにもッ! 権利を抱き! 裁きを受けし者にあの世で挨拶しろってハラだろうがッ! 見え見えなんだよ! くたばりやがれッ!
“すでにチャージは完了した”! 喰らえッ! 俺の『カルマ』を!
——『神上サガットの中身、”山下深志”です。この度は本当に申し訳ございませんでした、ご迷惑をおかけしました。この世にはびこる悪党の皆々様方、もうハゲタカのカルマ攻撃はやめてください、お願い致します、この通りでございます』
私のスマホの中の小さな画面に小さな背中が丸まっている。弁護士がついてくれなかったのか、言葉遣いはボロボロ、上げた顔はボコボコ。あれから、たったの一週間と数日だ。どこで何をして、何をされた?
『これからどうするかを言え』
映像の枠の外側から聞こえたのは、めっちゃくちゃボイチェンって感じのボイチェン声。高いのと低いのが混ざり合った、これも皆さんが好きなやつだ。
「我とか言ってましたよね? おじさんじゃないですか」
そんなちっぽけな疑問の後ろで、専用のメカに接続されたスピーカーが歌っている。もちろんハゲタカの謝罪会見のバックグラウンドには、いや、どのバックにだって、私の行く先にはワン、トゥ、トゥリニティネ・ヴァ・フォ、甲高いサウンドの後の百億回聴いたゆるいカウント、ドクさんのビートにノるスヌープさんがいる。……それと、
「うはは、ここまで極端ってなぁぶっちゃけ、想定してなかったねい。むしろ、ハンディキャップを利用して申し訳ねえって感じだ。一旦思い込んだら止まらねえ。あの時”わかんねぇ”って言えたよな。負けを認めねえ限り誰にも負けねえのに、パニック起こして負けを認めちまったよな。パン! そこがいわゆる、彼にとっちゃあ、もしかしたら初めてのぐうの音も出ねえ論理の破綻、絶対的自我の死だったんだ。根拠と終わりなきプラス思考にゃ修正の工程がねえ。狂った歯車のうちのひとつでも逆回転すりゃそっちに回るだけ、正当化っつう『マイナスがかかり続ける』。いわばバイアスのらせん階段さ。シリアルキラーに多いんだぜ。あとは道なりだな。普通と逆の方向だけ選んで、周りの意見は聞かねえ。精神が孤独に陥って、登り坂と言い張りながら転がり落ち、いやいや落ちてねえからとどんどんイカれてく。ぼくちゃん様に素直に頼ってくれりゃ全部ひっくるめて守って治してやったのに。……カイコの質問に答えとくか。んま、フツーに考えりゃ、ナルシストってこたぁよう、イケてる顔ならむしろ率先して出すだろい。ぼくちゃん様みてぇに?」
同じ曲を千倍以上聴いているであろう、そんなトネカは今やすっかり元気のごきげんで、映像をかる~く観て長い言葉をするっと並べ終え、パッチをつけていないほうの目でウインクしてからほっぺにキスしてくる。かわいい。うれしい。
あの時は傷をすぐに処置しなくちゃいけなくて、でも居合わせたクルーの一人は死んでいたし、気の毒な軍人さんとドクター私とで違う違うってあ~いてぇいてぇ死ぬ死ぬ死ぬのてんやわんやだったけれど、前向きに考えれば局所麻酔を盗みそこねたトネカが自分の犯罪とその失敗による痛みで死にかけて失神して、痛みで起きてまた死にかけてを繰り返しただけの事、どうにか視力は助かった。
たぶん、たぶん無事。パズルのピースがはまった感じがしました。本当です。失敗しません。見えるはずです。免疫がばい菌とかに打ち勝てば。あ、あーあ、何ともないみたいで本当によかったなあ。
『あの、でも俺は神上サガットとして、コメディアン顔負けの優れたエンターテイナーとして世の中に笑顔を届け、ちゃんと寄付もしました、そんな凄い俺でも刑務所だけは嫌なんです』
『都合がいいとは思わないか。でも寄付は偉いぞ』
『イヤッ! やめてください! やめてください! チンポにしてください! 乳首だけは取らないでください!』
『感じる乳首はどうせ刑務所では無用の長物だ。……いいや、どうだかな』
『ヤッ! ヤッ! ヤダーッ!』
最初のボコボコに殴られた顔の時点でグロいといえばグロい。そこを投稿者が配慮して編集したのか、”サビ”に入るたびによく聞くフリー音源とモザイクがかかっている。ホラー作品の新たな告知だと思っている人もちらほらいるようだ。
まあ、全ての告発は大いに波乱を呼ぶだろうが、一旦オチさえついてしまえば、それこそモキュメンタリーホラーとは違って、オチさえあれば、納得がいこうがいくまいが。
チャンネル名は『hagetakahonmono』。再生履歴をそっと削除した。
「なぁカイコ、正義の反対にあるものは何だと思う?」
「悪です」
「うはは。ちげぇねぇ」
ちなみにどこの政府とも一切何の関係もないが、ハゲタカのカルマのパーリナイ以降、貿易ルートの規制がゆるくなったとか何とかで、それでトネカ含む悪者たちは最近いつもご機嫌なのだ。
「もしもし? ああ、うんうん。そう、それだそれ、見つかった? え~、まじかぁ、じゃ箱買いしちまおうかなぁ、発注かけるかぁ……、な、口約束でキープしてくんねぇかな? うははは、ダメだよな、んじゃ決める決める。こっちから先送っから。いやいいって、わかるわかる、わかるって、めんどっちぃよな、でもしゃあねえよ。なあなあ、彼、ヤクザもうまくやれそうかい? ん、だろ~い? 見る目あっからなぁ、ぼくちゃん様は。やぁ、どうせ帰れねえよう、場所があってよかったぜ、うん、VIP待遇頼むな。んじゃまた。おうよ、お互い生きてりゃな」
読者の皆さん、まだそこにいますか。ならば”ごもっともです”と言わせてほしい。このチルチル女がやっている事は全部犯罪で、ものの見事に最初から最後まで全部このヤニヤニ女が悪いのだ。買い物の内容も聞かせられない。……まあ、私もまあまあ悪いです。それは、さっきも聞いた言葉だけれど、ぐうの音も出ない。ごめんなさい。なんにもなかったかのように。もう、何がなんだか。
「どうでもいいんですか? シルクロードは」
「まさか! ぼくちゃん様の夢はシルクロードの再建だぜ? そのためにエネルギーを調達しているんじゃねえか!」
流れはまたビートにノって、ふんにゃり韻を踏む特有の声のほうへ。トネカのヘビロテ、いつものミュージック。まあ、単なるファン、憧れであって、平凡にも生き様を勝手に自己解釈して内面から意識しているのはよくわかっているけれど、ぶっちゃけスヌープさん、それでもこの女にそんな風に言われたら怒ると思う。
「スヌープさんに会えれば案外それで満足とか思っていませんか?」
「や、できねえよう! なぁに言うんだよ! マジにそれは、推しにがっかりされたくねえもん!」
きゃっと顔を隠す。”ぶる”な。
「推しとかそういう概念の人ですか、スヌープさんって? おい聞け。キャンディクラッシュをやるな」
「ぼくちゃん様がこいつをリスペクトしてプレイまで続ける理由は、世界一プレイヤーへの金の払わせ方が強烈で、しかもゼロ歳からぶち込んでいい夢のファンシー・パチ屋を作り上げた会社だからさ。それも、パチやスロと違ってクリアされても困らねえ。エグいぜ。見習うべき点が多くある」
「トネカでもクリアできないんですか?」
「ああ。できねえ。んでまたこうして脱法広告を見るワケだろ。やべぇって。イカれてんだ」
私はトネカに疑問ばっかりぶつけている気がする。今度は音楽が途切れ、着信が入る。
「おうおうワンちゃん。どしたどした、原子炉にでもぶつかったかい?」
『トネカ~。ひと。新しい、働くひとの、こと。助けて。確かに、新しいカスタム、オーバーヒート、しにくいよ? でも、差別、すごいのよ。トネカ、おしっこかけられた、ひとに、おしっこかけられたこと、ある? ダメかも、思う、ひっきりなし、すぐ叩く、ひっきりなしだから、ああ、また、』
「お~、いいじゃあねえかぁ、よりてめぇの犯す罪が正当化されるってもんだぜ。そのまんま続けてくれ。どんどこ掘れ掘れだ。掘り進めッて・くれ~ぃ!」
「SURFACEか」
無慈悲にも、音はまたスヌープさんに戻る。私のホーム画面のおすすめには情報メディア『リバティ』の動画、サムネイル。翻訳された”極寒の地下にアジアのクソカスドブネズミが移住!?”というタイトル。開いてだいたいを要約すると”鼻くそチンポコのアジア人は道端で凍え死んでても人間じゃないから悲しくない”って取材内容だ。
トネカが窓を開けると、どっどど、どどうど、まさにその極寒さんが襲いかかってきた。
「さみ~」
閉めると、すぐに暖かくなる。
「あったけ~」
開ける。
「めっちゃさみさみ~」
閉める。
「トネカ!」
こいつ、モンキー・D・ルフィか。幸い、止めるならこのあたりだと私が知っている。私自身のためのアンガーマネジメントだ。モーツァルトも三回続く同じメロディは我慢ならないと言っていたらしい。厚かましくも、ちゃっかり三回目で変化をつけていたトネカはびくっとした後、動きを止めている。慣れたものだ。そういえば、今から問いかける疑問に比べれば私は小さな疑問ばかりぶつけていたと思うけれど、嫌すぎて開いてもいなかった疑問が、とても大切な疑問がスマホの中に勝手に入っていた。触れるにはいいタイミングだ。
「この”RoUsY”っていうアプリは?」
「えっ、開いてねえのかよう!? まだ!?」
「一生開かないまま新しいスマホにすると思うので、かわりに開いてもらっていいですか?」
「えー……」
不服そうに、ぽちっとタップするトネカ。
『やあ、呼んだかな』
画面の中に性犯罪者がいた。
「どのマルチバースでも呼ばない予定です」
『そのまなざしは、ぼくが児童性愛に目覚めてしまうのを防ぐのに役立ちそうにないね』
死んでいてくれ。思い出の中で。思い出の中で、そっと。
『腐って崩れた脳から記憶を取り出すなんて、やるね。さすがはトネカだ。おかげでポルノが見放題、AIとセックスも楽しめる。肉体を捨てたおかげで、射精なんか、し放題だよ、想像もつかないだろう? ぼくはこうしてる間にも、無限のピストンを行っているんだ』
「礼にゃあ及ばないぜ。もう話したっけ? 蟻塚の事さ。女王が蜜を出すからじゃねえ。家族がいる場所が蟻塚だ。だろ? 老師」
『なんだって? 精液を出していて聞こえなかった』
しゅっとスワイプすると、老師が飛んでいって消える。
「向こうでも、少なくとも周りのお偉いさん方は気付いたはずだぜ。ワンちゃんと違って脳が残ってた。や~、ダンチで楽ちんだったねい。電脳化した老師ぁいわば究極の蜜のマニュアル。これでおとっつぁんも、ちったぁ気楽にやれんだろ。ぼくちゃん様の気遣いに感動してるかも」
「はあ。トネカのスマホにも、このアプリは入っているんですよね?」
「ん? うん、もちろん。なんで?」
それを聞いて安心した。
ちょうどいいタイミングで強そうなスキンヘッドのお兄さんに肩をぽんとたたかれて、トネカもくるっと向きを変えてくれた。
「人間、裁き裁かれてばっかじゃダメだ。っぱ、愛と支え合いが大事だよな」
そして"集い"の座り心地のよさそうな椅子に深く腰掛け、テーブルにどっかり足を乗っけた。
「『そのほうが平和だし、平和ってこたぁ、ドラッグが売れる』」
ばちんと、またウインク風まばたき。どこにあるのか、カメラに向けて、足を組んでまで行う決めポーズ。うははは、と笑う。一体なんと言ったんだ。一言も喋るな。
そういえば、くだらない戦いの副産物だけれど、あれからの悪党の躍動とやけに静かな政府のおかげで、世界情勢はほんの少し、トネカの押し付けがましいチルいテンポに乗ってくれたように私は感じていた。きっかけはカルマの襲撃だったから、いわばあのカルマ騒動はかりそめの一服タイム、やつは人生のすべてをもってして、一時的な平和をつくるのにひと役買ったとも言える。
——いや、というか、単に、世界がちょっとだけヤク中になったようにも思う。騒ぎに乗じて死ぬほど出回ったらしいから、そっちが原因なんだと思う。
私の代わりにずっと座っていた怖い顔のおじさんが世界一怖い目線のまま葉巻を揺らし、トネカに注意した。ここは大事な場であって、当然のごとくキレている。
元・学生なりのつたない表現で誤解を招いたなら申し訳ないが、窓の開け閉めから場面転換はしていない。そう、こんな場であんな事をやっていたのだ。本っ当にごめんなさい。
「『■■? ■■■!』」
怖すぎる。殺される。
今度はまた、これはこれで、やっぱり意味はわからないけれど、すごい迫力の言語だ。
「『ごめんて~。訂正するぜ。ドラッグはいつでも売れる』」
「『「トネカ」』」
絶対に余計な事を言っただろうと思っただけだ。
だけど、怖い人々と私の息がぴったり合った。
トネカの目線の先は葉巻だけ。
グルーヴ感にぐっと親指を立てた私はおずおず、翻訳アプリで”いいですか”と、葉巻のおじさんに確認をとってみた。そうしたらもちろん、”いいよ~^^消せ”と返ってきた。
だからアジアのドブネズミは今日も、この世界一のろくでなしの頭を叩いて金ピカの眼鏡をずらしているのでした。
今までで一番面白かったです




