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2-3 パン

Wisdom is the daughter of experience.

 「さて、魔法の理論を基礎から説明するっす。」


 ジェラルドが I 組に加わって数日後、ジェラルドは初めて本格的な授業を受ける。


 ちなみに実技は既に終了していて、叩きのめされていた。


 というのも、魔法を若干制限する腕輪をつけた状態で魔法を発動する練習をしても全くできず、仕方がないと腕輪を外した状態でジゼルと撃ち合ったのである。

 ジゼルはジェラルドが放った魔法をすぐにハッキングことコントロールを奪取して、そのままジェラルドに返した。勿論、彼からはそらして怪我のないように配慮をしたが、自分の魔法がそのまま返されるのは精神的にくるものがあったらしい。


 そのあと、アリスとランバートを加えた状態でジゼルとの乱取り。

 ジゼルは手加減を覚えたそうで、ちゃんと他の師匠たちのように練習に付き合うことができたのだ。


 同じ年齢くらいのジゼルに片手間で手加減しながらもボコボコにされると、これはまた精神的にくるものがあったらしい。



 そして、早くも実戦が終了して、ジークによる魔法理論の学習に入った。


 ランバートとアリスは走り込みと乱取りを繰り返しているらしい。


 「まずは、そもそもの話っすね。魔力量の意味分かってるっすか?」


 「扱える魔力の最大量だろう。」


 当たり前だとジェラルドは答えた。


 「…ぎり及第点っすね。」


 ジークは説明を始める。


挿絵(By みてみん)


 「そもそも、生物には魔力を生成する魔力炉と魔力を貯める魔力嚢が備わってるっす。そのうち、魔力量と呼んでいるのは使用可能魔力量のことっす。魔法のために使える魔力っすね。」


挿絵(By みてみん)


 「魔力は魔法を使うためだけにあるものじゃないっす。元々は生きていくためのエネルギーっすからね。で、人間は生きていくために使うものの余剰分を魔法に利用してるんすね。」


 ジークは解説をしていく。


 「魔力は生きていくためのエネルギーっすから、0になれば死ぬし、生きていけない。よって、魔力には無意識下でリミッターがかけられてるっす。生きるために使うエネルギーを使ってしまわないように。そのリミッターがかけられてない部分が使用可能魔力量っすよ。」


 ジークはジェラルドの目を見ながら、話す。


 「使用可能魔力量を増やす方法は大きく2つっす。ひとつは、基礎魔力代謝を減らすこと。もうひとつは、安全マージンを減らすこと。」


 「安全マージン?」


挿絵(By みてみん)

※グラフのパーセンテージはイメージであり、固定ではありません。個々により異なります。


 「そうっす。マージンってのは余白のことっす。ぴったりに制限をかけるより余白を残しておくってことっすね。安全マージンを減らす練習はできるっすけど、おすすめはしないっす。生死の境を理解するってことっすから、上級者向けっす。」


 (そもそも限られた魔力をいかに使うかの方が数十倍大事っすからね。)


 心の中でジークは付け足した。


 「安全マージンの減少の応用にリミッター解除があるけど、それは流石におすすめできないっすね。リミッター解除は生きることを放棄したもの。死ぬまで戦い続けるっす。これが本当の意味で全力を出し尽くすってことっすね。」


 「なるほど。最後の最後の自爆攻撃に近いわけか。」


 「そうっす。」


 ジークはジェラルドが納得したことを確認してリミッター解除について言及した。


 「リミッター解除は訓練されてない場合、大惨事になるっすね。そもそも、普段扱わない量の魔力に酔って暴走して理性なんて保てないっす。敵味方構わず攻撃して無駄に魔力使って散るのが関の山っすね〜。」


 (まぁ、強力な暗示でリミッター限定解除なら俺もするけど。)


 内心は悟らせないように笑顔で解説した。


挿絵(By みてみん)


 「で、話を戻すっすよ。使用可能魔力を増やす方法にはもうひとつあるっす。それが基礎魔力代謝の減少っす。基礎魔力代謝と基礎代謝は反比例の関係にあるっす。反比例は流石にわかるっすね?」


 「一方が増えるに従ってもう一方が減る関係だろう。」


 ジェラルドは問いかけに答える。


 「まぁ、正確ではないけど、その認識でいいっす。基礎代謝は何もせず生きているだけで消費するエネルギーのことっすね。細かいことは正直理解できないと思うっすけど、基礎代謝が高い人ほど筋肉が多いイメージで大丈夫っす。体力がある人ほど基礎魔力代謝が減るみたいなイメージでいてくださいっす。」


 「…随分と詳しいが、どこで知るんだ?」


 ジェラルドはそう問うた。


 「…必死で一線の冒険者やってれば誰しもが理解することっすよ。知識として、用語は持ってなくとも、肉体を鍛えると魔力量が増えている感覚は誰しも持ってるんじゃないすか。リミッターの考え方は特殊っすけど、最後の最後で命を落としながらも敵を葬るという話も冒険者の中では一般的っす。知識ってのは使っているうちに生まれてくるものっす。それらが口伝でも文書でも残っていればそれをついで、新しい知識が増えてくっす。全く不思議なことじゃないっすよ。」 


 (用語は迷宮の最下層に行けばある程度手に入るっすよ…。)


 その言葉もジークは心の内に留めた。


挿絵(By みてみん)


 「さて、魔法の理論すよ。いいっすか。魔法には大体2段階あるっす。①魔力を属性魔力に変換、②魔法を発動。勿論、その前に詠唱を魔法陣にとかもあるっすけど、そこの部分はカットっす。無詠唱で魔法陣を直接組み立てないと死ぬんで。」


 ジークは乱雑に詠唱をバッサリと否定した。


 「ちなみに、ジゼルちゃんが得意な無属性魔法は魔力を属性魔力に変換する必要がないマイナーな魔法で、速度と効率を担保できるっす。特に、属性魔力に変換する手間がない分、シンプルで魔力量も減るからっすね。反面、シンプルな魔法は妨害を受けやすいっす。複雑にすれば魔力消費はえぐいっすけど、妨害されにくくなるっす。そこらへんの匙加減は大事っすね…。」


 ジェラルドは無属性魔法自体初めて聞いた。

 だが、無属性魔法の説明などなく、理解しないまま進んでいった。


 「次に、魔法の効率、非効率についてっすけど、①と②の段階ごとに無駄な魔力が発生するっす。どうしても発生するものっすけど、これが少ない、0に近いのが効率のいい魔法っす。エネルギー変換効率みたいなものっすよ。全てにおいて100%無駄のない変換は不可能とされてるっす。でも、それを目指して魔法は開発されるっすよ。で、その無駄魔力は大気中に発散され、それらが新たな魔物を呼ぶっす。」


 エネルギー変換効率、は分からなかったが、無駄な魔力が発生していることを理解したジェラルド、最後の魔物を呼ぶという部分に息を呑む。


 「魔物生態学で言われると思うっすけど、魔物は大気中の魔力を糧に生きてるものが多いっす。人を喰ってもそれによって魔力を得るんす。だから、魔物はたいてい魔力の多い場所に引き寄せられる性質を持つっす。つまり…。」


 ジークはここで目を細めた。


 「君が魔法を発動した後の濃厚すぎる魔力に引き寄せられて大量な魔物が押し寄せてくるっす。というか、きたっす。」


 ジェラルドは目を見開いた。

 話の流れで薄々気づいてはいたが、自分が魔物を滅するために発動した魔法によってより多くの魔物が集まってきては本末転倒。


 「あ〜ぁ。だから嫌なんすよね。毎度毎度。ここの連中の実戦という名のお遊びに付き合わされる俺たち、ほんとバカにされてるっすよね…。あれで調子乗って、魔物を倒したと英雄きどり?ふざけてるっすね。ぶちのめしたくなる衝動を抑えても仕事してる俺って、まじ優秀っすね。フッ。おかげで演技のできない他3名は退散してるっすよ。まぁ、出てくる魔物を片っ端から倒してるだけっすけど。」


 ここに来てジークの闇がダダ漏れだ。

 わざと、わざと王子の罪悪感を煽っている。


 ジークは性格が悪い、ジゼルの言い分は間違っていないのかもしれない。


 「特に、生まれながらにして魔力嚢の容量が無駄にでかい王族なんてのは格好の餌っすよね。毎度、毎度、思ってたんすよ。手間を増やすな、と。まぁ、次の授業にこのクラスがあったから、放し飼いにしてアリスちゃんとランバートくんにやらせたっすけど?なんなら、ジゼルちゃんなんてひどい顔してたっすよ。マジで。まぁ、俺には大体そうっすけど。」


 ジークの語りは続く。


 ジェラルドはアリスのように怯え謝罪こそしないが、冷や汗を流している。


 「それで、思ったよりも多かった魔物を条件付きで倒させようとしたら、なんの因果かそこに王子が。そして、自分よりも遥に魔物討伐経験があるアリスちゃんを、王子はカッコつけたかったのか庇い?で、さらに多くの魔物を呼び寄せる、と。」


 ジェラルドは気まずさに目を逸らしている。


 「そんなことでモテるわけないっすよねー。ハッ。そんなにモテたいっすか。面倒っすよ、そういうの。」


 ジークの闇がダダ漏れている。

 ちなみに、ジークはモテる方である。


 ジークは話すのをやめて、ジェラルドの目をじっと見つめる。


 ジェラルドは目を逸らす。


 ジークはそれを追いかける。


 ジェラルドは目を逸らす。


 ジークはそれを追いかける。


 2人はじーっと見つめ合う。


 じーっと。


 じー…。


 「……その節は、すみませんでした。」


 ジェラルドは小さな声で謝罪した。


 彼の心はプライドよりも羞恥でいっぱいだっただろう。


 ジークはニコッと笑った。黒い笑みだった。


 「王国魔法師団・騎士団の魔物の恐怖伝説『やっと勝ったと思ったらあり得ないほどの魔物が襲いかかってくる』というのはそういうことか…。」


 「そうっすね。」


 ジークは感慨なく言った。


 ジェラルドは項垂れた。


 王国の無知さに。

 これまで死んだ兵たちに。


 そんなときだった。


 「おい、ジーク。そろそろ昼だろう。どうする?」


 グレンだった。

 実技の授業もキリのいいところまで進んだようである。


 「そうっすね。最近、肉に飽きてきて…、良さそうな山菜とかないっすか?」


 「贅沢をいうな。ジゼルが育ててるのもまだ採れる状態じゃないんだぞ?」


 昼食の話し合いを始めた。


 「……食堂へは行かないのか。」


 ふと、ジェラルドが言った。


 2人はジェラルドをじっと見てから合点した。


 「それだ。最近、食堂に行ってなかったな。」


 「大体が自給自足っすからね。その発想自体なかったっす。」


 感心したと心から感嘆のため息をついた。


 (…ほとんどが自給自足なんて、平民でもそうそういないだろうに。)


 ジェラルドも絶句していた。


 尚、調味料は"ウォッカ"のメンバーが買いに行ってることが多い。

 冒険者ギルドに出せば、お金はたくさんもらえるのだ。


 元々、たまに飲みに行ってるメンツだが、今のジゼル、アリス、ランバートが来てからは、自給自足が基本だった。

 理由は、単に、魔物を狩りまくって肉が余っているからである。


 「なら、あいつらにも言ってくる。ま、俺らと王子は別行動したほうがいいだろうけどな。遠くから見守ってればいい。お前は先に食べに行け。」


 ジェラルドは軽く頷いた。




 「で、今日の昼飯は食堂でって話になった。」


 グレンは他のメンツにそう話した。


 「食堂ですか。初めてなのでは?」


 アリスとランバートは頷いた。


 「金には困ってないだろうが、食堂の飯は無料だ。心配は必要ない。」


 ちなみに、冒険者ギルドに持ってった素材の分け前はちゃんと3人も受け取っている。

 当初、無一文だった3人はなんと、大金持ちになっていたのだ。


 「そうか…。俺は、ジゼルの言動が心配なんですが。」


 ランバートはジト目でジゼルを見た。


 「諦めろ。誰にでも初めては存在する。」


 グレンはそう言った。


 「心配すべきは、そこではないんじゃないですか?」


 そう言ったのはリラだ。


 「ジゼルさんの常識については今更言及することではありません。ですが、この学園での3人の認識には注意が必要だと思います。」


 ハッとしたのはアリスだ。


 「私たち、これまで学園の生徒に会ったことがない、です。」


 「確かにそうだな。…噂に聞いていたイジメってやつか?」


 「……?」


 「そうです。今更、あなた方をどうにかできるとは思いませんが、気分はよくないと思いますよ。」


 リラはそう言った。


 「でもまぁ、気にすることじゃねぇな。どうせ、お前ら目立つし。今隠れられてるけど、きっとどこかでバレんだろ。ここまで授業を続けてる時点で異常だし、しばらくしたら暗殺者も送られてくるだろ。そうすりゃ、いやでも上層部が気づく。」


 グレンの言葉に、それもそうだとリラは言った。


 「まぁ、目立っちまうのは仕方ねぇ。それまでにそれだけの力をつけさせればいいさ。」



♦︎♢♦︎


 食堂の一角、ジゼルは表示を見て立ち尽くしていた。


 「…パン、サラダ、スープ、メイン…?」


 「ランバートさま、ジゼルさんが未知のものを見たような表情ですよっ!」

 「…UMAでも見つけたかのような表情だ。アリス、先に座ってろ。苦手なものはあるか?」

 「好き嫌いはありません。」

 「よし。ジゼルと先に席に座っていろ。騒がれたら余計に目立つ。」

 「わかりました。」


 こそこそと会議を終わらせた2人は示し合わせたように動き出した。

 アリスはジゼルを回収して、席を探し、ランバートは3人分の食事を用意し始めた。


 「ジゼルさん、こっちです。席の確保が先です。」


 アリスはジゼルの手を引っ張って、人混みへと歩き出した。

 アリスは、とても強くなった。


 「……」


 好奇の目線に晒されているのは食堂に入る前からだ。

 久しく見ていなかった I 組の生徒のことをすでに忘れている生徒も多いが、制服が当然の学園で、授業用の実技向けの作業着のようなものを着ている3人は否応なく目立つのだ。

 ジゼルはともかく、アリスはその目線の中で堂々としていられるほどの図太さを持っていない。


 今も、周りから避けられている。

 様子を観察しているのだ。


 アリスは分かっていた。

 アリスはそういう目線をずっと向けられてきたから。

 そうじゃない目線をジゼルやランバート、そして"ウォッカ"の人たちに教えてもらったから。


 ジゼルは感じていた。

 殺意のない目線を向けられていることに、強い殺意でも自分への畏れでもない目線を向けられていることに。


 「ここ、座りましょう。」


 アリスはジゼルを席に促した。

 アリスの精神状態は小康状態というのが正しい。

 反射的に謝罪の言葉が出なくなってきたのは、それだけ安心できる環境にいるからだ。

 こういう視線を向けられたとき、心の奥から、トラウマのように過去の記憶が蘇ってきそうになる。


 アリスはトラウマを乗り越えたわけではない。

 だから、必死に蓋をして、笑顔を繕ってジゼルに向けた。


 「…変。」


 「……どういうことです?」


 だから、アリスはジゼルにそう言われたときに心がちくっとした。


 「…魔力が乱れてる。」


 そして、次の言葉に少しほっとした。

 ジゼルは人の感情の機微に疎いことは知っていたが、それでも内心見抜かれたかと思った。


 「すみません、なんとか戻しますね。」


 貼り付けたような笑みでへらっと笑ってから、アリスは魔力の乱れをなくそうと集中した。


 (ランバートさまはもう気づいているでしょうが…。できるなら、見られたくはない。)


 その気持ちが、さらに魔力を乱す。


 これはまだアリスやランバートが教わっていないことだが、魔力は感情によって大きく乱れる。

 ジゼルはそもそも感情自体が希薄なためその知識をもたないが、ジゼルは間接的にアリスの心情の変化に気づいていたことになる。


 (…おかしい。あれほど緻密な魔力制御技術をもつのに。)


 ジゼルは不思議に思うにとどまった。


 「…どう、ですかね。」


 アリスの言葉にジゼルは首を横に振った。


 「そんな…。」


 落胆する気持ち、焦る気持ちが、さらに魔力を乱した。


 アリスは負のループに嵌ってしまっていたのだった。


 「…よぉ、持ってきたぜ。」


 そんなときにやってきたのがランバートだ。


 ランバートは感情の機微に鋭いほうだ。

 貴族教育とは別に、リーダー気質をもっているのが原因と見られる。


 「……『結界・閑』」


 ランバートは即座に3人のテーブルの周囲に結界を構築した。


 『結界・閑』は、結界魔法に高い適性を示すランバートがルツィ、ジークの監修のもと生み出した結界魔法の一種だ。

 効果は、遮音などで、周りからの意識に気を散らさないことが目的である。

 また、実戦戦闘ではこの結界を敵に適用して、こちらの気配に気付かせない、という使い方もできるそうだ。

 簡単にいうと、中の人間が外の出来事に対して鈍感になるのだ。


 「…ランバート、精度をあげた。」


 「そりゃどーも。」


 ちなみに、外からの何かを妨害する、防ぐ、通さない、境界線を生み出すのが結界魔法の定義である。

 故に、内側の気配などが外側に漏れ出しているこれは、未完成の欠陥品といえるだろうが、目的によっては結界魔法を応用した亜種ともいえるだろう。


 周りの気配などに敏感なジゼルからしたら、ちょっと感じにくい程度であり、"第3の目"を発動してしまえば、この魔法は全く意味がなくなるが、それはジゼルが異常なのであって、ランバートがダメだということではない。


 その証拠に、


 「アリス、魔力が乱れていない。」


 ジゼルから見たアリスの魔力の乱れが改善された。


 突き刺さる周りの視線が減ったのだろう。

 精神的に安定したということだ。


 将来的に発展させていけば、精神攻撃への耐性にもなりうる結界である。



 「これは…?」


 ジゼルは茶色い食べ物を両手で持ってじっくり見つめている。


 「パンだ。案の定、知らなかったか。」

 「私たちの主食です。麦という植物から取れる穀物を砕いて、すりつぶして、粉にしたものから作るそうですよ。」


 ランバートとアリスが丁寧に説明をする。


 「…なぜ、そこまで手間をかける?」


 「…食ってみりゃわかる。美味いぞ。」


 ジゼルの質問に美味しいからだ、という単純明快な答えを出したランバートはすでにご飯を食べている。


 「……!?」


 ジゼルはパンを食べた。

 初めて食べる食感に驚きを隠すことさえしない。


 「喜んでもらえたみたいで嬉しいです。私が用意したわけではありませんけど。」


 アリスもニコニコと笑っている。


 「…これは高価なものだろう。魔物何体と交換できる?」


 ジゼルは堂々とそう言い放った。

 幸い、その会話を聞いていたのがアリスとランバート、そして、遠くから盗聴している"ウォッカ"だけだったが。


 「魔物の方がよほど高価だ、あとで説明してやるから、ここでこれ以上いうんじゃねぇ。」


 隣のアリスが激しく頷いている。


 ちなみに遠くの席で食事をしていた"ウォッカ"の面々は盗聴した彼らの会話を聞いて笑いを堪えている。


 『横っ腹が…マジで、ジゼルちゃん、きついっす。』

 『パンを初めて食べた感動、忘れられないの…だって。』

 『ジゼルはそんなこと言ってないだろ。』

 『言ってなかったですけど、自分が大金持ちの自覚ないですね。』


 そんな会話が念話で行われたとか、いないとか。



 それからしばらくしてからだった、


 …ジゼルが頭からスープを被ったのは。



 ランバートが張った結界は物理的な障壁ではない。

 そこのエリアだけ侵入不可では怪しいからだ。


 歩いてきた学園の生徒がよろけてジゼルの頭にスープをこぼしたのだ。



 ジゼルはスープをかぶって俯いている。

 幸い、コンソメスープだったので、熱いがドロドロはしていない。


 俯いて黙っているジゼルを見て、その生徒は、いや、そこにいるほとんどの生徒がいい気分だった。


 "ウォッカ"が興味深そうに見て、ジェラルドは食堂にはいなかった、アリスとランバートは戦々恐々としていた。


 (俺にかければ済むものを…)

 (私が被ればよかったのに…)


 自己犠牲の精神ではない。ジゼルがどう対処するか想像がつかなくて怖いだけなのだ。



 服についた汚れは、自動で弾かれ、床に落ちた。

 服に編み込まれた"防汚"の魔法が常時発動しているからである。


 ちなみに、"防汚"はトップ冒険者が必ずと言っていいほど編み込んでいる魔法で、返り血や自分の血で服をダメにしてしまわないようにする対策である。


 閑話休題。


 しかし、首から上はどうしようもない。

 あくまで"防汚"は服にかけられた魔法なのだ。


 ジゼルは口の周りについたスープを舌で舐める。


 その仕草に恐怖したのはアリスとランバートである。


 ジゼルはスープをかけた生徒を黙って見つめた。


 「なんだ?惨めな有り様を笑って欲しいのか?」


 生徒はあくまで嘲笑を続けた。

 周りの生徒も同じである。


 対して、ジゼルは無表情だ。

 どこまでも凪いだ、興味の欠片もない目。


 暫くしても表情が崩れないジゼルに苛立ちが募り始めた。


 「…お前、舐めてんのか?落第もできない馬鹿のくせに、身の程を弁えられないらしいな。そっちの2人も。」


 その言葉に生徒たちが同調する。


 彼らは魔法を練り始めた。


 人を殺せるような魔法ではない。

 ただ、惨めな姿を見たいだけの魔法だ。


 未だ、詠唱が終わらない。


 「魔法で抵抗してみたらどうだ?まあ、お前らよりも魔法で劣るやつなんざここにはいないがな。」


 全方位から魔法が放たれようとしていた、が、遅すぎる。


 「ジゼル、逃げるぞ。」

 「…なぜ?」

 「ここで私たちが魔法を打ったら大問題になってしまいます。」


 こそこそとジゼルに耳打ちする2人。


 「それとも、こいつらをどうにかしたいか?」

 「別に。興味ない。」

 「そうだよな、うん。なら、一旦ここを出るぞ。」

 「このくらいなら走って逃げられますよね?」


 復讐がしたいなら、とランバートは尋ねたが、ジゼルにそういう気はなかった。


 「…死角は向こう。」

 「わかった。なら急ぐぞ。」


 詠唱が長い上、彼らは何故か目をつぶって天に祈りながら詠唱していた。


 これならば逃げられる、そうランバートは判断した。


 「その…頭にかかったスープは大丈夫なのか?」

 

 気遣ったような口調でランバートが問うと、問題ないとジゼルは耳飾りに触れてから魔法を発動した。


 水属性魔法"クリーン"

 火属性+風属性複合魔法"ウォームブロア"


 冒険者などでは清潔にすることが極めて重要である。

 病気や怪我の重症化の予防になるからだ。

 そこで編み出された魔法が水属性魔法"クリーン"である。

 必要な魔力量は少なく、適性がなくとも、訓練次第で全員が使用可能なレベルのものだ。


 ジゼルが耳飾りに触れたのは、魔力の封印を少し解いたからである。

 流石のジゼルも、完全に封印された状態では"クリーン"を発動できない。


 閑話休題。


 ジゼルは一瞬にしてスープの汚れをおとした。


 その魔法は無駄をほとんど許さず、無詠唱の魔法。

 その魔法の発動に気づいたのは、その様子をみていたアリスとランバート、そして、覗き見をしていた"ウォッカ"の面々だけだった。


 そして、目線で頷いてから、アリスとランバートが自己強化魔法を発動、ジゼルは持ち前の運動能力で、人混みを抜けて、食堂を脱出した。


 「さっきの魔法、すごかったですね。」

 「…難しくはない。特にアリスならすぐにできる。」


 食堂を脱出してからは走りながら会話をしていた。


 彼らは晴れ晴れと宿舎に戻った。


 そして、食事が終わった"ウォッカ"の面々も静かにその場を去ったのだった。

"Wisdom is the daughter of experience."

Leonardo da Vinci


知恵は経験の娘である。

レオナルド=ダ=ヴィンチ


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魔法の基礎的な設定の紹介になってしまいました…。

その後、学園の生徒たちの魔法がどうなったのか、それらはまた今度にしようと思います。



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03/31更新


「ラッキー7の世界で 転生したら指が7本なんて信じられる?」

https://ncode.syosetu.com/n5708hf/

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スピンオフ短篇


「帰省」
ある日ジェラルドは何気なく尋ねた…
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