9対戦
KCジャパン本社は、浅草橋と東日本橋の間にあり、建物の裏手は隅田川と言う立地に建つ高層建築だった。
他のビルより、道の奥に建てられていて、前面には春川順平も小学生時代熱中したヨシオドールを含むキャラクターのブロンズ像などが飾られ、聖地と呼ばれるように、各種イベントが、この本社ビル前の広場で行われることも度々あった。
ミオのブガッティヴェイロンがエンジン音も高らかにKCジャパンに着いたのは、朝の十時に、もうすぐなるぐらいの時間だった。地下駐車場に入り、トレーディングカードのホビースペースに向かう。
エレベーターの扉が開くと、各種カードが展示された、迷路状の道になる。
アイドルなどのカードや、サッカー選手のカードなどもあるのに、ミオは驚いた。
やがてレディの持っているヨシオドールのカードの列になり、広いスペースに出る。
小さなテーブルが幾つも並び、一番奥に売店がある、どこかのフードコートに近い構造だが、アニメのキャラやアイドルの写真でラッピングされた柱が並び、独特の雰囲気だ。
平日の午前中と言うのに、男子中高生が大きな声で、楽しそうにゲームに興じていた。
「彼ら、学校はどうしたんだ?」
ミオは茫然と言う。
「ヨシオドールの原型となったのは、最後のスペースに飾ってあったナイト&マジックと言うゲームなんだ。
これは世界二十ヵ国語に翻訳されていて、プロもいる世界最初のトレーディングカードゲームだ。
大会に出るようなチームは、こういうところで見知らぬ相手と対戦して腕を磨くのさ」
「プロがいるのか? 玩具だとばっかり思っていたが…」
「女は知らない世界さ」
普段のレディなら口にしないようなことも言う。
本当に春川順平に戻っているらしい。
「春川様でいらっしゃいますか?」
「そうだ」
小柄なレディは、スニーカーを履いて男の格好をすると、中学生にしか見えない。
いや、私服が派手な小学生と言った方がいいかもしれない。
そんなレディに恭しく頭を下げて、男は言った。
「特別室にご案内いたします」
「あるとは聞いていたけど、本当になるんだなぁ」
男の後について歩きながら、レディは言った。
「何のことだい?」
「特別室さ。
プロや芸能人なんかが、落ち着いてゲームを楽しむために、そういう部屋があるという噂はあったけど、都市伝説かと思ってたんだ。
せいぜい、雑誌の編集部に、簡単に設えてある程度のものかと思ってた」
前を歩く男は、何も言わない。
二人は売店の横のドアを通り、真っ赤な絨毯が敷かれた広い廊下に出た。
数十メートル歩くと、両開きの木製ドアがある。
その先には、木調で統一された、落ち着いた雰囲気の広い部屋があった。
ゲーム用らしい、普通の応接家具よりも背の高い木製のテーブルがあり、その奥にリクライニング式の大きな車椅子が設置されていた。
横に点滴のスタンドが立ち、包帯に巻かれた男が座っていた。
「順平。来てくれたんだね」
弱々しい十代少年の声だ。
変声期は迎えているが、どこか子供の声帯もまだ残っているような響きがあった。
「恭平! 一体どうしたんだ? その体!」
「ちょっと弾丸に当たっただけさ。大したことは無い。
だけど、影の戦いは出来なくてね。
順平といつか戦いたいと思っていたんだけど、今、出来る戦いはこれ位なんだよ」
車椅子の横には、白衣の医師らしい男と、もう一人、ブラックスーツを着た、二十代の男が立っていた。
「蒼井聡…」
ミオが唸った。