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8話

 

 目を覚ました千春の視界に映るのは、板張りの床に直置きされた金床だった。


 最初、千春はそれが何かわからなかった。


 何でこんな金属の塊がわたしの部屋にあるんだろう、と。


 そこで思い出す。


 自分が『エンドワールド』内で寝てしまっていた事を。


「ああ、やっちゃった……。ママ怒ってるかな? 怒ってるよね……」


 憂鬱になるが、ここで帰らなければ今より酷い目に合うのは確実だ。


 自業自得なのだから観念して怒られてこよう、と千春は嫌々ながらもログアウトした。



  ▼  ▼  ▼



 意識が覚醒する。


 自分のベッドから体を起こす。


「おはよう、千冬」


「…………おはよう、ママ」


 いつから待っていたんだろうと思う。


 だけど聞けない。


 そんな事を聞ける雰囲気ではなかった。


「ご飯も食べないでダイブし続けるなんて何を考えてるの!!!」


「ごめんなさい!」


 当たり前の話だが、ゲーム内で食事をしても現実の体が栄養を摂取できるわけではない。


 確かに味覚は再現されているため満足感も満腹感もそこそこは得られる。


 だが本当にそれだけだ。


 毎年何十人もダイブし続けて餓死寸前で病院に搬送される者が出る程度には今の時代の社会問題になっていた。


 ここで甘い顔をすれば千冬もそうなるかもしれないと不安になった母のお説教は、千冬にご飯を食べさせながらも続いていた。



  ▼  ▼  ▼



 それから四日後。


 久しぶりの『エンドワールド』に千春はログインしていた。


 あの後、三日間のVRシステムの使用禁止を母に言い渡され、使用権限もロックされて使えずにいたのだ。


 仕方ない事だと納得していた千冬は、甘んじて受け入れた。


 そして解禁日の今日、千冬は学校から帰るなりすぐとログインした形である。


「久しぶりってほどでもないはずなのに久しぶりな気分……」


 転移ゲートのある噴水広場の景色を眺めて、千春の胸はワクワクしていた。


「何をしようかしら」


 戦闘は遠慮するつもりでいる。


 となれば鍛冶だろう。


 しかし、そのための場所がない。


「また宿でも借りる?」


 しかし、宿での宿泊は一種のトラウマになっている。


 また寝落ちしてしまうかもしれないと。


「あーでも……」


 千春はステータスを開いて所持金を確認する。


 12Gしかなかった。


 一番安い宿でラグアは一泊40Gだ。


 足りない。


「また素材を売る……」


 でも残しておきたい気持ちもある。


 それに一角兎の素材売値は安いのだ。


 どうしようか考えて視線を無為に彷徨わせていると、その視界に木製の看板が入った。


 あれはクエストボード。


 プレイヤーやNPCから素材集めやモンスター討伐の依頼を仕事として表示している。


 その代わりに依頼を請けたプレイヤーはGを得る。


 基本的に道具屋や武具屋などに売るよりも少しだけ高く買取ってもらえるのが特徴だ。


「何かあるかも!」


 期待して千春はクエストボードに駆け寄った。


 数人のプレイヤーが千春と同じようにクエストボードに表示されている依頼を見比べて仕事を探している。


 それに倣って千春もクエストボード、より正確にはクエストボードに重なるように表示された緑色のボードを読み進めていく。


 ほとんどがフィールドに出てモンスターを倒して素材を集めてくる依頼ばかりだ。


 それも千春が名前も聞いた事のない魔物ばかりが揃っている。


 といっても千春の知っているモンスターなど一角兎と猿帝くらいのものだが。


「…………あ!」


 その中で見つけた。


 素材納品依頼。


 納品するのは一角兎の毛皮×10枚。


 報酬は毛皮一枚4000G。


 一枚から買い取ってくれると補足説明されている。


 そして10枚まとめて納品なら特別報酬をつけるとも。


「手持ちの毛皮は約40枚……」


 あまり豊富とは言い難い。


 しかし10枚まとめて売れば、それだけで4万G以上になる。


「……仕方ないよね」


 依頼を請ける『受領』をタッチする。


 すると視界端に表示されていたマップに緑色のアイコンが表示されるようになった。


 噴水広場から近い場所にある緑アイコンは個人クエストの発生場所を示したものだ。


 さっそく千春はアイコンの示す場所へ移動を開始する。


 表通りを離れ、細い裏路地らしき場所を奥へと進む。


 複雑な順路を辿り、到着したのは一軒の可愛らしい小さな家屋。


 玄関の前には黄色い花を咲かせている花壇があった。


「可愛い。こういうお家に住んでみたいなあ」


 小さな白い家屋は千春の琴線を刺激する。


 幼い頃に憧れた家屋の姿だ。


 これでペットとして大きな犬がいれば完璧ね、と思いつつ門から家の玄関までの短い距離を歩く。


 小さな庭にも色とりどりの花が咲いていた。


 自分の理想の家がある。


 それだけで千春の心は浮足立つ。


 シンプルなドアノッカーを叩く。


『はーい』


「あ、依頼を請けてきたんですけどー」


 中からの声に簡潔に訪ねてきた目的を告げる。


 家から聞こえてきた声は若い女性のものだった。


 少し安心する。


 ドアを開けて現れたのが筋骨隆々の男性だったら今の気持ちが完全崩壊しそうだったから。


 これ以上のトラウマは千春には必要ないのである。


「お待たせしました」


 玄関から顔を覗かせたのは可愛らしい女性だった。


 団子にして纏めて結わえた金髪と赤と白のカントリードレスがよく似合う。


 全体的に細身の女性だ。


 それなのに。


「……おっきい」


 思わず千春が唾を呑んでしまうほどのモノがドレスの下で自己主張していた。


「はい?」


 女性が首を傾げる動作に伴い、ふよん、と揺れる。


 それは千春にとって衝撃だった。


 そんなアクションだけで揺れるものなの!? と。


 自分の胸に手を当てて、すっごく哀しくなった。


「えっと……依頼を請けてくれたんですよね?」


 自分の一点に視線を集中されて居心地が悪くなったらしい女性の戸惑ったような声での問いかけ。


 同性でもセクハラ罪は成立するんだぞ、と思い出して慌てて視線を切った。


「あ、はい、そうです。一角兎の毛皮10枚お届けに参りました」


「まあ! 10枚も集めて下さったの!? 大変だったでしょう?」


 この時はそれほど大変でもなかった。


 むしろ一角兎の方から攻撃してきていたのだから。


 今は脱兎されるので千春にとっても貴重品になっているので「まあ……」と曖昧に肯定しておく。


 改めて女性を観察する。


 彼女はNPCのようだった。


(じゃあこれは何度も請けられる依頼なのかしら?)


 であればしばらくお金には困らなさそうではある。


 一角兎を狩る手段を確立していない現状で、あまり使いたくない金策手段ではあるが。


 ストレージから一角兎の毛皮を取り出して彼女に手渡す。


 一枚一枚、丁寧な手つきで何かを調べて、全て見終わると満足そうに首肯した。


「品質も悪くありません。ありがとうございました。こちらが今回の報酬になります」


 手渡された皮袋。


 ポップアップする緑色のボードに『クエストクリア!』の文字が踊り、報酬『4万G』を手に入れた! と表示される。


(あれ? 10枚まとめて売れば特別報酬ありじゃなかった?)


 てっきり報酬金額がアップするとばかり思い込んでいた。


 じゃあ特別報酬って何だろう、と思いつつ『次へ』の表示をタッチする。


 何かあってもなくても『次へ』の文字は表示される。


 何もなければボードは消えるだけだ。


 けれど今回は二頁目があった。


 特別報酬『拠点購入権』を手に入れた! の文字。


「拠点購入権?」


「はい。私が住んでいるこの家の購入権です」


「え!? この家が買えるんですか!?」


 それは是非とも購入したいと千春は思う。


 しかし、そこで購入権(、、、)であった事に思い至る。


「…………いくらでしょう?」


「12万Gです」


 ゲーム内通貨とはいえ、家一軒の値段としては破格の安さだ。


 家は小さく、立地も細道の奥の奥にある事。


 これが目抜き通り、もしくは目抜き通りから一本奥などであれば、価格は一気に1000倍まで高騰する事は確実だ。


 実際に目抜き通りにあるというだけで、この家よりも小さな一軒家が3億Gで販売されている。


 けれど12万Gであろうと3億Gであろうと、今の千春に手が出せる値段ではないのは同じだった。


「……出直してきます」


「お待ちしています」


 NPCの女性の笑顔に見送られて肩を落とした千春は来た道を引き返していった。


 

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