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誓い

「ではでは、私たちの他生の縁を祝して、かんぱーい!」

 人間の女は、自分の持つガラスの杯を、手荒に我が杯にぶつけてきた。がちーんと音が鳴り響き、ばしゃ、と酒がこぼれ散る。

 二度目の暴挙に、我が杯の酒は三分の一ほどとなっていた。

 人間は杯を口元に持っていくと、先程と同様、躊躇いなくくっくっくっくと飲み干していく。

 誓いの盃だと、我の面倒をみると、自ら誓った杯を。

 美味しそうに。楽しそうに。

 ……見るからに弱そうな人間。しかも女。無遠慮に肩を叩かれた時、正直なところ、せめて男ならば試してみる価値があるものを、と思っただけだった。

 弱い主などいらない。欲しくもない主を求めたのは、神域(シマ)争いに必要だからだ。これから争う相手は、いずれもいくつものシマを支配する(だい)『  』たちだ。戦えぬモノ、自分の身を自分で守れぬモノなど、足手まといなだけ。

 密かにシマを渡り歩き、神獣だの魔獣だのを訪ね歩いたが碌なものはおらず、それではと此岸へと降りてみたが、どれもこれも命を繋ぐ気になれぬものばかり。

 ……いくつものシマを支配していようと、主を得られず消滅していった『  』は、いくらでもいる。

 我々はそもそもが力の器であり、注ぎ込まれる力がなければ、いずれ形を失い、消え去る。

 だからと言って、神に隷属するなど、考えるだに業腹だ。それは、自我を焼き尽くされることと相違ない。

 また、気に入らぬものと命を繋ぐことも。

 それぐらいならば、己の限界まで、己であるだけ。もとより、そのつもりであった。主の存在に頼るなど、己の怯懦を証明しているようなもの。もともと乗り気ではなかったのだ。

 消滅するその時まで、我が矜持にかけて、己が力を誇示すればいい━━━。

 これ以上は時間の無駄と考え、もう、我が支配地に帰ろうとしていたところだった。

 それを、この人間はしきりに(さえず)り、酒を捧げ持ってきた。

 古来よりこの地では、神霊をもてなすに酒を捧げ、酒精にひたることによって神霊と交感してきた。故に、酒に免じて、しばし人間の相手をした。無謀なことを、次から次に、けれど心底本気で語るのに、耳を傾けた。

 我の面倒をみるという。見捨てないという。これは縁で、誓いの盃を交わすのだと。

 あげくに、神語で八つの神域(シマ)を支配する(だい)『   』、と名乗ったそれを聞き取って、『八島(やしま)』と名付けてしまった。

 霊的に高い波動をもっているわけでもないのに、神霊に名づけ、縛るなど、己の分限をわきまぬ行為。事実、我を縛りつけておきながら、そこに拘束するだけの力は欠片もなかった。

 気に入らねば、名付け、その音を発した体を、引き裂き壊してしまえばよい。人間は、それを神罰と呼ぶ。

 ……高遠千世と名乗った人間は、己の言葉に嘘はないと言わんばかりに、いっきに酒を飲みほした。 

 それを見届け、己が持つ杯に口をつける。

 判じてみればよいのだと思った。

 体が強いか弱いかなど、たいしたことではないと気がついた。その体が弱いというのなら、守ればよい。幾重にも隠せばよい。なんなら、秘薬を与え、体を造り替えてもよい。

 それで、この人間の言のとおりになるのならば。

 我に力を注ぎ、この形を保ってくれるというのならば。

 これが真に縁━━運命━━ならば……。

 杯を飲み干すと同時に、何かが内にひたひたとおし寄せてくる。

 同時に、千世様(・・・)が意識を失い、ふらりと倒れこんでくる。その体を抱き取り、我が唇の端が自然に上へとあがった。

 千世様の心臓は、命の証たる脈動を失っていない。どうやら、命は無事に繋がったようだ。適合せねば、負荷に耐えかね、弱い体は即座に飛び散り、死んでいたであろうから。

 ふふ、と喉から息が漏れる。おや、我は笑っていると、自覚する。

 なんと心地よい波動だろう。なぜ我は、これをいらないと思っていたのか……。

 あらためて腕の中の体を胸元に抱きよせる。

「千世様。我が主よ。我が運命よ。我が命の源よ」

 わざと言霊として、自らに呪をかける。

 この存在を失う時が、我が存在の消滅するとき。運命を、命の源を、失してまで存在してはいけないのだから。

 その時は、力あるモノである己が吐いた言霊が、言葉のままに実現せんと、己を引き裂くだろう。

 それでいい。

 それがいい。

「ふふ。ふふふふ」

 我はひとしきり、主を抱えたまま、思うさま笑った。

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