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「ヴァンさん」
メイドが叫んだ。どうやらこの男の名前はヴァンというらしい。
「アルマか。ひっさしぶりだねえ。ずいぶん大人になっちゃって」
男は懐かしそうに眼を細めると腰に差していた剣を抜く。
俺のレイピアとは違う。
あれは…刀か?
「ブヒブヒ苦しそうだなぁ。体操もしないで動くからだぜ」
イノシシを見ると両目にナイフのようなものが突き刺さり、
その場で暴れ狂っていた。
「お前は喰っても旨くねえ。地獄で丸焼きにでもされてろ」
男は飛び出すとイノシシの後ろに着地した。イノシシは首を切り落とされて
息絶えた。禍々しい真黒な血のようなものが流れていた。
不思議と男には返り血はついていない。
「ふぅ、討伐完了っと。怪我ねえよな」
「はい。それはないですが」
「ヴァンさん!!」
メイドが叫んで男に向かって走り出し、そのまま抱き着こうとして
それをみている自分に気付きその勢いを殺した。
なんだ、恋人か何かか?
「ほんと、大人になったんだな」
「もう何年になるとおもってるんですか」
「おれにとっちゃあそう変わんねえさ」
話が見えてこなくて立ち尽くしていると男が先に気付く。
「ほれ、ボウズに紹介してやんな。このまんまじゃ嫉妬しちまうぜ」
男はこちらに向かってウインクをする。
意味が分からない。だが、改めて男の顔をみて思ったのは
恐ろしく美形だということだ。身長は180以上はあるだろう。
自分が小さいのでよく分からないが。
髪は銀色で目つきは鋭く、
眼の色は真っ赤だ。そして口からは牙が見える。
まるで吸血鬼のような。
「ええ、とすみません。この方はヴァンさん。吸血鬼の冒険者さんで
私の命の恩人です」
「まあついでにお前の父母の恩人でもあるな、はっはっは」
吸血鬼か。この世界には吸血鬼が実際にいるらしい。基本的に前世と同じ認識で
人を襲い、血を吸う。太陽の下に出ると弱ったり、消滅したりするなどの
弱点があったりというのは変わらないが、そんなことよりも
この世界においてはとても有名な話がある。
それはまたの機会にしよう。
そう思いメイドをみるとメイドは尊敬の眼差しでヴァン?さんを見ている。
「そうして今回は俺の命の恩人というわけですか」
「そういえばそうだな、まあこれから何遍もあることさ、気にするこっちゃねえよ」
何回も死にかけるのか。ちょっと嫌な気もするが。
この世界を見て回るということはそれだけの危険がつきまとうということだろう。
そのたびに助けるといっているのだ。好意的に受け取っておこう。
「ありがとうございます。では、この先の村に行きましょう」
「ああ、それだが」
何かすごく言い辛そうだ。どうしたのだろう?
「さっきのイノシシ、名前はキングキラーワイルドボアというが、
奴が現れて逃げ出したみてぇだ。もうかれこれ数年前なんだが
知らねえのか?」
なんだそれは。じゃあ俺たちはそんな村ひとつ捨てて逃げ出すような
魔物がいる森を歩かされていたのか。
「さてはアイツ、まあいい早くそこで寝っ転がってるデカブツ引っ張ってくぞ」
男…ヴァンはランドドラゴンのしっぽを掴むと地面に引き摺りながら歩き始めた。
その体の大きさなどまるで感じさせない歩みだ。
その傍若無人っぷりに少し驚きながらもついて行く。
少ししてドラゴンは飛び起きあわてて自分で歩き始めた。
やはり俺はまだまだだ。そう痛感させられた。
いくら才能に溢れた体だからと言ってこの世界ではまだまだなのだ。
この旅もまだまだ。いまから始まるのだ。