Track.01
出会いは大学に通い始めてすぐの頃だった。ファストカジュアルのショッパーをわきに抱えショッピングモールの中を歩いていた。季節を先取りする様に、アパレルショップにサマーアイテムが並び始める。ブランド物に関心はなくファストファッションで揃えるつもりではあったが、折よく映画とのコラボアイテムを手に入れ足取りは軽い。
東西に伸びるモールの端にアパレルショップはあり、駅へと戻るには長い道を歩かなければならない。日曜の午後。家族連れやカップルが多く歩く中をぼんやりと進んでいると、音楽が聞こえてくる。館内BGMとは明らかに違う音質は進む先から響いている。
「たしか、この先には広場があったな」
モールを東西に繋ぐ位置に設計された広場は円形に作られ、その中央よりにイベント用のステージが設けられていたことを思い出す。広場に差し掛かると通路とイベントスペースを分けるようにポールテープが張られ、その中で多くの人がステージを注視している。
アイドルなのだろうか、淡いミントカラーのワンピースを着た4人の女性が高く上げた右手を、ひらひらと舞い落ちる羽根の様に揺らしながら下ろしていく。どこか淋しそうな横顔、それなのに伴奏するエレキギターの音は爽やかでそのちぐはぐさが目を引いた。
[立ち止まらないでください]
イベントの誘導に駆り出されたモールの職員が、ポールテープの外側でプラカードを見せている。ポールテープの内側はまだ余裕があること、そして帰りを急ぐ理由がないことを思い返し、内側へ踏み入ると出入口を避けてスペースの隅まで進む。隅まで来ると人の背はまばらでステージ全景も見えてくる。
先ほどまでのエレキギターが止み、数秒の間。タタ、タン……タタ、タンと小さなピアノ音色に鼓動の様な音が重なる。等間隔に並んだアイドルたちが鼓動に脈動する様に下ろしていた腕を波打たかと思うと、弾けたように激しい動きを見せる。伴奏もピアノからエレキギターに変わる。同じ音階、同じリズムに一帯が高揚していく最中に紡がれた繊細な言葉が心に深く突き刺さる。それが彼女と、後に自分の推しとなるあの子との出会いだった。
窓の外でまだ若い緑が五月の風に揺れている。授業が終わり、教室では私服姿の学生たちが各々昼食をとろうしている。かわいらしいランチボックスを開く女子学生、コンビニで買ってきたのかおにぎりや菓子パンの包みを開く男子学生、教室の戸をくぐって入ってくる学生は生協で湯を入れてきたのか、カップ麺のふたを起用に押さえながら神妙な面持ちで席に着く。もちろん学内には食堂もあり、そこを利用することもできるため、教室に留まる理由はない。自分も普段は食堂の給茶機を利用しながら昼食をとるが、今日この時間はこの教室に留まっている。
昼休みが始まって10分ほどしてランチタイムも落ち着いてきた頃、黒いリュックを背負った男子学生が入ってくる。
「おつかれ~」
「おつかれさまです」
陽気なよく通る声に、教室の端々から学生たちが応える。入ってきた男子学生は教壇の脇に荷物を置くと、スマホ片手に黒板にチョークを滑らせる。
5月10日 第xx回学園祭実行委員会定例会
黒板にそう書きこむと男子学生は向き直り、教室をぐるりと見渡す。
「大体揃ってるみたいだね。それじゃ、定例会を始めようか」
今年度委員長の3年生は教壇に手をつくと開会を宣言する。
「まずは、いつも通り各課報告をよろしく」
委員長が教壇を譲ると、教室前方の列で待機していた各課の代表が立ち上がり委員長に代わって黒板の前に立つ。ここまでの決定事項、これからの方針の報告を教室内の学生たち……実行委員たちは共有されたスマホ内のレジメをスライドさせながら確認していく。
実行委員と言っても雰囲気は様々だ。いかにもイベントごとが好きそうな派手めなタイプがいれば、その真逆ともいえるような物静かなタイプもいる。もちろん外見はゴシックパンク系の派手さを見せながら纏う雰囲気は静かなタイプ、物静かな雰囲気を纏いながら、その眼はギラギラしたものを湛えているタイプもいる。3学部6学科と学ぶ内容、目指す場所が違い、その上学年、年齢も異なる学生が交わることなど普通のキャンパスライフではあり得ない。だがその垣根を超えた出会いももたらしてくれるのが、この学園祭実行委員会の集いであった。
定例会は週1回昼休みに行われている。各課はそれぞれグループチャットで課員同士が情報交換を行っているが組織構造として縦割りとなってしまい、所属課以外の動きが見えなくなってしまう。実行委員会が学園祭を開催するためには出展参加する学生を募り、その学生たちに開催にあたっての通達、情報公開をしなければならない。そのためには所属課の動きだけではなく、他課の動きを把握し、場合によっては連携をとる必要もあり定例会で情報を共有することは重要なことであった。
運営管理課、広報課の報告が終わると、2年生の女子学生が教壇前に立ち、黒板にスクリーンを下す。
「企画課よりの報告です。こちらをご覧ください」
教室のプロジェクターがスクリーンに箇条書きされた文字列を映し出す。数は20ほど。
「こちらがエージェントから提示された、今年のメインステージゲストの候補一覧になります」
教室内がざわつく。1年生が肩を寄せてひそひそと何かを言っている横で、上級生が目を閉じ渋い顔をしている。
表示されたリストのほとんどは聞いたことのない名前ばかりだった。かろうじて2つほど知っていたが、それでも教室内の反応を見れば知名度があるゲストとは言えないのだろう。
(まぁ、そう思うよな)
小言を言いたい気持ちと、自身も現実を目の当たりにした去年のことを思いだし溜息をつく。
ステージゲストは学園祭の華であり、集客の肝である。そのためいかに知名度のあるゲストを呼べるか、呼ぶことができるというのが大学のブランド力を測る目安の様に見られている。逆に言えば、今提示されているリストが自分たちの在籍する地方の中規模大学の位置づけなのだ。
「去年、おととしは賞レース本選のコンビとか候補にあっただろ。今年はそういう名前でなかったの?」
別の課の3年生が質問する。
「聞いてはみたんですが、エージェントからは今年の候補はこのリストの通りということで……」
企画課の女子学生が弱弱しく答える。
ゲストの候補選定には実行委員と芸能事務所を仲介するエージェントが強くかかわっている。流れとしてはエージェントが関係を結んでいる芸能事務所にコンタクトをとり、当日の派遣可能なタレントのリストを取り寄せ、その中から実行委員が指名し当日のタレントが決まっていくというものだ。もちろんあくまで候補であり、実行委員が希望したからといって成立するものではない。芸能事務所も商売だ。ブランディングや予算がより上の派遣先が優先される。当然、大学規模が小さくなるほどよりマイナーなタレントの名前が多くなっていく。
「その中から選ばなきゃいけないんですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
仕組みを知らない1年生からもっともな質問が飛ぶ。答えはNoだ。あくまで候補であり、他に呼びたいゲストがいればそちらを候補に入れることもできる。しかし企画課としてはリストから選ばせたいという思いがある。それは問題が少ないからだ。かつては実行委員会でも招へいしたいゲストと直接交渉を行っていた。しかし、当たって砕けろで著名人にコンタクトをとっては、予算の折り合いがつかず、次の候補へコンタクト……という時間や労力のロスの多さ、それによる告知の後ろ倒しなど運営に支障をきたす前例や、事務所の提示する契約書のチェックなど学生実行委員には荷が重い業務もあり、そこにかけるマンパワーをカットすることを目的としてエージェントに依頼してきたという経緯がある。
「だいぶ通好みな候補だとは思うんだよ。○○県出身、地元じゃ有名。みたいな候補がいるといいんだけどねぇ」
同じく3年生のぼやきに企画課の面々が顔を見合わせ、重い口を開く。
「ソレシン……ソレイユシンフォニーってどう思います?」
その名前にドキリとする。教室内もややざわめき、スマホをタタタッとタップする音が方々から聞こえる。
「○○テレに出てるあのアイドルを呼べるの?」
地元局の名前を出して委員長が問う中、手元のスマホに情報を表示する。ソレイユシンフォニー。4人組女性アイドルグループ。プロフィール内に○○テレ おはようTVに出演中と記載されており、委員長はそれを指しているのだろう。
「候補としてはありかな?とは思っています」
教壇に立つ女生徒に代わり、企画課の3年生が続ける。
「課内で検討はしてみました。地元局に出演しているので地元色が強いこと、商店街のイベントに出演していたことから呼べたら面白いとは思っています。ただトーク系ゲストの方が無難かな?という理由で候補から外してました」
「それって呼べるってこと?」
委員長が詰める。
「いえ、エージェントも知らない話なので希望だけの状態です。ただ……」
挑戦したい熱意を滲ませるところに、言葉が被さる。
「やるなら力を貸せるかも知れないぜ」
経済学科の2年生、運営管理課のT岡が手を上げる。
「前にソレシンを呼んだ商工会の会合が来週あるから、どうやって呼んだか、話聞いてこようか」
T岡は実行委員会の活動以外にも商店街の商工会でインターンの様な事もしており、実践的なアイデアを持ち込んでくる。リアリストで1年の頃から歯に衣着せぬ物言いで癇に障ることもあるが、人間関係以外の問題解決に定評のある男からの提案は心強い。
「ぜひお願いします」
と間髪入れず返す企画課員。
「それじゃぁ、ステージゲストはソレシンを第一候補に据えていろいろ進めていきましょうか」
委員長が総括し、いったん定例会は閉会となるが各課代表にT岡が教壇の前に集まっては仔細を詰めていく。
「基本はエージェントルートで、ソレシンを呼べるか確認。同時に商工会ルートでソレシンとのコンタクト方法の確認。個別契約になった時用にどんな契約書を使ったのか確認してもらえると助かります」
「承知」
「ゲスト用の予算はどうしますか?」
「変えないでいこう。エージェントには予算はそのままで、と伝えて。増額が必要ならその時に補正」
会計課長の問いに委員長が方針を示す。
「ステージ機材は増やした方がいいのか?マイク本数は?」
運営管理課長が食い気味に問う。
「4人でしょ?増やさなくてもいいんじゃないですか。今までだってトリオと司会2人で最大5本だったし」
「まあまあ、焦る気持ちはわかるが落ち着け。ステージ機材はいつまでに確定させればいいのか、特にマイク本数についてをレンタル業者に確認してくれ。頼むぞ運営管理」
そんな調子で思いついた事柄について喧々諤々している様子を脇目に、自分は次の教室へと向かうが、講義のことなど考える余裕もなくなっていた。
(ソレシン!ソレイユシンフォニーを呼べるの⁉うちの学園祭に⁉)
あの日、モールで見たソレシンのステージ、そのパフォーマンスに見せられて定期的にライブ会場へ足を運ぶようになっていたが、学内でそれを知る者はいない。グッズに課金するタイプではないため可視化されていない部分もあるが、なんとなくアイドルとそのファン/オタクに向けられる偏見のマイナスイメージと、それが主題になる煩わしさを避けるためひた隠しにしてきたというところが大きい。自分から話題にすることなどなかった。だが状況は変わろうとしている。共通の話題にソレシンが、目指すところに推しをステージに立たせることがなるなんて。まだ実現の可否もわからない。だが一縷の可能性が生まれただけで高揚せずにはいられなかった。




