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数学教師の僕がダンジョンの公理を証明したらバズった件  作者: ぎょぴちゃん


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20/22

第二十話 証明できることと、証明していいことは違う

 管理局の面談室に戻ってから、九条真はしばらく紙を見ていた。


 机の中央に置かれた一枚。


 そこには、九条自身の字でこう書かれている。


『証明できることと、証明していいことは違う』


 字は少し歪んでいた。


 急いで書いたからではない。


 書く手が、途中で怒りと迷いの両方を拾ったからだ。


 天野璃子は、その紙を正面から撮影した。


 次に、音声で読み上げる。


璃子「証明できることと、証明していいことは違う。記録時刻、午後一時十八分。場所、和歌山県ダンジョン安全管理局、面談室」


 朝倉麻里は、猫柄の布袋を膝の上に置き、両手で抱えていた。


 布袋の中には、記録ちゃん四号。


 昨日から、麻里はその名前を呼ぶ回数が少し減った。


 かわいがらなくなったのではない。


 大事にしているから、軽く呼べなくなったのだ。


 七瀬朱は壁際に立っている。


 赤い髪を後ろで束ね、黒石の遮蔽ケースを視界の端に入れたまま、ほとんど動かない。


 三枝羊子は、紙台帳に淡々と書いていた。


『命題候補あり。証明せず』


『理由。証明可能性と実施妥当性が一致しないため』


九条「その文、固いのに刺さりますね」


三枝「柔らかく書くと、後で曲がります」


璃子「今回は、曲げられると困ります」


麻里「曲がる記録、いや」


九条「同感だ」


 空欄通知は、もう消えている。


 けれど、消えたから終わったわけではなかった。


 むしろ、消えた後の方が残っている。


『全部戻すな。戻る判断だけを残せ』


 その一文だけが、面談室の空気に沈んでいた。


 誰が残したのか。


 なぜ残したのか。


 完全には分からない。


 ただ、これまでの通知が単なる敵の命令ではなかったことだけは、だんだん分かってきた。


 壊れた警告。


 境界に残された、名前のない条件。


 九条の証明に似た形をしているが、九条本人ではないもの。


 その正体に近づくほど、言葉は単純になっていく。


 戻すな。


 残せ。


 麻里が、小さく言った。


麻里「全部戻すって、何が戻るの?」


 九条はすぐに答えられなかった。


 答えたくなかった。


 だが、答えないままにすると、もっと危ない。


 璃子がノートパソコンを回した。


 画面には、これまでの差異表が並んでいる。


『赤いベンチ』


『古い休憩室』


『探索をやめたい』


『戻る判断』


『救助継続中』


『未帰還者一名』


『保存された境界』


九条「休憩室が戻るかもしれない」


麻里「赤いベンチも?」


九条「ああ」


七瀬「事故現場もでしょう」


 短い声だった。


 九条は頷いた。


九条「半年前の崩落。消された退避経路。救助が続いていた時間。未帰還者。帰宅確認済みにされた記録。全部、同じ境界に残っている可能性がある」


麻里「恐怖も戻るの?」


 璃子は、少しだけ目を伏せた。


 それから、麻里を見た。


璃子「たぶん、戻ります」


麻里「怖かったことまで?」


璃子「戻る、というのは、良いものだけを選んで持ってくることではありません」


 麻里は布袋を抱く手に力を入れた。


麻里「でも、戻したい人もいるよ」


璃子「います」


麻里「なかったことにされたの、かわいそうだよ」


璃子「はい」


麻里「でも、壊したくない」


璃子「はい」


 麻里は困った顔で黙った。


 どちらも本当だった。


 戻したい。


 壊したくない。


 たぶん、それでいい。


 どちらか一つだけを選べるほど、世界は簡単ではない。


 九条は画面の差異表を見た。


 赤いベンチは、ただの椅子ではなかった。


 休憩室は、ただの部屋ではなかった。


 未帰還者一名は、ただの項目ではなかった。


 そこに誰かの判断があった。


 戻りたい。


 やめたい。


 進みたくない。


 生きて帰りたい。


 その言葉が、世界の都合で弱められてきた。


 九条は、胸の奥に小さな怒りが戻ってくるのを感じた。


 証明したい。


 その気持ちは、まだある。


 たぶん、消えない。


 三枝が台帳を閉じた。


三枝「現地で確認する必要があります」


九条「行くんですか」


三枝「行くかどうかを決めるために、現地条件を確認します。証明するためではありません」


七瀬「私が同行します」


璃子「黒石は」


七瀬「遮蔽のまま。開けません」


麻里「私の距離は」


璃子「三メートル以上。変えません」


九条「証明はしない」


 璃子が九条を見た。


 九条は、自分で言い直した。


九条「証明しに行かない。条件を見に行く」


七瀬「それなら行けます」


     *


 紀三井寺南ダンジョンの入口は、午後の光の中で、昨日より静かに見えた。


 昨日と同じ案内板。


 昨日と同じ管理棟。


 昨日と同じ、初心者向けという文字。


 けれど、そこへ戻ってきた九条の中では、昨日と同じではなかった。


 昨日は、半年前へ近づくために来た。


 今日は、戻してはいけないものを見極めるために来た。


 璃子がクリップボードを開いた。


璃子「確認します。目的は、境界記録の選択的復元命題の実施可否判断。実施はしません」


九条「実施しない」


三枝「管理局側記録にも、実施しない前提で記載します」


七瀬「撤退判断は私が出します」


麻里「私は、普通に歩く。くろまるに近づかない。戻りたいって勝手に言って試さない」


璃子「はい」


麻里「言いたくなったら?」


璃子「言ってください。ただし、検証のためではなく、麻里自身の判断として」


 麻里は少し考えて、頷いた。


麻里「うん」


九条「ぼくは、命題を書かない」


璃子「万年筆は?」


 九条は胸ポケットから万年筆を出した。


 一瞬、手の中で重さを確かめる。


 何度も世界へ差し出してきた道具。


 壁を消した。


 重力を選ばせた。


 床を守った。


 記録の差異に印をつけた。


 璃子を、記録ではなく人として再接続した。


 便利なものではない。


 危険なものだ。


 九条は万年筆を璃子に渡した。


 璃子は驚いた顔をした。


璃子「いいんですか」


九条「今日は、ぼくの手元に置く方が危ない」


麻里「真先生が自分で渡した」


三枝「記録します」


九条「そこまで驚くことか」


璃子「驚くことです」


七瀬「良い判断です」


 九条は少しだけ息を吐いた。


 軽くなったはずなのに、胸は重い。


 それでも、進むしかない。


 いや。


 進まないことを決めるために、少しだけ進む。


     *


 崩落現場へ向かう通路は、昨日より短く感じた。


 道を覚えたからではない。


 逃げ道を先に決めていたからだ。


 七瀬が前。


 九条は中央。


 璃子は九条の斜め後ろで記録。


 麻里はさらに後ろ。


 黒石は七瀬の保護バッグの中。


 三枝と現地管理職員が最後方で紙記録を取る。


 誰も軽口を続けなかった。


 必要な言葉だけが、通路に落ちる。


璃子「現在地」


九条「紀三井寺南第一階層、管理用通路。午後二時十九分。同行者、全員確認」


麻里「くろまる、三・七メートル。記録ちゃん四号、布袋の中」


璃子「確認しました」


三枝「紙記録にも残します」


七瀬「前方、異常なし。ただし空気が重いです」


九条「物理的にですか」


七瀬「両方です」


九条「世界三位の比喩は重いですね」


七瀬「比喩ではありません」


 そこで九条は黙った。


 通路の奥に、赤い警告灯が見えた。


 崩落境界。


 半年前、九条が死にかけた場所。


 七瀬が斬れなかった壁。


 九条が緑色のQ.E.D.を見た場所。


 そして、誰かの戻る判断が、救助完了という言葉に押し込められたかもしれない場所。


 境界に近づくにつれ、九条の視界に薄い緑色の文字が増えていった。


『紀三井寺南旧崩落境界』


『事故後再構成区域』


『現行記録:救助完了』


『保存記録:救助継続中』


『保存記録:未帰還者一名』


『履歴構造:多層』


『退避経路:記録上消失』


『戻る判断:弱化処理済』


 九条の足が止まった。


璃子「何が見えますか」


九条「多い」


璃子「必要なものだけ読んでください」


九条「現行記録は救助完了。保存記録は救助継続中、未帰還者一名。退避経路は記録上消失。戻る判断は弱化処理済」


麻里「弱化って、休憩にされるやつ?」


九条「ああ」


三枝「事故記録にも同型の処理がある、ということですね」


九条「そう読めます」


 七瀬は前方を見たまま、少しだけ右手を上げた。


七瀬「ここから先、私の指示なしで一歩も進まないでください」


麻里「はい」


璃子「了解しました」


九条「了解」


三枝「記録しました」


 赤い警告灯の奥。


 補強された壁の表面が、わずかに揺れているように見えた。


 物理的に揺れているわけではない。


 そこに重なった履歴が、同じ位置に収まりきっていない。


 崩れた通路。


 塞がれた壁。


 古い退避経路。


 待機室のような空間。


 赤いベンチに似た影。


 誰かが座っていたかもしれない場所。


 それらが、透明な紙を何枚も重ねたように見えた。


 麻里が息を呑んだ。


麻里「真先生」


九条「見えるのか」


麻里「見えない。でも、変」


璃子「どんなふうに?」


 麻里は胸の前で布袋を抱えた。


麻里「進みたい感じじゃない」


七瀬「続けて」


麻里「戻りたい感じ」


 通路の空気が、一段冷えた。


麻里「でも、戻れない。戻るって言ったのに、休むにされたみたいな。帰るって言ったのに、まだ行けるって言われたみたいな」


 九条は目を閉じたくなった。


 だが、閉じなかった。


 麻里の言葉を逃したくなかった。


九条「誰が」


麻里「分かんない」


 麻里は首を振った。


麻里「分かんないけど、誰か」


 その瞬間、九条の視界いっぱいに文字が走った。


『命題候補:境界記録の選択的復元』


『対象記録群:退避経路/待機室/救助継続中/未帰還者/戻る判断』


『第005項:差異標識、適用可能』


『第006項:記録者保持、部分適用可能』


『第007項:観測者間再接続、部分適用可能』


『統合命題提示により、境界記録の再定義を試行可能』


『警告:全履歴復元は現行構造へ干渉する』


『警告:復元対象の本人意思を確認できない』


『警告:恐怖、負傷、未帰還状態を同時に再展開する可能性あり』


『警告:戻るべきものと、戻してはいけないものが未分離』


 九条の呼吸が止まった。


 できる。


 たぶん、できてしまう。


 ここで命題を組めば、消された退避経路を読めるかもしれない。


 休憩室のような待機空間を戻せるかもしれない。


 未帰還者一名という記録の奥へ手が届くかもしれない。


 半年前、自分が見たQ.E.D.の正体に近づけるかもしれない。


 証明できる。


 その誘惑が、こんなにも強いものだと、九条は初めて知った。


璃子「先輩」


 璃子の声が、九条を現実へ戻した。


璃子「今、何が見えていますか」


九条「命題候補が出ている」


麻里「証明できるの?」


九条「たぶん」


 麻里の顔が揺れた。


 嬉しそうではない。


 怖そうでもある。


 それでも、どこかで期待していた。


麻里「戻せるの?」


九条「戻せるかもしれない」


麻里「誰かを?」


九条「分からない」


麻里「じゃあ、助けられるかもしれない?」


 九条は、すぐに答えられなかった。


 助けられる。


 その言葉は、あまりに強い。


 半年前、自分は助けられた側だった。


 何もできず、ただ赤い髪の人に引き上げられ、救急車の天井を見ていた。


 今度は、自分が誰かを助けられるかもしれない。


 そう思った瞬間、足元が少しだけ前へ出そうになった。


 七瀬の声が落ちた。


七瀬「止まってください」


 九条の足が止まる。


 七瀬は振り返らなかった。


 それでも、九条が何をしようとしたか分かっている声だった。


七瀬「九条さん。今、前へ出ようとしました」


九条「……すみません」


璃子「先輩」


 璃子の声は、怒っていなかった。


 だからこそ、きつかった。


璃子「万年筆を渡した理由を忘れないでください」


九条「忘れていない」


璃子「なら、言葉にしてください」


 九条は唇を噛んだ。


 璃子は待った。


 三枝も記録を止めない。


 麻里は布袋を抱えたまま、九条を見ていた。


九条「証明できることと、証明していいことは違う」


璃子「はい」


九条「今の命題は、できるかもしれない。だが、していいか分からない」


璃子「理由は」


九条「戻るべきものと、戻してはいけないものが分かれていない。本人の意思も確認できない。退避経路だけではなく、負傷や恐怖や未帰還状態まで戻る可能性がある」


麻里「怖いのも一緒に戻る」


九条「ああ」


麻里「でも、戻らないと、かわいそう」


九条「そうだ」


麻里「でも、戻したら、壊れるかもしれない」


九条「そうだ」


 麻里は泣きそうな顔で、唇を結んだ。


麻里「じゃあ、どうするの」


 九条は境界を見た。


 透明な履歴の奥で、赤いベンチのようなものが揺れている。


 それは助けを求める手にも見えた。


 開けてはいけない箱にも見えた。


 九条は、自分の手元を見た。


 万年筆はない。


 璃子が持っている。


 その事実が、今はありがたかった。


九条「全部は戻さない」


 声は思ったより静かだった。


九条「今は、戻さない」


麻里「誰かが残ってても?」


九条「残っているかもしれない。だからこそ、雑に戻さない」


璃子「続けてください」


九条「戻すことは、救いとは限らない。消されたものには、消された痛みも一緒にある。こちらが助けたいと思っただけで、それを全部引っ張り出していいとは限らない」


七瀬「妥当です」


三枝「記録します」


麻里「じゃあ、何をするの」


 九条は、境界の奥を見た。


 緑色の文字がまだ揺れている。


『全部戻すな』


『戻る判断だけを残せ』


 今なら、その意味が少しだけ分かる。


九条「戻る判断を分ける」


璃子「分ける?」


九条「ああ。休憩室も、赤いベンチも、未帰還者も、退避経路も、今は戻さない。でも、誰かが戻ろうとしたこと。進まないと決めたこと。撤退したこと。それだけは、消されてはいけない」


麻里「帰るって言ったこと?」


九条「ああ」


麻里「そこだけ守る?」


九条「そうだ」


 七瀬が前方の境界を見た。


七瀬「では、現場判断を出します」


 空気がさらに固くなる。


七瀬「この境界は不安定です。復元対象が分離されていません。命題提示を行えば、現行構造と履歴構造が同時に動く可能性があります」


 七瀬は、そこで初めて九条を見た。


七瀬「撤退を提案します」


 短い言葉だった。


 しかし、通路に強く残った。


 三枝がすぐに紙へ書く。


三枝「判断。撤退。理由。復元対象未分離、現行構造干渉のおそれ、本人意思未確認」


璃子「映像、音声、紙、すべて残します」


麻里「私も書く」


 麻里は布袋から小さなメモ帳を出した。


 丸い字で書く。


『世界三位が、撤退って言った』


 少し考えて、下にもう一行足した。


『真先生も帰るって言う予定』


九条「予定で書くな」


麻里「じゃあ、言って」


 九条は、少しだけ笑いそうになった。


 笑わなかった。


 今は、言うべきだった。


九条「帰る」


麻里「よし」


 麻里は紙に書き足す。


『真先生も帰るって言った』


 璃子が九条を見た。


璃子「先輩」


九条「何だ」


璃子「今、証明しなかったことを、後で後悔すると思いますか」


 九条は境界を見た。


 半年前のQ.E.D.


 七瀬が斬れなかった壁。


 誰かの戻る判断。


 消された記録。


 全部がまだ、そこにある。


 解けていない。


 救えていない。


 証明できていない。


九条「すると思う」


 麻里が顔を上げた。


 璃子も黙った。


 九条は続けた。


九条「でも、ここで証明したら、もっと後悔する」


 璃子は、小さく頷いた。


璃子「その判断を残します」


三枝「管理局記録にも残します」


七瀬「撤退します」


 七瀬の声で、全員が動いた。


 前には進まない。


 境界には触れない。


 黒石は開けない。


 麻里を近づけない。


 九条は万年筆を持たない。


 璃子は記録を止めない。


 三枝は紙台帳を閉じない。


 撤退。


 その言葉が、通路に落ちた。


     *


 帰り道は、入る時より長く感じた。


 何も起きなかったからではない。


 何も起こさなかったからだ。


 九条は何度も振り返りそうになった。


 そのたびに、璃子が短く言った。


璃子「現在地」


九条「紀三井寺南第一階層、管理用通路。午後二時三十七分。撤退中」


璃子「判断は」


九条「撤退」


麻里「勝ち?」


九条「まだ分からない」


麻里「じゃあ、負けじゃない?」


 九条は少しだけ息を吐いた。


九条「そうだな。負けではない」


 七瀬が前を歩いたまま言った。


七瀬「戻る途中で、勝敗を決めない方がいいです。地上に出るまで探索は終わっていません」


麻里「世界三位、厳しい」


璃子「正しいです」


三枝「記録上も、地上復帰まで撤退継続です」


九条「行政まで厳しい」


三枝「生還確認までが手続きです」


九条「遠足みたいですね」


璃子「先輩、遠足で崩落境界へ行かないでください」


麻里「柿の葉寿司もないしね」


九条「そこはまだ引きずっているのか」


麻里「生還後予約、まだ有効」


七瀬「地上に戻ってから考えましょう」


麻里「世界三位が予約を認めた」


璃子「認めていません」


 ほんの少しだけ、空気が緩んだ。


 それでいい。


 緩まないと、人は戻れない。


 緊張だけで地上までは歩けない。


 九条は、もう一度だけ背後を感じた。


 赤い警告灯は遠ざかっている。


 境界も遠ざかっている。


 けれど、終わってはいない。


 九条の視界の端に、薄い緑色の文字が浮かんだ。


『命題候補:境界記録の選択的復元』


 その文字が、ゆっくり薄れる。


 代わりに、別の表示が現れる。


『命題候補:撤退判断の保存』


 九条は立ち止まらなかった。


 今はまだ、証明しない。


 証明するなら、地上へ戻ってからだ。


 戻るという判断を、消されない場所まで持ち帰ってからだ。


 璃子が横で言った。


璃子「先輩」


九条「何だ」


璃子「今、何か見えましたね」


九条「次に証明するべきものが見えた」


璃子「戻ってから聞きます」


九条「ああ」


麻里「真先生」


九条「何だ」


麻里「帰るの、勝ち?」


 九条は、今度は迷わなかった。


九条「帰るの、勝ちだ」


 麻里はメモ帳に、最後の一行を書き足した。


『帰るの、勝ち』


 その字は少し曲がっていた。


 けれど、消えていなかった。


 少なくとも、今は。


 ――第二十話 了。

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