第十五話 悠久の先へ、魂の帰還
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第十五話 悠久の先へ、魂の帰還
リリアーヌ・ド・ギルフォードがこの世を去ったのは、それからさらに数十年の後、彼女が「曾祖母」と呼ばれるようになった冬のことだった。
彼女の最期は、驚くほど穏やかだったという。夫であるカイルに先立たれて数年、彼女は自身の魔力と知識のすべてを魔導書と後継者たちに託し、最後の一秒まで「効率的」に人生を締めくくった。
意識が遠のく中、リリアーヌの視界には不思議な光景が広がっていた。
北方の冷たい雪景色ではなく、懐かしい、しかし少し煤けたアスファルトの匂い。
踏切の警報音。
自動販売機の温かい光。
(ああ……戻ってきたのかしら。それとも、最後に見た夢?)
彼女が目を開けると、そこは病院のベッドの上だった。
「……ここは?」
掠れた声で呟くと、傍らにいた見慣れない服を着た男女が顔を上げた。
「リリアーヌ……じゃなくて、リリ! 目が覚めたのね!」
そこにいたのは、前世の両親だった。
聞けば、彼女は仕事の帰り道、貧血で駅の階段から転落し、一週間も意識を失っていたのだという。
(全部、夢だったの……? あの全属性の魔法も、カイル様も、子供たちも……)
喪失感に胸が締め付けられそうになった時、彼女は自分の右手に違和感を覚えた。
点滴を打たれたその腕の、指先に意識を集中させる。
この世界には魔力など存在しないはずだ。しかし、彼女の魂に刻み込まれた「理」は、異世界でも不変だった。
指先から、目に見えないほど微かな、しかし純粋な「風」が生まれた。
病室のカーテンが、ふわりと揺れる。
「……夢じゃなかった。私は、あそこで生きていたんだわ」
彼女は涙を流しながら、微笑んだ。
社畜として死にかけていた彼女に、異世界は「自分らしく生きる力」を教えてくれた。そして今、彼女はその力を持って、再びこの現代日本という戦場に舞い戻ったのだ。
数ヶ月後、都内のとあるオフィスビル。
「……リリさん、このプロジェクトの進捗、どうなってる? 無理なら他へ回すけど」
嫌味な上司の言葉に、かつての彼女なら縮こまっていただろう。
しかし、今の彼女は違う。
「いえ、すべて最適化してあります。先ほど共有フォルダにアップしましたので、ご確認ください。それから、こちらの資材調達のルートも魔法……いえ、効率的な手法で見直しましたので、コストは三割削減できます」
「え……? あ、ああ……」
圧倒的な事務処理能力、そして時折、彼女の周囲でだけ機械の調子が悪くなったり、逆に夏場でも涼しい風が吹いたりする不思議な現象。
彼女は「社畜」であることをやめた。
今世でも、彼女は彼女なりの「全属性の賢者」として、自分の人生を切り拓き始めたのだ。
仕事帰り、彼女はふと立ち止まり、夜空を見上げた。
ネオンの光で星は見えない。けれど、彼女にはわかる。
時空を隔てたあの北の地で、彼女の愛した子供たちが、そしてその子孫たちが、今も幸せに暮らしていることを。
「カイル様……私、こっちでも上手くやってるわよ」
彼女はカバンから、一冊の古い手帳を取り出した。
そこには、自分にしか読めない「ギルフォード式の魔導数式」がびっしりと書き込まれている。
魔法は、杖を振ることだけではない。
知恵を絞り、環境を整え、大切な日常を守ること。
それが、彼女が二つの人生を通して辿り着いた、真の「全属性」の正体だった。
夜の街に溶け込んでいく彼女の背中は、かつて侯爵邸を飛び出したあの日のように、自由で、凛としていた。
彼女が紡いだ「自分を愛するための魔法」は、今も誰かの心の中で、静かに輝き続けている。
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