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第4話 ウィン公爵からの依頼

「フリージア〜どこに行っていたの。心配したじゃない」


 フリージアが屋敷に帰りウィッグを脱いでポールに掛けていると、昼寝から目覚めたのだろうダリアが一目散にフリージアに抱きついてきた。


「ごめん、ごめん。ちょっと気晴らしに街を散歩していたの。何かあったの?」


 フリージアの肩に顔を埋めるダリアの頭を、フリージアは優しく触れる。


 ダリアの髪の毛は金髪で、そしてストレートでサラサラと綺麗だ。

 女性なら、誰でも憧れる髪の毛質だ。


「さっきね、急な依頼があったの。だけど、フリージアがいなかったから、曲の選択とか、そういうのがうまく提案できなくて…」


 どうやらフリージアが街へ出ている間に、依頼者が屋敷を訪れ演奏をお願いしてきたらしい。

 依頼をする際は、事前に手紙なりまたは従者を送るなどして、まずはアポイントを取りそのあと依頼という流れなのだが、今回は突然やってきてすぐに依頼をしてきたようだ。


 そうすると困るのは、ダリアの方だ。

 依頼を受ける場合、当日演奏する曲目などは全てフリージアが提案し、依頼者と相談して決めている。


 人々の間では、ステージに出て人前で演奏するのはダリア(実際はフリで、本当に弾いているのはフリージアなのだが)で、裏方で準備を進めるのがフリージア、という認識だ。


 総じてダリアは音楽にそこまで詳しいわけではないため、急に依頼者が来られると対応できないのだ。


「ごめんなさい。不在にしていて。それで、今回はどんな依頼だったの?」


「隣の領地のウィン公爵からだったんだけれど、今週末が子どもの誕生日らしいの。それで、子どもが健やかに育ちますように、って願いをこめて演奏をお願いしたいって…」


「今週末?そんな急に…。今週末は私達予定は…」


「無かったの。空いていたわ。急だし断ろうと思ったんだけれど、色々と曲のことについて詰めてくるから、私分からないのバレたくなくて…話をすぐに終えるために受けちゃったの。まずは、フリージアと計画してまたご連絡しますって、取り繕って早々に帰すのに精一杯だったわ…」


 本来ならば、依頼から当日までは数週間もらう。その間に、依頼者との取り決めや、依頼者側、そしてフリージア、ダリア側の準備、それからピアノの練習、そして他の依頼との並行準備…と、時間が必要なのだ。


 しかし、曲が分からないと言えず、ダリアがその場を凌ぐのがどんなに大変だっただろうかと思いはかり、依頼を受けたダリアを責める気にはならなかった。


「分かったわ。そうしたら、明日私がウィン公爵のお屋敷を訪ねてみるわ。曲目や、当日どのようにしたいか、もう一度聞いてみる」


「ありがとう〜!私も一緒に行きたいんだけれど、ウィン公爵、今日の私の対応でなんだか訝しがっていて…ごめんね」


「大丈夫よ、1人で行ってくるから私に任せて」


「ありがとうフリージア…大好きっ!」


 もう一度ギュッと抱きついてくるダリアの背中を、フリージアは優しく撫でる。


 ダリアは美しい見目もそうだが、無邪気さと感情表現が素直なところが魅力で、実際そんなダリアのことを秘かに想っている男性は多い。


(急に忙しくなっちゃったわ。今日演奏を聞いた3人がまたあのお店に来るだろうから、そのときにまた、演奏効果をかけたかったんだけど…)


 今日行ったグランドピアノの店に、明日も行こうと考えていたのだが、明日行けるかどうかは分からなくなってしまい、残念な気持ちになってしまう。


(ファビウスさんにも、また演奏するって約束しちゃったのにな…)


「どうしたの?フリージア」


 考え込むようなフリージアの顔を見て、ダリアが心配する。


「ううん!なんでもないわ。それより、今日いらしたウィン公爵が話したことを、詳しく教えて」


 ◇◇◇


 翌朝、フリージアは早々に朝食を済ませると、早くウィン公爵家へ出発しようと身なりを整える。

 身の回りの支度をしてくれる使用人はいるが、フリージアは幼い頃の習慣で自分でしてしまう。


(うん、いいわね)


 依頼内容は子どもの誕生日ということだったので、子どもにも明るく優しい印象にうつるであろう、淡い黄色のドレスを選んだ。


 準備も整ったので、馬車に乗るため屋敷を出ようとしたときだった。


「フリージア、待ちなさい」


 父親であるシード公爵に、背後から声をかけられた。


「ダリアから聞いたが、ウィン公爵の所へ行くそうだな…。気をつけて行ってきなさい」


「ありがとうございます。お父様」


 シード公爵はフリージアを養子縁組しているため実の父親ではなく、仲睦まじい家族のような関係ではないが、フリージアを気にかけてくれているのは確かで、外出する際には声をかけてくれることが多い。ダリアがいなくても、だ。


「ウィン公爵は、私も古くから知っていてな…彼は優秀なやつだったんだが、…彼は昔からこうと決めたことについては譲らない所があってな…。まぁ、そういうブレない資質も彼の良さではあったんだが…」


「そうなのです…ね」


(難しい相手ってことを、伝えたいのかしら)


 父親からの話を、フリージアはどう捉えたらいいのか分からなかった。

 本当の親子のような関係なら、きっともっとズケズケと思っていることを聞けるのだろう。例えば、ハッキリ言ってください、それじゃ分かりません、とか。何か忠告したいのなら、そう言ってください、とか。


 でも、フリージアは言葉を呑み込み、父親の話の続きがあるのかだけを気にして、向かい合い立っていた。


「…急な依頼だそうだが、うまく契約をとってきなさい」


「わかりました」


(なんだ、私のことを心配していたのかと思ったのに、契約の心配か…)


 自分のことを心配したのかと思っていたフリージアは、がっかりしてしまった。


「それでは、行ってまいります」


 フリージアは父親の顔を見ずに、馬車の方へと急ぐ。


「フリージア〜!!」


 朝食の途中なのだろう、首元にナフキンをつけたダリアが慌てたように出てきた。


「いってらっしゃい!よろしくねっ!それから、気をつけてね!」


 キラキラした笑顔で、手を振るダリア。

 ダリアの横に立っていた父親は、そんなダリアを見て大きく口を開けて笑っている。

 そんな2人の様子を、フリージアは走り去る馬車の中から見ていた。


 ◇◇◇


 馬車が着いたウィン公爵家は、フリージアの屋敷より広く大きな屋敷だった。

 数日後に行う子どもの誕生日会の準備のためだろうか、馬車の窓から見える外の様子は、使用人がせわしなく庭で作業をしていたり、屋敷を出たり入ったりしていた。


 馬車のドアが開き、フリージアが降りようとすると、そこには知らない青年が立っていた。

 金髪に綺麗な目、だがどこか鋭く知的な雰囲気をまとった人だ。


「シード公爵家からいらした方ですね」


「はい、フリージアと申します。本日はウィン公爵様と、お子様の誕生日会のお打合せをと参りました」


「先日は急に訪問しまして、申し訳ありませんでした。お部屋をご案内します」


(執事の方かしら…?)


 フリージアは手を差し伸べる青年の手の上に自分の手をのせ、馬車を降りる。


 青年に案内された部屋へ行くと、使用人らしき何人もの人を集め、難しい顔をして指示を出す男性がいた。

 おそらく、彼がウィン公爵だ。


 彼はフリージアに気付くと、驚いたようにフリージアの顔をしばらく見つめた後、使用人達にこの部屋から出ていくようジェスチャーで示す。


「…これはこれは…。本日は遠くから申し訳ありません。シード公爵はお元気かな?」


「はい、おかげさまで元気にしております。私は娘のフリージアと申します。昨日はせっかくいらしていただいたにも関わらず、計画がその場で立てられず申し訳ありませんでした」


(ウィン公爵は昨日いらしたのに、お父様にはお会いしなかったのかしら?)


 不思議に思いながらも、フリージアはドレスの裾をふわりと掴みお辞儀をする。


 フリージアが顔をあげると、ウィン公爵は涙を浮かべフリージアを見ていた。


「……?」


 ウィン公爵の表情にフリージアがたじろぐと、横にいた青年が口を開く。


「父上、フリージア嬢が困っていますよ」


(えっ…?!父上…?!)


 フリージアは驚いて隣に立つ青年を見上げると、青年はフリージアに向けて控えめに微笑む。


「申し遅れました。私はウィン家長男のクラウスといいます」


「あっ…!顔を存じておらず…申し訳ありません…!先ほどは、馬車からこちらまでご丁寧に案内していただきまして、ありがとうございました…!」


 フリージアは慌ててお礼をする。


「いえいえ、そんな気にする必要はありませんよ」


 困ったように笑うクラウスは、言葉の通り、本当に気にしていないようだった。


「クラウス…お前が直々に出迎えたのか…?執事にでも任せておけばいいものを、うちの格が落ちるだろうが」


「すみません」


「全く、余計なことを…あぁあ、フリージア嬢、ずっと立ったままですみません。こちらで誕生日会当日の話をしましょう」


 促されて椅子に座るフリージアだったが、クラウスの顔をチラっと確認する。

 父親からあんな風に言われても、クラウスは冷静に表情を崩していなかった。


「あの公爵様、それで…、お子様の誕生日会ということですが、それはこちらのクラウス卿のでしょうか…」


「んん…あっはっはっはっは!…違いますよ。こんないい歳した男の誕生日会など今更しません。違います、下の子の方です。ほら、ロードこちらに来なさい」


 ウィン公爵はフリージアの背後に向かって声をかけ手招きすると、5〜6歳くらいだろうか小さい男の子が駆け寄ってきた。


「この子の誕生日会ですよ」


 そう言うと、ウィン公爵はロードと呼んだ男の子に頬擦りをし抱きしめる。


 フリージアは、ウィン公爵のクラウスとロードに対する扱いの違いに、まるで自分とダリアのように感じられた。


 自分の横に立つクラウスが気になり、そっと顔を見上げるも、クラウスは動じず2人の様子を眺めているだけだった。

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