第23話 クラウスからの謝罪と秘密
「……申し訳…ありませんでした」
「えっ?」
「…父が…フリージア嬢にしたことです」
フリージアは息を呑み、隣の椅子に座るクラウスを見る。
クラウスは肩を落とし苦い顔をして、膝の間で組んだ両手をじっと見つめている。
「…それは……ウィン公爵から…聞いた…ということですか…?」
フリージアは、か細く声を震わせ、両手をギュッと握りしめながらクラウスに問う。
「…はい。ただ、聞く前から私自身も、もしかして、と思ってはいたんです。お2人をお見送りした際にフリージア嬢のご様子がおかしかったですし、あの部屋の散乱具合…父とフリージア嬢の間で何かあったんだろうとは、思いました…。そう感じたにも関わらず、フリージア嬢に何があったのか聞くこともできず、今ごろになって謝罪をしに、ここへ来ている始末です…」
クラウスは、椅子から立ち上がると、フリージアに体を向け、深々と頭を下げる。
「父のしたことは、フリージア嬢をひどく傷つけ怖がらせるものでした。許されることではありません。本当に、大変申し訳ありませんでした」
フリージアは頭を下げ続けるクラウスに、慌てて自分も立ち上がり、頭を上げるよう求める。
「もう、大丈夫ですから…それに、クラウス卿は何も悪くはありません…」
「——父はそんなことする人ではないと、立派で優しく家族愛に溢れる人だと…そう信じ込もうとして、目を逸らそうとした私自身に問題があります。申し訳ありませんでした」
「それは…そんな…ご家族のことを信じようとなさるのは、当たり前ですわ」
クラウスは、ゆっくりと頭を上げると、鋭い眼差しでフリージアを見つめる。
「——父は…父は、本当に信ずるに値する人なのでしょうか」
「えっ……」
「今の私の目にうつる父は、本当の父の姿なのかと…疑問を感じでいるのです」
(私がかけた願いの効果が、もう解け始めてるの…?)
フリージアは動揺して答えられず、クラウスから目を逸らすフリージア。
フリージアは、クラウスが自分をじっと見つめていることに気づいていたが、言葉が見つからない。
「困らせるような質問をしてすみません」
クラウスは、腰を下ろし深く椅子に座り込むと、両手を組み、真剣な顔で立っているフリージアを見上げる。
「回りくどい言い方はやめて、お聞きします。先日のロードの誕生会で、私にも効果をかけましたか?」
「——え…一体、なにを…」
「知っているのです。あなたがそういう能力をお持ちのことを」
「…なぜ……ウィン公爵から、聞いたのですか?」
「…はい。フリージア嬢と父の間で何が起こったのかを父から聞きだしたときに、父は私のことを信頼すると言い、フリージア嬢の秘密について話してきました」
これは、フリージアのかけた効果の反動なのか。
本来ならば、ウィン公爵は快く思っていないクラウスに、フリージアの能力を話そうとしないだろう。それに、密室の中でフリージアとの間に起こしたことも。
しかし、フリージアがかけた効果により、家族間での関係性が一変し、一時的に全てを託せる仲になっている可能性がある。
(ここはもう、取り繕っても無駄ね…)
フリージアは覚悟を決め、ゆっくりとクラウスの隣の椅子に座り、クラウスに向き直り、目をじっと見つめる。
「そうです。私はクラウス卿にも効果をかけております。ウィン公爵家の皆様の幸せ、兄弟お2人の健やかなる成長、そして家族仲良くいられるよう、願いの効果をかけました。依頼者であるウィン公爵は家族仲については求めてなかったのに、私が勝手な行動を取りました。ごめんなさい」
「なるほど…そうですか…」
クラウスは、そのままじっと考え込んだが、すぐフリージアを見て微笑む。
「フリージア嬢は、私達家族を気遣って下さったのですよね。大丈夫です、気にしないでください。それより、その能力を他人に知られたくなかったでしょうに、私に話してくださりありがとうございます」
「いえ、そんな…」
クラウス卿の大人な対応に、恐縮してしまうフリージア。
「あの、勝手なことをしておいて言いにくいのですが、他の人に私の能力のことは…」
「分かっています、他言はしません」
凛とした表情のクラウスのは、真っ直ぐフリージアを見つめていた。
「ありがとうございます…」
「とは言っても、不安でしょうから、その代わりといってはなんですが…私がダリア嬢からの誘いを断った、という私とダリア嬢しか知らない話を、打ち明けておきます」
「えっ?お誘い?ダリアがいつ?」
フリージアは驚きで、目を丸くする。
「先日の演奏後に、ダリア嬢はお手洗いへ行かれたでしょう。その私と2人だけになったときに、誘われました」
「それは…えっと、食事に…」
「そう、ですね…ボディタッチと、体の接触の多い食事の誘い…でしたね」
「あぁ…」
フリージアは、ダリアが急にクラウスに冷たい態度をとるようになった理由が、分かった気がした。
(ダリアは、クラウス卿に振られたのね)
フリージアは、小さく苦笑いするが、ふと思い出す。
「私が来る前に、お母様とダリアと楽しそうにお話をされておりましたが、あの様子ですと、お母様はクラウス卿を気に入られていると思います。もしかすると、お母様の推しで縁談の話がもちあがるかもしれませんね」
「既に私に断られているので、話がでたとしても、ダリア嬢が理由をつけてとり下げるでしょう。例え、私に断られたことを彼女が黙っていて話が進んだとしても、こちらに話がくればまた私が断りますから。プライドの高いダリア嬢は、それを許さないでしょう」
「あぁ、そうですわね」
会って間もないのに、ダリアの性格を分析しているクラウスに、フリージアは驚き感嘆する。
クラウスは、ゆっくりと椅子から立ち上がると、フリージアに向き直る。
「さて、フリージア嬢とも話せましたし、私はそろそろ帰らせていただきます。お忙しい中、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそご丁寧にありがとうございました。本当、久しぶりに、1週間ぶりくらいかしら?誰かと話せて、楽しかったです」
フリージアも立ち上がり、クラウスにニコリと笑顔を向ける。
「…1週間…ご家族とは、あまり話さないのですか」
「そうですね、以前からそうだったのですが、今回のウィン公爵との件があってから、より一層溝が深まったというか…まぁ、でも、もう気にしないようにしています」
クラウスは、困ったような優しい笑みをフリージアに向ける。
「フリージア嬢は養女としてここに引き取られたと聞いてはおりましたが、シード公爵家の皆さまは家族仲が良いと評判でしたので…まさか、そんなこととは知りませんでした」
「外から見えない内事情って、ありますよね」
「そうですね。まぁ、私のところもそうですね。今の私には記憶はありませんが、思わずフリージア嬢が願いの効果をかけたくなるほどに、家族間に問題があったのでしょうから」
「すみません、本当に余計なことをしてしまって…」
「気にしないでください。私はこれを逆手にとって、効果が切れない今のうちに、私の得になるようなことを父にお願いしてみます」
「ふふっ、いいですね」
フリージアとクラウスは互いに顔を見合わせ笑うと、部屋の扉の方へと歩き出す。
扉の前で立ち止まると、クラウスはフリージアの方へ向き直り、顔をじっと見つめる。
「もし、また困ったことがあれば、遠慮なく私に話してください。私で良ければ助けになりますので」
「ありがとうございます。そう言っていただけて、心強いです」
フリージアが笑うと、クラウスは鋭い目つきを優しく細め、ゆっくりと頷いた。
扉を開けて、2人が部屋から出ると、扉から出てすぐのフロアには、母イザベラとダリアが立ってこちらを見ていた。




