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パンドラ

 天に陸が浮かび、地に果てのない空が続く、まるで天地がひっくり返ったかのような逆転の世界。

 その狭間に、純白の神殿がある。

 無数の白い柱が門前の道に鳥居のように並び、その間を通り抜けた先のーー神殿の門を抜けた先には八つの柱に囲まれた祭壇があり、その祭壇の中央に金髪に黒いドレスの女性が立っていた。


「ねえ、ソニアちゃんはどうなったのかしら」


 金髪の女性はぽつり虚空に問いかける。

 その彼女の問いに、何処かから一つの言葉が返ってきた。


「どうやら復讐は成功したみたいですよ。よかったですね、お母様」


 その声は回りを囲む八つの柱ーー遠方の意を汲み取る意思伝達の神具『ユビキタス』の一つから聞こえてきたものだった。

 金髪に黒いドレスの女性は僅かに眉根を寄せて、腕を組み、唇を尖らせて不服そうに答える。


「ボクのことをそう呼ぶのは止めてくれる? いつものようにお姉ちゃんって呼びなさいな」


 それに対して今度は別の柱から苦笑混じりに声が聞こえた。


「お姉ちゃん、ね。千年以上生きてるあんたはお姉ちゃんというよりババアでしょ」


「ババア言うな。それにしてもソニアちゃんも復讐を終えたというわけね。よかった、けれど少し寂しくなるわね。もうボク達の元には戻ってこない可能性が高いのだし」


 残念そうに彼女は言い、すると「ふん」と別の柱から鼻を鳴らす音がした。


「別にいいわよ、あんな奴。いなくなってくれたらせーせーするんだから」


 彼女の仲間の内でも、ソニアと何かある度に張り合っていた少女の声。

 口ではそう言ってはいるものの内心では寂しく思っていることを彼女は知っている。


「大体、相手はあのディアボロス家。まだまだ勝ち目はなかったでしょ! それなのにあの馬鹿はパンドラ姉の言うことも聞かずに飛び出して!」


 ぷんぷんとその声に深い怒りを表出させる。

 余程心配だったのだろう。

 ちなみに『パンドラ』というのはこの黒いドレスに金髪の彼女の、この世における通称のようなもので、真名というわけではない。


「まあ本当はもう少し鍛えた上で、ディアボロス家を排除したかったけれどあれ以上ソニアちゃんをボク達の元に留めておくことはできそうになかったから仕方ないわ。でもまああの子はきちんとボクの筋書き通りの行動はしてくれたのだから、いい子よ」

 

 金髪に黒ドレスの女性ーーパンドラはそう言うと少女の声は「それは分かってるけど……」とごにょごにょと口ごもる。


「それより婆さん。ディアボロス家の生存者はエルリスとソニアの二名ってところはあんたの思惑通りだけどさあ、この骸鳩って組織に関しては完全に想定外だろ。どうすんのこれ。計画の邪魔になるようだったらさっさと潰した方がいいんじゃないの?」


「だから婆さんはやめなさいって。まあ、確かにそこに関しては完全にボクの想定外。出来れば想定外の要素は排除しておきたいけど、今の所はやめておいた方がいい」


「どうしてだ? おば……」


 さんと、言いかけたところでパンドラの一睨み。

 直ぐに柱から続くその声は言い直した。


「……姉さんの計画の邪魔になるならさっさと排除しておくのが得策だろ。少なくとも放置は愚策だと思うが」


 するとそれを否定する言葉が別の方向から投げられた。


「馬鹿ですか、あなたは。骸鳩には今あの神具狂いが所属しているんですよ!? あの狂人と相対して確実に勝てると断言できるのは、恐らくこの中ではパンドラ様くらいのものです」



 その通りである。

 出来れば自身の計画の不確定要素でもある骸鳩という組織は早急に潰しておきたいが、今はまだできない。


 その理由としてはやはりノアの存在が大きすぎる。

 個としての戦闘能力だけで言えば間違いなくソニアよりも遥かに下。だが、問題は彼女の抱える数多の神具や宝具。それらを含めた彼女の戦力は完全に未知数で、しかもさらにいえばそれ以上に厄介なのはノアの逃亡能力だ。


 かつて何度かパンドラはノアの排除を試みたことがある。だが、結果は全て失敗。ノアを殺すことができずに逃げられ続けた。

 殺せず、しかも生きている間には膨大な被害や恩恵を生み続ける。

 それ故にノアは最悪でありまた最高の存在としてこの世界に認識されている。

 これはあの巫女も同様に思っていることだろう。


「なら姉さんが直に動けばいいんじゃねえの? 今までノアの暗殺に失敗してきたのは一重に姉さんが引きこもって動かなかったからだろ。研究狂いのあの狂人相手に知恵較べとか、そんなの無理だし」


 それに対してパンドラは言葉を返そうとするがまたしてその声に遮られた。


「本当に愚か者ですね、あなたは! パンドラ様が動けば間違いなくあの神威気取りの糞女も動くでしょう! そうなれば我らは終わりです。全滅ですよ、全滅」


 神威気取りの糞女とは巫女のことである。

 口悪いなとパンドラは思いながらも目の前で広げられる会話を聞き続ける。

 

「ならその巫女ごとやればいいだろ。同じ神格者なんだし」


「はぁ、これだから脳筋は……、なんの為にパンドラ様が秘密裏にコツコツ計画を進めてるのか。それが分からないとは」


「うっせえな。さっきからバカバカと、俺のことをバカにしてんのか!?」


「当然でしょう。馬鹿にされたくなければもう少し知恵を磨くべきです。ねえ、パンドラ様」


「なにを! そんなことねえよな、おば……じゃなくて姉さん!」


 柱から伝わる音声同士の口喧嘩。そのシュールな口喧嘩に巻き込まれたくないパンドラは適当に受け流す。

 

(まあ、とはいえボクが計画を水面下に進めてきた理由は、あの巫女がいるからというのは正しいこと……、けれどもうボクの勝ちはほぼ確定事項なのよね)


 千年前は巫女に敗れた。だが、今度はそうはいかない。

 巫女を倒し、自身の企図を果たすために粛々と長い時を計画のための準備に費やした。

 そうしてこの今、もう全ての準備は終えて、後は時が来るのを待つだけ。


(これでようやくボクの想いは昇華する)

 

 

 


 


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