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予知

 その報せを受けた聖アングルス王国の国王エルカトロスは、あまりの事に困惑していた。

 ディアボロス家が滅びた。

 使用人も、当主も皆殺し。

 生き残っていたものはたったの二人。

 しかも一人はエルリス。

 本来ならば殺されるはずだったディアボロス家の一人娘。


(もしやこれが巫女様の予知か)


 ディアボロス家の当主のアラスが娘を殺すために動いたのは、巫女の予知が原因だ。

 その予知の内容は、いずれ娘の存在が家を滅ぼすことになるだろうというもの。

 それは改変可能の未来で、行動次第によっては予知を覆すことも可能。

 故にアラスは娘の始末に動き出した。

 一切の躊躇もなく、ただ己が権威を守るためだけに己の子供を殺す道を選んだ。

 ただ、それこそが巫女の思惑でもあった。

 巫女は神託によって未来を予知することができる。だが、それを本人たちに与えるかどうかを決めるのは巫女自身。

 巫女は分かっていたはずだ。

 そのような予知を齎された彼らがどう動くかを。

 きっと分かった上で神託を与えたのだろう。


 ディアボロス家の権威を失墜させるために。

 だが、その巫女の思惑も完全な形で成就することはなかった。

 巫女の思惑はあくまでディアボロスの権威の失墜。

 しかし、実際に起きたのはディアボロス家の壊滅だ。

 これは巫女の思惑とはまるで違う。

 

(巫女様の指示を仰ぐか)


 エルカトロスは立ち上がり、玉座の間を出る。

 目の前には長い通路。

 その先に階段がある。

 巫女のいるのは、この王城の最も高い部屋。

 彼は階段まで歩き、上層へと昇る。と、段々と白い靄がかかってくる。

 この靄は巫女が発する、神格の気配。

 

(これは……、巫女様が怒っている?)


 徐々に息苦しくなり、体も重くなる。

 エルカトロスは階段の壁に手をつき、その場にへたりこむ。

 巫女の力はその残滓とはいえ、並の人間には有害である。

 

(ぐっ……、耐性持ちの私ですら動けない。何故ここまで怒っているのだろうか)


 エルカトロスは幼少期より巫女の気配に耐える訓練を行ってきた。

 その彼ですら動けないほどの激昂。その理由が気になった。


(感情の抑制をできてない巫女様は珍しい)


 巫女も普段は絶対にここまで感情を露にすることもなく、全て抑制している。

 エルカトロスは這うように階段を昇り、最上階の通路に至る。が、進めば進むほどに彼の体が強い拒絶反応を起こす。

 この最上階は予知を与えられる者を除けば基本的に彼以外は立ち入り禁止。

 なので他に誰もこの場所にはいない。

 そのはずだった。


「あら、この気配の中で動ける人間がいるとは驚いたわ」

 

 エルカトロスの眼前の道。

 悠々と歩く一人の女性がいた。

 ウェーブがかった長い金髪に黒いドレス。全身が官能的で、艶やかな妙齢の女性である。


「もしかしてキミがこの国の王様かしら。勝手に入ってごめんなさい」


 にこりと彼女は笑う。


「でも安心して。ボクは別にキミたちの崇拝する彼女に危害を加えにきたわけではないの」


 何者だ、そう思うことすらかなわない。

 目の前の女と相対した瞬間に彼の思考は、無と化した。

 何も考えられない。

 ただ、圧倒的な死への恐怖が彼の心を呑みこんだ。


 人間は高い知性を有するが、それでも動物に過ぎない。

 

 死の恐怖を前にしたら途端に思考は凍りつく。

 圧倒的な強者。蛇を前にした蛙のような気持ちだ。

 彼の頬に冷や汗が流れる。


 殺される。

 いや、もしかしたら既に自分は殺されているのかもしれない。

 どくんどくんとエルカトロスの心音は激しさを通り越して、もはや緩やかになっていた。


 女性は歩き、彼の元へと近づいていく。と、彼は反射的に願う。


 ……来るな。来るな来るな来るな来るな来るな来るなーー


 そう思考の反芻が彼の心に満ちる。


 が、その思考に反して彼女は彼の元まで来て、そのまま横を通り過ぎた。


(……え)


 殺されると思った。が、彼女にそのつもりは最初からなかった。

 

「それでは御機嫌よう、人の王様。せいぜいあの子が勝手なことをしないように監督しときなさいな」


 彼女はそう言い残し、階段をおりていく。

 もう身を凍り付かせるほどの恐怖は消えていた。

 残ったのは、巫女の神格の気配。

 先ほどまではこの気配にすら押し潰されていたけれど、直前のあの恐怖のせいか、体感的に軽い。

 彼は顔の汗を拭って息を整える。

 そこでようやく思考する余裕を得た。


(……今のは一体、何だ。気配は巫女様のものと遜色はなかった……、どういうことだ。まさか巫女様の他に巫女様と同じような方が……。いや、そんな莫迦な)


 エルカトロスは歩きだす。

 ありえない。そう思いたいが、あの気配の大きさを考えると、その考えを否定することはできない。

 彼は歩き、最上階の通路を進む。


(巫女様は、無事か)


 脳裏に最悪な予想が過ぎる。

 あの女は危害を加えてはいないと言っていたが、それをそのまま鵜呑みにすることはできない。

 気が付いた時には彼は走っていた。


(巫女様……巫女様、巫女様)


 通路の先まで走り、巫女のいる部屋へと続く扉を開ける。


(巫女様、どうかご無事でーー)



 

 


 

 

 

 

 

 







   

 

 

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