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圧倒

 ーー弱い。

 エルリスはそう言った。

 目の前の、自身の生み出した子供が。

 父親たる自分に対して。

 子供の声で、確かに言った。


「弱いだと……、この私が?」


 大貴族ディアボロス家の現当主たるこの自分が。

 弱いなどあるはずがない。

 アラスは唇を噛み締めて、ゆるりと足を引き、身構える。


「舐められたものだな」


 すっと足を引き、


「ただ、一度私の猛攻を凌いだ程度で、天狗になるなよ、エルリス。お前がどんな方法で私の攻撃を退けたかは知らん。だが、」


 一気に爪先がエルリスの眼前まで突き出していた。


「この速度には対応出来るか」


 アラスの速度がまた一段と上がっている。だが、そういう問題ではないことを彼は知らない。


「ーー対応、ね。格下の思い上がりかしら。私がいちいちあなた如きの攻撃に対応すると思っているの?」


「っ!」


 アラスの蹴りは、全て『境界』に阻まれて、勢いを失った。


(……どういうことだ。エルリスはまだ異能には覚醒していなかったはずだ……、いや異能に覚醒したところで、数日足らずで扱い切るなどは……)


 何らかの異能に目覚めたことは間違いない、とアラスは確信する。だが、それが何かまでを特定するには至らなかった。


「パパ、もう諦めて」


 エルリスはアラスに手を伸ばす。と、


「……あなた!」


 ミーナの異能だろうか。

 迸る水刃が、エルリスの体に触れる直前で弾けた。


「すまん、助かった」


 後ろに大きく後退して、アラスはミーナの隣に立つ。


「いいえ、当然のこと。それよりこの子の異能の正体は分かった?」


「防御、というよりは全ての物理現象を遮断するような異能だろう。恐らく殺されかけたことで、発現した身を守るだけの異能だ」


「そう。なら攻撃性能はないと考えるべきね」


 ミーナの掌に水流が煙のように立ち上がる。


「ああ、そうだな。恐らく攻撃性能はない」


 異能は万能なものではない。一つに特化した異能の場合、別の部分は劣っていることがほとんどだ。

 

「ということはまずは周りのゴミ共を始末するか」


 防御に特化した異能を相手にするには、異能の発動限界まで攻撃を続けるしかない。

 攻撃を続け、その発動の持続限界を迎えた後にゆるりと殺す。

 これが防御系の異能との戦い方で、攻撃を続けていればいずれは勝てる。

 防御系ほど一体一での闘いに向かないものはない、とアラスたちはその経験則から理解していた。

 そして、防御特化の異能のその真価もまた彼らは理解する。


 防御特化が真にその強みを発揮するのは、攻撃性能を有する味方がいる時。つまり今のこのような状況のことだ。

 エルリスがどうやって骸鳩を手中に収めたのかは分からないが、きっと自身の異能の不足を補う為にここに連れてきたのだろう。


 そうアラスとミーナは考えた。

 だが、それは完全な的外れ。

 しかし、その的外れな答えに行き着いた彼らは同時に動き出した。

 アラスは瞬間移動にも等しいような速度で移動し、

 ミーナは水刃を解き放つ。

 その全ては控える骸鳩を殺す為に。

 けれど彼らの攻撃は骸鳩を襲うことなく、その意図ごとエルリスの足元から溢れた黒い闇の大口に呑まれて砕けた。


「あ、ぎゃ!!」


「うぐぁ」


 溢れた闇はアラスとミーナの手足を一気に引き裂いて、吹き飛ばした。

 

「……ぁ……、あ……な、んだ」

 

 手足を奪われて、転がり伏す両親の顔を見下ろすエルリス。

 何をされたのか。当然、その知識を持たない彼らには分からない。

 

「な、んなんだ……、お前は……」


 目の前の子供は、本当に自分たちの子供なのか。

 自分たちの知るエルリスは、こんな子供ではなかった。

 無邪気で、我儘な普通の子供。

 それがエルリスだった。

 だけど目の前にいるこの子供は、そんな無邪気さを一切感じない。

 完全な邪悪。

 

「お前は、本当に……エルリスなのか」

 

 アラスの心に徐々に恐怖が芽生え始めていた。


「……ええ、そうよ。私がエルリスよ」


 ゆっくりとエルリスはアラスの元まで歩み寄る。


「パパ、今までご苦労様。この家は今日限りで私が貰うから、もう楽になっていいのよ」


「な、んだと……、ふ、ざけるな! 貴様この家を乗っ取るつもりか!?」


 アラスは吠える。

 両の手足はない為、無様に声を荒らげ続けるしかできない。

 それでも毅然とした態度で声を上げ続けるのは彼の貴族としての誇り故。


「いいえ、ふざけてなどないわ。あなた達には私の踏み台になってもらう」


「そんなこと……、貴様のようなガキがディアボロス家の当主として認められると本気で思っているのか!?」


「認める、ね。どうやら少し思い違いをしているようね」


 アラスの隣を通り抜けて、手足を失い、痛みに喘いでる母の元までいき、


「私は別にあなた達の権威を引き継ぐつもりは毛頭ないの」


 その髪の毛を掴んで引き摺り起こす。


「な、にをするつもりだ。やめろ……」


 アラスは声を震わせて、


「お、おねがい、……助けて……おかあ……さんなのよ? ころさ……ころさないで、ください」


 ミーナは懇願する。


「お願い……します……、まだ、死にたく……ない……の」


 実の娘を相手にその言葉。

 この女には貴族としてのプライドはないのかしらとエルリスは思いながら手を振り上げた。

 一切の躊躇もなくその首を切断するために。

 手を振り上げ、そこで真横からの妨害を受けた。


 いや、妨害というほどのものではない。

 常の通り『境界』に遮断されて、エルリスの元には届くことはなかったが、大量の黒い風の攻撃を受けたというだけ。


「……何のつもりかしら。あなたは彼女に憎悪を抱いているのではなかったかしら」


 黒い風はソニアの異能。


「はぁ……はぁ……っ、だから、よ。言ったでしょう! そいつらは私が殺すって」


 ソニアは腹部を抑えながらも立ち上がっていた。

 その目に宿るのは強い復讐心。


「ふーん、いいわよ。どうせ彼らを殺した罪は全て『骸鳩』に背負わせるつもりだし、誰が殺したところで変わらないもの」


 エルリスは笑って、ミーナのことをソニアの手前に放り投げた。


「あぎゅ」


「ミーナ!」


 やっとだ。

 やっとこの時が来た。

 ソニアは手の中に黒い風の刃を生み出した。


「や、やめて……お、おねがい、謝るから…………」


 ぴくりとソニアは動きを止める。


「謝る……? 謝って、私のパパとママ……、ゆーちゃんに、おじさん、他の皆は帰ってくるの?」

 

「そ、それは、……っ、違う、私は何も知らないの! 本当に何もーー」

 

 そう最後まで言い終えるよりも前にミーナの首は飛んだ。

 知らなくても構わない。

 憎いのは、ディアボロス家の全員だ。

 当然、彼女も復讐の対処に入っている。


「……あは、やった。やったよ、皆。でもまだいる」


 エルリスの口元に薄く笑みが浮かぶ。


「次は……アラス……、お前を殺す」

 

 腹部の深刻なダメージのせいで、真っ直ぐ歩けず、ふらふらと進むが、それがまたゾンビのようで不気味だ。

 その様をエルリスはベッドに寝転がって眺める。



 

 



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